第九話:食糧危機
―アルモス視点―
ロスライブズ領に来てから三週間が経過した。
既に、文献の半分以上は読破している。
この地の管理者たるエルドリッジさんの協力を得て。
俺は毎日のように膨大な書架を漁って必要な資料を探しているわけだが。
決定的となる情報は。
未だ得られていない。
だが、これまでに俺が集めていた情報と合わせる事で。
幾つかの仮説が浮上してきた。
もしかしたら、彼の騎士は。
【異界の勇者】かもしれない。
当時……まぁ、千年以上前なのだが。
大陸の東側には国など存在していなかったという。
つまり、存在するのは。
小さな集落群ばかりで。
東側であるため、強力な魔物が当然のように闊歩している。
だが、西側へ行けば生きる事もままならない。
統制などまるで取れていない魔族たちは、ただ滅びを待つのみだった。
そんな時、旧世界の遺跡から一人の男が現れた。
彼はただ魔物に怯えるだけだった集落の者たちに身を守るための術と力を与え、たった一人にして周辺の魔物たちを殲滅した。
彼の現れた集落へ集まる魔族たち。
集落はたちまち都市へと姿を変えていく。
そう、力を得たのだ。
最早、彼らは怯えて眠るだけではなくなった。
―――月日は流れて。
都市が国へと至る頃。
魔物の王たる【白き龍】が長き眠りの末に現れた。
天地揺るがす戦いの末、これを討伐した男は、彼らに平和な国を作ることを約束させると、どこかへ去って行ったという。
旧世界の遺跡…数千年前の文明は。
異界の勇者の大量召喚を咎めた神々によって漂白された。
なら、勇者を召喚するための機構が。
未だ残っていても不思議ではない。
なんなら、極西部には稼働している召喚機が存在する。
……異界から来た勇者は、漏れなく陛下に殺されたらしいが。
勇者を召喚するためには。
膨大な魔力を要するらしく。
元の世界に帰るにも同じ量の魔力が必要だとか。
なら、騎士が魔物を狩っていったのも大量の魔力を保有する魔核石を集める為だということで納得がいく。
彼のその後の足跡がまるで存在しない事にも説明がつく。
そもそも別の世界から来た人間じゃあな。
「……でも、穴があるんだよな」
召喚されたばかりの勇者は「弱い」らしい。
これは極西に位置する【ヴアヴ教国】の召喚した勇者の話なのだが、同じルールだとするのならば彼の騎士がそれほど強い筈はない。
何なら、極東の強力な魔素で。
すぐに死ぬ可能性もあるしな。
「――アアァァァァッ!」
「ギャオォォォッ!」
さぁ、極東の魔素に育まれた団体様がご到着っと。
常に灼熱の焔を纏っている牛型の魔物ファラリウス。
様々な属性のブレス攻撃を放つスピットロード…と。
魔皇国周辺でも最上位クラス。
怪物共がわんさか居やがる。
上位の魔物になってくると、保有する魔核石に貯蔵された魔力も膨大だ。
当然の権利のように魔術攻撃を行ってくるのはどうなのかね。
あいつらは基本的に本能で生きているので。
どのようにして魔術を行使するのかは研究の対象となっている。
人間や亜人、魔族などは体内に魔核石なんてものは存在しないので簡単に魔力欠乏になるが、魔物は魔核石に出来る限りの魔力を貯蔵するからな。
厄介な事、この上ない。
亜人は亜人でもオークやオーガ、ゴブリンなどは体内に魔核石を保有していて。
分類上は魔物で間違いないのだが、言語を解して一定のコロニーを作るということで亜人にも数えられる。
まぁ、魔物狩りの対象だが。
突撃してきた焔の牛を正面から一刀両断し。
三つの頭を持つ巨獣――スピットロードの放った溶解液と冷凍攻撃の盾にする。
巨躯の魔物が持つ外皮か。
……流石に頑丈で良いな。
隠れた俺に対し、本能のままに近づいてきたスピットロードは頭ではなく、魔核石のある個所を予測して刺突を放つ。
しかし、威力は刺突と呼ぶには。
いささか過剰と呼べるもので。
