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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第五章:過去編 彼と六魔の三百年(弐)

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第八話:管理者エルドリッジ

―アルモス視点―




 リオンは逃げずにちゃんと待っていた。

 ……エルドリッジさんが現れたあたりで、急いで空中に逃げ出そうとしていたが。


 やはり、彼女の纏う気配は。


 相対する者へ恐怖を与える。


 しかし、それが死霊種由来の特徴ではない筈だ。

 バルガスさんからそんな話は聞いていないし。

 

 ……分からないことだらけだが。

 とにかく、リオンを呼び戻し。

 ヤツをエルドリッジさんの案内してくれた廏舎(きゅうしゃ)に入れることには成功した。


 この地への交通手段は、やはり飛竜が主らしく。

 ちゃんと、屋上に立派なものが用意されていたらしい。


 ―――使われた事は殆ど無いらしいが。


 しかし、これでリオンの心配はしなくて大丈夫だろう。

 鼻先を近付けたと思ったら、急にエルドリッジさんに甘えだしたのは驚いたが、もしかして面食いなのか? あのチョロ竜。


 俺の時は唸ってただけの癖に。


 ……冗談はさて置き。

 竜と人間の好みが同じかは知らんが。

 やはり、違和感が拭えないな。


 リオンの反応は完全に俺と同じだった。

 出会った当初は死の恐怖が先行した。

 しかし、実際に相対してみると己でも不思議な程に安心感を得られて。

 

 ごく近い距離ならば。


 恐怖は完全に消える。


 ……地雷踏んだせいで色々聞きにくくなってしまったし、その辺は後回しにするが。

 彼女には、特異な()()がある、



「―――では。仔細をお伺いしましょう」



 再び戻ってきたのは、例の大図書館。

 見上げれば膨大な書架が目に入って、思わず気分が悪くなりそうだ。 


 俺の前には紅茶の入ったカップが湯気を立てて。


 優しい香りが鼻孔をくすぐる。


 前々から思ってはいたが。

 魔皇国の住民って、紅茶ばっか飲むよな。


 アフタヌーンティーに命かける国の人々を思い出す。

 実際に行ったことがあるが、ちゃんとした食事処がないわけじゃ無いぞ。

 俺は芋と魚の揚げ物も好きだし。



 ―――で、任務の件か。



「えぇ、では。陛下から極秘任務……」

「まぁ、陛下から……! あの方はお元気ですか!」



 反応するのはそこなんだね。

 広大な地方を任されるくらいなのだから、当然面識があるだろう。


 ……間違いなく元気だよな。


 元気過ぎて困るくらいだし。



「えぇ、未だ健在です。……エルドリッジさんとは、どのような関係なのですか?」



 ロスライブズ領は禁忌区域。

 一般の者たちは愚か、軍上層部の魔族でも立ち入ることは出来ない領域で。


 故に、彼女と陛下は。

 かなり特殊な関係だと思うのだが。



「……行き場を失っていた私を救ってくれたのが陛下なのです。恩人、と言うべきでしょうか」

「………成程?」



 それは、随分奇遇ですね。


 実は俺もそうなんですよ。


 死に掛けた所を救ってくれましてね。

 当時は本当に絶望の(ふち)で、一生付いて行こうと思いましたね。


 ……恐るべきマッチポンプ。


 思い出したら腹立ってきた。


 だが、そんな俺の胸中とは裏腹に。

 懐かしいものを思い出すかのように微笑むエルドリッジさん。


 彼女にとっては本当に恩人なのだろう。

 これは、滅多なことは言えないな。



「話の腰を折ってしまいましたね。続きをお伺いします」



 と、話の途中だったか。

 俺は先ほど述べようとした事を改めて思い出す。



「陛下から任を拝命し、ラグナ・アルモスという人物に関する文献を調査しに来たのです。その……場所って、お分かりになりますかね?」

「はい、全て把握しておりますので」



 まぁ、流石に無理だよな。


 何十万、何百万冊……と。


 どれだけあるんだって話だよ

 この量の蔵書から、そんな特定ワードだけを抜き出して探すなんて芸当が―――は……?



