第十六話:視座の違い
―陸視点―
「……陸君、コレは」
「うん。凄いよね…本当に」
リザさんが剣を振ると。
必ず、敵が倒れる。
ゲオルグさんを思い出すなぁ。
あの人の戦い方とは。
完全に、正反対と言える剣技の持ち主だけど。
彼女の武器は、片手用の直剣。
それは、僕と同じだ。
戦闘スタイルの例えとして、良く柔の技や剛の技という表現が用いられるけど。
彼女の場合は、柔の完成系。
相手に攻撃させる事なく。
圧倒的な力で押し潰す。
……そういう戦い方ではなく、攻撃を風のようにすり抜けて反撃するスタイル。
先生が僕と美緒に教えたかったのは。
およそ、こういう技術なんだろうね。
当主であるミュリエル・ビショップ。
そして、捕まっている春香。
この二人が、僕たちの目的で。
既に作戦が開始されてから時間が経過しているので、いつ別動隊…先生たちから連絡が入ってもおかしくない。
「リクさん、ミオさん。疲れてはいないですか?」
周辺に気を配って警戒しながらも。
僕たちに声を掛けてくるリザさん。
でも、一番剣を振るっている筈の彼女自身がまるで疲れた様子もなく、汗一滴ない。
本当に、この人たちの体力は。
一体どうなっているのかなぁ。
でも、僕たちだって、少しは。
心配そうにこちらへ尋ねるリザさんへ返す言葉は、当然。
「――まだまだいけます!」
「私も、問題ないです」
「ふふ…頼もしいですね。――彼に任せたのは、間違っていませんでした」
彼? …あぁ、先生の事か。
彼は大陸ギルドの冒険者で。
この人は、ギルド総長。
簡単に言ってしまえば。
上司と部下という事になる。
……でも、二人の会話からは、長年の友人のような信頼関係が感じられて。
僕たちは、ずっと先生と行動しているのに。
彼の事を、深くは知らなくて。
何度か聞いたこともあるけど。
のらりくらりと躱されるんだよね。
僕たちも、それが彼だと納得してしまっているし。
「先生とリザさんは、知り合ってから長いんですか?」
しかし、気にならないかと聞かれれば。
勿論、気になるに決まっていて。
発言したのは美緒だった。
彼女も同じだったのだろう。
それを問うのに、迷いはなかった。
「えぇ、そうですね。彼が新人冒険者の頃から」
「先生が」
「……新人、ですか?」
リザさんが帰してきた答えに。
二人揃って首を傾げて考える。
正直、全く想像できない。
「とは言え、彼は新人の頃からとても強かったです」
「……何か、ソレ」
「ズルいですね」
「ふふっ…。彼が冒険者として活動を始めたのは、セキドウの都市から。当時は私もギルド長になったばかりで、多くの国家からは甘く見られていた小娘でした。先代が残した問題も山積みで……彼には、多くの事で助けて貰って」
昔を懐かしむように語るリザさん。
中々に深い過去がありそうだな。
先代が残した問題っていうのも気になるし。
でも何より。
こんなに強いリザさんと先生も。
誰しも、戦いを知らない時代があったと思うと、不思議な感じがした。
「何で、先生はA級なんですか? あの人が負ける所を想像できないんですけど」
「ええ、実力は間違いないですね」
「では、前に聞いた通り?」
「本人が拒否しているだけ、ですね」
「前に先生は、自分よりリザさんの方が強い…みたいなことを言っていましたけど」
セフィーロ王国にいた頃だけど。
彼はそれを匂わせる発言をした。
一緒に話題に出た人物。
【深淵狩り】の異名を持つ冒険者には会った事がないけど。
人類最強の一角がリザさんなのは間違いないだろう。
しかし、問われた彼女は。
難しい顔をして首を振る。
「どうでしょうかね。私たちが本気で手合わせをするわけにもいきませんし…私自身、彼が本気で戦っている所を見た事が無いですから」
「比較しようにも…という事ですか」
……やっぱり、僕たちは。
彼の事を知らな過ぎるか。
帰ったら、まずはお仕置きだけど、その後はいろいろなことを話して。
少しでも多くの事を……って。
何だか、死亡フラグみたいになってきたね。
「やはり、最上位冒険者は多い方が良いんですか?」
「えぇ、それは勿論……なのですが」
「難しいですか」
「今回のような、サーレクトの例もありますが。どれ程強くなろうと、遠く離れた地へ行くのは容易ではありません」
「一人での限界…ですか?」
「その通りですね。私たちギルドの役割は、少しでも多くの人々を救い、現状の平和を維持する事。ゆえに、個人の戦闘力だけに頼るわけにはいかないのです。何より、大きな変革には犠牲が伴うモノ…その行為が真に求められているのか、知る必要がありますね」
「……深いです。凄く」
僕がバカな事を考えている間。
二人は凄く真面目な話をして。
こうして見てみると。
やっぱり、雰囲気が似ているよね。
―――でも、さっきから。
―――全然人の気配がない。
少し前までは、次から次に。
沢山の新手が来ていたのに。
