第十九話:魔人と聖女
―陸視点―
「首斬り落としても再生とかアホか!」
「「……アハハ」」
「何か、陸達も大変だったんだね。こっちも結構危なかったけど」
救出作戦は無事に終了を見て。
宿へと帰還してきた僕たち。
疲れと汚れを洗い流し。
何時ものように先生の部屋に集合したのは真夜中の事だった。
僕たちがリザさんと一緒に魔人と戦っている間。
康太と春香はA級冒険者であるギルバートを撃破していたらしい。
本当に、凄いと思う。
先生は先生でサーレクトを捕獲したらしいし。
皆、それぞれで頑張っていたんだなぁ。
――なんて、文字通り。
現実から目を逸らしつつ考える。
「……で。あの……先生」
「何だい? ハルカ」
「突っ込んで良いです?」
「女の子が、そんなはしたない事を言ってはダメだよ」
……………。
……………。
「――だーッ! そうじゃなくて! なんで目を離してる間に超絶美女になってやがるんですか!」
噛みつくように捲し立て。
肩を怒らせて睨み付ける。
彼女は、余程格差を感じるらしい。
逆に、余裕の表情を浮かべる先生。
ベッドに座り、剣の手入れをしながらのらりくらりと捌いている彼はいつも通りだった。
何故か、また。
女性になっている以外は。
黒曜石のように艶やかで。
一纏まりに妖しく輝く長髪。
起伏に富んだ肢体は、着ている簡素な部屋着のせいでラインが強調されていて。
……曰く、あの指輪は。
付けた人物がもう一方の性別に生まれていたら…をそのまま形作るらしい。
先生は元々色白だし。
それも相まって、凄く色気がある。
詐欺もいいところだ。
春香への説明の為だろうけど。
やっぱり、色々目に毒だよね。
直視できないし。
康太も、息を潜めて虚無に徹している。
「当てつけです? 美緒ちゃんよりも……うがーッ!」
「春香ちゃん、落ち着いて」
「そうだ、落ち着こう」
「先生も、そろそろ戻って欲しいです」
「あぁ、すまないね。皆の反応が面白くてね――っと、これで大丈夫」
笑いながら指輪を外し。
彼は、何時もの姿へ。
何だか安心したような。
ちょっと残念な、微妙な……ッ!!
「――っと、取り合えず。情報交換はこんな所だよね?」
美緒が鋭い視線を向けてきて。
僕は、思考を切り替える。
やっぱり、女の子って。
直感が凄く鋭いんだね。
「はい。後は春香ちゃんの異能についてと……」
「魔人の話だね」
「「………ッ」」
「良いよ、隠しているわけじゃないから話すさ」
言いにくそうな美緒に変わって。
先生が言葉を引き継ぐ。
彼のあんな顔を、僕は知らない。
あの顔の裏に、どんな過去が。
それを知りたいというのは、僕たち四人の総意だった。
「――じゃあ。まず、あたしから話すね?」
手を挙げたのは春香だ。
多少話は聞いていたけど。
康太が強敵を倒せたのは。
他でもなく、彼女の異能があったからで。
A級冒険者、ギルバード。
モルガン家の前情報によれば。
彼は【狭霧】の異名を持ち。
気配や体臭などの情報全てを隠匿することが出来る【固有魔術】の使い手で。
まともに戦えば。
剣を交える事も難しい相手。
それを看破出来た彼女の異能は……。
「あたしの異能は、相手の「感情」と「言葉の真偽」を読み取るものだと思う。だから、副次的に傍に誰かいれば感情で分かっちゃうんだ」
「おおっ! カッケー!」
「……とても、便利だと思いますね」
「成程…そういう事か」
康太と美緒が目を輝かせて。
先生が納得したように頷く。
戦闘以外にだって。
幅広く使えそうな能力だ。
……でも、春香の場合。
悪用して、僕たちに使いまくりそうな気がする。
そういえば、奴隷狩りの拠点に乗り込んだ時にも、春香は見えない敵を撃破してたっけ。
もしかして、あれは。
無意識に異能が発動していたのかな?
そんなことを僕が考えていると、春香が「でも」と付け足す。
「これ使ってると、凄く頭が痛くなるから、あんまり使いたくないんだよね。無意識だと勝手に発動してるみたいだし」
「……………ッ」
「そりゃ、ちょっと辛いな」
「それは、私も聞いているよ。情報処理系の能力は、どうしてもその弊害があるらしいね。ミオはともかく……リク? 私達に隠してる事があるだろう?」
やっぱり、先生にはバレてたのか。
確かに、それは僕も同じ。
【ライズ】を使うと。
長時間使うと、頭が割れそうな痛みが襲ってくるんだ。
でも、だからといって。
止めるわけにはいかない。
今の僕には、それが必要なんだから。
「問題ないです。考えるのは得意ですから」
「……まぁ、そう言うだろうね。――ミオ、頼んだ」
「はい、先生」
……………?
