番外編:異世界賭博場
―陸視点―
勇者としての仕事の話をされ。
幾日か経って…朝……あさ?
もう、昼過ぎだろうか。
今日は休日という事で。
僕は朝目覚めてからも二度寝、三度寝と怠惰の限りを尽くしていた。
どれだけ経っただろうか。
何度目かの微睡みを感じ。
眠りへ引き込まれようとしていた僕は、突然のノック音に目を覚ます。
こんなに寝たのも久々で。
ちょっと寝すぎたようだ。
少しだけ痛む頭と吐き気を覚えて…。
何事も、程々にしておかないとなぁ。
――相変わらず。
――扉からは断続的に音が聞こえてきて。
此方を気遣うようなノック……美緒だね。
僕はドアノックソムリエではないけど。
それくらいは分かる。
康太だったらもっと強いし。
春香だったらダメ押し……大声がセットだ。
朝なら他の客を気遣うけど。
今は、お昼過ぎだろうから。
「はい、はい。いま開けますよ」
鏡に映った自分の姿を確認し。
ベッドからのそりと這い出す。
寝間着は宿が用意してくれた物で。
結構良い宿なので、生地がしっかりしている。
それでも日本のモノと比べてしまうと若干着心地の悪さがあるけど、慣れだよ。
扉を開けた先にいたのは、予想通り美緒。
……何だけど、春香と康太も一緒。
クイズでよくあるタイプ。
ズルい答えが来たようだ。
皆、既に外用に着替えて。
外出の準備は万端といった風体だね。
「おはようございます、陸君」
「おはー」
「よっ!」
微笑みながら挨拶をする美緒の声が寝起きに優しい。
康太と春香は示し合わせたわけではないだろうけど、相変わらず息がピッタリだな。
……なんかあったっけ?
出かける用事は無かった筈だけど。
この世界は宿で出来る娯楽が少ないので、そのせいかもしれない。
「おはよ。……どうしたの? 皆揃って」
「おう、朝起きたら宿の人からこんなものを渡されてな」
「朝って言ってもお昼頃だけどねー」
僕の問いにしかと頷いた康太が。
何やら紙きれを差し出してくる。
大きな図書館だとか。
膨大な書類だとか。
紙媒体が多く存在している事からも分かるけど、この世界は製紙技術が確立されているので、質の良い紙が一般にも普及している。
宿屋では、伝言代わりに。
こういう紙を渡すらしく。
今回もそういう類だろう。
となると、間違いなくあの人なわけで……確信を覚えつつ、受け取った紙を広げる。
『――自分探しに行ってきます、探さないでください。あ、夜までには帰るから』
「……………」
これは……成程。なるほど?
どういう反応すれば良いの?
ふざけて書いたとしか思えない走り書きには、ある人の文字が書かれていて。
つまり、先生は。
遊びに行ったと。
大方、何処かの酒場か、ギルドにでも顔を出しているんだろうけど、どんな心境でコレを書いたやら。
ごく短い文章だったので。
すぐ読み終わり顔を上げ。
微妙な顔の三人に尋ねる。
「――なにこれ?」
「「……さあ?」」
◇
意味不明な置手紙はさて置き。
僕たちは、皆で大通りを歩く。
折角皆が着替えたんだし。
揃って出かける事にしたのだ。
先頭を行くのは康太で。
慣れたように道を進む。
僕は迷いなく前を歩いていく彼に付いて行きながらも辺りを伺う。
―――やはり、妙だな。
見覚えのある道から外れているけど。
