第十話:不死身の獣
―アルモス視点―
荒廃した都市を抜け。
静かな荒野を駆ける。
気配は、すぐそこで。
向こうも此方に――城へ向かって真っすぐに進んでいるようだった。
都市にこそ入ってはこないものの、いつもであればこの近辺には魔物の影が見える筈だ。
しかし、それが今は一つとして存在しない。
恐らくは、この気配を感知して逃げたのだろう。
強き魔物ほど、あらゆる小動物よりも危機感知能力が優れているから。
今まで出会ったどんな存在とも異なる異質な魔力を感じれば、事なかれとばかりに逃げ出す。
……俺でさえ、得体の知れないものに対する恐怖を確かに感じている。
あちらから向かってきてる。
なら……待つか。
気分はさながら護国の騎士。
まぁ、後ろの都市は既に滅んでるんだけど。
目的が何であれ、死体蹴りをしに来たという訳ではないだろう。
妄想で気分を紛らわせながら。
剣を手に、襲来を待ち続ける。
……………。
……………。
やがて、それは姿を見せた。
やはり、外見は魔物と言える。
見た限りでは地竜種に近いだろうか。
翼は無く、ずんぐりとした巨体を四本の大木のような足が支え。
灰色の身体は硬い鱗に覆われており、爛々と輝く朱い双眸は魔族を彷彿とさせた。
「よぉ。調子は―――ッ!」
俺は声をかけようとして絶句する。
突然、奴の鱗の一部が。
内部から破裂したのだ。
どす黒い血が撒き散らされ、辺り一帯を染める。
苦悶にのたうち回って。
声にならない叫びをあげる巨獣。
しかし、再び起き上がる頃にはその裂傷は完全に塞がっていた。
…これが魔力の乱れの原因らしい。
というか、俺の身体の上位互換だ。
コイツの肉体は特定の箇所が無くなっても完全に再生するらしい。
「ガァァァアッ!!」
「……調子は最悪みたいだな」
叫び声を上げながら。
立ち塞がる俺を睨みつける巨獣。
さて、どうしたものかね。
ここで殺し合いと洒落込んでも構わないんだが、あれがエルドリッジさんのペットという可能性もある。
限りなく低いが。
「――アルモス様!」
……彼女も来るだろうな。
追うように走ってきたエルドリッジさん。
彼女は、俺の隣で静止する。
その顔は確信を帯びたものに変わり。
悲痛、悲哀の視線を魔物へ送る。
やはりというか、彼女は巨獣の事を知っているようだ。
なら一応は確認しておく必要があるだろう。あれがどんな存在であれ、知っている者に聞くのが一番正しい対処であろことに変わりはない。
「……やはり、そうなのですね」
「エルドリッジさん。あれ、ペットだったりしますか?」
彼女は黙って首を横に振る。
あまり親しげでもないしな。
……そうか。
なら、倒してしまっても構わない訳だ。
俺たちが話している間に目的地に向かって歩き出すのかとも思ったが。
巨獣は立ち止まったままで、その双眸を一か所に注いでいた。
―――エルドリッジさんへと。
なんか、最近会った竜は皆彼女に御執心だよな。
もしかしたら、種として面食いな可能性もある。
俺はそういう性癖には寛容だが。
実際に目の前でやられるのは勘弁なので、彼女を守るようにして前に立つ。
「……アルモス様」
「はい、何ですか?」
こんな時に変なことを考えていたのがバレたのかと思った。
しかし、一瞬だけ振り返った先にいたエルドリッジさんの表情は真剣そのもので。
「貴方は、あの子を救ってあげられますか?」
「……倒すというのなら問題は無いと思いますが」
同じ事かは分からないが、ただ斬り伏せるだけなら問題は無いだろう。
知能持たぬ魔物が相手なら負けるつもりはない。
だが、さっきの再生が気がかりだ。
頭を斬り落としても戻るというのなら。
ちょっと難しいか?