「……あの。……全て?」

「はい」

「把握してる……?」

「はい」

 


 マジで?

 一日に十冊ペースでも数百年は掛かりそうなんだけど。

 あれか……? 流し読みでも完璧に覚えられるとか。


 何で、俺の周りには天才ばっかり現れる。


 劣等感で精神から先に殺す作戦か?


 考えている間にも、白魚のように細く滑らかな指を折って何かを数え始める彼女。 

 死霊種って聞くとゾンビっぽい灰色とか紫色の肌なのかなって思うけど、普通に肌色なんだよな。


 彼女の場合はかなり白いが。

 それがむしろ芸術品の様な美しさを……じゃなくて、なに数えてます?



 ―――記述がある文献の数、とか?



 覚え方が常人と乖離(かいり)しすぎだろ。

 図書館の検索機能その物じゃねえか。


 しかも、指折りの数は。

 留まる所を知らない。

 館内を見渡しながら指を折るエルドリッジさんを眺めること数分。


 ようやく彼女は腕をティーカップへ伸ばす。



「あの……申し訳ございません。こうしないと数えられないのです……」



 彼女にとって、それは恥ずかしい事なのだろう。

 顔を赤らめながら呟く姿は庇護欲を掻き立てる。

 


「いえ、問題ありません。……どれ位の蔵書が?」

「種類としては百六十二です。その内の十一冊は絵本ですけれど」  



 結構、種類があるもんだな。


 絵本があるのも当然だろう。


 何せ、かの騎士は魔王の最初の部下なのだから。

 魔皇国の誕生とは切っても切り離せない。

 アルモスなんてのは、元の世界で言うタナカとかイトウみたいなものだからな。


 魔皇国でその名を知らない国民は居ないとまで言われる。


 にも拘らず、生死不明、経歴不明。

 本当に存在したのかすら不明。

 そもそも、会ったことがある者は殆ど生きちゃあいないから当然だ。


 現在の魔皇国では。

 会ってて陛下と爺くらいなものだろうな。



「書籍を、お持ち致しましょうか?」

「えぇ、お願いします」



 探すのは早ければ早いだけ良いと。


 肯定する俺の言葉に、エルドリッジさんは席を立つと、迷いなく一つの書架へと向かって行く。

 見上げているのは間違いなく十メートルは上だ。


 しかも、本をとるための脚立も。


 あり得ないほどデカい訳で……。



「ええと、まずはここの棚を―――」



 ちょっと際どくないっすかね。


 というか警戒心が無さすぎる。


 彼女が纏っている服は、西洋風の法衣だろうか。

 ゆったりした服で、下から覗き込もうとすれば容易に内側が見えてしまうだろうし、裾が長いので、踏んでしまえばこちらに落下して来るだろう。


 果たして、落ちないかどうか。

 俺がハラハラしている間にも、彼女は的確に本を書架から取っていく。

 そして、取ったらテーブルへ置き次の書架へ。

 十分もする頃には、テーブルの上には本の山が築かれていた。


 ……どうやら、本当に彼女は全ての蔵書を把握しているようだ。

 やっぱりおかしいよ、この国。



「流石に全てをお出しするのは難しいので、ひとまずはこちらで宜しいでしょうか?」

「………はは。十分ですよ」



 今積まれているだけでも、二十冊はあるようで。

 見た感じだと、物語以外では考察関係の書籍が多いな。


 過去にもそれを調査していた者が居た、ということだ。

 ここは先人の知恵を借りることにしようか。

 彼女にお礼を言ってから再び席に着き、一番上にある分厚い本を開く。

 

 俺も、今までに多くの場所を巡り。


 調査自体はしてきたからな。


 文献と知識の類似点は多く存在する。

 ……些細な情報で良い。孤独な王を置いて行った大馬鹿野郎の足取りを掴んでやる。


 暫くの間、俺は読書に没頭し。


 館内には紙を捲る音が響いた。




   ◇




 ………これも……同じだ。


 びっしりと細かい字が配された書籍。

 ずっと読み続けるのは疲れるもので。


 気分転換を兼ね。


 俺は絵本を読む。 


 だが、それ等の本に書かれているのは、細かい解釈違いこそあるモノの。

 その殆どが同じ内容で……。


 別言語に置き換えただけだ。

 魔族の言語は勿論、半妖精種、小人種、人間種……何故こんなにも多くの種族の言語で?



