第十三話:この子は頭がおかしいの?
―春香視点―
「何度来て貰っても、同じです」
「……本当に、芯が強いものですね」
仮面をつけるのは得意だ。
寂寥も、恐怖も、怒りも。
全てを隠して会話することができる。
気がつけば出来るようになっていた。
つまらない時、悲しい時、寂しい時、仮面をかぶっていれば乗り切れたから。
でも、陸達と居る時は。
そんな事気にしなくて良いから、楽だ。
――早く皆に会いたいなぁ。
何処かも分からない牢屋に閉じ込められて。
可哀そうな美少女ちゃんになってから。
一体、どれ程の時間が経っただろうか。
定期的に食事は運ばれてくるし。
お腹は空かないんだけど……ビショップさんも定期的に来るから対応に困る。
何度勧誘されても私の気は変わらないし。
いい加減、気付いて欲しいんだけどなぁ。
「というか、そろそろさ」
「はい?」
「康太君に会わせてくれても良いんじゃないです?」
「……困りましたね。貴方が協力の意志を見せてくれたら良いのですが」
まぁ、こんな感じで…話も平行線。
全部知っていることを伝えてもいいんだけど、話しちゃったら強硬策に出られそうな気がするし。
…痛いのは嫌だから。
やっぱりパスだよね。
「――ミュリエル様ッ!」
そんな中、大声が部屋に響き。
あたし達の会話を遮るように。
やってきたのは、守衛っぽい恰好をした人。
多分、兵士なんだろうな。
ソコソコ強そうな人だし。
商業連邦の権力者たちが、強い人を片端から集めているという話も頷ける。
兵士さんは、そのままビショップさんに耳打ちをして。
「――まさかッ! ……リザンテラ・ユスターウァ自らとは。他には?」
「―――――」
「……暁闇が、いない?」
見るからに血相を変えるビショップさん。
兵士さんの声は小さくて分からないけど。
これは…皆が来てくれたのかな?
例の先生の二つ名が聞こえたし。
この部屋には光が差し込まないから、どれ位の時間が経ったとかは分からないけど、体感では数日も経ってないと思う。
これって、結構早い方だよね。
聞こえた名前は知らない人なんだけど。
協力してくれてる人がいるのだろうか。
「ハルカさん。どうやら、お仲間が来たようです」
「みたいですね。捕虜に希望を見せちゃダメじゃないんですか?」
名前を呼ばれる度に大きく寒気がして。
この人とは、やはりウマが合わなそう。
でも、敢えて私に助けが来たことを伝える必要があるのだろうか。
……抵抗させない為に。
相手に希望は見せない。
それが、おおよそ最も賢い方法だろうに。
「いえ、この機会にお仲間も説得させて頂く事にしましょう」
「……ふへ?」
「我が家には、名うての冒険者も傭兵も数えきれないほどいますから。いかにA級、S級がいようとも、いずれは膝を屈するはずです」
「……そっか。成程ね」
その言葉を聞いて、確信した。
多分、ビショップさんは。
最上位冒険者や、それに匹敵する強者の戦いを間近で見たことが無いんだ。
この国の権力者たちは……本当に皆。
自身が上に立つべきだと信じている。
当然、人には言えないような酷い事もやってきただろう。
―――自分では出来ないから。
―――力のある人に任せて。
でも、自分は手を汚さない。
自分の手で武器は握らない。
そうやって人に任せてきたツケが、ここで回ってきたんだ。
彼女は強者を過小評価している。
質より量。今迄はそれでどうにかなってきたのだろう。だからこそ、まだこの世界に来てからいくらも経っていない小娘にも劣る程に理解できていない。
必要なのはどれだけ年齢を重ねたかじゃない。
どれだけ多くの事を知れたかなんだ。
自分で、経験を積み上げてきたかだ。
まだまだあたしも知らない事だらけだけどさ。
そんな可哀そうな人には、思いっきり皮肉の籠った言葉が似合う。
「じゃあ、頑張ってね?」
「………!」
「あたしは、皆が来てくれるのを待ってるから」
「……えぇ。存分に、楽しみにしていてくださいね」
矮小な小娘が取り乱さないのが。
余程気に食わなかったのだろう。
微笑を張り付けた顔で捨て台詞を吐いて離れていくビショップさん。
あたしには彼女の苛立ちが伝わってくる。
少し離れた所で、此方を観察する楽しげな感情も。
彼女の足音が完全に消え。
いくらかの時間が過ぎた後に、あたしは死角となっている柱の裏に言葉を投げかける。
「――坊や? 盗み聞きは感心しないなぁ」
「あ、バレてた? やっぱりお姉ちゃん面白いね」
ビショップさんたちが去った後。
陰から現れたのはサーレクト君。
それを感じたのは話の後半くらいだから。
あまり盗み聞けてないだろうけど、良くない事だと教えてあげなきゃね。
……まぁ、いい加減。
見た目通りの年齢では無いと分かっているけど。
「助けが来たんだって? 楽しくなりそうだよね」
「君も行った方が良いと思うけどなぁ」
彼は、まるで他人事だ。
ビショップさんに。
この家に雇われているのではないのだろうか。
サーレクト君は何処から取り出したのか、あたしたちを街中で襲った時に付けていた武器――手甲を付けている。
そして、そこから伸びた糸で。
牢屋の鍵をいとも簡単に切断し――え?