「……………ッ」
丁度、考えていたその時。
リザさんの動きが止まる。
剣を構えていないから、接敵したわけでは無いと思うんだけど……。
僕も油断することなく。
前方へと注意を向ける。
前方から悠々と歩いてきたのは。
空間には似つかわしくない女性。
背後には兵士を従えていて。
彼は、かなりの使い手である事が伺える。
でも、モルガン家で見た資料には。
間違いなく載っていなかった顔だ。
何より、強い圧力を感じるにも拘らず、その目は何処か虚ろで……抜け殻のようだった。
リザさんは立ち止まったまま。
女性へと慇懃な一礼をする。
「お久しぶりですね、ミュリエル様」
「……ギルド総長、リザンテラ・ユスターウァ」
この人がビショップ家の当主!
女性だとは聞いていたけど。
まだ若さの残る、艶やかな婦人だ。
優雅な立ち姿は、とても今回の一件を主導した人物には見えず、闘争という言葉には無縁ともいえるような雰囲気を纏わせていて。
「――そして……勇者様たち」
しかし、次の瞬間には。
僕も理解が追い付いた。
この人の眼は、同じだ。
これまでの旅で出会った、目的を成す為であればどんな手段であろうとも平然と使ってきた人々と、同じだ。
人質、脅迫、殺人……。
それらの事に躊躇いなど存在しない。
決して油断してはいけない。
隙を許せない部類の人間だ。
「紹介は要りませんか、ミュリエル様」
「ふふふ、そうですね」
「では…貴方が西側で活動していた奴隷狩り組織を後援していた事は調べが付いております。重ねて、国家間で不可侵とされる勇者拉致のへの関与――いえ、主導も」
冷ややかな…刺さるような口調で。
ミュリエルを糾弾するリザさん。
そうだ、この人なのだ。
春香を拉致するように。
サーレクトに依頼したのは。
目の前にいるのは紛れもない敵で、僕たちが捕えなければいけない存在。
罪を暴かれた彼女は、しかし。
微笑を絶やすことはなかった。
「分かっては下さらないですか?」
「「…………」」
「何を、ですか?」
「大陸を統べる冒険者ギルドの総長である貴方なら、分かる筈です。その気になれば多くの国家に号令をかけることができる貴方なら」
「仰る意味が、分かりかねます」
「……抑止には力が必要。それが勇者であれば、全ての国家は納得すると。私が目指すのはギルドと同じ――平和、人間国家の繁栄なのです」
声高々に放たれる彼女の言霊。
それは耳当たりの良い言葉で。
気を張り詰めていなければ。
思わず頷いてしまいそうなほど甘く、優しい言葉はしかし…今の僕たちには響かないものだ。
この世界には、人間種以外にも。
沢山の種族が文明を築いていて。
優しく、強い心を持った亜人の少女を知っている。
恐ろしく、しかし文句を言いながらも誰かのために怒ることができる冒険者を知っている。
――冒険を通して知れた。
――それだけで、十分だ。
「勇者は政治の道具ではありませんよ。何より、我々ギルドが求めているのは、人間種だけの繁栄ではありません」
リザさんの答えは僕と同じだった。
この世界に来てから。
多くのものを目にし。
多くの人に会ってきたから。
僕だって、人間ではないから全て切り捨てるなんて考えは持っていない。人間も亜人も…もしかしたら、魔族だって。
分かり合えるかもしれない。
それを知るためにも。
ここで冒険をやめるつもりなんて毛頭ない。
「…やはり、貴方には分かりませんか。勇者の才能、その栄光と価値が。その力を最大限に引き出すことができれば、大陸を一つに束ねることも…魔族を討滅することだって――」
「そうして全ての敵を排除した先にあるのは、人間同士の争いと積み上げられる屍だけ。貴方の考えは独りよがり以外の何モノでもありません。勇者は六大神によって選ばれた存在。導きこそすれ、最終的な判断は常に彼らだけに委ねられます」
酔ったように熱弁するミュリエル。
相対するリザさんは冷静だった。
常に大局を見据え。
求められること、求められないことを分析する。
それがどれ程困難な事か。
僕には想像も出来ないが。
大陸を束ねる彼女だからこそ。
ミュリエルの言葉には、決して同意できないのだろう。
現状の平和を維持し。
少しずつ良い方向へ導くのが、彼女の語ったギルドの在り方なのだから。
「ミュリエル・ビショップ…貴方を拘束します」
「……いえ、まだです。賛同していただけないというのなら――説き伏せればよいのですから」
ゾッとするような笑みを浮かべ。
此方を伺うミュリエル。
彼女の背後に控える兵士が襲い掛かってきたわけでも、彼女が何かしたわけでもない。
ただ、控えの兵士が。
前に進み出ただけだ。
だが、次瞬には。
恐ろしいほどの殺気が膨れ上がる。
「……ビショップ家、まさかバシレウスと」
リザさんの呟きが聞こえるけど。
うまく、考える事が出来ない。
僕の意識は、完全にソレに集中していたから。
あれは……なに?