「―――あの、エルドリッジさん」

「はい。いかがしましたか?」



 対面に座っていた管理者に話しかける。

 彼女も俺と同じく読書に没頭していたようだが、時々こちらに視線を送っていたのは、俺の反応を観察していたからなのだろう。



「この本なのですけど、何故こんなにも翻訳版が?」



 物語は極めて簡潔。

 伝説の騎士が魔物の王を倒し、人々を救う話だ。


 本編に名前こそ出てこないものの、魔皇国の民の間ではこの騎士こそがラグナ・アルモスであるとされており、彼を伝説足らしめている最大の要因でもある。

 だからこそ小さな子供でも彼のことを知っているが、本に書かれている以上の事は全く分からないというチグハグなことになっているのだが。


 で、この物語が最初に現れたのは。

 魔皇国で間違いないらしく。

 しかし、友好国である亜人国家ならまだしも、人間国家の言語でも翻訳されているのは疑問でしかない。


 一応、敵対関係だし。

 あちらさんからすれば、この国は不可侵(アンタッチャブル)だ。

 


「『建国騎士と白き龍』……私、この本が大好きなんです」



 疑問を受けた彼女は。


 本に視線を送り、微笑む。

 


「――そうですね。この本は私が人間だった頃には、既に大陸の中央にも存在していました。東側から伝わったというのは間違いないのでしょうが、ラグナ・アルモスという人物の伝説を基にしていると知ったのは、この国に来てから……四百年ほど前でしょうか」

「………へ……!?」

「恐らく、魔皇国の者が翻訳して大陸中に広げたのかと」

「……そ、そうですか」



 おかしいな。

 聞きたいこと以外に、もっと興味深いことができた。

 長命者であることは予測できていたが。


 よもや四百歳以上とは。


 魔族より長生きじゃん。


 いや、これまでの魔人生で年齢と外見が一致しない存在は数多くいたが。

 それでも彼女は若々しすぎる。


 規格外陛下は例外としても、爺もバルガスさんも相応に老けていたしな。

 エルドリッジさんはまだ二十歳前でも通用するくらいだぞ?



 これは、ちょっとヤバ……。

 


「あの、アルモス様?」

「あ、はい……」



 疑問を投げかけておいて。

 いつの間にか沈黙していた俺を心配したのだろう。


 彼女が俺の瞳を覗き込んでいた。


 あぁ、いけません。

 そんな綺麗な瞳で……じゃねえ。



「―――え、えぇ。……えっと、これからどうしましょうかね。まだまだ調べたい事もあります―――しぃぃッ!?」



 取り繕おうとした瞬間、突然耳元で大音響が発生する。


 これは……“念話”なのか?

 つい数年前からイザベラが主導となって理論を構築し始めた魔術。

 しかし、とんでもなく複雑な術式であるため、あまり上手くは行っていないと聞いていて。


 現在は試作段階のものであるが。


 雑音が凄くて使い物にならない。


 使い手も、現在俺とイザベラしか居ない不良品魔術で。


 で、何故そんな不良品を今繋げてくる。 

 このままだと鼓膜が終わるので、エルドリッジさんに無言で申し訳ないと伝えて後ろへ振り返る。



 ……………。



 ……………。



 ―――図書館内で電話ってダメだよな。



 いや、ここアウァロンだし。

 利用客も俺しか居ないし?