「……一体、どういうつもりなの?」
「ホラ! 助けが来てるらしいし!」
「……つまり?」
「お姉さんが逃げたら、面白い事になる気がするでしょ? 追いかけっこも楽しいし、皆の困る顔も見てみたいし」
無邪気な子供そのモノの顔で。
意味の分からない事を言い始めるサーレクト君。
……やっぱりこの子は。
頭がおかしいのだろう。
あたしも大概異常だと思うこともあるし、ふざけることだってある。
でも、この子の場合は「面白い」いう理由で、どんなに酷いことだって平然とやってしまうだろう狂気を感じた。
「じゃあ、僕が時間数えてる間に逃げてね? すぐ追うから」
「―――ッ!」
その瞬間、何の意味もない牢屋を飛び出す。
考える間もなく、逃げるしかないだろう。
戦ってもまず勝てないし。
そのまま牢屋に居たら。
一体何をされるのか分かったものではない。
―――走る、走る。
ここが何処かなんて全く分からない。
でも、何もせずに捕まるのは御免だ。
薄暗い通路は入り組んでいて先が見えないけど、逃げなければいけない。
今の私の身体能力は凄いのだ。
多分、数時間走りっぱなしでも。
息切れする程度で済むだろう。
結構な頻度でさっきの兵士さんと同じ格好をした人や、侍従みたいな人とすれ違うけど、どんな声が聞こえても止まらないで逃げ続ける。
「――おいッ、まてっ!」
「クソッ! どうやって逃げ出したんだ!」
「あんで、くんのさ!」
「大人しくしろ! 逃げるんじゃないッ!」
やっぱり追いかけてるよね。
此処が邸宅なのかも。
地上なのか地下なのかも分からないけど、追ってきている人たちの方がこの空間に詳しいのは明らかで。
止まってしまえばそれ迄だし。
あたしはただ逃げ続けるしかない。
進み、曲がり、振り切る。
どれだけ続けただろうか。
未だに突き当りとかは見えないし、本当にここは広いらしいね。
感情とかを読み取っている暇もないから。
とにかく走り続ける。
でも、何時しか道は広くなって――暗くなって。
「――ッヒ!? ……貴方は?」
「たすけて……ください」
………何? 此処は。
そうしてあたしが辿り着いたのは。
中々の広さを持つ部屋だった。
重厚な石が敷き詰められた地下牢のような空間は冷たく、とても静かで。
――沢山の女の人たちが。
ボロボロの服を着たまま。
閉じ込められていた。
その数は、軽く見回したただけでも三十人以上。皆、暗い牢の中に押し込められている。
あたしって凄いVIP待遇だったんだね。
伝わってくる感情は。
深い恐怖と絶望だけ。
ビショップさんの評価は地の底だよ。
どうしてこの人たちがこんなところに閉じ込められているのかは分からないけど、元気に生活しているとはとても思えない。
でも、此処で行き止まりだし。
もうすぐさっきの人たちが雪崩込んでくるだろう。
どうしたものかな。
「……えーと? ……うん。――あなた達を助けに来ました!」
「――え?」
「私たちを、助けに?」
黙考の末に、出した結論は。
あまりに突飛なものだった。
悪戯に希望を与えるものではないことは分かっている。でも、だからと言って見捨てるなんて選択肢が取れるわけもない。
―――これは私の覚悟だ。
逃げるのはおしまい。
今から引き返しても。
直ぐに捕まっちゃうだろうし。
ここで籠城してやろう。
皆ができる限り早く助けに来てくれれば良いんだけどな。
複数の足跡がこちらに向かってくる。
やっぱり、見逃してはくれないよね。
最初の内は二人だったけど、足跡は後から後から増えていっているようで……一人の女に必死過ぎないかな。
