第八話:眠れない夜は友達と
―陸視点―
………やっぱり、眠れない。
明日も、朝は早いのに。
やる事は山積みなのに。
どうしても、寝付くことが出来なかった。
やっぱり、僕は不安なんだ。
絶対に助けると決めているし。
皆なら出来るとも信じている。
でも、もしかしたら手遅れになってしまうんじゃないかと、既に他の場所に連れていかれてしまったんじゃないかと。
ネガティブなことを考えればキリがない。
「――風、当たってこようかな」
息を吐いて起き上がり。
一人、ベッドから降りる。
寒くないように旅装のマントを羽織って部屋を出ると、当たり前に宿の廊下は真っ暗で。
そのまま階段を上り。
屋上へと出て行った。
まぁ、屋上と言っても。
そこまで高い建物ではなくて。
あまり遠くまでは見えないけど、どこを見回しても明るい夜景が望める。
「……本当に眠らないんだね」
ヴアヴとセフィーロにいた頃。
こうして眠れないときに外に出ても、景色は殆ど真っ暗だったけど。
眠らない国と言われる此処は。
本当に灯りが消えないらしく。
いざという時に迷わないように、行動できるように。
景色を眺めながら、頭を整理する。
相手は人間だから、当然。
搦手も使えば魔術も使う。
どう対処すれば良いのか。
考えるのは得意だから、何度も頭の中でシュミレーションして適切な対策を……ん?
一人で腰を下ろして。
考えに耽っていると。
背後から、近づいてくる気配がした。
最近では、気配が読めるようにもなったけど。
後ろに居るのは、仲間で。
とは言え、流石に。
こんな状況下で、一人外に出るのは良くなかったかな?
今更ながら、反省しないと。
改めて自分を律して。
やって来たお客さんを迎え入れる。
「お揃いだね?」
「ふふっ、そうですね。…陸君も、眠れないんですか?」
現れたのは美緒だったけど。
彼女も眠れないようだ。
僕と同じくマントを羽織っており、座っている僕の隣にやってくる。
「本当は、今外に出るのは危険なんだろうけどね」
僕たちは狙われているから。
本来なら来るべきではない。
モルガンさんはともかく。
僕たちが勇者だと知って明らかに狙ってきているビショップ家の人たちが、いつ隙を狙って襲ってくるかも分からないからだ。
「もし襲われたら、私が守ってあげますよ」
「それは…凄く頼もしいね、本当に」
彼女の言葉は、凄く心強く。
その細い手には、【ミカヅチ】が握られている。
何度か依頼をこなして。
既に、扱いに習熟しているらしく。
自然な手付きで抜刀。
一連の動作はとても自然で、思わず見惚れる程に流麗だ。
やがて刀身を鞘に納めて。
彼女も、隣に腰を下ろし。
二人で夜景を眺めていると、不意に彼女が口を開いた。
「……やっぱり、心配ですよね」
「春香は、幼馴染だから」
「ずっと、一緒なんですよね?」
「うん。物心ついたときには一緒に居て、弱気な僕をいつも励ましてくれたし、味方してくれた。振り回されることも多かったけど、どんな時も楽しかったんだ」
小さい頃は、常に一緒に居た。
幼稚園でも、小学校でも。
一緒に遊ぶことが多かった。
中学校では、僕が虐められている所に現れては、何時も助けてくれた。
常に誰かのために動けるように気を配って。
自信たっぷりに皆を助け。
仲間外れなど、許さない。
何時だって皆の中心で笑っていた春香に逆らえる人は、殆どいなかったから。
それに……勿論。
「美緒や康太と仲良くなれたのも、全部春香のおかげだからね。感謝してもしきれないよ」
命だって当たり前に預けて。
本気で守りたいと思える。
そんな友人たちに出会う事が出来たのも、彼女のおかげで。
勿論、その中には。
春香も含まれている。
「……私にはそういう間柄の人は居なかったので。ちょっと羨ましいです」
「やっぱり、そうなんだね」
彼女は、所謂名家の子女だから。
芝生を駆け回ったり。
皆と公園で遊んだり。
僕たちのように、自由気儘に遊んだりする機会など、殆どなかったのだろう。
家の話はあまり聞かなかったけど。
一緒に食事しているとき。
普段の何気ない仕草。