「お願いしても宜しいですか?」
「えぇ、勿論ですけど……何を……?」
既に彼女は魔力を練り始めている。
今まで感じたことが無い反応。
恐らくは儀式魔術だ。
広範囲の殲滅、半永久的な加護など。
準備に多量の魔力と時間を要することを度外視すれば、個として最大の効力を発揮する魔術の極致。
一個体の魔物に使うには。
あまりに高位の力だろう。
そして、驚かされるのはそれを単独で可能とする彼女の魔力容量。
もしかしたら。
イザベラよりも大きいかもしれないな。
後ろから緊張した様子の声が聞こえる。
「あの子は不死です。倒すのではなく、浄化してあげなければいけません」
「――成程? ……なるほど」
いきなり【不死】なんて言われても困惑するが。
彼女の言いたいことは理解できた。
つまり、通常手段では倒せないと。
俺がいくら斬り刻もうと、さっきのように再生すると。
……成程な。
それは、とんでもなく厄介な相手であることは間違いないのだろう。
なら、俺はいくらでも。
時間稼ぎに興じようか。
丁度新しい剣の耐久テストに相応しい相手を探していたんだ。
こちらとしても、いくらでも再生する敵は大歓迎だ。
よく来てくれた。
先ほどから構えていた剣に力を入れ、巨獣と相対する。
こっちも威圧して抑え込んでいたのだが、奴さんはそろそろ我慢の限界のようだ。
睨み合っていた俺たちは示し合わせたかのように前へと駆ける。
四足歩行ながら俺の五倍以上はある体高。
その膂力を前面に押し出した突撃は、先に討伐したファラリウスとは比較にならないほどの圧を帯びており―――
「……………ッ!」
突進を避け、わき腹に剣の刃を突き立てる。
しかし、鱗は思ったよりも堅牢なようで、金属音に酷似した音を響かせて弾かれた。
これは生半可な攻撃じゃ斬れないな。
さっきのように内側から破裂させられればいいのだが、漫画のような手法…食われるとかは生理的に勘弁だ。
巨獣はひるんだ様子もなく。
そのまま向かってくる。
どうやら突進しか能がないようだ。
なら、こちらとしても考えがある。
回避、回避、回避……奴の攻撃をただ避け続け、時を待つ。
やがて、その瞬間がやって来た。
―――爆裂だ。
再び、鮮血の華を咲かせる奴の身体。
俺を相手にしている故にのたうち回りこそしなかった物の、その痛みを堪えるように、竜は大きく咆哮した。
咆哮…当然だが、口が大きく開く。
大きく開いた下顎を踏み台に。
高く、空中へと飛び上がる。
目的地は勿論奴の背中。
よくある展開だが、実際に乗ってみると、これが全く安定しない。
振り下ろされるのも時間だろうな。
普段から片手用として扱っている剣を両の手で握り、天に掲げる。
「楽になれェ!」
死は、一つの救い。
死ぬ事も出来ない哀れな化け物の首目掛け。
一直線に振り下ろす。
傾きも、ブレだって。
最小限に留めた最上の一撃は堅牢な鱗を砕き、肉を裂き、確かに骨を断った感触があった。
普通の魔物と何ら変わらない。
動脈の集中した箇所。
噴き出す血飛沫は先程の比にならず。
大地を朱に染めていく。
痙攣する背中から飛び退った俺は、その巨体をつぶさに観察する。
後頚部…うなじの部分から剥がれ落ちたやつの頭部は断面をこちらに晒す形で地面に達した。
だが、喉周りの皮が残っていたようで、未だに胴体部とも繋がっているな。
流石に両断は厳しかったか?
だが、これで暫くは―――
「……おい、勘弁してくれよ」
皮一枚で繋がっていた巨獣の首は。
まるで、糸で縫い合わせるように。
ゆっくりと接合面が増えていき、数秒もする頃には完全に元通りに繋がることとなった。
こんなものを見れるのは貴重な体験なのだろうが。
正直、見たくもなかった。
「――ガアァァァッ!!」
繋がったばかりの頭部で。
再びの咆哮を放つ巨獣。
鳥肌立つわ、こんなん。
マジで不死身らしいな。
劣化版と言える肉体を持つ身からすれば、羨ましいというよりも悍ましい。
果たしてアイツは、生きていると言えるのだろうか。
不屈とばかりに再び飛びかかってくる巨獣。
どうやら、恨み浸透。
俺は再び、闘牛士のように突進を回避していく。
―――だが、奴も馬鹿ではなかった。
確かに回避したはずなのに体を襲う衝撃。
遂この間も、この身に刻まれた衝撃。
竜ってのはどいつも同じ思考になるのか?
