第三話:簡単に剣を壊す客
―アルモス視点―
「――と……このような所でしょうか」
「……成程」
「問題はありませんか?」
「一任しますよ。私は、門外漢です」
スラスラと文章を読み上げ。
意見を交わしていたメノウさんが一息つく。
俺も彼も、お茶を御代わり。
都合、三回は注ぎ直して。
かなりの長丁場だったことは疑いようもなく。
だが、終わったわけではなかった。
ここまでの話は粛清の事後処理のみ。
まだ、俺が一番面倒だと思っている件の話が残っているからな。
細かい文字が配された資料。
一度目を話し、目元を揉む。
魔人になったとて、眼精疲労は人並みで。
救いと言えば、元々赤いので、充血しようと全く目立たない事だろうか。
「……次は就任式の件ですか?」
次なる書類を取り出している彼へ。
率直な疑問を投げかける。
何かの間違いで「いえ、報告は以上です」とか言ってくれないだろうか。
そうすれば、後でとやかく言われても知らなかったで押し通すことができるのだが。
「えぇ、よくご存じで」
「…………勿論?」
「勿論、アルモス殿も来賓として出席して頂きますよ」
俺の言葉に頷いた彼は。
無慈悲にそう言い放つ。
どうやら、間違いは起きなかったようだ。
就任式――新たに行政の重職に就く者たちを一般に紹介する場。
何故面倒だと感じているかというと。
就任式の後には披露宴…パーティーのようなものがセットになっている事が殆どだからだ。
それらは大々的に催され。
様々な思惑の場にもなる。
……恐らく、今回だって。
魔皇国中の名門貴族たちが集う事だろうし、軍上層部も軒並み招集されるだろう。
平騎士である筈の俺は行かなくて良いと思うが。
何故かは知らんが。
毎度招待状が届く。
陛下は必ず出席しているので。
俺が行かないと、絶対バレる。
で、何故か説教を喰らう。
つまり、不参加という選択肢は存在しえない訳で。
「私は、あの手の社交場は不得手なんですが」
「貴方と交友を繋げたいと考える者は多いですよ」
悪戯っぽく返すメノウさんは。
本当に、良い性格しているな。
初めのうちこそ、納得させた。
警備係として駆り出されたと。
それだけだと、自分に言い聞かせて出席していた。
だが、次から次へと現れる。
縁談の話をするお偉いさん。
ドレスをはだけながら、誘惑してくる女魔族。
それ等から逃れつつ。
俺は、全て理解した。
―――完全に狙われていると。
まあ、ここ最近……十年くらい前? から寄ってくる者たちも減ってきたので。
もしかしたら諦めてくれたのかなーと思っていた。
裏で、粛清とか粛清とか。
色々やっていたから流石に怖くなったのだろうと思っていた。
数倍の量の熱烈ラブレターが届くまでは。
……そう、逆効果だったのだ。
後ろ暗い過去が無い者たちには、むしろ魅力的な相手に見えるらしい。
魔族という種は強者に惹かれ。
同種族などは勿論のことだが。
他種族でも、果てはオークやオーガでも、強者であるならオールオッケーだ。
実際にサーガの野郎などは。
魔族の令嬢も娶ってるしな。
押してダメなら、何とやら。
直接話しかけても、逃げる。
俺がそんな相手だったから、手紙や縁談話でどうにかしようと考えたのだ。
俺が昔にも増して任務を増やした原因。
国外任務を増加させた原因がコレで、国に居たら何時狙われるか分かったモノでは無いのだ。
害意ならば、良かった。
悪意ならまだ良かった。
いつの間にか既成事実を作られ。
突然、知らぬ女に「あなたの子よ?」とかされたら…マジで魔人生終わるから。
「統括局や管理局の方から、各家に伝達とか出来ないのですか?」
「……どのような?」
「その気は無いと」
「いや、難しいでしょうな。我々魔族は諦めが悪いので」
自分で言うな。
朝起きたら、知らぬ女性とベッドに居ましたなんてシャレにならん。
俺が、どれ程強力な施錠を自室に掛けたと思ってやがる。
これなら、大丈夫やろ。
