十一話:竜退治の後で
―アルモス視点―
骨さえも残らなかった巨獣の肉体。
本当に、奴は何だったのだろうか。
あんなものが自然発生するというのか?
……いや、あり得ない。
だからと言って。
造られたというのも考えにくい。
ちゃんと生きていたからな。
確認の仕方が年齢制限に引っかかりそうだったが、それだけは間違いない。
俺は、疑問の答えを求めて。
エルドリッジさんへ視線を向ける。
「……あの子は、助けを求めていたんです」
助け?
それは、殺して欲しいという事か。
あれは、ただ一点に向かっていた。
どれだけ内側から破裂しようと、一つの目的をもって歩き続けていた。
ロスライブズの廃都市へと。
城へと……そして何よりも。
彼女――エルドリッジさんの元へと。
それが本能からくるものかは分からない。
どうしてそれが出来ると理解したのかは分からない。
だが、永遠の苦しみから救われたのは間違いなかった。
「アレは、最初から死を願っていたんですか?」
「……今までは苦しみを癒してあげることしかできませんでした。でも、それも限界で。私だけではあの子の命に届きうる救いを上げることは出来なかった」
じゃあ、今までにも。
幾度となく巨獣は姿を現していたという事か。
だから、彼女はその歪な不死を知っていた。
儀式魔術は準備に多量の時間と魔力を要するから。
今回は俺が居た。
時間稼ぎと、奴を弱らせて魔術への抵抗力を削ぐ役割を担う者が居た。
だが、一人だった場合、あの魔術を行ったとしても奴を消滅させることは出来なかったのかもしれない。
攻撃によって弱らせようにも。
彼女の戦闘スタイルは明らかに魔術師型だ。
儀式に必要な魔力を消費してしまっては元も子もない。
故に、袋小路。
先延ばしにする事しかできず。
助けを求めることもできない。
この世界は連絡手段も限られるし、彼女が伝書鳩のようなものを飼っているのも見てはいない。
たった一人の管理者が領を離れるというのは論外だ。
マジで“念話”の開発が急がれるな。
俺は彼女の独白を聞きながら考える。
「元はただの魔物だったのだと思います。ですが、何らかの影響であの身体に」
「それは、一体………あッ!」
突然、彼女の身体が揺れ。
ゆっくりと倒れ込んで。
そのまま大地に身を擡げさせるわけにはいかなかったので、慌てて受けとめる。
そんなのは、勿体な過ぎるし。
意識を失ったようだが。
呼吸は安定しているな。
バルガスさんの話だと、死霊種でも肉体自体は機能していて。
魔力さえあれば活動できるのだとか。
だが、やっぱりこうして間近で見ても普通の人間と……いや、今はそういう事を考える時間じゃない。
お姫様のように彼女を抱えると。
俺は城へと帰還することにした。
気分……というより、そのままの意味でRPGの主人公みたいだな。
竜退治もしたし。
王様がいるとすれば魔王陛下だけなので。
報酬は期待できないだろうが。
銅の剣さえくれるか怪しい。
支払いは恐らく自腹だろう。
……………。
……………。
城に帰ってきた後、俺の使っている部屋のベッドへ彼女を寝かせる。
別に変なことを考えているのではない。
何せ、客室でベッドが敷かれているのはここだけだ。
最初のうちこそ彼女の自室を探そうとも思ったが。
死霊種である彼女は睡眠を必要としないし、自分のベッドは無いのかもしれないと考え直した。
……でも、これって気絶だよな。
呼吸も普通に安定しているし。
死霊種の身体の原理はよく知らないが、気絶するなら寝ることもできるんじゃないか?