それらは、厳しい教養の片鱗が伺えて。
……もしかして、今が。
丁度良い機会なのかな。
僕は、意を決して。
彼女について、尋ねる事にしてみた。
「今まで、あんまり聞かなかったけど。美緒の家族ってどんな人たちだったの?」
一歩踏み込んだ質問は。
現在の関係ならともかく。
間違いなく、地球にいた頃の僕ならしなかっただろう。
この世界へと召喚されて。
四人で背中を預け合って。
信頼し合える間柄になったからこそ、出来るようになった問いかけに。
彼女は少しだけ逡巡し。
すぐに、話してくれた。
「お母さんは厳しい人で。お父さんは殆ど家に帰ってくることはなかったです。正直、あまり上手く行っていたとは言えなかったですね」
「…………やっぱり、難しいんだ」
聞かないほうが良いなんて。
止めとけば良かったなんて。
そんな事は、思わない。
それは、彼女の抱えている苦しみだから。
僕は無言で彼女の言葉を待つ。
誰かに打ち明けることは悪いことでは無いと知っているから、聞いてもらうことでたとえ一瞬でも気持ちが軽くなると分かっているから。
――いつか、僕が春香に。
――先生に聞いてもらったように。
「高校に入った時も、春香ちゃんに話しかけてもらわなかったら。ずっと、一人で本を読んでいたかもしれなかったです」
「本、大好きだもんね」
「……お話するのも好きですよ?」
「はははッ、僕もだよ。春香には、よく相談に乗ってもらったんだ。まぁ、無理やり吐かされたみたいな感じが多かったけどね」
「遠慮のない関係、ということですね」
ちょっとした冗談を交えながら。
相槌を打っていくけど。
改めて思い知らされる。
本当に春香は凄いよね。
常に周囲に気を配って。
誰か一人でも悲しいと、つまらないと思っている人がいるのなら、積極的に声を掛けて。
だからこそ、何時も。
彼女の周りには、多くの人がいたんだ。
「あの……陸君」
「――ん?」
「陸君は、元の世界に帰りたいですか?」
不意に投げかけられた質問。
多分、その問いかけこそが。
彼女の最も大きな悩みなのだろう。
本人は意識していないようだけど、少しだけ顔に影が差している。
アウァロンに来て、数か月。
十分な月日が経ったけど。
知らない事もまだまだあって。
小さな事で一喜一憂して。
信頼できる仲間たちと、一緒に冒険する。
何時からか、僕は。
その魅力に憑りつかれているような気すらして。
まるで、この世界こそが。
自分の居るべき場所のようにすら感じて。
確かに、その想いはあるんだ。
でも…それでも、僕は―――
「――まだ、分からない」
それは答えではない。
答えではないけど。
今の僕に言える、精一杯の考えだった。
「………え?」
「いつも考えるんだ。もし僕が一人でこの世界に来ていたら……ってね」
「どう、考えたんですか?」
「答えは絶対に無理って」
「……もしかしたら」
「いや、無理。多分…いや。絶対に、何処かしらで折れてたと思うんだよね」
僕は、本当に優柔不断だからね。
誰かに背中を押してもらうか。
お尻を蹴りあげてもらうか。
そうしないと、駄目なんだ。
その代わりに、一度こうだと決めた時の僕は頑固だ。
そして、もう決めた事がある。
どんな時でも、行動方針はみんなで話し合う。
意見がぶつかっても良いし、喧嘩しても良い。
僕は、皆が納得できる答えを出したい。
「皆と一緒だから楽しかったし、勇気を貰えた」
「………ッ!」
「だから、それを皆で考える時になったら、一緒に答えを出そ? 僕は誰か一人が欠けているわけじゃなくて、皆で決めたいんだ。……ちょっとズルいかな?」
答えを出すにはまだ早いから。
悩んで…悩んで。
その先に答えを見出すつもりだから。
僕の考えを聞いて。
美緒は、目を閉じる。
彼女も、葛藤しているんだろう。
僕も、美緒も、春香も、康太も。
それぞれ、違った帰る理由があるもかもしれない。
でも、いずれ選択を迫られる。
それは、全員共通の事で。
だからこそ、皆が納得できるような答えを出したい……と。
相変わらず、景色は。
明るいままなわけで。
ちょっと肌寒さが増してきたかな?
