第六話:任務拝命、北部へ
―アルモス視点―
披露宴もつつがなく終了し。
静寂が訪れた城内で。
俺は、既に元の姿へ戻っている陛下に付き従って歩く。
彼女の自室は城の最上部。
彼女しか立ち入れぬ階層。
魔皇国の長い歴史上、暗殺者が入り込んだことは無いらしいが。
過去には、飛び道具をもって直接ここに攻撃してきた剛の者が居たとか。
……まあ、俺たちの事だけどな。
マジでサーガとイザベラ許さん。
ピッチングマシーンの件を俺は忘れていないからな。
この階層に俺が足を踏み入れているのは、勿論陛下と甘い時間を過ごすからではない。
陛下とそんな関係になった日には、命が幾つあっても足りないだろうし。
あり得ない未来を考えつつ。
重厚な銘木製の扉を潜ると。
陛下の自室は相変わらずだ。
一国の王としては相応しい調度品で構成されているが、女性らしさは欠片もない。
彼女は棚からワインのボトルを取り出すと。
そのままグラスに注いで飲み始める。
まだ入る腹があるのかと。
戦慄する一方で……あぁ。
良いな……あれ、超高いやつだ。
一杯で良いから分けてくれないだろうか。
グラスに注がれた一杯だけで。
俺の剣の代金を超えてくるような酒を水のように干していく陛下。
爺と違って弱くないようだな。
「何じゃ、やらんぞ?」
……まだ何も言ってないだろうが。
見せびらかすように飲みやがって。
先程までも陛下の給仕をしていたので、俺が食事を楽しむ時間などなかったというのに。
流石魔王、ここまで悪魔的な拷問を配下に与えるとは。
取り敢えず、話だけでも振っておくか。
「では、任務の仔細を」
「うむ……うむ……」
呼び出しといて酒を傾ける陛下。
ああっ、五十年物の古ワインが。
クソッ、貴族の……否、王族……否、魔王の遊びをしやがって。
水晶のボトルが空になる頃。
ようやく、彼女は口を開く。
「北部にロスライブズという地があるのは知っておるな?」
「えぇ、承知です。確か、禁忌区域……誰であろうとも立ち入りは許されない地。魔素の濃度が比較にならないとか」
まるで何事もなかったように。
話し始めた魔王に相槌を打つ。
魔皇国は極東に位置する国家だ。
故に、その魔素の濃度も大陸で最も高いわけだが、特にそれが顕著なのが北部――ロスライブズと呼ばれる地方。
曰く、死にゆくものの行きつく地。
過去に滅びた文明の集落が。
折り重なって形作られた墓場。
怨念や亡霊が渦巻いているのかは知らんが、まともな生命では生きることも許されない本当の地獄。
それが【ロスライブズ】だ。
一度死んでいるバルガスさんから聞いたからな。
不謹慎だが、興味深いと思って調べたことがある。
過去に大規模な発掘が行われていたのは知っているが、貴族が治める都市があるという話は聞いたことも無く。
これから遺跡調査に行くとなると。
かなりの長期任務になるだろうし。
そもそも、大書庫の文献にも詳しい情報は纏められていなかったのだ。
何が存在するかなんて。
憶測で埋めるしかない。
そう結論付けた俺の耳に、意外過ぎる言葉が聞こえてきた。
「例の任務の調査じゃ」
――今くるのか!
