第五話:月明かりに輝く長髪
―アルモス視点―
「ローレランスの魔導士団長だ」
「ええ、相も変わらずお美しい……向かいで踊っておられる方は?」
「知らないのかい?」
「あの方がアルモス卿だよ」
「ほう。あの方が名高い……。お顔を拝見するのは初めてで――」
聞きたくない会話が聞こえるな。
如何にもブルジョワと言わんばかりに豪奢な服。
纏うは壮年の男性貴族。
勲章付けた軍部の高官。
後、お付きの騎士たち。
皆が此方を伺い。
ヒソヒソと言葉を交わし続ける。
俺の聴覚は、かなり鋭くて。
イザベラの腰に手を当てて二人で踊っていると、嫌でも周りの会話が耳に入ってくる。
彼女も、何故か目立つところで踊るように誘導しているし。
さては俺がミスするのを狙っているな?
残念だが、華こそないが動きは完璧だとバルガスさんからお墨付きをもらっている。
まぁ、共に踊っているイザベラは確実に俺より上手いんだが。
こういうのを華があるというのだろう。
足でも踏んでやろうと思っていたのだが。
むしろ、付いて行くのに精一杯。
彼女は主導権を握るかのように俺の手を引くと、優雅に微笑む。
「魔物狩りばっかりと思ったのだけど。…上手なのね?」
「君こそ、ただ引きこもっているだけでは無いらしいな」
まるで争うかのように。
売り言葉、買い言葉。
本当に、いつ練習していたというのだろうか。
これで彼女は多彩だが、努力を表に見せるということをしない。
俺の中で謎が一つ増えたな。
一番昔から気になっているのが。
彼女は、いつ寝ているのかだ。
かつてシャルンドアで魔術の修行をしていた頃も、イザベラが眠そうにしているのを見たことが無かったしな。
……もしかしたら、既に自身を改造してる?
体をサイボーグ化して睡眠が必要ない身体にしているとか。
ついでに胸も盛って――イデッ!?
「あら、どうかしたの?」
「……いや、何でもない」
このアマァ………!
どさくさに紛れて足を踏みやがったな。
表情には出さなかったので。
周りで踊っている者たちも気づかなかったようだが。
かなり強く踏みつけたようで。
彼女が履いているのはヒールなので、威力も保証付き。
俺がマゾだったのなら大歓迎だったのだろうが。生憎、彼女を女王様と呼びような趣味は持ち合わせていない。
痛がっていようとダンスは続く。
俺はジンジンと痛む足を庇いながら、猫のように気ままな彼女の踊りに付いて行く。
……………。
……………。
どれ程の時間が経っただろうか。
掛かっていた曲が終了し。
暫し空白の時間が訪れた。
周りの者たちも踊る相手を変えながら続行しようとする者、そのまま二人で腕を組んで歩いていく者など様々だ。
まぁ、取り敢えずの事として。
リア充共の顔は覚えたからな?
次はお前だ、震えて眠れ。
「――ロ、ローレランス様! 私と踊って頂けませんか?」
俺が参加者の顔をチェックしている中。
此方へと近づいて来る者がいた。
前に出てきたのは若い男性の魔族。
なかなかの美形で、その身に纏っている礼服から貴族家の子息だということが分かる。
彼は何とか緊張を抑えながら。
イザベラへと手を差し出して。
余程、彼女とご一緒したいらしいな。
当のイザベラは彼を一瞥すると、何故か俺に視線を送ってくる。
多分、追い返せってことなのだろう。
―――だが、俺は。
先程の恨みを忘れていない器の小さい男だ。
「行ってきたらどうだ? せっかくのパーティーだ」
「……………バカ」
俺にだけ聞こえるような小さな声で囁いた後。
男性の手を取るイザベラ。
彼は、今にも舞い上がってしまいそうな程に感激している。
うん、良い事をしたな。
そのまま二人は背を向けて歩いていき。
一人取り残された俺は、足早にテラスへ向かおうとする。
だが、俺が逃げるより早く。
前に立ち塞がる者が居た。
「私とも踊ってくださいませんか? アルモス様」
「……………ッ」
通せんぼするように現れたのは。
うら若い美形の女性魔族。
魔族の中では一般的な赤い瞳に。
金色に輝く長髪。
漆黒のドレスは、怪しい色気を感じさせた。
彼女は有無を言わせぬ語気を纏って手を伸ばす。
遠くで出遅れたという顔をしている女性たちは、頼むから他のところへ行ってくれ。
ロクデナシの相手に人生を潰すほど無価値なものは無い。
……で、俺が言うべき言葉は。
「はい、喜んで」
こう返すしかないだろう。
基本的に、誘われた本人が断るのは失礼な事とされる。
何より、この方の誘いを断るわけにはいかない。
彼女の手を取って、再び包囲網へ戻ると。
俺を振り回すかのように踊り始める女性。
一緒に踊っている者の視点からだと、とても荒々しく。
踊りにくいことこの上ない。