康太の顔には自信が漲っていて。
これが春香だったら心配だけど。
康太だし大丈夫…だと思いたい。
「――観光地、なんですよね?」
「あぁ、よその国でもかなり有名らしいぞ」
「……にしちゃ、随分」
「奥まった場所に入って行くんだね」
不安を感じているのは僕だけでなく。
美緒が心配そうに尋ねている。
外側の大通りとか。
教会は勿論のこと。
権力者の住む中央区画とか……既に足を運んだエリアは数多く。
国自体の面積も小さめなので、分かりやすい観光地は大体行ったと思ったのだけど……康太には考えがあるらしいな。
「前にモルガン邸に行った時にスミスさんに聞いたんだけどよ? 商業区の方に、カジノがあるらしいんだよ」
「……賭博場ですか」
―――成程。
商業で栄えたギメールなら。
そういう物もあるんだろう。
むしろ、今までの滞在で。
よく耳に入らなかったね。
もしかしたら、先生が情報を遮断していたのかもしれないな。
カジノ……RPGでは割と主流な要素だけど。
こういう世界ではどうなんだろう。
日本では精々ゲームセンターとか。
パチンコスロットくらいだけど。
一度海外へ赴いてみれば、そういう店は存在していて。
未成年は入れない所が多いと聞く。
この世界…アウァロンでは。
成人は十五歳からだけど。
前にセフィーロで難癖を付けられたように、世間的には子供という風潮もあって。
入場は出来るだろうけど。
借金の片に奴隷は嫌だな。
僕にとって、カジノってそういう所なイメージが強いんだよね。
後はレア装備が沢山あって。
それで魔王を…いや、無理。
この世界ではいかに装備が優れていても、使い手が強くなければ戦えはしない。
あと、魔王討伐だとか。
まず、不可能だろうし。
……やっぱり、行かなくて良いんじゃないかな?
「あまり良い所だとは思えませんね。せっかくのお仕事で得た金銭を、そういう事に使うのは気が引けますし」
腰が引けていた僕と同じ意見だったのか。
真面目な美緒も反対のよう……あれ?
心強い味方……だと思うけど。
目が興味を隠しきれていない。
案外、行ってみたかったりするのかな。
抑圧されていた分、開放的な場所に足を運んでみたいという考えはあるのかもしれない。
春香は、当然目を輝かせ。
行く以外の選択肢は無い。
そして、遂に囁きが。
春香が牙を剥いた。
この中で一番の否定派になるであろう美緒へと甘い言葉を囁き続ける春香。
彼女は客引きに向いているかもしれない。
やっぱり聖女と言うよりは、魔女が似合っているだろう。
「――勝てばチョコレートがいっぱい買えるんだよ?」
「………ッ!」
「――勝てば本がいっぱい買えるよ?」
「………ちょっとだけですよ?」
はは、チョロ可愛い。
最初から建前だけの抵抗だったのかもしれない。
皆が行きたいと言うなら、お目付役は必要だし。
「……此処…だなッ! どうする、入るか?」
「もっちろん!」
「見るだけなら」
「…ねぇ、康太」
「うし。全員の賛成も貰えたし、行くか」
着くなり肩を組まれた僕に拒否権は無いのだろう。
そこは、石造りの立派な建物だった。
でも、外部から見た限りでは。
通常の住居の様で。
看板のようなものも見受けられない。
これってカモフラージュ? ……違法経営とかじゃないよね?