衣装棚の下にある椅子を引っ張り出し、その上に座る。
安定した呼吸を放つエルドリッジさん。
その寝顔は永久保存版だが。
――さぁ……どうすっかな。
このまま待っても良いが。
起きた時に俺の顔が目の前にあるのは不安になるかもしれない。
お世辞にも二枚目とは言えないし。
自分で考えておいて悲しくなってきたし。
やっぱり文献収集に戻るとしよう。
いや、まずは風呂か。
血塗れの身体を確認し。
今一度、彼女の様子を一瞥すると、俺は部屋を後にした。
◇
小さな脳をフル回転し。
ページを流し読みする。
大図書館の蔵書量は何時になっても慣れないな。
既に必要な書籍は全てテーブルの上に引っ張り出されているが、まだまだ三十冊はある山。
一定のペースで読んでも。
およそ二週間ってとこか。
一度手を止め、確認がてら茶を呷る。
……エルドリッジさんの淹れてくれたやつに比べたら、ただの色水だ。
たったの数週間でここまで胃をやられるとは。
あの味を知れた喜び。
そして、知ってしまった後悔を飲み下し、再びページを捲る。
そんな時、いつもの気配を感じた。
特徴的で、只一個人以外からは感じたこともない気配。
ゆっくりと、こちらへ。
向かってくる小さな音。
やがて開かれた扉に視線を送ると。
エルドリッジさんが目を伏せながら大図書館へと足を踏み入れてきた。
「気分はどうですか?」
こういうのはこちらから話しかけるべきだ。
あまり調子が良いとは言えなそうだからな。
肉体ではなくて。
精神的な意味で。
「……有り難うございます」
ここへ運んできたことに対する礼なのだろう。
彼女は深く頭を下げると。
隣の席に腰を落ち着ける。
……そう、この距離間だ。
この距離までくると、彼女の清浄な雰囲気を感じ、安心感を得ることができる。
それは初めに会った時から感じていた歪さ。
狙ってやっているとはとても思えない程のチグハグな存在。
「すみません、エルドリッジさん」
「あ……はい」
「貴方は――なぜこのような気配を?」
「……………ッ」
本の事を尋ねるような気軽さで。
聞くべきではない事を尋ねる。
だが、ここまで来て聞かない選択もない。
それを知ることができれば、彼女の経歴、不死身の獣を消滅させることができた理由など、多くの物を知ることができるかもしれない。
俺は、勘違いをしていたのかもしれない。
最初、俺は死霊種だからこのような気配を纏っているのかと思っていた。
過去に例の少ない種族ならそういう事もあるかもしれないと。
それが大きな罠だったのだ。
そういうこともあるかもしれないと、尋ねることをしなかった。
これが彼女固有のものだったとしたら。
生前から存在するものだとしたら。
ただの人間だったなんて。
そんな過去はあり得るはずもないのだ。
俺の質問を受け。
暫く口を閉ざしていた彼女はゆっくりと語る。
「【反転】……とでも言うべきでしょうか」
彼女の言葉には多くの感情が混じっていた。
だが、そこに怒りは存在していない。
「私が願ったのです。死の瞬間に、国の人々に優しき平穏を――フーカ様に」
……フーカサマ?
その名を、俺は知っている。
何処かで聞いたことがある。
四百歳以上である目の前の女性には及ぶべくもないが。
これでも人間レベルでは長生きな方だ。
当然、この世界に関する知識はそれなりに保有しているわけで。
そう、どこか…いや、違う。
何度も聞いたことがある。
その存在を知っている者は多く。
だが、名を知る者は少数だろう。
この世界に生きる者にとっては最も遠く、最も身近である存在だ。
何せ、完全な上位存在。
「六大神……地母神フーカ」
「はい。私にその加護はあまりに勿体なかったのです」
フーカは六大神が一柱。
大地と慈愛を司る神だ。
現代において、その加護を受けるということはつまり、勇者になるということを意味する。
歴史上に大神の加護を受けた者は数いるが。
それを賜った者の名は教会に刻まれ続ける。
そして、地母神の加護を授かっていた者など片手の指で数えられる程で。
今まで不安定に浮かんでいた情報。
それらが全て一つの形に収まった。
――不死の魔物をも浄化する強大な儀式魔術
――地母神の加護
――四百年前に存在した人物
彼女は、大陸の東に葬られたとされている。
大陸中に影響を持つアトラ教、教会関係者で名を知らぬ者などいない。
絵物語にさえうたわれた存在。
―――では、この目の前の女性が。
あり得ざる真実を求め。
俺はその名を口にする。
「―――初代聖女……フィーア・グレース?」
「……昔の事です」
それは、肯定。
漂白後の世界において。
初めて地母神の加護を受けたとされる少女。
彼女はその祈りの力をもって多くの人に希望と笑顔を齎した。
分裂した国々による戦争を、その身一つで止める程の力で。
だが、その威光を危険視した者たちによって無実の罪によって異端審問にかけられた。
彼女の死後、その祈りの力は分散し。
四人の女性に宿ったとされている。
それこそ、現在の教会が祀る四聖女。
もっとも強力な【浄化】の力を有する火の聖女
もっとも強力な【癒し】の力を有する水の聖女
もっとも強力な【刻印】の力を有する地の聖女
四人の中でも浄化の力が低く。
刻印も使用できないものの。
最も多くの魔力を保有し、どこの国にも縛られる事なき風の聖女
最初にその力に目覚めた四人。
彼女らは最後まで初代聖女を信じ続けた者たちと協力して行動を続け、やがてはその無実を証明することに成功したと言われている。
だが、その本人が。
こんな所で……しかも死霊種だと?
完全にその気になった俺に対し。
ゆっくり頷き、彼女が語りだす。
―――古い、古い……初代聖女の物語を。