腹に大穴を穿たれた巨獣は。
そのまま大地に身を預けた。
スピットロードはカルディナの近郊に周期的に現れるからな。
解体なども行ってきた身としては、魔核石の場所は完全に把握している。
やったことは無いが、同じ種類のフグを捌くのと同じだろう。
俺の場合は毒袋など気にせず大穴を開けるだけの楽な仕事だし、あっちに比べれば調理師免許も取りやすいはずだ。
仕留めた巨獣たちを引き摺り。
腰に喝を入れて帰路に就く。
何故俺がこんなことをしているかと言うと、別に魔核石が欲しいわけではない。
もっと重要な生死の根幹にかかわる問題。
―――食事だ。
バルガスさんで知っていたのだが。
死霊種は食事も睡眠も必要としない。
それはつまり、有能な社畜になれる――ではなく、食糧の貯蔵が必要ないという事。
現在、ロスライブズの城には食える物が無い。
無論、出してもらった紅茶や塩、スパイスなどの嗜好品は育てているために存在するのだが。
それはあくまでも趣味の領域であって、腹が膨れるようなものではない。
自然、俺は食料を調達しなければいけない訳で。
こうして魔物を狩って腹を満たすわけだ。
最初のうちはエルドリッジさんが「お客様にやらせるわけには」とか言っていたのだが、彼女に狩りをさせるのは凄く危ない気がしたので丁重に断った。
……彼女に戦闘能力はあるのだろうか。
極東でも特に強力な魔物ひしめくこの地で一人暮らしているということは、最低限の実力はあるはずだ。
しかし、あのほんわかした性格。
とても、そうは思えないよな。
纏っている死の瘴気で大抵の魔物は逃げるだろうし。
……あのチョロ竜みたいに。
俺はともかく、あの竜のせいで一日に必要な食事の量がどれだけ増えると思ってるんだ。
色々と考えを巡らせている間にも。
廃都市を通過し、俺は城へと戻ってきていた。
「戻られましたか、アルモス様」
「えぇ、大量ですよ。リオン、迷惑かけてないか?」
中庭で出迎えてくれたエルドリッジさん。
……あとチョロ竜。
留守の間は相手をしてくれると彼女が提案したのだが、扱いが完全にペット。
明らかに俺より懐いている気がしなくもない竜に言葉を掛けるが、恐らく通じてはいないだろう。
「とてもいい子でしたよ。ね? リオンちゃん」
「クルルルッ」
竜の弱点ともいえる腹を見せて甘えるリオン。
それでいいのか、竜よ。
お前、一応魔物の中でも上位の怪物な筈なんだが。
やはり面食いなのか。
女好きかもしれない。
「では、アルモス様。いつも通りに」
「……お世話になります」
◇
さて、さっきも言ったように。
この城には食料が存在しない。
しかし、香辛料――スパイスなどは彼女の趣味で育てているらしく、一定の量が存在した。
恐らく紅茶に入れる為なのだろう。
チャイは色々な香辛料を入れると聞くからな。
で、俺はそれらの香辛料を使い。
料理と食文化の革命を画策した。
これが二週間前の話だ。
で、結果はどうなったかと言うと―――
「どうですか? アルモス様」
「凄く……おいひいです」
現代知識、完全敗北。
別に俺が料理下手という訳ではない。
一時はその道を志そうなんて思った時期もあり、それなりの知識は存在していた筈だ。
ただ、相手が悪すぎただけ。
「せめてお料理だけは」と申し出てくれたエルドリッジさんの厚意を無碍にするのはよろしくないと考えた俺は、一度彼女に甘えてみることにした。
食事を必要としなくなって久しい彼女が。
どのような料理を作るのか気になったというのもある。
その結果、現在では。
完全に主導権を握られてしまっている。
彼女の料理はあまりにも旨過ぎた。
もう二度と料理なんてするもんかと心が折れる程度には。
思えば、知人で料理が上手い女性なんていなかったなあ。
唯我独尊な陛下が料理などするはずはないし、イザベラなど七色のケミカル料理しか見たことが無い。