彼は、もはや。
人の姿を留めてはいなかった。
全身の筋肉が膨れ、波打って。
どす黒い血管が浮かび上がり。
急激な成長に肉体が追い付いていないとでもいうかのように軋み、苦しみの呻き声をあげる。
もはや人間なんかじゃない。
でも、魔物とも違う。
朱く光る双眸は爛々と光り。
僕たちを視界に収めている。
彼らの姿を例えるのなら……悪魔。
「やはり、サーレクトは当てになりませんね。全く戻ってきませんし…最初からこうしていれば良かったのです」
「オッ……ォォォ」
「では、戦闘力のない私は下がっていますので、宜しくお願いしますね」
「殺してはダメですよ?」……と。
言い残して去っていくミュリエル。
異形へと変質した兵士は。
理性が完全に消失したわけではないようで。
彼女の言葉を受けて。
此方へ視線を向ける。
腰の剣に手を掛け。
今にも飛びかかってきそうだ。
「……ア――アァーッ!!」
「させません」
それは、一瞬の攻防。
僕達二人の前にリザさんが立ち。
掛かってきた兵士を迎え撃つ。
混じり合う、剣と剣。
瞬く間に趨勢は喫し、煌めいた白刃が敵の身体を――
幾重にも、幾重にも。
コマと切り刻む。
リザさんは、既に。
兵士にトドメを刺すつもりで攻撃しているようで。
血を吹き出しながら。
兵士は倒れる――が。
「――え……そんな!?」
「これは…一体?」
「……やはり、そうでしたか」
しかし、切り刻まれた兵士は。
再び、立ち上がってきた。
普通の……いや。
どれだけ強靭であろうと。
人間であるのなら、間違いなく死亡していた筈の致命傷を負って尚。
朱い瞳の輝きは消えず。
再び、彼女へ躍りかかる。
刻まれた傷はまるで逆再生のように戻っていき、既に完治していて。
魔術を行使したのか、兵士の身体を後方に吹き飛ばしたリザさんは、此方に飛び退り、僕たちに声をかけてきた。
「――見ていましたか? アレは不死のようなものです」
「…そう、みたいですね」
「剣を破壊するわけにはいかないのですか?」
「武人として戦っている方が、戦い易い筈ですから」
…確かに、今の兵士は。
剣を用いて戦っている。
それが染み付いた戦いの記憶なのか、本能に依るものなのかは分からないけど、武器を失えば何をしてくるか分からない。
魔物ではなく、人として。
剣士として戦ってくれているからこそ、まだ有情という事なのだろう。
でも、リザさんが不死身というからには、本当にそうなのかもしれない。
一体どうすればいい?