「ねえ、康太。ここって本当に大丈夫な所なの?」
「あぁ。街並みを阻害しないように配慮しているらしいぞ」
……まともだ、まとも過ぎる。
京都とかにあるコンビニみたいな感じなのかな。歴史的な建築群とか、一体感のある街並みを阻害しないように揃えているという事だろう。
全員が行く気になった所で。
僕たちは欲望渦巻く世界へと足を踏み入れた。
「――本当に、賭博場ですね」
「わぉ…高そう」
「こりゃ、凄いな。一攫千金出来そう」
まるで、RPG世界のカジノへ入り込んだような風景が広がっていた。
毒々しいまでの赤絨毯とか。
大理石を切り出した床とか。
高い天井からぶら下がる煌びやかなシャンデリア。
際どい格好の女性係員も居れば。
スミスさんのような燕尾服を着たディーラーさんもいる。
……こういう所って。
慣れていない人が遊ぶと止められなくなるらしいし。
余り、のめり込まないと良いんだけど―――
……………。
……………。
「ムム……ッ。また?」
「……ふぅ。成功です」
「流石、美緒ちゃん」
「――春香ちゃんこそ。普通では、あり得ない豪運ですね」
どうして、いつも。
僕の祈りは届かないんだろう。
一通りゲームを見学したり。
設備を観察したりした後で。
実際に挑戦もしてみたけど。
やはり相手もプロという訳で…ビギナーズラックなど呆気なく砕け散り。
抑え目に換金したチップは。
全て…全て溶けてしまった。
こういうのって胴元が儲かるようになってるんだよね。
一流のディーラーさんは、ルーレットの狙った箇所に玉を落とせるって言うし。
「―――やっほー! スッゴイ幸運!」
「………納得いきません」
それで、美緒と春香がやっているのは。
地球で言うポーカーダイスのような物。
二人用の遊びだけど。
その笑顔に惹かれて。
声を掛けようとしていた一般客たちが目的を忘れて見入ってしまう程、高度な戦いが起きていて。
救いなのは、お金を賭けない遊びである事。
楽しくて健全なら、それでいいんだけどね?
不正でもしているのではないだろうかと思うほど正確に賽を転がす美緒と、天を味方につけているのではないだろうかと思わずにはいられないツキを持つ春香。
―――いや、あれ本当に不正しているし。
―――本当に幸運の女神が味方している。
美緒は事前にダイスを転がし。
一番強い組み合わせを作って。
それを【ラウン】で再現する。
春香は春香で、そもそも豪運。
生来の引きが強すぎるんだ。
魔術を使っているわけではないから見抜けもしないし、そもそも掛け金は二人の間でしか移動しないので、係りの人も傍観……というより、感動している。
それは天才と天恵の戦いだった。
何度も勝負は振出しに戻り。
その度に、周りの人たちは己の事のように一喜一憂している。
何なら、どちらが勝つのかを賭け始めているし。
係り員の人たちも便乗して稼いでいる。
商魂が逞しすぎるな。
「――なぁ、陸。あれって」
「ん?」
二人が夢中になって競い合う最中。
康太が僕の肩を叩く。
「ホラ、アソコの飲み屋」
「飲み屋じゃなくて、バーのスペース………?」
彼が指したのは、賭博場の一角。
バーになっているスペースで。
そこではカードゲームが行われているのか、絵に描いたようなバーテンダーさんが札を配っていて……ディーラー兼任だね。
で、康太の視線はそのすぐ前。
札が配られたカウンターには。
数人の御客さんが居て。
うち一人へ目が留まる。
有り金を全て溶かしたような顔をしている男性。
黒髪黒目で日本人的な特徴を持った彼は、自棄になったように手元の酒を煽り、思い出したかのように服のポケットをまさぐっている。
―――いや、知らない人だね。
「あれって先――」
「知らない人だよ」
「陸?」
「僕は、知らない人だと思う」
うん、知らない。
何も見ていないし、聞いていない。
しかし、僕が現実から目を背けている間にも康太はそちらの方に歩いて行ってしまう。
仕方がないので僕も付いて行き。
男性に後ろから話しかける彼の隣に立った。
「先生。調子はどうっすか?」
「いや、さっぱりだ。そろそろ剣を質に入れて……康太? あ、陸も」
探さないでとか言っといて。
こんなところにいたなんて。
