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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第五章:過去編 彼と六魔の三百年(弐)

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第七話:死を纏いし者

―アルモス視点―




 ―――リオンの背に乗り空を行く。

 手綱の操作自体、馬とあまり変わらないのは僥倖(ぎょうこう)だったな。 


 普段は通行許可証の発行が面倒な関所とか。

 そういうのも、纏めてすっ飛ばして行けるのは非常に有難い事。


 ……だが、これって―――犯罪に当たらないか? 


 下手に低空飛行したら。

 関所から、魔術の一つでも飛んでくるかもしれないな。


 リオンが疲れ過ぎないように度々休憩を入れつつ。

 大空を旅すること二日余り。

 通常の旅だったら、その三倍以上は優に掛かる事を考えれば、やはり凄い速度だ。


 飛竜を育成するノウハウが確立されれば。

 もっと大規模に運用することが出来るようになるだろうし、一般にも普及するかもしれない。


 そうすれば更に安全な生活を国民へと与えられるのだろう。

 まぁ、この辺は門外漢もいい所なので、専門の方々に頑張って頂くことにしよう。

 

 見下ろせば、視界一杯にまたがる広大な景色。


 これ以上の関所はなく。


 広がるのは荒野ばかり。


 ……既に、領域としては北部ロスライブズに踏み込んでいる。

 大気中に含まれる魔素の濃度もまるで違うな。



「リオ―――アポリオン。苦しくは無いか?」

「グルルルルㇽㇽㇽㇽ……!」



 うん、大丈夫そうだな。

 うっかり略称で読んでしまったので多少不機嫌だが。元々高位の竜なので、そこまで大きな影響は受けていないらしい。

 だが、実際に来てみると、どうしてここが立ち入り禁止区域なのかも理解できるな。


 この地の魔素は濃いだけではなく、()()なのだ。

 ただ濃度が高いだけならどうにでもなる。


 しかし、ここの魔素は。

 どちらかというと、精製後の姿――魔力の形に近く、更に体組織への吸収効率が異常に速い。


 言葉で例えるとするのなら。

 他人の魔力を強制的に取り込まされるようなもの。


 まず、体調が悪化して。

 次第に呼吸困難の症状。


 ……終いには、死にも至りうる。

 

 魔素は誰にでも適合するが、魔力が一致することはまずあり得ない。

 これは、DNAみたいなものだ。

 千差万別だからこそ魔術の適性には個人差があり、最終的な魔力容量も質も異なる。

 この辺の知識は全てイザベラの受け売りなので間違いはないだろう。

 

 今の俺であれば問題はないが。

 確かに、並みの魔族では立ち入るのも危険だな。


 リオンにも気を配りながら。


 確認しつつ行く事にしよう。


 そうして、自身の知識と照らし合わせながら飛行すること小一時間。



 

「………あれだッ!」




 見えてきたのは、廃墟同然と言いきれる程に荒廃した都市。

 かつての家屋は完全に風化して。


 砕け、潰れ、粉々に。


 瓦礫へと変わった街。


 ……そして、中心に座すは魔王城にも劣らない程の巨大建築。

 華やかさこそないものの、圧倒される大きさであることには違いなく。確かに、あの広さなら多くの書架を置くことができるだろう。


 文献探しが捗りそうだ。


 かつて、魔皇国でも旧世界の遺跡を調査しようという動きがあった。

 それを主導したのは勿論陛下であり、彼女の命によって一時期ロスライブズは大規模な発掘現場であったらしい。

 

 その後に何があったのかは聞かされていないが、現在発掘活動は行われておらず。

 そもそも俺は、管理者が居るという話も初耳だったが。


 恐らくは、遺跡関係の調査書も多く収蔵されている事だろう。

 本の収蔵スペースがどれ程あるかは分からないが、ともかく退屈はしなそうで。

 