開けるやつおらんやろ。
……なんて思った矢先から。
ガチャガチャ開けやがって。
最新式の錠を取り付けたばっかりなのに、つい先日魔術バカが入って来た時の俺の気分と言ったら。
「では、就任式は五日後。披露宴はその後なので、お忘れなきよう」
「……………」
「確かに伝えましたよ?」
「…………承知しました」
聞いていなかったという言い訳は。
この時点で不可能となっている。
……いい加減ウジウジするのはやめるか。
式典に参加するからには。
色々と、準備をしておかないといけないからな。
今のうちに準備できるモノを。
今のうちに揃えておく為に。
王都へと繰り出すとしよう。
メノウさんとハインツに別れを告げてから、大書庫を後にして。
俺は再び自室へと戻ることにした。
◇
今から五百年以上前に設計されたと。
そう伝えられている巨城。
魔王城が中心となって。
円形に構築された都市。
王都は、今まで俺が任務で訪れたどんな国家よりも発展している。
丁寧に舗装された往来は。
馬車が通っても揺れを感じない程に滑らかで、上水や下水が整えられた水道設備は如何なる時でも稼働が停止する事は無い。
此処こそが、世界最高の大都市。
少なくとも俺はそう考えている。
往来は沢山の者たちで賑わいを見せていて。
人間が市を楽しむのと何も変わらないのだ。
子供たちが無邪気に駆けずり回り、大人たちが陽気に挨拶を交わす。
盗みを働かんと息を潜める孤児も居なければ。
裏路地で物乞いをする浮浪者も存在しない。
千年の時を生きる魔王を中心に。
宰相を務めるバルガスさん。
情報統括局の長メノウさん。
彼等知恵者が支えてきた国政の在り方は、多くの民が正しい生き方を選択出来る世界を創りだした。
故に、憂慮すべきは。
外部から来る攻撃で。
それを叩き潰すのが俺や爺の仕事だ。
そんなことを考えながら歩いていると。
元気に走っていた少年が躓いて転んだ。
しかも、目の前で。
転ぶかなとは思ったが……。
反対側からは、母親と思わしき女性が走ってきている。
「ぁ……あう、うぅ………」
子供は泣かなかった。
必死に痛みを我慢し。
歯を食いしばっている。
「どれ、ちょっと見せてごらん?」
目の前で転ばれてしまったのだ。
スルーの選択肢は、あり得ない。
俺は、片膝をついて傷口を確認。
……成程、多少擦り剥いたか。
いくら舗装されていても、転べば痛いのは当たり前だ。
一般市民の身体能力は。
人間と大差ないからな。
回復魔術は不得手だが。
出来ない訳じゃないさ。
俺は応急手当など必要ない身体だが。
共に戦う者たちはそうもいかないから。
子供の膝へと手をかざして。
水属性に連なる回復魔術を。
行使した瞬間に、小さな水球が傷口を覆い。
滲んだ血液と汚れを吸い取った後に、細胞の修復を促す。
数秒も経つ頃には組織が修復され始め、薄い皮が形成された。
ここまでくれば、後は。
自然治癒に任せていいだろう。
「………スゴイ!」
「――まぁ。あ、有り難うございます。……ほら、お礼」
終始傍で見守っていた女性が頭を下げる。
やはり母親だったのか。
「ありがとう、おじさん!」
「………あぁ、元気で良いね。泣かなかったのは本当に偉いよ」
俺は子供の頭をポンポンと撫でる。
地球ならまだしも、この世界では事案には抵触しない。
そもそも男の子だしな。
俺がその手を離すと。
子供は、ふにゃりと笑って答えた。
「当たり前だよ! 大きくなったらアルモス様みたいな騎士になるんだから!」
「………………」
……いやぁ…その人は結構なロクデナシだから。
ちょっと、止めた方が良いと思うな。
なるなら、ルーク君のような近衛騎士とか。
あと…引退しちゃったけど、アインハルト候とか。
そういう正道の騎士を目指すのが良いと思うんだ。
何時になっても平騎士のまま。
出世の見込みもないような。
中二病みたいな仇名を付けられた騎士より、ずっと格好良い筈だよ?