しかし、外部の者たちから見ると。
息を飲むほどに美しく、完成されたものになっていることだろう。
……相も変わらずだが。
この方は読めないというか。
長く生きているだけに技術が飛びぬけているな。
確実にイザベラよりも上手いし、俺なんて一生掛かっても対等に踊ることは出来なさそうだ。
「フフッ、お上手なんですね」
必死に食らいつく俺へ。
余裕の表情で囁く女性。
楽しそうに微笑む美貌が今だけは悪魔に見えるな。
対する俺は間違いなく仏頂面だろう。
ひとしきりダンスに付き合った後、俺は話を切り出す。
「それ、何時まで続けるおつもりですか?」
「……………ほぅ?」
俺が尋ねると、先ほどまで饒舌だった彼女が口を閉ざす。
張り付けられていた笑みが消える。
代わりに現れたのは「面白くない」とでも言いたげな表情だ。
「随分と楽しそうじゃったな」
「その様な事は」
「――鼻の下を存分に伸ばしおって」
伸ばしてません。
むしろ、如何にしてこの場から逃げ出すかを考えるので必死だったんですよ?
俺は目の前の女性……。
魔王エリュシオンへ抗議の視線を送る。
恐らく、魔術によって変装しているのだろう。
最初は金髪だったし、顔つきや体つきも全く違ったので面食らったが、すぐに彼女だと気づくことができた。
「何故分かった。我ながら、完璧な変装だと思っていたのじゃが」
「眷属ですから」
魔人となってから、既に数十年。
変化に気付くには十分な年月。
俺にとって陛下は生きる目的の一つであり。
有体に言うと、主と眷属の関係だ。
俺は何時からか、言葉で言い表すことのできない「繋がり」のようなものを確かに感じることができるようになっていた。
今まで、彼女が姿を変えたりとか。
このように変装したりとか。
そんな経験は無かったが。
すぐ傍にいるのであれば、必ず分かる。
奇跡とかは信じちゃあいないが、確かに存在すると分かっている物は別だ。
それが運命の赤い糸なのか、それとも呪いの刻印なのかは。
―――いずれ、分かるだろう。
「……答えになっとらんな」
だが、彼女自身に繋がりがあるという自覚は無いようだ。
まあ、それでもいいだろう。
俺が勝手に思い込んでいるだけかもしれないし。
信じてくれる者も居ない。
何せ、吸血種の魔族は魔王エリュシオン一個体のみであり、その眷属は後にも先にも俺一人らしい。
何故かは全く知らんが。
陛下が決めた事だからな。
「それで、何故変装を? そのまま出てこられたら――」
「出てこられると思うか?」
いや……無理っすね。
今は、ある程度の無礼講が許される時間だ。
陛下が来たとなれば。
皆が話している相手そっちのけで突撃してくることは想像に難くない。
この国に生きる者は、皆が。
陛下を敬愛…崇拝している。
少しでも覚えめでたくなれるように行動することだろう。
そうなれば彼女自身に自由に歩き回れるような余裕は無くなり、パーティーを楽しむどころの話ではない。
得心した俺は彼女の望むままにエスコートし。
会場内を軽く散策し始める。
酒に料理に踊りに出会い……と。
多くの物が用意されている空間は歩くだけでもそこそこ楽しめるものだ。
ボッチに厳しい世界ともいうが。
トレーを持った侍従からグラスを受け取り。
調子などを聞いている陛下は完全にオフモードの様で、本当にただの貴族令嬢のようだ。
……貴族令嬢を「只の」なんていうのはおかしいか。
こうして歩いていると。
俺に話しかける機会を伺っているのか。
数名の令嬢たちが此方を伺っているのが分かる。
しかし、腕を組んでいる女性が居て。
話しかけるのは躊躇われるようだな。
近くにいた者同士でヒソヒソと話をし、中には睨みつけている女性もいる。
きっと、俺の隣に居るのが。
何処の貴族令嬢なのかと。
必死に思案しているだろう。
絶対に分からんだろうが。
「ふふふっ、余が睨まれておるぞ? これぞ無礼講じゃな」
……あぁ…うん。多分違う。
睨んでいる女性達も。
相手が陛下だと分かった日には、卒倒どころか自殺しようとするかもしれない。
…そう思うと、マジで。
寛大な陛下で良かった。
にしても、本当に皆気付かないものだな。
彼女の事を昔から知っているバルガスさん曰く。
陛下は世界最高の魔術師らしい。
馬鹿みたいに魔力を消費することで悪名高い“幻惑”を始めとする偽装魔術は、相手と自分の力量差次第では見破られてしまうこともあると聞くが、果たして彼女の変装を見破れる者がこの世界にいるのだろうか。
「おいアルモス、次はあの料理じゃ」
「……は。承知しました、お嬢様」
陛下が何時も何を食っているのか迄は知らんが。
随分と色々な料理を楽しむものだ。
見かけによらず健啖家なのか?