それは、巨大な尻尾だった。
固い地面を何度も転がり。
剣を突き立て起き上がる。
が、次瞬に俺が感じたのは足を襲う激痛。
―――右の方があり得ないくらい捻じれている。
なんなら、筋肉が剥き出しだ。
奴ならともかく、俺の場合は数秒程度では治るはずもない大怪我。
やはり、元が人間だけに脆いな。
無論、奴はそんな事知るかとばかりにこちらに襲い掛かり、自慢の尾を天に掲げる。
「―――ッ!」
振り下ろされるは破壊の一撃。
強靭な鱗で覆われた巨獣の尻尾は、敵をいとも容易く大地のシミに変えるだろう。
果たして、破城槌が上から振り下ろされた時。
人間が無事でいられるだろうか。
……当然、否だ。
剣を掲げ、その強撃を防御する。
骨が軋み、足が大地にめり込む。
腕が悲鳴を上げ、膨張した血管からは耐えきれないとばかりに血が噴き出し、周りを赤く染める。
だが―――残念なことに。
俺は人間じゃないからな。
例え、全身の骨に罅が入ろうとも。
体中から血が噴き出そうとも、この程度で膝を折る筈がない。
こんな攻撃、爺の尻尾に比べれば。
精々枝木が関の山で。
もう少し大地に根を張ってから出直してくると良い。
衝撃を地面に逃がすべく、剣の面を滑らせるようにして尾の攻撃を受け流し。
この距離間であるなら。
得意の突進もできない。
地面にめり込んだ尻尾をすぐに攻撃に反転させることもできない。
体を滑らせるように腹の下に潜り込み。
竜の弱点といえる腹の部分を斬り裂き。
執拗に、何度も何度も。
何度だって斬りつける。
噴き出した血を浴び、肉片が落ちてこようが知ったことか。
次、次と…返す刃で抉り続ける。
「―――ッ――ッ――ァァァァァア!!?」
一瞬のうちにズタズタになった奴の腹。
内臓などの器官は普通にあるな。
機械仕掛けという訳でもなく、ちゃんと生きているようだ。
つまり……これ程の攻撃を受けて、平気でいられる生物は存在しない。
上から聞こえてくる。
激痛を訴える咆哮と。
――そら、来た。
こういう場合、本能で行動する奴らの最善手は全部同じだ。
足を折り畳まれ、巨躯が迫ってくる。
無理にでも体で押し潰そうとするのは当然だよな?
目障りな相手が下にいれば、俺だって踏み潰すからな。
だが、相手が素直に。
潰されてやるかどうかは別だ。
「―――食らいやがれッ!」
剣に纏わせるのは火属性に連なる魔術。
付けた名は……“紅焔”
俺のオリジナルの一つで。
太陽が発する炎状のガスを指すその名前。
何故俺がこの名を付けたかと言うと、紅焔は数か月の間燃え続けるとも言われるから。
真っ直ぐ、まっすぐ上へ。
仰向けのままの状態で。
天に掲げるように剣を突き上げる。
発生したのは火炎の柱。
下からの突き上げで、一瞬だけ奴の身体が浮き上がった隙を利用して下から這い出る。
「―――ッ――ァァァァア!?」
意味が分からないとばかりに叫び続ける巨獣。
無論、先程の頭部のように腹の穴は塞がるだろう。
通常であれば。
……そら、治った端から燃えていく。
肉体が再生を試みようとも、別の物がその空間に居座り続けている以上、塞がるわけもない。
奴の身体を貫いた紅蓮の槍は。
標本ピンの如く留まり続ける。
燃え盛る炎の柱を見据えながら。
腕に握られた剣を一瞥する。
なまくらの剣でこの魔術を使った場合、刀身が溶けてしまうが、流石は世界一を自負する鍛冶師が打った業物なだけはある。
無理言って五日で打ってもらった急造品だが。
俺が目を向けている間にも炎は燃え続ける。
咆哮し続ける巨獣の身体は再生しては燃え。
思い出したかのように内から弾ける。
体に負荷が掛かり過ぎているのか、弾ける周期はどんどん狭まっていく。
―――馬鹿げている。
やった本人が言えることではないが。
あんなものは、望んで手に入れるものではない、入れて良いものじゃない。
その瞳は生に執着している様子などなく、救いを求めているように見えて。
ただの生き地獄。
不死身の身体と共に手に入るのは無限に続く痛み。
弾け、治り、弾け、治り……これを見て永遠の肉体を望む者はいないだろう。
「――アルモス様ッ!」
その時、遂に声が掛かる。
戦闘でかなり元の地点からズレたから。
エルドリッジさんは、ゆっくりとこちらに歩んでくる。
彼女の纏う魔力は、もはや一個人が所有できるモノではなかった。
例えるのなら 天使や神。
神話に語られる上位存在。
それらがこの世界に現れたのならば、きっとこうなのだろうという考えしか沸いてこない。
彼女なら、きっとアレを救ってくれる。
だから、俺が言えるのはこれだけだ。
「……エルドリッジさん。後は、お願いします」
「はい、お任せください」
確固たる意志を秘めた言葉を放ち。
彼女は巨獣に歩み寄っていく。
未だに燃え続ける焔、
彼女は熱がるそぶりも見せずに近づいていき―――
「………ごめんなさい」
果たして、その言葉は。
何に対してだったのか。
「王権―――“聖骸布”」
炎の柱が消滅……いや。
空間そのものから魔力が消滅したのか。
この世界の生物である以上は。
魔力無くしては生きられず。
巨獣の肉体は今までの再生が嘘のように崩れていき。
―――後には何も残らなかった。




