第四話:レッツ? パーティー!
―アルモス視点―
爺の尻尾を斬り損ねた日から五日が経ち。
就任式と披露宴が行われる日。
軍部の公務は軒並み変則的だ。
一般の騎士は会場の警備。
兵士たちは、王都の警邏に駆り出されている。
……俺さんは、何故か。
参加者として処理済み。
目の下に隈を作っている鍛冶師から新しい剣を受け取り。
自室で礼服に着替えてから会場へと向かう。
帯剣が許されているのは魔皇国故だ。
人間国家じゃあ、まず有り得ない。
いい剣を自慢するのも、品評も。
貴族共の嗜みとのことで。
彼らの何割が、実際にそれを使うか知れば笑ってしまうだろう。
――鍛冶師の旦那は酒貰って大喜び。
もう気にしなくていいだろう。
こちらとしても扱いやすくて大助かりだ。
だが、寝不足だったのか、一口飲んでそのままぶっ倒れたのはちょっと…。
かなり恐怖を覚えたな。
或いは、彼を介抱していれば。
こっちに来なくてもいいんじゃないだろうかという悪魔的な発想も脳裏をよぎったが、屈強なオヤジの介抱をする方が地獄だということに気付いたので、式典には結局出席することになった。
会場である城のテラスへ。
俺が着く頃には、就任式も佳境で。
城下から見上げる多くの国民たちの前に立つのは、これから行政の重職に就く者たち。
彼等は臣下の礼を取って陛下に忠誠を誓う。
この国に生まれた者は、元より皆が魔王を崇拝しているので、一種のパフォーマンスのようなものだ。
「では、これにて就任式を終了といたします。――陛下の御心のままに」
「「御心のままに!」」
老宰相の言葉を最後に。
終了する区切りの式典。
国中に響き渡らんばかりに。
何処までも届く民衆の声。
これだけで、魔王エリュシオンがどれだけ民に愛されているかが理解できるというものだ。
陛下は慈愛に満ちた表情で民衆に手を振り、そのまま宰相を従えて屋内へと戻っていく。
見惚れそうなほどの清らかさを感じさせる笑みは、去った後でも余韻を残す程。
マジで、あの笑顔が特定個人に向く所が想像できないんだが。
さて。就任式が終了するということは。
ここからは、披露宴という名の宴だ。
侍従たちが慣れた手つきで式場を組み替えていき、瞬く間にパーティー会場へと早変わり。
酒飲みも良し、旧交を温めるもよし、陰謀を論ずる…のは勘弁してくれ、俺の仕事が増えるから。
とにかく、多くのたちが。
思い思いに行動し始める。
貴族家からの出席者は、皆が堅苦しい礼服や優美なドレスに身を包み、自身の家の繋がりを強固なものにするために大忙しで、軍部の者たちは旅団長や騎士団長たちで情報交換に興じている。
時に…俺の目的は。
勿論、酒くらいだ。
それ以外に用事もなければ。
話しかける相手もいない。
決して俺に友が居ない訳でも、ボッチなわけでもない。
静かな空間が好きなだけだ。
「おや大将、お求めの物はこちらですか?」
自分に言い訳をしながら、テーブルの設えられた空間まで歩いていた俺に後ろから声が掛かる。
差し出されたのはシャンパンの入ったグラス。
振り返った先にいたのは。
よく知っている男だった。
「……お前も戻ってきてたのか、サーガ」
「おうよ。美味いもん食いに来たらお前がいたから、思わずな」
軍部でも大きな権限を持っている亜人総括。
彼に招待状が行くのは当然だが。
参加理由が納得いかん。
俺もこんな風に気楽に参加の是非を決められたらなぁ……。
久しぶりにゆっくりと会話できる機会なので、素直に差し出されたグラスを受け取る。
「最近の一族はどうだ? 大分都市らしくなってきたと聞いているが」
「そうだなぁ……。国が積極的に協力してくれてるし、随分文化的な生活が出来るまでには奴らの知能も育ってきてると思うぜ?」
それは、サーガという男の悲願。
一族の平穏と安寧を望み。
享受できる楽園を捜す。
その願いは、魔皇国の協力もあり、一つの都市として形を成し始めていた。
魔物に怯える事もなければ。
食糧不足で餓死する事もない。
環境に適応したのか。多産、死産ばかりだった彼らは出生率が下がり。
代わりに、知能が大きく発達しているらしい。