「……はぁ。此処に居たか」
「どれだけ逃げるのかと思ったが、行き止まりみたいだな」
侍従…執事とかの仕事に就いている人達なのかとも思った。
実際ビショップさんはこの国の偉い人だから。
そういう仕事をする人たちも大勢いるだろう。
でも、この人たちがあたしや後ろの女性たちを見る目は、今までに何度か会ってきた冒険者や、盗賊の中でも気味の悪い人たちと同じで。
此方へジリジリと距離を詰めてくるところも。
変態植物――プラン・カルアに似てるかもね。
「おとなしくしてりゃあ手荒にはしないさ」
「ちょっと可愛がるだけだよ」
「……あなた達、この仕事合ってないと思うよ?」
馬子にも衣装なんて言うけど。
この場合は当て嵌らないよね。
人目を誤魔化すために侍従の服を着ているのだろうけど、盗賊の根城とかでヒャッハーとか言っている方が似合う気がする。
騒ぎを聞きつけているのか。
次々に新しい人が来るし。
私の方も話していたくない。
後ろの女性たちも怖がっているので、そろそろ帰ってほしいな。
……彼らがその気なら仕方が無い。
あたしは平和主義だけど。
火の粉は鎮火するのみだ。
頭が冷えれば大人しくもなるだろうし、ちょっと憂さ晴らしに付き合ってもらうことにしよう。
「――じゃあ、痛い目見てもらうよ?」
一瞬で意識を切り替えて。
魔力と思考を集中させる。
ある意味、捕まったのが私で良かったのかもしれない。
無手での戦いが一番得意なのが私だから。
戦闘に必要なのは、己の魔力だけで良い。
「覚悟してね? ――“雲蒸龍変”」
莫大な魔力を対価に。
今回発動させたのは。
先生に、絶対に街中で使っちゃいけませんと釘を刺されていた魔術。
それは龍を象った大規模な水流で。
敵を丸ごと飲み込む上位の魔術だ。
生み出された龍は、呑み込んだ敵の魔力を吸収してさらに強く、大きくなる。
地球の熟語を使った先生のオリジナル魔術らしく、名前はそのままらしい。
意味は、最高のタイミングでヒーローがやってきて大活躍するというもの。
その状況は、まるで。
後ろの女性たちを守るようにして立っている今の私にピッタリだと思わない?
「――ヒィッ!?」
「何だよこれ!? こんな魔術見たことも――アァ……ッ!?」
回避もできない程の大規模な激流。
さっきまでにじり寄って来ていた変態達は、まともに声をあげることもなく飲み込まれていく。
いくら皆強そうでも。
屋内では避けるのも防ぐのも難しいよね。
一人も残さないように龍を操り。
眼前全ての敵を掃討していく。
「…ハァ……ハァ。――ウッ――どうじゃ、参ったやろ」
「大丈夫ですかッ!?」
「……無問題。ちょっと疲れただけだから」
後ろから聞こえる心配そうな声。
優しい女の子に返事を返す。
魔術は、戦況を大きくひっくり返せる程。
巨大な可能性を持つ切り札だから。
その威力は単純な白兵戦とは違って。
両者の力関係だけでは測れないポテンシャルを秘めている。だからこそ、魔術師を相手にしたときは絶対に油断してはいけないと教わった。
この魔術を教えてくれた先生には。
今すっごく感謝してるけど…ちょっとヤバいな。
久しぶりに感じる大きな虚脱感と頭痛、吐き気。
これは、魔力欠乏の症状だ。
私の魔力量は既に上位冒険者と比べても同格以上。
魔術を得意とするエルフにも匹敵すると先生は言っていた。
「姿は似つかないけどな」とか失礼なこと言っていた康太君はとりあえず魔術の実験台になってもらったけど、そんな私がここまで消耗するって。
この魔術の燃費悪すぎない?