先生が目配せすると。
美緒が僕の隣に座る。
「――あの、陸君」
「……あ、うん。何を―――むぎゅッ!?」
すっごく変な声出た。
突然、美緒の柔らかい手が。
僕の両頬を挟んで。
目の前には彼女の顔。
澄んだ黒の瞳に。
意識が奪われそうだけど……凄く恥ずかしいんだけど。
「陸君が誰よりも頑張ってるのは、皆知っています」
「………ふぁの」
「大切だと思ってくれているのも、護ろうとしてくれているのも」
「…………ッ!」
「でも、私達だって。陸君を大切な仲間だと思ってるんですから。守りたいって思ってるんですから。――だから、一人で無茶はしないでください。辛かったら頼ってください」
「………………」
「返事、です」
「……ふぁい、ゴメンなさい」
怒るように、心配するように。
そして、諭すように。
真っ直ぐ語り掛けてくる美緒。
その表情は、とても暖かかった。
こんな風に言われて。
抵抗する事なんて、出来る筈もない。
何より、皆を守るためなんて言って心配をかけているようでは、元も子もないから。
僕は肯定の意味を込めて。
彼女へと返事をした。
「よろしい」という言葉。
両の手から解放されて。
春香と康太はニヤニヤと笑っているし。
けしかけた先生は更にニタニタと笑っている。
本当にこの人たちは……。
当の美緒も恥ずかしかったのか、少し顔が赤くなっているし。
でも、こうしていると。
胸が温かくなって。
苦しい事も頑張れる気がする。
僕一人では、絶対に此処までこれなかった。
皆と一緒だから出来たんだ。
「ミオの言う通り、私たちは仲間だ」
「えぇ。勿論っすよ」
「そりゃ、当然だよね」
「だから、苦しい時は無条件で頼っていいし、必要だと判断したら止めてあげる。手を引っ張っても引き摺っても連れて帰る。大切なのは、四人が一緒に居られることだからね」
「「――はい!」」
今回、それを再確認した。
一人欠けてしまうだけで。
僕たちは、恐怖した。
眠る事すらできない程怖かった。
だからこそ、三人で助けるという意志を確認し合えたけど、あの恐怖は二度と味わいたくないものだ。
僕たち四人を見回して。
満足そうに頷く先生。
彼は鞘に収められた剣を荷物と一緒に置いてからベッドに座りなおす。
「じゃあ、次は私の番だね」
何から話すかと思案して。
先生は、話し始めた。
「魔人と……あと、聖女に関しての話もしようか。コウタとハルカは実際にその力を見ていないからね」
「……あの綺麗な人がギルド総長とは思わなかったです」
「しかも、聖女だってな」
――早速話が脱線しそうだ。
でも、確かにリザさん。
凄く属性盛ってるよね。
本人は、全く考えてないだろうけど。
僕たち現代日本人からすれば、思わずには居られない事だ。
「聖女っていうのはね? そう沢山いるモノじゃないんだ。地球でいう所の四大元素の考えに近く、地、水、火、風の聖女がいる。そして、同じ属性の聖女は同時に二人は存在しないとされている」
「……それって、つまり」
「激レアってことっすね」
「そう、その通り。SSRさんだ」
話の割に考えが俗っぽ過ぎる。
先生もうんうん頷いてるし。
その認識で間違いはないんだろうけどさ。
「では、同世代に四人、ですね?」
「そういう事だね」
「あたしも、やってみたかったんだけどなぁ」
「いや、春香ちゃんは無理――何でもない。えと……総長の属性は何なんですか?」
春香に似合うかはさておき。
聖女であるからには。
固有の属性があるという事だ。
僕は、リザさんが魔人を倒した時のことを思いだす。
……確か、あの時は。
部屋に風が流れてたっけ。
心を落ち着けるような。
凄く優しい、暖かな風が。
「――もしかして…風、ですかね?」
「やはり、そうなんですか?」
「その通り。風の聖女は、代々何処の国にも属さない存在として知られている。で、他の三聖女は特定の国家が世襲制で力を受け継いでいるんだ。近い所だと、南側のクロウンスっていう王国に火の聖女がいるよ」
「会ってみたいね!」
「火の聖女様……凄くロマンを感じるなぁ」
康太のロマン発言は分かるけど。
春香もそういう憧れがあるんだ。
確かに、昔のおままごとも。
クラスの演劇とかも、お姫様役をやりたがっていたし。
「――で。何故、聖女の話をしたかというと」
「「……………」」
「魔人は、通常の手段では決して倒せない」
「首落としても、だもんな」
「あぁ。リクとミオが見た通り、完全に倒しきるには、聖女の持つ【浄化】の力が必要なんだ」
「成程……‥あれ?」
「じゃあ、つまり先生は――」
聖女? ………いや、あり得ない。
全員が顔を見合わせて。
頭に疑問符を浮かべる。
だが、しかし。
それだけは、絶対に在って欲しくない。
此方の…僕達四人の反応を。
楽しむように眺める先生。
やがて、僕たちが睨むような視線を集中させると、さっき荷物と一緒に置いた剣を指さす。
「魔人を倒す手段の一つとして、浄化の力を武器に付与してもらう方法があるんだ。ホラ、今私が持っている剣は……」
「あっ、教国で貰ったやつじゃないですね」
彼が普段使っている剣は。
前に春香が貰った物だ。
だけど、今立て掛けてあるのは。
それとは違う剣で。
召喚されたときから先生が持っていた…実用性重視といった感じの、武骨な長剣。
「これで、伝手があってね。浄化の力を刻印してもらってある……見た目は変わらないから、弄繰り回さないように」
剣に向かって全速前進していた康太と春香。
二人を諫めるように。
言葉を付け足す先生。
僕も興味があったので。
二人が持ってきたソレを見たけど。
確かに、見た感じは普通のモノと違いはないらしい。
皆で剣を弄り回し。
ひと段落してから。
先生が咳払いをしたので、居住まいを正す。
これは、真面目な話の前振りだ。
「【バシレウス教】という宗教組織が、かつて存在していた。今からほんの七年前の出来事だ」
彼は忌々しいというように語る。
抑えてはいるようだけど。
少しだけ、あの時に似た表情だ。
「表向きはただの主教団体。だが、彼らが真に目指していたのは魔族で――」
千年の時を生きる魔王が統治し。
一般の者でさえ三百年生きる。
そんな、長命種族。
どうにかしてその領域に至らんと、研究する者達が居た。
だが、強大な力を誇る国家へは。
何人も、手を出す事が出来ない。
――なら、どうするか?