 城に向かいながら高度を下げていき。


 丁度良さそうな空間に着陸を試みる。


 ―――そこは、城の屋上に当たる場所だ。

 幾らか風化していても、幼体であるリオンの重量的に崩落することは無いだろう。



「クルルルッ」

「おぉ、よしよし。……えーと? どうするか」



 長旅がようやく終わったと理解したか、鼻を押し付けて甘えてくるチョロ竜。

 その相手をしながら、独り呟く。


 陛下の話では、管理者がいるらしいが。

 それらしき人影は未だ無く。

 リオンを留めておく場所がここで良いのかもわからんし。


 どうしたものかね。

 灰色のレンガで築かれた城はかなり広そうだし、家主を探すのも一苦労。

 無論、向こうから来てくれるなんて都合の良い考え方はしない方が良いだろう。



「リオ―――イデッ!? ……そう噛みつくな、こっちの方が呼びやすいんだよ。取り敢えず、此処で待っててくれ……ストップ、シットダウン」



 やはり、略称で呼ばれるのは嫌と見える。

 ニュアンスで判断しているのかは分からんが。

 言葉が通じているわけではなさそうなのに、何故分かる。


 ともかく、ついて来ようとするリオンをその場に座らせ、待っているように告げる。

 逃げて自然に帰る可能性が無いわけではないが、その時は仕方ないだろう。


 調教師の教育に賭けるしかない。


 およそ信用できる要素無かったが。


 屋上を適当に歩いていくと。

 屋内へ通じているであろう階段があったので、有難く使わせてもらい。

 

 螺旋階段を降り、屋内へ。

 通路にはいくつもの部屋が存在するが、室外から見る限りだと家財は無し。


 ……随分と部屋が綺麗だな。

 魔皇国でも広く普及している照明具もある。

 きっと定期的に掃除されているのだろう、目に入る限りで不衛生なものは欠片も存在しない。


 陛下は、管理者としか言っていなかったが。


 もしかしたら、複数いるのかもしれないな。


 ホラーゲームの題材にでも使われそうな広い館内。

 その中を、俺は家主を探して探索する。

 上階は客室として割り当てられているのか、同じような部屋ばかりで。


 魔王城も一階辺りが広い十階構造だが。

 やはり、この建築も引けを取らないな。

 階段を下り、多くのドアを通るが、目に入るのは同じ景色ばかりで見分けがつかない程。


 そんな中、再びの螺旋階段。


 降りると一つの大扉が出現。


 他とは異なる役割を感じさせる扉に、そろそろイライラしてきた俺は迷わずドアを開け……。



「―――これは……何だよ」



 それは、果たしてどう表すべきなのだろうか。

 俺が出てきたのは、またも通路だった。

 全階が吹き抜けになっているのだろう、見下ろしてみれば普通の人間であったら間違いなく即死級の高度。

 上は屋上スレスレまで見上げることができる。


 そして、その上下が途方もない程に広い屋内に収められた、膨大な書架。

 書架の数だけで数千……いや、数万以上あるかもしれない。


 では、隙間なく敷き詰められた書籍は?


 ……一体、何冊あるというのだろうか?



 いや、馬鹿かよ。



 確かに長期任務かもしれないとは、長くなるかもとは思ってましたよ?


 でも、この量の蔵書全てを調査しろと?


 調査の為に、流し読みでも検閲しろと?


 何百年掛かるんだよ。

 俺はゆっくり本を楽しむタイプなので、千年以上かもしれない。

 

 陛下とタメになるわ。 

 ……それより前に陛下は二千歳以上だけどさ。

 流石に不可能と言って良い。

 いくら魔人が長命だと言っても、千年は生きられないはずだ。


 一体どうやって、こんなふざけた量を調べろと……。



 ……………。



 ……………。



「今度は―――なんだ……。管理者の方か?」



 誰かが近付いてくるのを感じた。

 だが……気配が物騒この上ない。

 言うなれば、「死」という概念が服を着て歩いているような感じ。

 だが、そんな馬鹿げた存在など、怪物蔓延(はびこ)る魔皇国の一兵卒を長く務める俺でも相対したことはなく。

 

 こうして衝撃を受けている間にも。

 気配はどんどん大きくなり。

 感じるも(おぞ)ましいソレは、俺が入ってきたのものとは別の大扉の前で静止する。

 


