第二十二話:抑止の力と勇者への依頼
―ラグナ視点―
「真に、その規約内容で宜しいのですかッ!?」
「えぇ、無論」
「そのような美味い話」
「……ビショップ家の財は、モルガン家以外で分配とは」
「それが、最善というモノでしょう」
連邦議会は、この国の基礎を築いた氏族家。
計十一の家系の子孫たちからなっている。
……ビショップ家が没落して。
十に減ってしまったわけだが。
他当主たちの問いには驚愕が広がり。
モルガン氏は、涼しい顔で頷く。
彼が発した提案は、それ程までに予想外だったのだ。
モルガン家は、強い権力を持ち。
ビショップ家と並んで議会では大きな発言権を持っている。
故に、一方が無くなった今は。
頂点に立ってもおかしくない。
にも拘らず、彼はその逆……自分以外で富を分配させようというのだから、驚くのも当然だろう。
「傍観を決め込んでいた皆様もご存じでしょう」
「「…………ッ」」
「今回の件で、あの家に議席を埋める資格は無くなりました。よって、我が家との均衡は崩れた……その今なればこそ、不安定だった二強体制から移行するべきなのです」
彼の考えは、即ち。
新たな均衡の成立。
ビショップ家の遺産を。
モルガン家以外で蓄えさせ、対等な関係として互いを監視させ。
新たな抑止力とする事。
これなら不満が出よう筈もなく。
穏便に解決することが出来る。
一見すれば、今回の功労者ともいえるモルガン家に不利な話だろう。
だが、クリフォード・モルガンは。
既に多くの実利を取っているのだ。
大陸ギルド総長リザンテラ・ユスターウァへの個人的な貸しが一つ。
そして、何よりも。
勇者達とのパイプ。
それも、恩を売るという大きなモノを繋ぐことが出来た。
彼からしてみれば。
これ以上無いほどの戦果だと言えるだろう。
この国では、一時的にトップに立てても。
長続きはしないと彼は考えている。
ほくほく顔で目先の利を手放した彼の笑みの裏には、今頃どのような感情が渦巻いている事やら。
考えたくもないなぁ。
「――では、ご紹介いたしましょうか。宜しくお願いします」
「はい。ナクラさん」
「えぇ、大丈夫です」
「「……………おぉ!」」
大方の取り決めが終わり。
議員の視線が集中する中。
俺と総長が扉に手を掛け。
内側から、勇者たちを招き入れる。
やるべき事は、多くない。
今回は、一種のパフォーマンスみたいなものだからな。
「――本当に、四人いるとは」
「では、この方たちが」
「はい。今代の勇者様たちです。あのビショップ家を返り討ちにした実力者たち故、妙なことは考えぬほうが宜しいでしょうな」
多少盛っているのは仕方ないだろう。
こうでもしないと。
力業でどうにかしようと考え始めるからな。
彼等が勇者について知ったのは先程。
モルガン氏の話を聞いたからだ。
やはり、どれだけビショップ家の国外情報網が強力だったのかが分かるな。
だが、あの家で無理だった今。
彼等もおいそれと手は出せず。
精々、媚を売るくらいなモノ。
一通り自己紹介して。
リク達は、それぞれが曲げられない意志を表明していく。
勧誘前に断るのは基本だよな。
「ミュリエル・ビショップにも言いましたけど。僕たちは、自分の道は自分で選びます」
リクは、仲間の為なら必ず立ち上がる。
何度でも…必ず立ち上がる。
それ程強い芯を持っていて。
本人は気づいてないが、他の三人の心の支えだ。
「一つの国に留まるのではなく、多くのものを見てこの世界の事を知りたいんです。いずれ皆で選択をするために」
ミオは知識欲が旺盛で。
聡明な判断力がある。
仲間たちには、無くてはならないものだ。
何やら心境に変化があったようで。
何処か、吹っ切れたような顔をしているな。
「どんな手段を使ったとしても、特定の誰かのもとで働くつもりはないんでね。変なことを考えているなら諦めてください」
コウタの観察眼と、時折見せる頭の回転。
それは、これからも窮地で活躍する。
彼が居るのなら。
この子たちは、何モノにも縛られはしない。
「嘘はすぐにバレるから駄目ですよ。自分のためじゃなくて、沢山の人を救うためだったらいつでも呼んで良いんですけどね?」
ハルカの底抜けな明るさ。
そして、優しさは無限大。
彼女は笑顔を齎す。
人の持つどす黒い闇を知って尚、お人好し少女は困っている者を見捨てないから。
勇者に必要なのは、強大な敵と戦う力だけではない。
守るべき者たちの中にも。
悲哀、憎悪、欲望……。
そういうモノは存在し。
知って尚歪むことなく、折れることなく、人々を導くことが出来る存在。
それこそが、確かなる勇者。
嘗て存在した、真の勇者だ。
短期間で此処まで育つとは。
俺も完全に想定外だよ。
この四人が一緒ならば、本当に大勇者ソロモンを超えていく事が出来るかもしれないな。
リク達の放った言葉に。
モルガン氏が満足そうに頷く。
「――とのことですので。我々に介入の余地はなさそうです。ですよね? ナクラ殿」
「えぇ、その通りです」
皆の視線が注がれている中。
俺は笑みを浮かべて答える。
彼等を束縛するものは何もないのだから。
本当に大切な事は。
彼ら自身に委ねる。
最終的に何を知り、何を見て、どうするのか。
元の世界へ帰るのかどうか……全て、選択権は彼らの中だけに在る。
にしても、何故だろうな。
総長と並んでニコニコしてるだけなのに。
議員たちが冷や汗流してどよめく不思議。
俺たちの後ろに。
何か、怖いものでもあるのだろうか?