むしろ人口が飽和しなくていい事尽くめだ。
それに、魔皇国からの全面的な支援も。
サーガの功績を考えればお釣りが来る。
数百年間で凝り固まった問題を、その十分の一に満たない歳月で解決したと言えば分かりやすいだろうか。
氏族間の諍いはそれ程根強いものだったのだ。
まじ、コイツ凄いわ。
ともあれ、こええで。
益々サーガも軍畜として頑張れるというものだ。
コイツも老いとは無縁らしいし。
まだまだ現役だろうな。
「これ以上は望めねえ」と子供の様な無邪気さで笑う男の話を聞きながら、俺はグラスを傾ける。
「――だけどよ? 魔導士団の方も随分とデカくなったもんだよな」
「……あぁ、その件か」
「俺が来た頃は、形だけって感じだったろ?」
「確かにな。優秀な人材を各地からスカウトしていたのも効いたんだろう。ルーク君なんか今じゃ近衛騎士団長だ」
例として名を挙げた騎士。
元カルディナ騎士の青年。
ルーク君は魔導士団に引き抜かれて王都に来た後。
多くの功績を挙げるに至り。
近衛騎士へ……現在では、その長として指揮を執っている。
俺の友人と言える中で。
最も出世したのが彼だろう。
シンデレラストーリー過ぎて軽く引くわ。
サーガも同意するようにぶんぶんと頷く。
「本当に何があるか分かんねえよな」
「……あぁ、全くだ」
「この前なんか魔導士団の連中が技術提供とかでウチの都市にきて……」
「――街道や水道の設備を、ちょっとね」
声はすぐ近くから聞こえてきた。
サーガの言葉を引き継ぐように話に入ってきたのは、現在話題に上がっていた魔導士団の長。
どうやら彼女も出席していたようだ。
イザベラは優雅に一礼すると。
身に纏ったワインレッドのドレスを主張する。
成程……彼女の鮮やかな黒の長髪。
そして、紫の瞳と調和しているな。
何より、ボディラインが強調された礼服を纏い、女性の武器と言うものを完全に理解した立ち振る舞いは、流石と言わざるを得ないだろう。
遠巻きに彼女の事を伺う者。
…若い男性魔族たちも多く。
その魅力が伺える。
―――だが……だが、なぁ。
「どう? 似合うかしら」
「……結婚する気のない奴が見せびらかしてもな」
「惚れた連中が可哀そうでならん」
言うなれば手の届かない花だ。
彼等が不憫でならないよなぁ。
確かに綺麗なのは疑いようもないが。
素直に褒めようとしない俺達。
魔皇国最高の術者の一人にして魔導士団長、オマケに聡明で目を見張るような美女……と。
これほどのスペックを持っていながら。
未だに未婚というのはな。
縁談の申し込みは山のように来ているらしいので、入り婿が居ない筈もないのだが。
彼女は、俺たちの反応に不服と言わんばかりの表情を見せる。
「少しは褒めてくれても良いんじゃないかしら?」
「「チョーキレー」」
息ピッタリに声を揃える俺達。
長い付き合い故の連携だ。
……イザベラは美貌の顔を引く衝かせて片手を上げる。
これは恐らく。
何らかの魔術を行使しようとしているな。
「くくくっ……相も変わらず仲が良いようだな、君たちは」
だが、彼女が何かするより早く。
新たな魔族が話しかけてくる。
今日は随分と人に絡まれるな。
こうして知人と話している間は、関係ない者が入ってこようとしないので助かるのだが。
ノリがどんどんこの場にそぐわないものになっている気がしなくもない。
一応公の場だからな、此処。
一番早く新たな魔族に反応を見せたのはサーガだった。
「おおッ! アインハルト候か。久しぶりだな」
「元だよ、元。サーガ殿は久しいな」
カルディナ領主……だった騎士。
サブナーク・アインハルト。
彼は引退して尚、健在だ。
家督を一人息子へ譲ったことで。
ゆったり隠居するのかと思えば。
突然王都にやってきて【武芸指南役】の任を拝命し、各騎士団をしごきまくっている。
有角種最強の騎士と言われた彼は、黒の礼服を身に纏っているものの。
その分厚い筋肉で今にも裂けてしまいそう。
本当に、まるで衰えを見せないな。
多くの任から解放されたことでむしろ肩の力が抜けたのか、サーガと話す彼の顔は晴れやかだ。
……いずれは、俺も。
隠居することができるのだろうか?
