第四話:泣いてる子供に話しかけるか
―康太視点―
「自由時間だッッ! 自由行動だァァァーーーッ!」
「ウェーイ!!」
小躍りするは俺と春香ちゃん。
それを見守る陸と西園寺さん。
この国に来てから二週間が経過し。
依頼を危なげなくこなしていた俺たちに、久々の休日が訪れた。
「――――、―――?」
「はは、聞こえん聞こえん」
「―――――――?」
「はは、こそばゆいわ」
隣に立っているリクが何か言っている気もするが。
今だけは苦言を呈す親友の言葉もまるで耳に入っては来ないな。
「はぁ……。何言っても無駄みたいだ」
「「ウェーイっ!」」
「そうみたいですね。――皆さんは、何をされるつもりなんですか?」
呆れる陸に対し、端から諦めた様子で質問をする西園寺さん。
流石に彼女は「みきり」というのが早い。
……ん、そうだなぁ。
大通りはこの二週間殆ど見尽くしたし、一日暇というのは結構退屈になる可能性もある。
これを、如何に楽しく過ごすか。
それは俺達の腕の見せ所だろう。
「―――じゃあ、あたしは裏通りとかのお店見たいんだけど」
最初に案を出したのは春香ちゃん。
俺と同じように、彼女も表通りの散策は一通り済ませていたようで、他の箇所を見てみたいらしいな。
……フム、裏通り。
「どうよ? 康太君」
「良いな。一見さんお断りの店とか、掘り出し物とか見つかりそうで」
後は、錆びた伝説の剣とか?
あり得ない事じゃないな。
何せ、この世界は魔術も異種族も存在するファンタジー世界その物なのだから。
……しかして、俺の使用武器は大剣。
伝説の武器って。
大抵は、長剣とかだよな。
……陸行きかぁ。
まぁ、武器に限らず。
美少女エルフでも、ロリドワーフでもバッチ来いだし。
まだまだ希望は捨てちゃなんねぇ。
「美緒ちゃんと陸はどう?」
「……僕は図書館に行こうかな」
「また本っすかい?」
「うん。迷宮に関する書籍があるかも」
「あ、良いですね。東側にあるという、最大の迷宮も――今のうちに、調査しておきましょうか」
改めて、この世界に思いを馳せている間。
陸と西園寺さんが話している。
どうやら、この二人はまた本の虫らしく。
全く、分かっておらんなぁ?
こういう偶の休日くらい、外でパーッとやる気持ちが分からんかなぁ?
「じゃあ、二手に分かれて行動だね。行こっか? 康太君」
「………ん?」
方針が決まっていたようで、俺としても大歓迎だ。
皆一緒が一番良いが。
春香ちゃんといるだけでも、楽しいしな。
「ん、そだな。二人の方が楽しいだろうし、一緒に行こう」
「春香は誰かがついていないと迷子になりそうだしね」
「なにをー!」
「否定できないのが悲しいです」
陸の付け足しは最もで。
確かに、迷子になる。
春香ちゃんは地頭は悪くない筈なのに、必要だと思った時以外は余り深く考えない傾向がある。
当の彼女曰く。
「深く考えていたら、機を逃がしてしまうのだよッ!」
……との事だが。
彼女の場合は、一度立ち止まるという事も考えるべきではないだろうかと思わなくもなくも……。
―――本人楽しそうだし、良っか。
「んじゃ、結論も出たし。行くかーー」
「ハイよッ! じゃ、またね陸、美緒ちゃん。クリスマスまでには帰ってくるからさーー」
「「行ってらっしゃい……?」」
この世界にクリスマスあんのかね?
俺と春香ちゃんは、宿を出て。
共に街へと繰り出していく。
最近は、こんな感じで。
陸と西園寺さん、俺と春香ちゃんで動く事が多くなった気がするな。
さて……さてと。
今日は、どんな体験が出来る事やら。
◇
「―――で。此処は何処です……?」
「うーん、さてさてぇ……? まさか、俺が道に迷うことになるとは思わなかったなぁ……ははは」
「何でやろねぇ?」
「何でやろうなぁ。多分、春香ちゃんに任せたのが間違いだったわ」
俺達が居るのは、入り組んだ住宅街の一角で。
さっき迄は、当たり前だった景色。
観光客向けの店なんかは無くなり。
行き交う人々も、地元の住民と言った感じの風体で。
全く、どうしてこんな事になる?
