第九話:部下に変態がいる場合の対処
―ラグナ視点―
……リク達が屋上に行ったか。
一応の警戒は必要だとして。
まぁ、多分大丈夫だろう。
彼方も、今の状況でこれ以上何が出来ると思ってはいないだろうしな。
それに、彼ら三人だけで。
話し合う時間は、大切だ。
いずれは、自分たちで考える。
そうなるのが、世の常で。
離れていく大人が話に入って行くのは、無粋以外の何物でもない。
「……冷えるな、夜は」
喉の渇きを覚えて。
俺は、ベッドから起き上がり…ランプに明かりを灯す。
部屋の中はとても静かだ。
静か、なのだが……。
窓もドアも完全に閉まっている密室の中、静謐な空間でため息をつく。
「キース。まさか、本当に来たのか?」
「――――」
魔皇国でも最高峰の隠密能力を持つ男。
所属的には、俺の部下だ。
水差しからグラスに中身を注ぎながら、空間のある一点を見据えてその名を呼ぶ。
「お久しぶりです、ラグナ様」
「あぁ。息災だったか?」
「……中央に近いとはいえ、やはり魔素は薄いですね。今にも倒れてしまいそうです」
なら、そのまま倒れてくれると有難い。
気絶した後は外に放り出しておけば、勝手に消えてるだろう。
黒曜騎士団第二席
名を、キース・アウグナー
彼は、まるで仮面のような笑みを貼り付け。
俺の前に姿を現した。
艶やかな漆黒の髪に。
爛々と輝く真紅の瞳。
そして、人間種よりやや尖った耳。
一目見て魔族とわかる男だが。
正確には、人間と魔族のハーフである半魔種という種族だ。
一応の種族こそ違うが。
上級魔族と同等の力を持つコイツは、西側では大きく力が落ちるので、この国に来るとは思わなかったんだがな。
半分が人だから、普通の魔族よりは耐性があるのだろう。
「――さぁ、此方を」
何処から取り出したのか。
キースはワインボトルを右手に持ち。空になったグラスへと注いでくる。
燕尾服という衣装に相まって。
その印象は、執事そのものだ。
国に居る間は補佐を頼む事も多く、ほぼ間違ってはいないな。
……問題は、そこでなく。
何故いつもその姿なのか、という事。
動きにくい筈だろ。舐めプか?
人間に対しての舐めプなのか?
劣等種風情が。
この程度で十分だ…とか言いたいのだろうか。
いくら考えても答えが出ない。
「それで、どういう要件だ? 本来であれば、セキドウあたりで顔を合わせるつもりだったんだが」
「えぇ、了承しておりました」
「……なら、何かあったか」
「以前調べた件の黒幕……名を、マルファスと言いましたか?」
「………ッ! まさか」
「アレが集めていた奴隷の幾らかが、この国に売られていたという情報を入手したので、ついでとばかりにご報告を」
キースの発した伝令に対し。
舌打ちしたいのを堪える。
その言葉を聞いて合点がいった。
どうやらマルファス君は。
この国――ビショップ家に奴隷を流していたようだ。
俺自身、彼を処分した後。
何も調査しなかったし。
そのまま出てきてしまったので、資料は全てギルド辺りが押収したのだろうが、ここで繋がってくるとは。
というか、この変態。
自身は東側に居ながら、それらの資料をどうやって集めたのだろうか。
流された奴隷たちとは、詰まる所。
あの狂人への貢ぎ物だ。
いくらビショップ家が古くからギメールに根を張っている名家だからと言って、通常の手段で手に入れた生贄をサーレクトに与えるのはあまりにリスクが大きい。
だからこそ足のつかない品。
違法奴隷を活用という訳だ。
流通を司る大商家だけに。
そのトップの羽振りは、非常に良いだろうからな。
魔族より余程邪悪な奴ら。
……正直、反吐が出るな。
「いずれ、連座で片を付ける必要がありそうだな。……【プロビデンス】、そちらも繋がっているんだろう?」
「ええ、恐らくは。そちらも、いずれ」
俺が勇者の導き手としての依頼を受ける以前。
騎士団が調査していた宗教組織。
人間の最も醜悪な部分。
それを映し出す者たち。
そういう手合いは、何時の時代だって必ず現れるから。
