第十八話:唯一の技
―陸視点―
通路を抜けた先の大部屋に。
当主ミュリエルは居た。
彼女は、ただ静かに。
悠々と長椅子に座りながら、僕たちへ視線を送る。
この状況を予想していたようで。
少しの焦りすら見せていない。
「やはり、聖女の持つ浄化の力ですか」
「「…………?」」
「噂には聞いていましたが、本当の事だったとは」
聖女って、あの聖女?
小説とかでよく見る?
正確には、宗教関係の聖人だろうけど。
僕達召喚者にとっては。
この世界自体がファンタジー小説なので、前者でも間違いではないだろう。
彼女が視線を向けているのは。
僕たちの傍にいるリザさんで。
確かに、リザさんは聖女と紹介されても納得できる物腰柔らかで優しい人だ。
「貴方達が一緒というのは、まるで絵物語ですね」
でも、此処まで追い込まれていながら。
ミュリエルは、全く取り乱していない。
それは、やっぱり……。
「その余裕は、其方に隠れていらっしゃる皆さんと関係があるのですか?」
「……本当に、理解できません」
「はて、どのように?」
「貴方達冒険者などは、簡単に人の気配を感じ取ったりしますが、どのような原理なのでしょうね」
この部屋に入った時から。
彼女以外の存在が。
複数隠れているのは、分かっていた。
戦闘を知らない一般の人たち。
彼等の側からすれば。
人の気配を読み取れるというのは、確かに不思議でならないのだろう。
僕だって、最初の頃は。
全く出来なかったけど。
無数の戦闘、幾多の死線。
それを潜り抜ける事で、何時の間にか身に付いていたんだ。
自分が手を汚さない人間。
安全な所から手を下す者。
彼等には、絶対に出来ない芸当……だけど。
態々、言う必要もない。
「まぁ、隠していたわけではありませんよ?」
「……左様ですか」
「えぇ。ただ、驚く顔が見たかっただけですから」
何が違うのか分からないけど。
彼女が、視線を向けると。
僕たちから見た死角。
本棚の影から、四人の兵士が出てきて。
―――彼らの目も。
―――また、虚ろで。
先程の男と同様に。
彼等の姿は次々に異形へと歪んでいき……。
朱い瞳に、どす黒い血管。
魔人へと完全に変質して。
彼等は、命令を待つように。
ミュリエルの周りを固め、その場に立ち尽くす。
「さて。リク様、ミオ様と言いましたね?」
「「…………ッ!」」
「お二人に問います。私と手を取り合って、我々人類に平和を齎すつもりはありませんか?」
この人、頭がおかしいのかな。
多分…間違いなくそうだよね。
「脅迫みたく言われても困りますね」
「…………あら?」
「同じく。貴方の言う事に耳を貸したくはないです。春香も助け出されたみたいですし」
「……そう、ですか」
「興味もないです」
「目指すモノが、根本的に違いそうですね」
まだ話し合おうとしている事に驚きだ。
まともな神経の持ち主なら。
とっくに、決裂は必至だと分かりそうなものだけど。
勿論、答えは拒否で。
僕たち二人の言葉に。
心底残念そうな表情を見せるミュリエル。
「……そうなのですか。では、次は貴方達に代わりになっていただくことにしましょうか」
ビショップ家の情報網は。
既に、ガタガタだろう。
ここに来るまでに僕たちも大暴れしたし、別動隊の先生と康太…あと囮のスミスさんも敵の間を素通りしているはずはない。
だから、春香の事を知らないのも。
全然、仕方のない事で。
僕も美緒も捕まる予定はないので。
話す事は無いと、剣を構える。
敵は多いけど、リザさんが居てくれるのなら、問題はない筈だ。
「聖女の使う浄化には、多くの時間と魔力を要すると聞いています。貴方が他の聖女よりも浄化の力が脆弱であるとも」