これでも、俺は記憶力有るのに。
……余計だと思った事を覚えないだけで。
取り敢えずは、この見知らぬ区画を出るべきか。
あまり遅いと、皆が心配するだろうし。
「んまぁ、誰かにギルドの場所を聞けば良いだけだろ?」
「――あ、そっか。なら安心だね!」
誰でも知っているような施設の位置を聞く。
迷った時は、この手に限るな。
とにかく、誰でも良いから。
住民に尋ねよう。
そう思い立って、俺達は閑散とし始めた裏通りを進んでいく。
……………。
……………。
「――なぁ、春香ちゃん?」
「んん~~?」
「その迷いのなき歩みは、何処から自信が出てくるんだ?」
「全ての道はローマなんとやらっていうじゃん? 歩いてれば着くよ」
そこまで言ったのなら最後まで言おうぜ?
それに、その諺は。
別の国に着いちゃうヤツだ。
あの後、家族連れの地元民に道を聞き。
ギルドがある筈の方面へ向けて歩き出した俺達二人だが。
何故か入り組んだ道ばかりが多くなっていく不安な現状。
しかし、そんな中に在って。
春香ちゃんの足は止まらず。
しかも、自身に満ちている。
俺としては、その時点で不安で一杯だがな。
「本当に、こっちで合ってんのかねぇ……? 観光客への嫌がらせに思えてきたんだが」
「そしたら残念だったね。まぁ、陸と美緒ちゃんに土産話ができるし」
「……成程?」
「喜ぶと思うよー?」
確かに、そういう考え方もできるが。
先生には馬鹿にされそうだ。
あの人、嬉々として揶揄ってくるだろうし。
歩いて行く程に。
通路は狭くなる。
―――もしかして俺達、本当に騙されたのか?
「……ねぇ、康太君」
「うん?」
「何か、子供の泣き声がしない?」
疑念に駆られ、俺が訝しんでいると。
前を歩いていた春香ちゃんが突然足を止める。
そして、本当に耳を澄まさなければ聞こえない程に小さいが……。
彼女の言葉通り。
確かに、その音は子供がすすり泣いているように聞こえて。
「……あぁ、確かに聞こえるな」
「でしょ? 行ってみよ?」
春香ちゃんはお人好しの化身みたいなもので。
俺も……まぁ。
子供が泣いているというのなら、話しかけるのはやぶさかでない。
小さい女の子とかは、ちょっと事案だし躊躇うが。
人助けに良いも悪いもなく。
二人で、声のする方へ歩いていくと。
丁度、裏道の突き当り。
八方塞がりのような場所で、男の子が泣いている。
――よし。
野郎なら、ギリセーフ。
「……う―――うっ……ぁぅぅぅ……」
身長もかなり低く、栗色の髪をした男児。
軽く見た所では、擦り傷とかの外傷は無いが……腹減ったとかか?
俺達は蹲る男児に歩み寄り。
春香ちゃんが、声を……ん―――ッ?
「――ねぇ、ボク。大丈夫?」
「………うぅ」
「困り事なら、お姉さんたちが解決してあげるけど」
「……ぅ、うぅ……」
「ね。どうかしたの?」
「―――ぐすっ……、……居なくなっちゃったの」
声を掛けられた子供は、俯きながらもか細く呟く。
そんな小さな声も。
静かな裏通りでは、良く響くもので。
「お父さんかお母さんがいなくなっちゃったのかな?」
「……………」
「なら、お姉さんが一緒に探し―――康太君……?」
春香ちゃんが手を伸ばして男児を慰めようとするが。
俺が、その手を止める。
別に、変な事を言うつもりもないし。
変な気を起こしたわけでもない。
ただ、一つだけ。
いや、幾つもだ。
――気になる事が、余りに多すぎる。
「なぁ、ボウズ。お前……何モンだ?」
「へ……? 康太く―――ッ!?」
彼女も違和感に気付いたみたいだな。
普通の人間なら。
気付くこともないような、小さな違和感。
しかし、俺達は。
この世界で何度も窮地に陥り。
磨き続けたその危機感知能力は、最早普通の域を逸している。
それにこの通路は、いくら何でも……静かすぎる。
まるで、このために。
この為だけに整えられた舞台のように。
何時しか泣き止んでいた子供モドキは。
俺の言葉に、ゆっくりと顔を上げ……―――――ッ!!
「あはっ。良く分かったね、お兄さん」
「「………ッ!」」
「まだまだ未熟みたいなのに分かるなんて。それ、やっぱり勇者の才能なのかな?」
姿が子供であるのなら。
声さえも、子供。
浮かべる表情も、幼子特有の屈託ない残虐性を思わせる笑み……嬉々として虫を潰して遊ぶような笑み。
しかし、決定的に普通と違うものがあるとするならば。
それは、殺気。
この子供モドキの殺気は。
ゲオルグさんと比較しても、遜色がない―――ッ!?
「あはは、ふふッ……ふふッ。何でかな? 何でかなぁ?」
間違いなく、一つ言えることとして、コイツは俺達が勇者だと確信している。
誰に聞いたかは知らんが。
少なくとも、ママじゃない事は確かだろう。
なら、コイツは。
先生が言っていた、勧誘ってやつか?