始まりの任務、魔王の探し人の調査だ。
俺はこれまでに大陸の各地を巡って情報を漁り続けてきた。
しかし、めぼしい情報は一切なし。
本当にそんな人物が存在したのかすら俺の中では謎のままだった。
……だが、ここに来て光明が見えたな。
陛下自身がその件に言及するということは。
何か手掛かりがあるということなのだろう。
ここ数十年程、彼女の口から全くその話題が出てこなかったので、忘れていると思っていたが。
「その地を管理しているのは死霊種の魔族でな、その者の協力を得て調査せい」
「……管理者…居たんですか」
そんな情報は無かったけどな。
死霊種は魔族の中でも特殊だ。
人間、亜人、魔族。
その中でも多くの魔力を保有し、この世に未練がある状態で死したものが、突然変異によって第二の生を受けた存在。
死者ゆえに子は作れず。
一族なども存在しない。
当然、そう多くの個体が存在するはずはないので、俺も会ったことがあるのはバルガスさんくらいだ。
「余の命で世界各地から過去の文献を収集させておる。任務はその調査という訳じゃな」
………成程。これは、長期任務だ。
それに、あの近辺ともなると。
行きにも帰りにも……。
「あちら側に行くには、面倒な手続きが必要ですよね?」
禁忌区域だけに関所も多い。
辺境で警備をしてくれている兵士には頭が上がらんね。
今回の旅は片道だけでもかなりの期間がかかるだろうし、通行許可証の手続きも面倒だ。
それこそ、空でも飛んでいけたら。
どれ程楽なことだろうか。
飛行魔術でひとっ飛びってな。
……しかし、そんな都合の良い手配をこの魔王様がしてくれる筈もないか。
遠足用のおやつ代すら払ってくれるか怪しいしな。
まずは通行手形の申請をして。
旅の支度と中間都市での滞在費と……。
「飛竜を其方へ預けよう」
「……え? ………え? ――マジすかっ!?」
思わず、声が上ずってしまった。
竜は魔物の中でも特に強力な種。
長い年月を生きた個体は上位魔族をも捕食の対象と見なすからな。
そして竜の上位種として有名な龍だが。
そちらは、まさしく天災だ。
だが、外見だけでその区別をするのはかなり難しい。
一般的には、言語を解して人化を可能とする種が龍で。
本能のままに行動するのが竜とされている。
……つまり、爺がボケて喋れなくなったら竜になるという訳だな。
人間国家が竜を利用しようとして大打撃を被った、滅亡したという例は歴史上を見返しても数あるが、魔皇国の場合はその調教技術を確立している。
軍部の花形部署と言えば。
誉れ高き近衛騎士団だが。
その中でも、特に憧れと。
羨望の対象に位置付けられているのが、飛竜を駆る者たち……俗に言う竜騎士だ。
技術が確立しているとはいえ。
飛竜自体は生育が難しい。
故に、現在魔皇国が保有している頭数は二十にも満たないので、狭き門も狭き門だ。
だから俺は一生縁が無いと思っていたんだが……な。
いやー、まさか討伐の時以外で竜に乗れる日が来るとはな。
今回ばかりは陛下に感謝―――
「てんで言うことを聞かないじゃじゃ竜がいるらしくての? 扱いに困っておったのじゃ」
「……へ? ――じゃじゃ…何です?」
「うまく扱えよ。竜は貴重じゃからな」
―――あぁ、成程ね。
道理で気前が良いと思ったら……。
ただの厄介払いじゃねえか!