……あまり嬉しくない事を聞いた。
確かに、先程魔人を倒した時も。
準備には時間が掛かっていて。
僕と美緒には、彼等を如何にかする手段はない。
首を切り落としても。
復活してきたからね。
でも、焦る僕の内心とは裏腹に、リザさんはまるで動揺していない。
「……えぇ、そうですね。浄化が不得手なのは事実です」
「けれど」と言葉を続けた彼女は。
そのまま、己の剣を納めてしまう。
怪訝な顔をするのは。
ミュリエルと僕たち。
でも、すぐに僕は。
何者かが――凄い速度で。
この部屋へと向かっているのを感じ取った。
「聖女でなくとも、彼らを倒すことは出来るのですよ?」
彼女がその言葉を発した瞬間。
僕たちの横を疾風が駆け抜け。
―――白刃が煌めく。
それは、先生だった。
一瞬で魔人たちを間合いに入れた彼は。
言葉も発することなく、彼等の身体を剣で穿つ。
反応さえ至難な連撃は。
まるで、一発の斬撃で。
ただ、身体を刺し貫いただけに見えた。
でも、本来であれば傷が塞がって。
立ち上がる筈の魔人たちは。
叫ぶように、咆哮し。
床へと、崩れ落ちて。
溶けるように消えてしまった。
……………。
……………。
「――――――――――ッ」
手駒を一瞬にして失ったミュリエルは。
驚愕の表情のまま固まっていて。
もう危険は無いと判断した僕は、剣を納めた先生に声をかけようとして前に―――え?
……彼は、確かに先生だ。
僕の知る人で間違いない。
でも、横から見た彼の瞳は。
見た事もない程冷たくて……恐ろしくて。
別人のように無表情だった。
彼の瞳を覗いた瞬間に。
悪寒と恐怖が体を襲い。
意に反して膝が笑う。
遅れて部屋に入ってきた康太と春香に言葉を掛けることもできないほどの恐怖。
それは、リザさん以外の。
この場にいる全員が同じだったのかもしれない。
広い、広い部屋には。
一度の静寂が訪れていた。
◇
―ラグナ視点―
魔力を辿って部屋に飛び込み。
目に入った四体の魔人へと。
踏み込み、剣を走らせる。
俺は、彼女たちのような。
優しい救済などは与えられんが…せめて、一瞬で逝ってくれ。
魔人の持つ強靭な肉体へ。
祈るように大穴を穿つと。
彼等は人としての言葉ではなく、獣としての叫び声をあげながら倒れた。
勿論、再生などはしない。
穴の穿たれた地点から肉体が泡立った魔人たちは、最後には床の染みへと変わる。
これが、力業による消滅。
浄化なんて言う神聖で高尚な存在とは正反対。
言葉にするのなら、呪いのような力だ。
技名は、【魔刻】……俺が唯一名前を付けた攻撃技。
本来であれば、戦技に呼称など必要ない。
或いは、剣の型などであれば。
呼称が必要なのかもしれんが。
戦闘中に一々名を呼ぶのは悪手。
それに、俺は流派の剣術など習ってはいないしな。
一度、剣を鞘に納めて。
静かに辺りを確認する。
既に魔人の歪な魔力反応は感じられず、その全てを消滅させることが出来たようで。
残るは……大元。
「そんなっ! 魔人が、只の攻撃で倒れる筈は――」
「……黙れ」
「―――ヒッ!?」
直接会ったことはなかったが、成程。
コイツがミュリエル・ビショップか。
女は、目に見えて狼狽して。
その顔には、何故だろうか。
意味が分からないという困惑が浮き出ていて。
この女は、魔人について。
多くを知らないのだろう。
冒険者や、傭兵と何も変わらぬ。
ただ、仕える武器、或いは駒として運用しているだけ。
だが、それでもだ。
知らずのうちに。
ただ、使っているだけなら許されるのか?
いいや……違う。全く違う。
なら――知らないのが悪い。
俺は、目の前の女に向かい。
一度は納めていた剣に手を掛けて―――ッ!