◇
―陸視点―
「――あー! 緊張したーーっ!」
「皆様、お疲れ様でした。疲れには甘いものが良いと言いますから、こちらをどうぞ」
「チョコレートだ!」
「有り難うございます! 頂きます!」
春香の言う通り…本当に緊張した。
いかに勇者と言われても。
僕たちはただの高校生だ。
失礼にならないように。
言葉遣いに気を付けて。
下手な事を言って言質を取られないように、頭をフル回転させていたので、気疲れが凄い。
「手伝えることは無いかとか、欲しいものは無いかとか…親戚のお爺ちゃんじゃないんだからさ」
「欲望が透けて見えてましたね」
リザさんが差し入れてくれた箱入りチョコを。
凄い勢いでぱくつく二人。
女性って凄い…と思いつつ。
確かに、それも感じていた。
どうすれば取り入れるかしか考えていないのだろうかと思えるほどに猫撫で声だったし。
春香の愚痴は留まるところを知らない。
余程ビショップ家で嫌な目に遭ったか。
変なことはされなかっただろうけど、精神的に追い込まれたとかはありそうだし。
でも、春香に限っては。
闇落ちとかあり得ない。
……そういえば。
ミュリエル・ビショップはどうなったのだろうか。
「あの、リザさん。ミュリエルはどうなったんですか?」
春香たちと話していた彼女は。
僕の質問に振り返る。
「現在は、然るべき場所に軟禁しています」
「……何か、エロ――ぶッ」
「馬鹿なの? 康太くん」
「手荒にはしませんよね?」
「えぇ。ビショップ家は国外の情報分析に非常に長けていた存在ですから、出来る限り協力して頂くつもりですよ。……魔人関係の調査でも」
絞れるだけ利用するってことか。
軟禁ってことは、ある程度なら。
権利が保証されているだろうし。
先日ギルドに行った時に、捕まっていた人たちの無事も確認したから、今回の懸念事項は殆ど消えた。
やっぱり、ギルド職員って。
凄い激務なんだろうな。
通常業務以外の仕事が多すぎる気がする。
「――実は、皆様に折り入って頼みがございまして」
そんな事を考えていたからではないだろうけど。
その忙しい人達の筆頭から声が掛かる。
彼女は何処かのA級冒険者と違って。
自由な冒険も出来ないんだよね。
リザさんの頼みならば。
負担を減らす意味でも、受けるべきなんだろうな。
「何か知らの討伐だとか」
「依頼なんですか?」
「いえ、冒険者としての依頼ではなく、勇者への頼み事です」
「「………!」」
――勇者としての頼み事?
考えた事もなかったな。
完全に、冒険者として。
ランクを上げたり、強くなる事を目的に頑張っているし。
でも、そもそも僕たちが召喚されたのは、そういった国単位の問題を平和に導くためなんだっけ。
かつて教国の枢機卿であるフィネアスさんが話してくれた事を思い出して考える。
リザさんはそのまま言葉を続け。
こちらに質問を投げかけてきた。
「皆様は、クロウンス王国をご存じですか?」
「クロウンス……」
「それ! 火の聖女様がいるっていう……あの!?」
飛びつくように反応したのは。
不要な事は覚えない春香で。
それ程印象に残っていたんだ。
確かに、覚えがある名前で。
魔人と聖女の話を聞いたときに、先生が話していた国の事だ。
「えぇ、そうです。火の聖女の血を代々受け継ぐ王家が治めている国なのですが、突然オーク種が大量発生したようで、国が混乱していまして」
「……オークさん?」
「イヤな組み合わせ」
「康太、変な事言わないでね? ……絶対」
オークは、大陸に広く分布する。
最も一般的な魔物の一種別だ。
体内に魔核石はあるけど。
一応は亜人にも数えられ。
討伐難度で言えばオーガよりも倒しやすいくらいの彼等だけど、特に厄介なのは。
繁殖速度がとても速い事で。
対処が遅れると手が付けられない。
「大量発生って……うわぁ」
「骨が折れそうだな」
「――でも、大陸の中央に近いここなら、本部の方から冒険者を派遣できないんですか?」
大陸の中央都市セキドウ。
そこは冒険者の都市で。
ギルドの総本部が設置されている。
このギメールからもそう遠くない距離にあるらしいから、常駐している冒険者さん達でどうにかなりそうなんだけどな。
しかし、僕の質問に。
彼女は首を横へ振る。
「国家の依頼…特に大陸として重要な任務は、上位冒険者でも一握り、ギルドから絶対の信頼を置かれる者しか受けられぬようになっているのです」
「……って事は?」
「範囲が狭いんだ」