にしても、俺はいつの間にか騎士から侍従に転職していたようで。
元が平騎士なので、大した問題にはならないだろう。
最低限の礼儀作法は叩き込まれているので、案外その道でも生きていける気がするし。
全ては彼女の望むままと。
次々に料理を献上する。
……さて、何時になったらここから出られることやら。
◇
「……素晴らしい。余の王国は平和じゃな」
「そっすね」
マジで――マジで疲れた。
魔王陛下の良く食べる事。
よく食べること。
フードファイトに出場できるよ。
思わず、臣下とは思えないような相槌を打ってしまう程に俺は疲れていた。
現在いるのは城のテラス。
パーティーもたけなわ・佳境を過ぎて、後は帰るだけと言ったところで。
此処に居る招待客たちもかなり少ない。
本当に、どれだけ食事の時間が長かったんだって話だよ。
内緒話をするにはうってつけの時間という訳だな。
広がる城下の景色を眺めつつ。
感慨に耽るように呟く陛下。
その表情は、いつしか王としてのものへと変わっていた。
相変わらず髪は金色のままだが。
それも月明かりに照らされて白銀に輝き、風に靡く姿はこの世のモノとは思えない程に美しい。
彼女こそが女神だと紹介されたら。
容易く信じてしまいそうだよな。
まぁ……実際はその真逆、世界最恐の魔王様なんだけど。
本当に、俺の周りには。
性格以外は完璧な女性ばかりだ。
「――おい。聞いとるのか?」
「……あ、はい」
「……………」
「何の御話でしょうか、我が君」
彼女は、どうやら先程から。
何か話をしていたようで。
「聞いておらんかったのか。……よもや、無礼なことを考えてはおらんな?」
「……はは、まさか」
流石に「貴方に見惚れてました」なんて言えない。
そんなことを陛下に言った日には。
大爆笑されてしまいそうだ。
「其方が裏でやっていることを余が知らん筈はないであろう?」
「……………」
「先の一件、大儀であったな」
「……は。勿体なきお言葉にて」
無論、彼女に話など通してはいない。
表向きには引退による引き継ぎということになっているし、一般の者では絶対に気付けないほどに完璧な計画を立てていた。
この国最高の頭脳を持つ双璧……宰相と統括局長の協力もあったからな。
そう期間も経ってはいない。
余りに早すぎる情報入手で。
だが、陛下が気付かない筈はない。
この方は、国民全ての名前を記憶しているくらいだからな。
全ての民を母親のように見守る。
腐った貴族や官僚に成長しようとも。
彼女にとっては何時までも。
小さな子供のままで……だが、それでも彼女は大多数の者のために少数を切り捨てることができる賢王だ。
必要とあれば必ず処断する。
その度に、涙を堪えながら。
傷つき…悲しみに暮れながら。
それを許せるか、許せないかで配下の行動は大きく分かたれるだろう。
俺は勿論後者だ。
―――許せる筈がないだろう?
今更、命など惜しい筈もない。
あいつらが幼い子供に見えるかって? まさか。
ただの権力に溺れた豚にしか見えん。
処分するのに少しも心は痛まないし、手元が狂うはずもない。
「………済まぬな」
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、らしくもないしおらしさを見せて言葉を紡ぐ陛下。
だから、俺はこう言ってやるのだ。
「陛下のためとあらば、如何なることでも」
その言葉には、一片の偽りも無かった。
俺は、彼女の為に生きているから。
「――なれば……我が騎士アルモスよ。後ほど任務の話がある」
「了解しました」
だから、こうして恭しく臣下の礼をとる。
少しでも安心させる為に。
彼女の憂いを取り除くために。
……さぁ、パーティーも終わった所で、仕事だ。
陛下から下される任務は、一般の騎士達では遂行が難しいものばかり。
一体、今回の無理難題は。
どんな長期任務になることやら。