 やや罪悪感を覚えつつも、自分に言い訳をして回線を繋ぐ。



『―――ぁ、繋がった。アルモス? 調子はどうかしら』

「最悪だ。不協和音が凄いっ」



 こうしている間にも、不快な雑音が耳を(つんざ)く。


 ……王都から北部まで。

 どうやら比較的遠距離でも繋がるようだが、魔力消費がマッハだよな、これ。


 

『……そうね。じゃあ、手短に伝えるわ。陛下からの伝言なのだけど、「やりたいことを終えるまで帰ってくるな」だって』

「……どういうことだ?」



 燃費の悪さを感じているのか、彼女も簡潔に用件を伝える。


 だが、意味が分からない。

 よもや、なにかの暗号か。

 そもそも、俺がこの地に足を踏み入れたのは陛下の指令があったからだ。

 俺自身が来たいと思って来たわけではないので、当然「やりたいこと」なんてある筈もない。

 


『私に聞かれても分からないわ。うるさいから、じゃあね』

「あ、おい……!」



 回線を切られた。

 やはり、術式の理論を構成した本人も耐えかねるようだ。

 別れ話を切り出した後みたいに勝手に切りやがって。


 ……彼女いたこと無いけど。


 だが、“念話”はまだまだ改善の余地ありだな。

 俺は言われた通りに術式を組み上げただけなので、理論なんてさっぱりわからんが。


 便利なものには違いないので実験台になるのは構わない。

 しかし、魔導士団の方には、もう少し頑張ってもらう必要がありそうだ。

 団員たちの方は危険性が高いと言ってまだ使っていないようだし、なぜ部外者の俺がモルモットにされているのかは理解に苦しむ。



「―――あの……アルモス様。それは……?」



 用事が終わったのを察したか。


 後ろから声が掛かる。

 まぁ、エルドリッジさんからしてみれば、急に俺が独り言を始めたように見えたことだろう。



 ―――待てよ、ただの痛い奴じゃねえか。



 これは弁明の必要があるな。



「えっと、つい最近知り合いが開発した“念話”って魔術です。遠く離れた相手と話が出来るんですよ」

「わぁ……凄いですね!」



 目を輝かせるエルドリッジさん。

 ……まさか彼女は、四百年前からずっとここの管理を?

 もし一度も出たことがないのならば、当時と今とでは魔術の常識も異なっているかもしれず。


 その純真な眼差しで見られると。

 何だか、不良品を誇張し騙しているようでいたたまれないな。 



「でも、まだ開発段階なんです。まともに話せないですね」



 デメリットはちゃんと伝える俺、エライ。

 陛下とは違うのだよ陛下とは。



「……そうなのですか」

「申し訳ないです」

「いえ……―――ぁ、そうです。先程の話なのですが。この地へは、暫く滞在されるご予定なのですか?」



 シュンとした顔を見せた彼女は。

 次の瞬間には、期待するような表情に変わる。

 

 何というか、小説で見る箱入り娘みたいだな。

 警戒心が欠片も無い。

 南極のペンギンでも、もう少し防衛本能があると思うんだが。


 ……だが、それが。

 天敵がいない世界だからだとしたら?

 

 ()()と触れ合う機会が全くないからだとしたら?


 これは、ちょっと確かめる必要があるかもしれないな。

 サーガやイザベラの話だと、俺はどうにも過保護みたいなところがあるらしく。


 自覚は無いのだが、複数の友人が言うのならそうなのだろう。

 

 なら、(さが)だと言い訳に使わせてもらうさ。



「えぇ、長くなりそうなので。……エルドリッジさんさえ宜しければ、ですが。暫しの間、お部屋をお借りしたく」

「はい! 客間のご用意を致しますね!」



 客人が来たのが余程嬉しいのだろう。

 エルドリッジさんは、見惚れてしまいそうな程に美しい微笑を浮かべて去って行く。


 後に残された俺の前には。


 目を通していない本の山。


 ……さて、ちょっとずつ読み進めていくことにしようか。


 俺はゆっくり読みたい派だが、この量は流し読みするしかないだろう。 

 冷めた紅茶を干し、再びページを捲る。



 俺の戦いは、始まったばかりだ。

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