「そして、クロウンスは我々にとって重要な立ち位置にある国ですから、一般の方々に頼むわけにはいかず。…お恥ずかしい話ですが、高名な冒険者の方々は、皆出払っているのです」
「つまり、圧倒的人手不足?」
春香の確認に、シュンとして頷くリザさん。
そういう話は聞いてたけど。
本当に人手不足なんだろう。
激務にもなるだろうね。
実力があっても問題行動を起こすような人は受けられなそうだし。
やっぱり、冒険者って荒くれ者が多いのかなぁ。
そうで無くとも気分で行動したり。
天井を破壊して上階へ登ろうとする非常識な冒険者も居るんだし。
「俺たちで大丈夫なんですか?」
「はい、問題ありません」
「…まだD級ですけど」
「皆様であるのなら、実力面でも問題はないと私は考えています」
その言葉に、僕たちは。
思わず俯いてしまう。
勿論赤くなった顔を誤魔化すためだ。
そんな風に言われたら。
嬉しくないはずがない。
リザさんは全く同じ行動を取った僕たちが面白かったのか、口元を隠してクスクスと笑う。
その仕草も、とても上品だ。
「……どうしよっか?」
「ここまで言われちゃったらね? 単純かもしれないけど」
「決めるのは自分自身、だからな」
「では、満場一致ということで」
「受けます!」と声をそろえて宣言する僕たち。
リザさんは満足そうに頷き、「ありがとうございます」と一礼をした。
「今回の任務では、皆様が勇者である事をあちらに伝えようと思っています。その方が動きやすい筈ですし、ヴアヴと関係が深いクロウンスであれば最上の協力を得られるでしょう」
「VIP待遇ってことかな?」
「……恐らくは」
「良いのかな。そんなご身分で」
クロウンスという王国について。
詳しい情報は聞いていないけど。
聖女を擁するという事は。
宗教国家的な側面があるだろう。
僕たちを召喚した教国との関係があっても、不思議ではない。
あの国は、六大神を信仰するアトラ教の総本山だし。
でも、余り丁重に持て成されるのも。
緊張してしまうかもしれない。
僕としては、気楽に街並みとか出店を見物するのが一番良いと思うから。
「では、クロウンスには皆さまが依頼を受理したことをお伝えするとして――ナクラさん」
「……………」
「先生?」
「あの…先生、どうかしました?」
先生に話しかけるも。
反応が…返事が無い。
そういえば、さっきから一言も喋ってなかったな。
壁に背を預けていた彼は目を閉じて額に皺を寄せていたけど、僕たちが呼びかけると、我に返ったようにいつもの表情に戻る。
どうやら、聞いていなかったようで。
先生にしては珍しいな。
「――あ、あぁ。ちょっと考え事を。クロウンスに行くって話だよね?」
「はい、お願します。私は暫くこの国でやらなければいけないことがありますので…あぁ、そうです。ギルドへ、皆様の冒険者証の更新を打診しておきましょう」
「「えッ!?」」
僕たちは一様に驚きを隠せない。
だって、その内容は。
その言葉が示す事は。
何でもない事のように発して良い言葉ではない筈だから。
「更新って――ランクアップってことですよね!」
「良いんですか!?」
「はい。私の権限で」
「……んな、あっさりと」
職権乱用この上ない。
本当に良いのかなぁ。
リザさんがそんな事をするとは思わなかったけど。
C級冒険者といえば。
大多数の目標地点で。
常人が生涯で辿り着ける限界と言われる階級だ。
此処までもハイペースだったけど。
今回に至っては。
依頼すら、余り受けていない筈なのに……。
僕たちが顔を見合わせていると。
ここまでの流れを聞いていた先生が笑いをかみ殺しているのが聞こえた。
何か面白い事でもあっただろうか。
「先生、どうして笑ってるんです?」
「いや…くくっ……。久しぶりに総長の十八番を聞いてね」
さも可笑しそうに笑う先生。
でも、気付いてるのかな。
僕たちの対面にいるリザさんの笑みが、どんどん薄くなっている事に。
「いやね? 今でこそ【調停者】とか戦女神とか言われてるけど、昔の総長はそりゃあ――」
「ナクラさん」
「……………」
「ナクラさん」
「……ぴー、ひょろ~~♪」
リザさんは変わらず笑っている。
でも、何故かすごく怖い。
リザさんらしくない攻撃的な笑みだ。
昔の彼女に関しては凄く興味があるけど。
今聞いたら、その笑みは僕にも向けられることだろう。
巻き込まれるのは御免だ。
先生はわざと下手な口笛を吹いて顔を逸らす。
「ナクラさん。お願いしますね?」
「……えぇ、任されましたよ。すぐにセキドウで会うでしょうし」
どうやら、次の目的地は。
クロウンス王国で決定のようだ。