『……どのようなご用件でしょうか?』



 声のみが扉の奥から聞こえてくる。


 それは、女性特有のもので。

 とても不思議な感覚だった。

 強者特有の焼け付くような威圧も、それを完全に制御した不自然な抑制も感じない。


 にも拘らず、思わず身構える。

 決して油断するなと身体が告げている。



「……王都より任務を拝命し参りました、騎士アルモスと申します」



 俺は簡潔に用件を伝える。


 相手を刺激しないように、害は無いと伝える。

 あと平騎士なので、一地方を任せられる程の相手には当然敬語で応対だ。

 

 自己紹介から数瞬の間もなく。


 扉が開き、声の主が姿を現す。


 まず目に入ったのは、腰まで届く長髪。

 柔らかな印象を受ける白髪で。

 次に、特徴的な瞳。

 蜂蜜、或いは黄金のように輝く瞳は、所謂垂れ目……緊張の色を湛えているものの、相対するものに安心感を与える柔和さを持っている。


 だが、久しく見ていない両耳の形。


 感じる魔力の波長は、まるで……。

 


「………人間?」



 ―――いや、違う。 

 これは紛れもなく、バルガスさんと同種。


 混乱する俺の脳内。

 彼女は慣れていると言わんばかりの顔で優雅に一礼する。



「そう思われますよね。私は、エルドリッジと申します。元は人として生を受けましたが、現在は魔族。死霊種としてこの地を管理しております」



 ……どうやら、彼女こそが陛下の言う【管理者】で間違いないようだ。


 しかし、元人間の死霊種とは。


 実際に会うのは初めてだな。


 死霊種というだけで、歴史上でも例は僅か。

 その中でも、元より生来の魔力量が少ない人間が変異することなど、例外中の例外だ。

 バルガスさんは元々妖魔種の魔族だしな。


 あまりジロジロ見るのは失礼なので。

 瞳に焦点を当てて彼女と向き合うが。

 この女性―――エルドリッジさんは、とてもちぐはぐな印象を与えた。

 

 先程まで確かに感じていた、濃密な死を感じさせる瘴気。


 それは今でも感じているが。

 しかし、同時に。

 今の俺は、こうして相対していることによる心地良さすら感じる。


 「死」による恐怖と「生」による安堵。

 相反する属性は通常であれば決して交わることは無い。

 にも拘らず、彼女にはそれが共存しているのだ。

 


「王都の騎士アルモス様、ですね。正規の手続きを踏まれた方はいつ以来でしょうか」

「………はは」

「お客様。ご用件はゆっくりお伺いしますので、こちらへ」



 掌で、下の階へと通じる階段を示して。

 進み始めようとするエルドリッジさん。

 

 正規の手続きで良いんだよな……?


 陛下からの指令を受けてきているわけだし。

 でも、関所自体はスルーした無断通行、と。

 

 ん? 無断通行? ………あ、あぁ。



「すみません、連れ……騎乗してきた飛竜が屋上に待機しているのですが」

「あっ、申し訳ありません。舞い上がってしまいまして……では、先にそちらのご案内を……」



 階段を下ろうとしていた彼女は。


 ピクンと反応して戻ってくる。

 

 ……何か、凄く可憐な女性だな。


 よくよく見なくても、陛下やイザベラと同じくらい美人。

 ゆったりとした服の上からでも分かる双丘は、妖魔種であるイザベラよりも……いかん、出会ったばかりの女性で何を考えているんだ俺は。


 明らかに思考がおかしくなっている。

 これも彼女の纏う心地よい雰囲気の所為(せい)なのだろうか。


 エルドリッジさんは俺を先導するように屋上へ向かう。

 俺には全て同じ通路にしか見えんが、当然ここに住んでいる彼女には見分けがつくわけで。


 それを伝えるのはこれからだが。

 暫くは此処でお世話になるんだ。

 やましい気持ちなど欠片もないが、少しでも仲良くなっておいた方が良いだろう。


 俺は、前を歩く彼女へと。


 適当に話を振る事にした。



「―――とても広大な空間であるのに、随分と掃除が行き届いていますね、ここは」

「ふふっ。有り難うございます」

「やはり、他にも管理者の方がいらっしゃるのですか?」

「……いえ。此処に住んでいるのは私一人です」



 初手で地雷踏み抜いたわ。

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