まぁ、最初の任務も終わっていない内は夢のまた夢だが。
「――ああ、そうだ。最近アルモス卿の話をよく耳にするな」
「おい、アルモス。またなんかやったのか?」
おい、どういう意味だコラ。
俺が何時も何かやらかしてるみたいに言うんじゃねえよ。
アインハルト候……もとい。
アインハルト老が言いたいのは。
先の粛清の件だろう。
彼は行政には関わっていないが。
伝手は多そうだし、その手の噂話を仕入れていても不思議ではない。
俺はそう結論付けて。
冷静にグラスを傾け――
「何といったかな……そう! 暗黒卿!」
「――ブッ!?」
「ん? 何のことだ?」
アインハルト老、貴方もか。
思わず吹き出してしまった酒をハンカチで拭いた後、適当な魔術で乾かす。
礼服はかなり高価だし。
大事に使わないとな。
此方が粗相の処理をしている間にも。
三人の話は盛り上がる。
勿論、俺の仇名の件で。
噂の事を知っているアインハルト老とイザベラがサーガに例の説明して。
その説明を受けているうちに。
サーガの口元はどんどん弧を描いていき……。
「ハハハハハッ! これは傑作だ!」
「……笑い過ぎだ、バカ。シャンパンが零れてるぞ」
身体を振るわせ笑う奴の手に握られていたグラスから酒が零れ、礼服へ滴り落ちる。
アインハルト老に劣らずパツパツで。
凄くキツそうだよな。
サーガは「おっといけね」と胸ポケットに収まっている布で染みを拭う。
……おい、それはポケットチーフだ。
ハンカチじゃねえぞ。
あくまでファッション用の見せかけ。
あの黒鬼が身だしなみに気を使うとは思えないので、恐らく嫁さんの誰かが用意してくれたものなのだろう。
そっちも羨ましすぎて。
思わず涙が出てきそう。
「……ふぅ……ははっ、随分と面白ェことになってるじゃねえか。えぇ? 暗黒卿さん」
「分かった。今すぐ表へ出ろ」
新しい剣の試し斬りには丁度良い。
このハーレム野郎は世界中の男の敵。
一度去勢しておくべきだ。
むしろ、賞賛されて然るべきだろうな。
だが、世界のために立ち上がらんとした俺は。
背後に回ったアインハルト老によって羽交い絞めに拘束されてしまう。
「――アルモス卿、ここは抑えて」
「止めないでください。ハーレム野郎に人権は無いんです」
「はっはー、独身暗黒卿ー!」
羽交い絞めにされている俺を。
さらに煽ってくるサーガ。
タブー中のタブーに触れやがって。
その節操のない下半身を二度と子供作れないように矯正してやる。
「まあまあ、確かに子供は良い物だよ? アルモス卿」
「……そういえば、お孫さんが生まれたんでしたね」
「ん? そうなのか」
「あ、私も聞いたわ。双子だって」
真面目な騎士のとりなしによって。
少しずつ頭を冷やす。
流石に、この式場で流血沙汰は不味いしな。
鬼野郎の挑発を忘れる為に別の事を考えろ。
確か、アインハルト老のご子息…カルディナの現領主に子供が出来たという話を聞いた
魔族はかなり子供ができにくい。
だから、一人生まれるだけでも大きく祝われるし、双子だった日には奇跡とまで言われる。
武家の名門たるアインハルト家の双子だ。
将来はきっと素晴らしい騎士として成長することだろう。
……まぁ、何になりたいか。
決めるのは本人の意志だが。
孫たちの事を思い出したのか。
アインハルト老は嬉しそうに語り始める。
―――あ、もしかして長くなるやつか?
「あぁ、それはもう可愛くてかわいくて……どちらも将来が楽しみな美形でな? 今から縁談の話が殺到しないか祖父としては心配で――おっと、お呼びが掛かってしまったようだ」
早口でまくし立てていたアインハルト老が話を切る。
長くなりそうな話だと思ったが。
そうでもなかったな。
遠くの方で彼の奥方が呼んでいるようで。
あの方も、若い頃はさぞかし美人だったと分かる上品な婦人だよな。
老齢にも拘らず。
蒼の長髪は艶やかで、清流のように輝いている。
……あははは……畜生ッ。
俺の周り妻帯者ばっかじゃねえか。
「では、私はこの辺で失礼するよ」
「俺も、斬られねえうちにカミさんたちのところに戻るわ。じゃあなー」
このリア充共が。
きっと愛する人たちと一緒にダンス洒落込むのだろう。
背を向けて去って行く既婚者たちへ、恨みがましい視線を向けつつ見送る。
当の俺に向けられる視線と言えば。
狸や狐のような貴族家の当主とか。
獲物を探すような妖艶な雰囲気を漂わせる肉食系女魔族ばかりだ。
……違うんだよ。
俺が欲しいのはそういう視線じゃない。
……良いもん、良いモン。
男は五十過ぎてからだし。
魔族は二百過ぎてからが勝負だ。
魔法使い舐めんなよ?
「貴方…大人気ね」
「………君もな」
隣でサーガたちを見送っていたイザベラの言葉に反応する。
彼女自身も気付いているだろう。
少しずつ距離を詰める者たちに。
実際、イザベラは性格を知らなければ。
これ以上ない魅力的な女性だ。
ただ、ちょっとマッドで腹黒いだけ。
……あと、親の脛を齧って研究三昧で、何時までも家督を…無限に悪い点が出てくるな。
寄ってくる者たちの相手は嫌なので。
取り敢えずの対策として。
俺は、イザベラの前に片膝を付いて手を伸ばす。
「一曲如何です? ローレランス嬢」
「……ええ、喜んで」
―――決まったな。
適当に合わせて踊りながら。
テラスの方に逃げることにしよう、そうしよう。
向こうは休憩スペースだからな。
俺もこの国に来てから長い。
ダンスくらい、そつなくこなせる程度にはテクニックもあるつもりだ。
「じゃあ、行きましょう? 暗黒卿さん」
………うん、やっぱり。
踊ってる途中で足踏んでやろう。