じゃじゃ馬は知ってるけど、じゃじゃ竜ってなんだよ。
詰まる所、飛竜を従えるのも乗れるようにするのも勝手にやれということで。
任務の指令と面倒事を一気に片付けたわけだ。
本当に、流石は陛下。
良い性格しているな。
話は終わったとばかりに手を振る彼女は……文字通り良いご身分だ。
一瞬、床に転がった空瓶で。
攻撃する選択も脳裏を過ったが。
死ぬのは良くても、死に方くらいは選びたい。
俺は背を向けている彼女に一礼すると、音を立てないように部屋を後にした。
◇
「……では。宜しくお願いします、アルモス様」
「あぁ、ゆっくり休息を取れ」
「……ははは」
「業務が終わり次第、すぐにだ。今にも倒れそうで困る」
竜の調教師に案内されてきた俺だが。
いかにも手に負えませんといった顔。
本当に、てんでいう事を聞かないらしいな。
先日の鍛冶師以上に疲れた表情をした壮年の魔族――その髪はボサボサで、衣服は泥だらけだ。
……彼は、敬礼をすると。
フラフラと歩きながら部屋を後にする。
残された俺の目の前には、一つの檻。
巨大な竜種に合うように作られた特別性で、カルディナの地下牢を始めとした多くの設備に利用される魔導金属でできている。
頑丈さはお墨付きで。
俺でも破壊するのは容易ではない。
……そんな強固な檻の中にいたのは。
妖精の如き美しい飛膜を持つ竜で。
蒼く輝く鱗は宝石のようで、竜の中でも小型な体躯と相まって、芸術と呼んで良い造形を生み出している。
………のだが
「――ガルルルルッ」
犬か? お前。
鋭い牙を剥きだしてこちらに唸る姿は、さながら番犬のようだ。
小型竜種なだけに。
余計そう感じさせるのだろう。
だが、犬も馬も竜も変わらない。
必要なのはこちらが上位者だと相手に教え込むこと。
それは、第一印象が最も重要だ。
嘗められたら終わりで、何時までも言う事を聞かない相棒になる。
仲良くなろう…なんてのは。
飼いならす側の勝手なエゴ。
信頼関係なんていうのは後から勝手に付いてくるものだ。
ならば、すべきことは。
最初から決まっている。
「お手だ」
「―――ッ!?」
檻の隙間から手を差し出し。
威圧するように話しかける。
俺は友達になりに来たのではない、お前を従えに来たのだと竜に教え込む。
道中で調教師に聞いた話だと。
この竜はまだまだ幼体らしい。
恵まれた環境の中でどんどん成長するだろうし、今とは比べようもないほどに強く、大きくなる。
主従を教えるのは丁度いい時期だろう。
井の中の蛙……檻の中の竜を大空に連れ出す。
かつて陛下に教えてもらったように、調子に乗った小僧の鼻っぱしをへし折るわけだ。
死に掛けた俺と比べれば有情だろう。
俺は、手を差し出したまま。
向こうの様子を、ただ伺う。
……どれだけ時間が経ったか。
先ほどまでの威勢はどこへやら。
すっかり大人しくなった飛竜は恐る恐る前足を重ねてくる。
……向こうはゆっくり重ねてきたつもりでも、ガッツリ爪が刺さっているから俺の腕からは血が滴っているわけだが。
ライオンにじゃれつかれた人間の気分が分かるというものだな。
さて…顔合わせが終わったら。
次はお待ちかねのイベントだ。
名前は……そうだな。
コイツの第一印象から考えるに―――
「ポチか……タマ?」
「!?」
「……いや、タマは無いな。ポチか…ハチ…ラッキー?」
「!?!?」
お前、もしかして言葉理解してる?
そんな悲しそうな眼をするな。
まるで俺が虐めてるみたいじゃないか。
その後も名を列挙するが。
犬系統は全滅のようだな。
どうやら、お気に召さないようなので、なけなしの厨二知識を総動員して考える。
「じゃあ……アポリオン」
「……………」
何だ、その全てを諦めたかのような顔は。
「もうそれで良いです」とでも言いたげに投げやりな視線を送ってくる竜は、何処までも静かで。
先程までの威勢の良さは。
何処に行ったのだろうか。
アポリオンは黙示録に出てくる天使の名だ。
アバドンとも呼ばれているな。
イナゴの親玉みたいなもんだが、言わなきゃバレないだろう。妖精の様な飛膜って言うのは、裏を返せば虫みたいだと言っている様なもんだし。
でも、ドラゴンフライとか名付けた日にはコイツ大暴れしそうだし。
これくらいが丁度良いのだろう。
やっぱり、俺って。
ネーミングセンス無いのかなあ。
「じゃあ、よろしく頼むぞ? リオン」
「………ッ……ガルルルル」
あ、略称は不満なのね。
顎を撫でながら言葉を掛けると。
不服とばかりに唸ってこちらを睥睨する飛竜。
やっぱりコイツ、言葉理解してるんじゃないか?