でもよ、この殺気はさぁ。
明らかに俺を殺しに来てる気がするんだが。
「……―――昔から」
「うん?」
「昔から、人の顔色を伺うのだけは―――得意、でね」
震える身体を誤魔化すように。
必死に言葉を返す。
確かに、昔から人の機微を見て、顔色を伺うのだけは得意だったんだよ。
そんな俺だからこそ。
コイツの、僅かな違和感に気付くことが出来たのかもしれないが。
「……んん~~? ん、ん?」
今の俺は、顔が青いかもな。
だが、セフィーロに居た時。
ゲオルグさんに会った時のように。
ただ怯えて、立っているという訳にはいかない。
どうすべきか分析し、対策を考えて行かないと。
「……ふーん? 勇者様の居た世界にも、色々あるんだね。……ま、いいや」
「康太君―――ッ!」
春香ちゃんの反応は早かった。
かつては身動き一つできなかった威圧と同等の殺気に当てられながらも、即座に後ろへ下がり。
魔術行使のため。
すぐさま予備動作に入っている。
しかし、合わせるように下がろうとした俺の身体へ。
光に反射した何かが煌めき、肉薄する。
「―――ッッッ!? ……グッ……クソが」
辛うじて身体を捩って。
寸でで回避するが。
俺の身体を掠めたのは。
大気に溶け込む程に視認しきれないソレは―――紛れもなく、極細の糸だ。
「康太君! 大丈―――ぁ……!?」
「……いや。ちょっと、マズいかも」
確かに回避した筈だが、ザックリやられていたらしい。
腕がだらんと垂れ下がり。
血が、ドクドクと流れ出す。
力を入れようにも動かせないし。
何より……遊びで出てきていたので、武器を持っていない。
「あは……あは。避けた、避けた。――良く避けたね」
目の前の子供モドキを注視すると。
いつ付けたのか、両腕には剣道の防具だとか、鎧に付いているような小手がある。
そこからは幾重もの……俺を切り裂いたであろう糸が伸びていて。
恐らく、鋼糸ってやつだ。
そんな武器もあるんだな。
子供モドキは、意外そうな顔で俺を見る。
「―――うん、結構動けるんだね。本当は腕から一本貰うつもりだったんだけど」
「……はははっ。勘弁してくれよ」
マジで、痛いのは勘弁して欲しいんだよ。
この子供モドキが何者かは知らんが。
少なくとも、俺……いや。
俺と春香ちゃんが力を合わせた所で、勝てるものでは無いと理解する。
―――どうすべきなんだ?
―――助けを期待するか?
いや、それはあり得ない。
誰かが来てくれるなんて。
そんな考えは、只の甘え……幻想というモノだ。
なら、此処は。
俺が囮になるのが良いかもな。
「春香ちゃん? 助けを呼んできてくれると嬉しいんだ―――」
「あ、今なんて言ってた?」
「……ッ。ふざけんなバケモンが、っつったんだよ」
「―――へっ? ――何……ソレ」
しかし回り込まれてしまったのレベルが違うだろうが。
春香ちゃんに耳打ちしようと、俺が一瞬だけ目を離せば。
真横を風が通り抜けて。
さっき俺達が通ってきた袋小路への道には。
移動し終わった奴が、ヘラヘラと仁王立ちしていた。
……殺そうと思えば簡単に殺せていた速さ。
たった一瞬の、縮地みたいな速度。
そして……所謂、袋のネズミ。
逆に閉じ込められた。
セフィーロの経験で多少は強くなったと思い込んでいたんだが、どうやら世界は広いみたいだな。
位置を逆転、後衛の春香ちゃんを後ろに庇い。
俺は、前へと立ち塞がる。
武器が無かろうと。
前衛は、変わらず前衛だ。
「……なぁ、ボウズ」
「んん~~?」
「貸す用の武器無いか? 今持ち合わせがなくて困ってんだ」
少しでも時間を稼ぐと共に。
春香ちゃんの準備を隠す。
……流石の奴でも、見えない所からの攻撃までは防げないと思いたいんだが。
「アハハッ! その辺の石ころでも使ってみた―――――らッ?」
「………うそッ!」
「本当に、バケモンかよッ!?」
オイオイ、あり得ないだろッ!
それ、どんな神業だッ!?