……訂正しよう。
料理が出来る出来ない以前の話だ。
そういう意味では、俺は彼女の料理の魅力に取り憑かれてしまったのかもしれない。
食事を口にすれば二度と戻ることができない冥界のように。
「いや、本当に美味しいです。どうしてこんなに料理上手に?」
完堕ちした舌が求めるままに。
料理を貪りながら尋ねる。
高位の魔物になると、しっかりとした下処理をしなければ魔力干渉の関係で気分が悪くなったりするが、それらの調理も完璧。
いくら食べても魔力のバランスを崩すことは無いということで、腹いっぱい詰め込める。
彼女の調理技術は天性のものではない。
恐らく、長年の努力の結果により会得したものだ。
どういう環境で彼女が育ったのか。
ヒントを得るためにも質問する。
……もしかしたら死霊種になってから勉強し始めたという可能性も捨てきれないが。
「教育の賜物、ですかね?」
答えは簡潔だった。
だが、ここ二週間で気付いた事がある。
彼女、エルドリッジさんは。
明らかに上流階級の出身だ。
それも、筋金入りの箱入り娘。
無数の書籍、数百年の経験によって膨大な知識を持っている筈なのに、実生活の面においてあまりにも抜けている。
ここ数日俺がどれだけ自分を抑えるのに苦労したか。
ホントに、下着が見えそうなんてのは序の口で、近づいて来ようとしたら何故か躓いてハグ、終いには俺が風呂入っているときに背中流しに入ってきたし。
振り向かなかったのを。
後悔などしていないさ。
俺は、純情で硬派な魔法使いさんだしな。
「ご馳走様でした」
「はい! 全部食べてくださって……あの。デザートを作ってみたのですが」
是非とも頂きたい。
何なら、全部食べちゃいた……おい。
最近、欲求不満になってないか?
こんな無防備な女性が目の前にいるんだから仕方ないともいえるが。
「えぇ、勿論頂きます」
無難に返事をしておいて。
まだ温かい紅茶を呷る。
いつもなら食事が終われば読書の時間だ。
だけど……な。
もう、思い切って聞いてしまったほうがいいのでは?
思い出されるのは陛下の伝言。
「やりたいことを終えるまで帰ってくるな」と言われたんだ。
なら、とことんまで。
突き詰めるべきではないか。
俺は彼女の経歴を尋ねる意志を固めた。
「少し、作り過ぎてしまいましたか?」
「いえ、全部美味しく頂きますよ。……えっと、エルドリッジさんは―――ッ!」
「……………ッ!」
俺たちの会話が途切れる。
「これは?」
此方へと、ゆっくり向かってきている。
それは、極めて異質な気配だった。
最も近いのは魔物だろうが。
しかし、どこまでも歪だ。
通常、生物の魔力の流れは血液のように一定。
だが、この気配の主のソレは一定ではなく、出鱈目に動き回っている。
定期的に波長が乱れ。
また魔力が動き回る。
例えるなら、器に耐え切れずに自壊したものが逆再生で戻ったかのような。
そして、俺はこの異質な気配に似たものを知っている。
―――あぁ、俺だ。
この気配は俺の魔力反応によく似ていた。
「………まさか、いま?」
エルドリッジさんは何かを知っているのか、小さく言葉を呟いている。
その表情は痛ましいモノを見るかのようで。
……確かめる必要があるな。
最近になって知りたい事が増えすぎだ。
このままじゃ、おちおち夜も眠れん。
「――エルドリッジさん?」
「……ぁ……はい」
「私、ちょっと用事ができたんで、行ってきますね」
「え? ……あ! 待ってください!」
後ろで彼女が呼んでいるが。
気にしないのが一番だろう。
というよりは。
気になった事は、とことん調べ尽くさないと気が済まない質なんでね。
だが、初めて感じる気配だ。
油断などするつもりはない。
とっくの昔に鼻っぱしなど折られているからな。
俺はそのまま城を飛び出し。
気配の方向へと駆け抜けた。