大きく深呼吸をしながら術を解除し。
とぐろを巻く龍をただの水に戻す。
今にも、倒れてしまいそうだけど。
そういう訳にもいかないんだよね。
変態さんたちは粗方魔力を奪って気絶させたからしばらくは起きないだろうけど、問題はまだ残っている。
……しかも、一番厄介そうなのが。
「ねえ、そろそろ姿見せてくれない? あたし、貴方の姿見たこと無いんだけど」
帰ってくるのは驚きの感情。
私が戦っている間もずっと。
アレが、此方を観察していたのは知っている。
もしかしたら、頭痛の方は。
異能の使い過ぎもあるかな。
牢屋に入れられた子たちを庇うようにして。
あたしが仁王立ちしていると。
目の前で霧が晴れたように突然現れたのは、一見優し気な顔をした青年だった。
「……どうやら、君には私の隠形が通用しないようだ。どういう事なのか是非聞きたいものだな」
「その前に、女の花園に入ってくるとか常識ないの?」
本当に、次から次へと現れて。
女の子を閉じ込めるのも。
すっごくアレなんだけど。
ソコにズカズカ入り込んでくるのも頂けない。
「勇者とは凄いものだな。まだ未熟な筈なのに、あれ程の魔術を使えるとは」
「――っちょ! 近づかないでよ!」
一瞬で距離を詰めてきた男に。
なけなしの魔術を打ち出して。
すぐに距離を取る。
弾丸のような速度で射出したはずなのに、簡単に避けるのは本当に反則だ。
「―――ッ!」
「……果物ナイフ、とは。良く受け止めるものだ」
―――やっぱり、凄く強い。
動きが見えない程じゃないけど。
これは、明らかに劣勢も劣勢で。
あたしの居た牢屋にあった果物ナイフは刃も潰れているような殺傷能力のない物だったけど、得意の水属性魔術で補強してなんとか攻撃を受け止める。
避けることに全力を傾け。
踏み込まれてしまったら。
ナイフで捌いて、すぐに魔術で追い払う。
一進一退の攻防戦。
本当は、今すぐ気絶しちゃいたいけど。
朦朧としていく意識の中で。
何とか自分を繋ぎ留めて、ただ捕まらないように動き続ける。
せっかく後ろの女の人たちから、希望の感情が見えてきてるんだからさ。
もう少しくらい…後ちょっと。
粘ってあげたいと思うじゃん。
「本当に、しぶといな」
「というか貴方、白兵戦は苦手じゃないの?」
「…………ッ!」
え? 図星なんだね。
確かにこの人は強い。
近距離戦なら絶対に勝てないだろう。
でも、どこか攻め手に欠けていて。
恐らくは、姿を消す魔術を主体にして戦っていたからだろう。便利な力に頼り過ぎると、技術が成長しない。
…あたしは、ちゃんと。
白兵戦もできるように。
皆と一緒に、必死に鍛えているのにさ?
「何時まで、逃げているつもりだ。――ハァッ!」
「へへーん。当たらな――あっ」
繰り出される剣の一閃。
何とか回避できたと思ったのも束の間。
自分で発生させた魔術の残滓――石の床一面に広がっていた水溜りに足を滑らせて転んでしまう。
流石に、殺すつもりはないだろうけど。
男の刃はすぐそこまで迫っていて……。
―――痛いのはやだな。
そんなことを思いながら。
怖くて目を瞑ってしまう。
でも、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き。
何時まで経っても、私に痛みは来なかった。
瞼を開けば、目に飛び込んでくるのは鈍色に輝く大きな金属の塊。
「勇者……大剣使いか」
「おうともよ。桐島康太、ただいま参上」
「………ッ!!」
「――すまん、春香ちゃん、ちょっと遅れたか?」
ううん、最高のタイミング。
倒れた私を庇うようにして。
前に立ったのは、大剣を軽々と持ち上げる男の子。
その姿が今は何よりも。
誰よりも頼もしく思えてしまって。
―――やっぱり頼りになるね、康太君は。