そのうち、必ず潰す。
例え、リク達に騎士の姿を見せても。
その心をへし折ったとしても。
―――俺が、必ずこの手で叩き潰す。
「……それで、報酬の件なのですが」
確固たる決意を固めていると。
傍らにいたキースが、怪しい微笑を湛えながら話しかけてくる。
その笑みは氷のように冷たく。
そして、芸術のように美しい。
まさしく、逢魔が時。
人間を誘惑する悪魔。
俺は女じゃないから、ときめく事も惚れる事もないがな。
「……だから、来て欲しくなかったんだがな」
「貴方のためとあらば、何処までも」
大仰に跪く男はとても慇懃。
しかし、その表情は。
自分の欲しい物を親にねだる子供そのモノで。
欲望に、忠実なだけだな。
間違いなく忠義じゃない。
本当に俺の為を思うのなら。
今すぐ、魔素の希薄な西側に旅立ってくれねえかなぁ。
……だが、報酬は必要だ。
一応、俺は上司で。奴は部下。
功績を挙げれば、労うは当然。
一つ溜息を吐くまま、俺は所持品の一つを取り出す。
それは、鈍色に光る指輪だが。
宝飾品等の飾り気は一切ない。
元の世界でも、指輪とは。
嵌める指によって異なる意味を持つというが。
これは、嵌めた指によって。
異なる効果を与える魔道具。
……まぁ、殆どの効果は役に立たないようなモノなので、あまり使うことは無いが。
俺が嵌めたのは右手中指。
本来であれば、邪気を払う効果がある場所だが。
「……満足か?」
「―――――っ!!」
言葉を失い、立ち尽くす変態。
馬鹿から目を離して。
備え付けの鏡を覗き込めば。
そこに映っているのは、腰まで届くほどに長い黒髪をもった女性だった。
街中を歩いていたなら。
注目を集める程の美貌。
しかし、その顔は現在、明らかに不機嫌そうで。
「……お代わりは如何ですか? ラグナ様」
瞳に光が戻ってきた男は。
再び、ボトルを傾けるが。
それより高い位置から一緒に別の液体が流れてきそうなので、手で制する。
「鼻血をどうにかしろ。今はカクテルの気分じゃない」
「……ありですね」
ねーよ、アホ野郎が。
マジでやるだろお前。
この世界にバレンタインが無くて良かった。
コイツの場合だと。
マジで混入しかねない。
「私の全てをー」とか言ってな。
何なら、自らジューサーに入ってスムージーだ。
そうなったら、爺にでも飲ませるか。
残念な事に、騎士団の団員には。
魔王である陛下ではなく。
俺に対して忠誠を誓ってしまっている狂った連中が何人か……過半数程いるが。
その中で考えても。
コイツは、指折り。
部下を律するは上司の役目。
時には、逸る連中を諫めて。
有事の際には、処断する非情さも必要である…と。
考え出した俺を尻目に。
燕尾服を漁るキース。
皺ひとつない服から。
奴は、目当てのモノを探り出したようで、取り出す。
「……櫛、か。まさかとは思うがお前――」
「髪を、梳かせて頂いても?」
「……寝る前に、か?」
「是非、お願い致します。ラグナ様」
普通に考えて、意味ないだろう。
というか髪邪魔だし。
明日には戻っている。
作戦にも使えると思ったが、普通にリク達が混乱するし。
……沈黙を肯定ととったか。
奴は座っている俺の後ろに回り込み、髪を触り始める。
「……満足したら、帰れよ?」
害はなさそうだし。
多分大丈夫だろう。
変態であることを除けば、優秀である事は疑いようもなく。
別に貞操を狙ってきてはいない。
……誘ったら、まぁ。
間違いなくホイホイ付いてくるだろうが、そんな未来はあり得ない。
「マーレたちは元気そうか?」
「最近ですか」
「そうだ。念話でしか話してないから、分からなくてな」
ふと、気になったので。
団員たちの現状を聞く。
優秀な者ばかりだから心配はしていないのだが、俺は過保護みたいな所あるからな。
キースは髪を梳く手を止めず。
嬉しそうに言葉を発する。
「えぇ、皆元気ですよ。副団長殿はいつも通り貴方の代わり、クロード君はその補佐を。ミル殿は食べ歩きの旅ですね」