……なんて、思ったが。
そう言えば、もう一人。
同じ名前の騎士が居た。
この子が言っているのは、絵本の中に出てくる【ラグナ・アルモス】の方かもな。
流石に千年以上前の騎士は。
どの様な存在かも分からず。
やや答えに詰まってしまう。
まぁ、こういうのは素直に応援するのが良いだろう。
「……そうか。頑張ってね?」
「うん!」
もうケガは痛まないのか。
元気に立ち上がって母親と手を繋ぐ子供。
母親は、もう一度俺に頭を下げてから子供の手を引く。
「またね! おじさん」
「……ああ、気を付けて」
遠くなっていく二人を見送り。
先ほどの会話を思い出す。
おじさんか……ちょっとショックだ。
確かに、魔族の年齢としてもそろそろおじさんと言われてもおかしくない年齢なのかもしれない。
ピチピチの大学生だって。
小学生からはオッサンだ。
……俺の場合、人間だと。
そろそろ、杖を突いて入れ歯を考えている頃合いだしな。
「………さ、行くか」
俺も目的を達成する為に。
再び、前へと歩き始める。
……………。
……………。
「――ばっきゃろうッ! どんな使い方をしたら俺の傑作をポキポキ折れるんだよ!」
足を運んだのは鍛冶屋。
剣が先の爺との稽古で。
修復不可能なまでに破壊されてしまったので、新しく打ってもらいに来たのだ。
目の前に居るのは、魔族。
……ではなく、オーガ種。
最近では、特に亜人氏族たちも観光で王都へ足を運んでくることが多いし、この辺は亜人総括殿がうまくやっているのだろう。
で、このオーガ種の男は。
代々魔皇国で鍛冶を営んでいるらしく。
大陸一の鍛冶師を自負している。
実際その腕前は超一流で。
爺の武器を始めとして。
名だたる騎士や武人が所有する武器の大半は、彼とその一族が打ったものだと言われている。
まあ、それでも武器は消耗品だ。
使い込んで劣化もすれば、ダメになってしまうのは仕方ないだろう。
「折れたんじゃなくて砕けたんだよ」
「……あ゛?」
「特異な能力とかは刻印しなくて良いから、頑丈なのを頼む」
「……全く反省してねェな」
俺だって自分の武器には愛着を持っている。
だが、どれだけ大事に使っていても、欠かさず手入れをしていても。
別れの時はやってくる。
戦場で、武器を失って嘆く馬鹿はいない。
そんなことをしている間に、斬り殺されて終わりだからな。
「大事に使ってんのは知ってんだけどな? どんだけ激務だって話だよ。……今回は、何で壊れたんだ?」
「爺と稽古してたら砕けた」
俺が自前で狩ってきた魔物の素材を。
この鍛冶屋に提供することもある。
舞い込んでくる任務を知っているだけに、こちらを気遣うように訪ねてきた鍛冶師。
その質問に正直に返したのだが。
何故か彼の顔がどんどん赤く。
口元が、ひくひく動き始める。
……もしかして、爺に恋でもしてんのか?
ちょっと勘弁してほしいというか、何が生まれるか分からないというか……。
「っざけんな! 砕けるに決まってんだろうが! 龍公様とお前の戦いに耐えられる剣があるか!」
……あ、怒ってたのね。
途轍もない早口で。
捲し立てる鍛冶師。
彼は、余程頭にきているのか。
持っていた鎚を金床にガンガンと打ち付ける。
誇りを持った職人がそんなことして良いのだろうか。
……にしても。
「やっぱり、壊れない剣は造れないか?」
この世界へ来て結構な年月が経つが。
決して折れない剣だとか。
伝説の聖剣といった武器。
そういう存在には、お目に掛かった事がない。
大書庫の文献などでは。
存在が示唆される物も。
……まぁ、幾つかはあるが。
記録が残っている物でも、最後に確認されたのは数百年前だ。
正直お手上げというしかない。
その点、先祖代々武器を作り続けるこのオーガなら。
何か知っているかもしれないから聞いてみたのだが……。
「まあ、難しいだろうな」
「……だよなぁ」
「可能性があるとすれば、金属製じゃなくて魔物由来の素材で作成されたものだが、お前が狩ったバケモノ共で作ったのも不壊とまでは行かなかったしな」
先程までのお怒りは何処へやら。
急に冷静になって答える鍛冶師。
極東に生息する、最高位の魔物。
ソイツ等の牙などで作った剣も。
長持ちはするが……その程度で。
この辺は諦めるしかないのかね。
確かに、物語にうたわれるような武器を、いったい誰が作れるんだという疑問だって残る。
手に入ってから「あ、壊れちゃった」となるよりは。
一生お目に掛からないほうが平和かもしれない。
「……やはり、そうか」
「あぁ、そうだ」
「――んじゃ、五日後の朝に取りに来るから。鍛造よろしく」
別れを告げて足早に店を出る。
何時までもいると。
彼の収まった怒りがぶり返してきそうだからな。
冷静になっているうちに退散するのが良いだろう。
「――あああぁぁァァッ!!」
怒りの叫びと。
金属を打つ音。
それ等が後ろから聞こえてくるが、無視だ。
アレで、完璧に仕事をこなしてくれるし。
本当に、感謝しかないな。
ブツを受け取ったら。
礼でも持ってくるか。
オーガ種は小人種と並んで酒豪が多いからな。
彼には良い酒でも持って行ってやることにしよう。
イザベラが持ってきたワインは。
……あぁ、飲み切ったっけ。
金の掛かる趣味なんて無いから、今から買っていくことにしよう。
俺の趣味は、バルガスさんの影響で。
様々な種族の言語を習得する事だが。
これが、中々面白くてな。
しかも、必要なのは書籍。
参考書代わりとなる紙媒体くらいなモノなので、給料を貰っている身としては、当然貯蓄が増えていくばかり。
金はしっかりと使わないと。
社会が回らないというし。
ここらで、パーッと使ってしまうことにしよう。
次の目的地も決まって。
俺は、再び歩を進める。
………今日も、魔皇国は平和そのものだ。