マントを深く抱き締めた美緒は。
苦しいものを吐き出すように言葉を紡ぐ。
「私は……両親に認めてもらいたいんだと思います。そのために早く…早く、元の世界に帰らなきゃいけないって」
彼女の帰りたい理由。
どうやら、僕は。
美緒の迷いを引き出せたようだ。
自分の家族、両親に認めて欲しい。
それは、子供として当然の欲求で。
子供にこんな苦しみを与えている人たちが、良い親なはずは無い。
人としてではなく。
人の、親としてだ。
だから、僕も。
そんな彼女の苦しみを少しでも和らげてあげたい。
「僕は美緒の悩みを全部理解してあげることは出来ない」
「……そう、ですよね」
「でも、一緒に悩むことは出来るから。だから、一緒に考えよう? 僕はいつでも相談に乗るから。本当に……美緒には助けてもらいっぱなしだから」
「――陸君は、本当に」
「悩むのは全然悪いことなんかじゃない――これは、僕のお父さんの言なんだけどね? 春香を助け出したら、また皆で色々な所を冒険して、いっぱい悩んでから答えだそうよ」
三本束ねれば、三人集えば。
ことわざは、数あるけど。
時に人生の教訓を教えてくれる事もある。
一人で出来る事なんて。
僕一人の力なんて。
本当に、高が知れているけど。
四人一緒なら、本当に何でも出来る気がしてきて。
夜景に目をやっていた美緒は。
何時しか、僕に笑いかけてくれていた。
「本当に、陸君と話していると安心できますね」
「……そうかな?」
そんなことを言われると。
ちょっと、照れ臭いよね。
流石に全部を覆うわけにはいかないけど、僕は赤くなっているだろう顔を隠すためにマントを深く羽織り直して。
これで、上手く誤魔化せた。
……恐らく、その筈だ。
「えっと……陸君のお父さんも、家を空けていることが多いんでしたよね?」
今のは美緒も恥ずかしかったのか。
話題を逸らしてきたね。
少しでも気分が軽くなってくれたんなら良いんだけどね。
でも……父さん。
僕の父さんかぁ。
「陽気な人で、話してると楽しいんだけどね」
「問題があるんですか?」
「仕事の関係で、海外を飛び回ってることが多いんだ。偶に帰って来ては母さんと仲良さそうにしてさ、見てるこっちが恥ずかしくなってくるよ」
「――ふふっ。とても良い家庭なんですね、陸君のご両親は。是非一度会ってみたくなります」
そうだなぁ…向こうに戻ったら。
皆で遊びに来てもらうとか。
そういうのも良いかもね。
遊び道具は沢山あるし。
彼女なら、何にでも楽しそうに挑戦してくれる気がする。
「――で、美緒? そろそろ」
「えぇ、そうですね。あまり褒められたことではないですから」
当然と言えばそうだけど。
彼女も分かってたんだね。
ひとしきり会話を楽しみ。
僕と美緒は、確認を取り合って後ろを振り返る。
「康太。そろそろ出てきたら?」
「…………」
「盗み聞きはダメですよ?」
「……やっぱり、バレてたか」
「だって、隠形苦手じゃん」
「――だよなぁ。俺って正面からが一番得意だし」
父さんの話をしていた辺りから。
気配を感じていたけど。
話しかける空気じゃなかったから、放置していた。
振り返った先の康太は。
同じく武器持ちだけど。
大剣を背負って外の空気吸いに来る? 普通。
彼は、そのまま隣に腰を下ろし。
僕は、左右から仲間に挟まれる。
「――本当に僕たち、悪い子供だね」
「先生に怒られちゃいますね」
「だな! 明日も早いのに、皆揃って夜更かしだ」
話に康太も加えて。
三人で盛り上がる。
でも、やっぱり何処か。