「……ヴァイスは、任務中か?」
若干一名おかしな行動をしているが。
いつも通りの事なので、無視して。
隊長格で唯一名が挙がらなかった男について問いかける。
ヴァイスは、ウチの第四席。
騎士としては非常に稀有で。
オーク種の亜人である。
本来のオークと言えば、言葉こそ通じるが、かなり野蛮で粗野な習性を持つが。
彼は、その限りではなく。
上位種のブルーオークと呼ばれる、生粋の紳士。
そもそも、オーク氏族の族長の息子……所謂王子様で、エルフの女性を妻として娶っている時点でスペックが違う。
もしかしたら転生者でないかと。
俺が邪推するくらい出来た奴だ。
―――後ろの変態執事と違って。
「ヴァイスくんは、現在サーガ様とクロウンスの方へ出ています。サーガ様から聞いておられないのですか?」
「……いや、初耳だ」
あの鬼野郎、部下を連れ出しおってからに。
……まぁ、同じ亜人つながりだしな。
よく一緒に任務に出て。
仲も良いというからな。
頼られるのも、無理はないか。
唯一心配な事はと言えば。
ヴァイスが居るからと、サーガが何も考えずに大暴れしようとする事くらいか。
頭脳特化な黒鬼の癖に。
考えるのは疲れるとか言いやがって。
ヴァイスは、個人の戦闘力も上級冒険者並みだが、その真骨頂は隊や軍を率いた時の指揮能力の高さにある。
だからサーガも安心して……。
全て任せて特攻するのだろう。
やっぱり、駄目じゃね?
周辺被害を考えるのなら、一緒に行動させないほうが良いのかもしれない。
「――ラグナ様。これ位で良いでしょうか?」
「私に聞くな」
「……では、満足いたしました」
俺が考え込んでいる間にも。
好き放題髪を弄っていたキースは、やがて手を止め。
恍惚の表情で、本音を漏らす。
櫛には、梳かしてい間に抜けた髪が絡まっているが。
奴は、そのまま大事そうに櫛を懐へしまう。
コイツを軍にスカウトしたの。
マジで、誰だよ。……俺だよ。
「ラグナ様、次は膝枕などを――」
「帰れ」
あれか? ナンパなのか?
要求がどんどん上がっていく系のナンパ野郎か?
狂い始める男を前に。
簡潔に別れを告げる。
明日も早いから早く寝たいのに。
何時までも、馬鹿の相手をしてはいられない。
キースは何を逡巡しているのか。
少し首を捻った後、慇懃に頭を下げる。
「では、本日は失礼致します」
「あぁ、帰れ」
「セキドウに到着されましたら、ご連絡を」
「分かった。報告は、ご苦労だったな。――帰れ」
顔を上げたキースは、気配が希薄になり。
そのまま姿も薄く…薄く。
やがて、霧散していく。
これは、上位も上位の高等魔術。
薄い壁くらいなら、簡単にすり抜けて侵入できる程のモノであるが。
習得出来る者は殆どおらず。
本当に、技量だけは。
超が付く程に高いんだよなぁ。
再び、静寂が訪れた室内。
俺は残ったワインを飲み干してグラスを置く。
そして―――
「早よ行けッ!」
「………では、また」
姿消したまま、何時まで居座るかと思ったら。
本当に何時までも居ようとしやがって。
無視して寝てたら。
一体、何をおっぱじめようとしたやら。
今度こそ出て行ったようで。
安心してベッドに潜り込む。
ここまで長期で魔皇国を空けた任務は久々だからな。本当にリクたちといると、むかし肩を並べた勇者を思い出す。
「………じゃあ、寝るか」
かつて、友と呼び合った存在。
奴の顔が頭に浮かんできて。
少しだけ暗くなった心情を誤魔化すように、呟く。
窓の外は明るいが。
国家の特色だから。
まだ、朝は来ていない。
今なら、多少は休む時間もあるだろう。
ハルカは助けるし。
四人の誰も死なせはしない。
依頼を失敗するのは悪い事ではなく。
肉を抉られる痛みを知るのも大切だ。
だが、大切な人を失う苦しみなど、味わう必要はない。そんなものは、知らないほうがずっと良いのだから。
一人誓いを胸に。
俺は、静かに瞼を閉じた。
誤字報告、誠ににありがとうございます