「……リクさん、ミオさん」
「「はい」」
「少しの間、相手をお願いしても良いですか? 彼をどうにかするための準備をしますので」
分からないことだらけだけど。
その言葉に僕は剣を握り締め。
後ろへ下がったリザさんを守るように塞がる。
少なくとも、現在僕たちの中でアレの対処を知っているのは彼女だけ。
彼女は、不死身といえる敵へ。
対処する術を持っているのだろう。
なら、どちらにせよ。
やるしか、ないんだ。
皆を護れる程に…誰よりも強くなるって。
誓ったんだから。
――なら、戦う。
敵が何者であれ、勝機が確かにあるなら戦う。
―――それに、僕は一人じゃないし。
「……美緒。二人なら」
「――ッ! …そうですね。陸君がいるなら」
「第一優先は生きることですから、危ないと感じたら、すぐに逃げてくださいね?」
「はい。分かりました」
「勿論、僕たちは命大事で行きます」
美緒が隣に来てくれると凄く心強いな。
いつも、四人での対人訓練では。
美緒と剣を交えることが多いから、僕は彼女がどれだけ強いか知っている。
名も知らない兵士へと。
二人で並び、相対して。
その挙動をつぶさに観察し。
やがて来るであろう、攻撃へと備える。
「………陸君」
「うん。すっごく強いよね、この人。異能でどうにか回避に専念しようか」
僕の異能【ライズ】も。
彼女の【ラウン】も。
戦闘継続には大きな力を発揮する。
勝つためではなく。
負けないという事であれば。
どうにかなるかも知れない。
威圧は、やはり人間でなく。
魔物と相対する時の感覚で。
兵士は、最早こちらの言葉を解しているのかさえ分からない。
只、分かっている事としては。
―――何としてでも、時間を稼がないと。
◇
自分より強大な個に対して。
連携を生かして向かい打つ。
それは、冒険者の戦いで。
私は彼等を観察していた。
此処へ到るまで、観察し続けていた。
既に、個人の実力はC級。
それも、上位クラスでしょうか。
荒削りな部分があるにしても。
これが、未だこの世界に来てから半年と経っていない少年少女だというのだから驚きですね。
“浄化”の術式を展開しつつ。
戦況へ目を向けていると。
彼から“念話”が掛かってきて。
「――ナクラさん。そちらにハルカさんは…そうですか。本当に良かった」
帰ってくる言葉は、救出成功。
サーレクトの捕獲も。
無事完了したようで。
本当に、あの子は厄介事ばかり……。
彼等が地下側へ向かったので。
私は、地上階を優先して、調査していたのですが。
上手く、同時展開出来たようですね。
現在の状況を彼に問われて。
これ迄の事を、手短に話す。
勿論、目の前に居る敵の情報を含めて。
「どうやら、ビショップ家は【魔人】の研究にも出資していたようです。今私が浄化の魔術を編んでいますが――はい。二人が時間を稼いでくれています」
…その単語を聞いた瞬間。
声から感情が抜け落ちる。
理由は聞いたことが無い。
しかし、彼が魔人という存在に多くの感情を抱いていることは、昔から気付いていて。
―――魔人。
最果ての種族……魔族。
彼等を目指した人間達。
その研究成果であり。
どうしようもない、成り損ない。
強靭な肉体と膨大な魔力。
数百年と言われる寿命を持つ存在達に憧れを持つのは理解できる。
しかし、その研究の為に。
どれだけ多くの血が流れ。
どれだけ多くの人々が命を落としたのでしょう。
魔人化の研究は、少なくとも二百年前。
ギルドの前身であるアルコンの塔が完成したときには存在していたと言われ。
今でも成果が受け継がれ。
続けられているのだろう。
ギルドの成立以降、厳しく罰する法案が成立し、研究組織は何度も解体された。
だが、潰しても潰しても。
また、組織が現れるのだ。
まるで、同一人物が裏から操っているかのように。
「はい、宜しくお願いしますね」
すぐに向かうという言葉。
それを残し沈黙する回線。
こちらも念話を解除する。
私が魔力を練り上げている間も、ずっと二人は戦っていて。
剣が掠って血が流れても。
強力な一撃を受けて体が吹き飛ばされても。
彼らは、決して諦めない。
むしろその逆…二人の動きは、先ほど迄と比較しても明らかに成長している。
既に、攻守は入れ替わり始めており。
押されているのは、魔人の方だった。
異界の勇者について。
私は、普通の人々よりも多くの事を知っている。それはギルドの総長としてではなく、個人的な繋がりとして。
死線の中で多くを学び。
何処までも、強くなる。
それが勇者の本当の異能。
彼等はいずれ、私たちをも超えていく事でしょう。
もしかしたら、あの方の夢さえも……えぇ。
同時に攻撃を行って。
魔人を斬り裂く二人。
既に、相手の動きは見切っているようで。
そして、こちらの準備も完了です。
窓も換気口も見受けられない通路。
隙間風など吹くはずも無い空間には風が流れ、それらは私を包み込むように展開される。
私にとっては…ふふっ。
友に会うような感覚で。
―――さあ、彼の者に優しき風の救済を。