答えは簡単だ。
人間の十八番ともいえる手法…手に入るものでどうにかする。
まずは魔族と人間のハーフ――半魔種を。
次に先祖に魔族がいると言われる人々を。
いなくなれば長命な亜人を。
果ては、生まれながらに魔力量の多い人間を。
そうして集めた人々で。
人体実験を繰り返す。
ここまで来ると。
目的なんて忘れたようなもので。
数十、数百、数千の命を冒涜して、まだサンプルが足りない。
だから、今度は別側面からのアプローチだ。
彼らに近い性質を持った魔物の力を人間に組み込む事で、近づけないかと考えた。
「………それって」
「魔物の眼球を移植し、臓器を移植し、血を取り換えて魔核石を埋め込む。考えうる全ての事を奴らはやっていた。倫理観など端からなかったからね」
ただ聞いているだけで。
背筋が凍るようだった。
リザさんがあの時「罪そのもの」と言っていた理由が理解できた。
狂っているとしか。
それしか言いようがない研究だ。
眼をくりぬかれて。
臓器を摘出されて。
無理やり、代わりのモノを入れられる。
……そんな事をされて。
実験体になった人たちが、無事でいられるわけがない。
「中世の錬金術じゃないんですから、そんなことをしても――」
「鉛が金に変わる筈はない。本来なら、成功する筈はない研究だった。だが、彼らは一定の成果を上げた……上げてしまった。完成したのは、目指したモノとは似ても似つかない穢れた不死者」
……それが、魔人なんだ。
此処まで聞けば…うん。
何故、彼があんな顔をしていたのかが理解できる。
「絶対に許せない」
それは、誰の言葉だったか。
いや、或いは。
全員が、同時に口にしたモノだったのかもしれない。
四人の総意で間違いなかった。
「そう、許せるはずがない。だから……完膚なきまでに叩き潰した」
「「―――!!」」
「当時のギルドは、前総長が不祥事を起こして信頼を失いかけていたんだが、この一件で大陸中に現総長であるリザンテラ・ユスターウァの名を轟かせることになった」
「……先生も、参加したんですよね?」
「あぁ、総長と私は勿論、現在S級のゲオルグや【赫焔眼】、【天弓奏者】……他にも、多くの上位冒険者が参加した」
それだけの規模だったのだろう。
聞いたことのない名が挙がるけど。
同列に語られるという事は……。
どれだけギルドが本気だったのかが伺える。
「明らかにオーバーキルですよね?」
春香が、ぼそりと呟く。
しかし、その通りだ。
S級は個人でも小国に匹敵する戦力を保有している。
そのレベルが五人もいて、その上。
上位冒険者が多数って……どんな国でも亡ぼせるのではないだろうか。
「それだけの事を奴らはしたからね。……だが、また現れた」
「生き残りがいるってこと?」
「そうだろう。これから、ギルドの方は忙しくなる」
七年前に消えた筈の組織。
ソレ等が作り上げた魔人が、未だに存在している。
誰かが裏にいるというのは。
まず、間違いないのだろう。
それは、言いようのない不安を隆起させた。
「――さて、暗い話はここまでだ」
だけど、今は。
まだその時じゃないらしい。
「皆、本当によく頑張ったね。暫くは休息を取りつつ、基本的な訓練をしていくことにしようか」
「「………はい」」
魔物と戦う訓練も大切だけど。
最近は人と戦うことも。
対人も、多くなってきた。
そして、これからも。
避けては通れない道なのだろう。
……皆の為なら、躊躇いなど感じない。
でも、これからは一人で背負わない、背負わせない。
僕たちは四人で勇者だから。
いつでも、皆と一緒だから。
これからも考えを修正しながら、四人で少しずつ進んで行こう。