「朝から来てたんですか?」
「……今来たところだよ」
待ち合わせ場所にいた彼氏がカジノでサイフの中身を溶かして来てたら、彼女もびっくりだろう。
最悪、そのまま別れ話を切り出してもおかしくない。
まあ、幸いなことに。
僕たちは先生がこういう人だって知っているから。
ダメージは無いけど。
「そろそろ帰ろうと思ってたんだが――ちょっと待ってね。新しい発表が……」
「負けみたいですね」
「……負けてるよな」
悲壮な顔を見れば、すぐ分かる。
この人、格好良い時とそうでない時の。
振れ幅が大きすぎるんだよね。
今はダメ人間の見本みたいな感じだし、実際落ちるところまで落ちている感じだ。
完全にチップを磨った彼は。
肩を落として立ち上がると。
切り替えたように、僕たちを見る。
「お金持ってるかい?」
「「……………」」
切り替える方向を致命的に間違えてる。
およそ、かなりの高給取りなA級冒険者は。
強請るかのように。
僕たちに視線を向けてきて。
……やはり冗談だったのか。
すぐに帰り支度をはじめる。
迷いなく女性陣がいる方向へ行くのはやっぱり―――
「……あの、先生。
「どうかした?」
「僕たちが来てたの知ってたんじゃないですか?」
「一応はね。宿を出たあたりから頭の隅に浮かべていたんだが…まさか、此処へ来るとは。教えたのはスミス辺りかな」
酔っていたとしても。
思考力は落ちてない。
この人、ベロベロにならないんだよね。
でも、僕が気になっているのはそっちではなく、GPS擬きの方だ。
「それ、何時まで続ける予定ですか?」
「……確かに、落ち着かん」
「うーん、もう少しだね。心配しなくても、プライバシーは守るさ」
「実際に助けられた身としてはなんともなぁ」
何時でもどこでも居場所が分かるって。
ちょっと怖いんだよね。
この人に限って悪用することは無いだろうけど、悪戯には十全に活用してくることだろうし。
助けられた事もあるし。
強くは言えないけど。
「勝者ァ! ――ダイスの魔術師、ミオー!」
「「ワアァァァァァァ!!」」
そんな事を考えつつ。
歩いていた僕の耳に。
空間を震わせんばかりの完成が届く。
どうやら、決着が付いたみたいだね。
割れんばかりの拍手が送られる中、春香と美緒はそそくさとこちらに駆けてくる。
勝負の最中は周りが気にならなかったんだろうけど、やっぱりあの人数に囲まれてると恥ずかしいよね。
向こうでは、集計が行われていて。
見た事もない金貨の山が行き交う。
本当に、この国は。
商売上手な人ばかりが住んでいるのかな。
「あれ? 先生」
「……来てたんですか」
気付かなかったのは仕方がないだろう。
僕も気づかないつもりだったし。
「楽しんでるみたいだね」
「「………はは」」
笑顔の先生に尋ねられて。
恥ずかしそうに笑う二人。
でも、彼女たちは健全に楽しんでいただけだし、有り金溶かした人より全然マシだ。
「――じゃ、いい加減帰ろっか?」
「……だな。金はゆっくりと使うのが一番だ」
「そういえば、先生は何して遊んでたんです? 勝ったんですか?」
「今日は水だけ飲んで寝るさ」
「………切ないですね」
先生は、やめておいた方がいい事は。
穴に落ちて説明してくれるからね。
少なくともこの先、僕と康太がカジノで散財する可能性は低くなっただろう。
店から外へと出れば。
日も暮れ始めていて。
まだ、後ろからは。
ざわざわした雰囲気が感じ取れるけど、僕たちはやるべきことのためにカジノを後にした。
―――その日、ギメール通商連邦で親しまれる名物カジノに伝説が生まれた。
図らずも行われた神域の戦い。
片や、超一流のディーラーでも不可能と言われる複数のダイス操作を自在に操る魔術師ミオー。
片や、理論も時の不条理もまとめて浄化する女神の加護を授かりし巫女ハルカー。
魔術もなく、無理な力技もない決闘で、本来ならば交わる筈のない戦い。
両者が突如現れ、激突したのは偶然か必然か。
伝説の現場を目にした人々は。
勝負を刮目し、二人を讃えた。
後世に受け継がれる戦いに便乗した運営の工作によって。
この日のカジノの収益は、普段の十倍を記録したとかしなかったとか。