「ナクラさん」
「…………総長」
肩に置かれた手に振り返り。
気遣うような瞳と目が合う。
そして、その後ろで。
俺を伺っているリク達の顔には、確かな恐怖が刻まれていて。
当然、というべきだが。
その感情の行き先は。
恐怖されているのは、俺なわけで。
………コレは、やったなぁ。
ようやく冷静に状況を分析して。
今、俺がすべきはコレジャナイ。
やると決めたからには、最後まで。
頼れる先生として振舞うべきで。
表装へ浮き上がっていた感情を奥へと押し込み、今の上司へと向き直る。
「――総長。後はお任せしても?」
「えぇ、勿論大丈夫です」
「暴れてすみません」
「いえ、いえ。既にギルドの方には連絡が入っているので、幾らもしないうちに手が入ります。また後日、色々とお話ししましょう」
「……はは。お手柔らかに頼みますよ」
若干、固い俺に対して。
普段の調子で話す総長。
おかげで毒気が抜かれた俺も、平時のテンションに戻り始める。
彼女は、相変わらずだが。
無理に聞こうとしないな。
俺としても助かるのだが。
彼女には他にも負い目が有る身なので、かなり申し訳ない。
で、今は取り敢えず……あぁ。
「――あの、先生。もしかして生理――ブッ!?」
いち早く調子を取り戻したコウタ。
彼の冗談はセンシティブだったようで。
ハルカに殴られているな。
それは妥当な判断だろうが。
もう少し手加減してあげな。
救出してくれた張本人だろうに。
「先生は男でしょうが!」
「「………はは」」
「何で皆笑ってるの? あたし変なこと言った?」
他の皆は微妙だろうな。
他三人が笑う中で。
ハルカ一人が怪訝な顔を浮かべる。
今なら、大丈夫だろう。
「ちょっと、怖いところを見せちゃったね」
「「……………」」
「話してくれますよね?」
「勿論。その辺は後で…取り敢えず、私たちは行こうか」
「ミュリエルは良いのですか?」
「これだけのことをしたからね。じきに、ギルドの職員たちがやってくる。冒険者である私たちが出来るのはここまでだ。無論、ギメールを去るまでに色々とやらなきゃいけない事はあるけどね」
気絶したように力なく。
椅子に腰かける女は。
……もう、何も出来ないだろうな。
ビショップ家の処遇を決めるのも。
議席に名を連ねる他家が絡んでくるから面倒になるだろうし、この家には多くの手が入る事だろう。
今迄隠蔽していた事の全てが。
一挙に明るみに出る事だろう。
これは、また国が荒れるだろうな。
その辺は総長と狸に丸投げ……は。
流石に無理だろう。
漫画や小説のように。
敵を倒してはいサヨウナラとはいかない。
事後処理には、俺たちも参加させられるだろう。
今のうちに、少しでも。
休息を取らせないとな。
「皆、聞きたい事もあるだろう? 私達はとりあえず帰って休もう」
「やたー!」
「……ははっ。さすがに疲れたな」
「お疲れ様です、皆さん」
「本当に、疲れたね。帰ってから、色々と聞くことにしようか」
此処の事は総長へ任せてしまって。
俺たちは屋敷を抜けんと歩き出す。
既にギルドの手が入っており。
戦闘は発生していないようで。
私兵たちも、完全に大人しくなっているようだな。
俺が開けた床の穴たちは…うん。
事故という処理にしてもらって。
…………ふむ。
何か、忘れているような。
「……………あっ! 先生。スミスさんと捕まってた人達!」
「あ」
「「え?」」
春香の言葉を聞いて。
ようやく思い出した。
そう、スミスだ。完全に忘れてた。
一度リク達には待ってもらい。
俺はミュリエルの相手をしている総長の所へ駆ける。
ビショップ家に捕まっていた女性たちも。
早く、外の世界へ解放してあげないとな。