彼のテンションは無理をしているようで。
相手が相手だから仕方ないのに。
やはり、責任を感じてしまっている事が分かった。
「――桐島君。絶対に、春香ちゃんを助けましょうね」
「そう、僕たち皆でね?」
「………………」
僕たち二人の言葉を受けて。
康太の笑みが消えていく。
鋭い美緒だけならともかく。
僕にも分かってしまう程、無理をしているのだ。
潜入してからでは遅いから。
いま言わないと康太の中の闇は払われないままで、もしも無理をして彼が傷ついてしまったら、僕は後で後悔することになる。
だから、今話せるうちに。
彼が自棄にならぬために言葉を尽くす。
「あんまり一人で抱えないでね?」
「………いや」
「イヤじゃないでしょ。僕たちは仲間なんだし、何より今の康太は要介護なんだから」
「………介護?」
「介護です。桐島君は、一人で頑張り過ぎですから」
「無理しようとしたら置いてくから」
「絶対に、一人はダメです」
「仲間にまで」
「遠慮しないでください」
「――仲間。……そう、だよな…ははッ。本当に、皆は……」
康太は、何かを隠すように。
僕たちから目を背ける。
自分の弱い所を出来る限り僕たちに見せようとしないのは、とても彼らしい。
「――ありがとな」
でも、それは決して抱え込もうとしているわけじゃない。
自身が、本当に辛い時は。
絶対に相談してくれるから。
まぁ、そうでなくても。
僕が、美緒が、何より春香が無理にでも聞きだすからね?
やがて、此方に顔を向けた康太。
彼の顔に陰りは無くなっていた。
「春香ちゃんが攫われたのは、俺のせいだ。どんな理由があってもそれは変わらない」
「「…………」」
「勿論、絶対に助けるッ!」
「一人じゃなくて、皆で! だから――助けてくれッ!!」
そう言って、頭を下げる康太だけど。
彼は、何時も僕を引っ張ってくれた。
皆を護ろうとしてくれた。
彼が、冗談以外で。
僕たちに助けを求める事は、殆どないから。
春香を助ける事は、当然なのに。
頭を下げてまでお願いしている。
此処で彼を奮い立たせないのは、親友なんかじゃない。
「うん。皆で、カッコよく助けに行けばいいんだ」
「…………ッ!」
「春香ちゃんなら、笑って許してくれます」
「――ははっ、助けに来んのが遅いんじゃこのヤロー、とか言われそうだよな」
「……確かに、春香は」
「言いそうですね。――ではっ、皆で頑張りましょう!」
三人で、拳を突き合わせて約束する。
ちょっと趣味が男に偏って。
美緒には申し訳ないけど。
今更、重ね直すというのもアレだから、このままで。
皆と一緒だから落ち着ける。
本当に、間違いない。
……後は、春香がいれば笑顔三倍だ。
「――じゃあ、今日は寝ようか」
いい加減寝ないと、怒られてしまうかもしれない。
あの先生の事だから。
僕たちが部屋にいないことにも気付いてるだろうし。
でも、もっと強くなったら。
誰が何処に居るかって魔術。
やめて貰わないとね。今なら保護者の義務で済むけど、普通に犯罪者のする事だし。
「――では、おやすみなさい」
「おやすみ。…康太が一番心配だから、絶対寝坊しちゃダメだよ?」
「オーケー、任せろ」
僕たちは屋上の階段を下りて。
それぞれの部屋に帰っていく。
ベッドに潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきて――うん、大丈夫だ。
今なら眠れそうな気がする。
もう意志はブレないし、迷いはなくて。
いくらもしないうちに。
―――僕の意識は、遠くなっていった。