俺が目を引き付けている間。
後ろに隠れた春香ちゃんが得意技である水属性の“雲水竜”を放ったが。
渾身の一撃は。
細い鋼糸たった一本による防御で切っ先から止められ。
そのまま、地に落ちて。
―――ハッキリ、レベルが違い過ぎる。
「春香ちゃん、ナイフ一本貸してくれ。流石に得物なしはキツイ」
「はい。……後で、返してね?」
今度は決してヤツから視線を離さず、春香ちゃんの武器を預かる。
彼女の武器はナイフや短剣。
一度に沢山持てて、携行だってしやすい武器だ。
護身用・買った果物の皮むき用で持ってきていたのが役立ったな。
「――さて。どいてくれないと虐めちゃうぞ……?」
「やっちゃえ康太君ッ!!」
「……うーん。用があるのは後ろの娘だけだから、お兄さんはいらないんだ」
「だから、死んで……ね?」
それは、まさしく死刑宣告。
指揮棒を振るう音楽家のように。
人形を操る絡繰り師のように。
ガキは、目に見えるか見えないかと言う程に細い糸を操っていく。
その動きは、余りに速すぎて。
「―――くッ! ――グッ………ぅ……ッッ!?」
風のように迫ってくる鋼糸でバラバラにされぬよう。
何とか回避を試みるが。
防御の合間、俺の動きが止まる僅かな隙を見計らっているかのように。
服を、皮を、肉を。
糸が削り取っていく。
手に持ったナイフだって。
数回防いだだけで刃毀れして……もっと、陸みたいに魔術の訓練もしておくんだったかなぁ。
薄く嗤い続けるいけ好かないガキに。
何度も近寄ろうとするが。
その度に、鋼糸が。
隙間ない蜘蛛の巣が如く張られ、完全に阻まれてしまう。
だが、それでも。
動きや手捌きから見て……コイツは、明らかに手を抜いている。
俺たちをなめている―――の、だが。
「クソッッがッ……!? 手抜いてるなら、もっと弱くても良いだろうがよっ!!」
「魔術も全然通らない!」
「ハハハハハッ、どんどん増やしてくからねぇ?」
確かになめているし、手も抜いている。
馬鹿にされている。
なのに、隙が無い。
余裕の、手を抜いた……片手間の動きだけで、俺と春香ちゃんを圧倒している。
少しずつ増えていく鋼糸を。
回避とも呼べない動きで必死に避けていた、その時。
足に鋭い痛みが走り。
思わず動きが鈍る。
ザックリとやられたのは。
丁度、足の脛に当たる部分で……あ、ヤバ――ッ!?
「―――させないよッッ!」
地面に倒れた俺の耳に飛び込んでくるのは。
春香ちゃんの叫び声。
戯れのように囲み。
俺を切り裂かんとした糸を。
彼女の腕から放たれた渾身の撃が一閃し、断ち切っていく。
―――今ならッ!
―――これなら、攻撃できるッ!
「よし―――ッ! いま……は―――――っ?」
武器を損傷したガキに向かって飛び込むべく。
俺は、立ち上がった……筈だった。
だが、既に。
視線の先には、先程まで立っていた奴の姿は無く。
「さぁ、終幕だ。そこそこ面白かったよ?」
その声は、丁度春香ちゃんが居た筈の背後から聞こえる。
最早、汗が噴き出すとか。
そんな表現も出来ず。
戦慄を覚えるまま。
俺は、ゆっくりと後ろを振り返る。
「うん、うん……! やっぱり、女の子は可愛いよねぇ……」
そこには、気絶した春香ちゃんと。
舐めるような目で見るガキ。
その姿は、とても。
子供には見えず。
湧いてくるのは、不快感だけで。
奴は妖しく光る眼でこちらを一瞥し、口を開く。
「じゃあ、この子は貰っていくから」
「――ふざけ……ッ! グァァァ―――ッ!?」
白刃の如く煌めいた閃光が走り、俺の身体を抉る。
最早、奴は腕さえも動かさず。
自然体のままで攻撃していて。
何とか急所は外せた。
或いは、外されたか。
平衡感覚さえ失った俺は、無様にも硬い地面へと倒れ込む。
……これ、かなりヤバいよな。
あの時の陸よりもっと酷ぇよな。
「……ッ……ッ……く―――そ」
「急所は外したから。出来るだけ長く楽しんで、ねっっ?」
春香ちゃんを、小さな身体で軽々と抱えているガキ。
去って行くのを止めようにも。
立ち上がる事すら。
奴に向けて手を伸ばす事すら、遥かに遠くて……。
「―――ま―――て……ッ!」
何度も、何度も視界が薄まり。
所謂、ブラックアウトというものを経験する。
辛うじて出した声だが。
霞んだ視界の先には、もう誰も居なくて。
身体が鉛のように重く感じ。
傷口が火傷のように熱い。
崩れ落ちた自分の身体は、糸の切れた人形のようにまるで動かず、声さえも自由にならない。
やがては、背中に。
何かが這い、寄り添うのを感じ。
……明らか、死神さんだよなぁ。
何故かふわりと持ち上げられる身体は、痛い筈なのに……苦しい筈なのに。
瞼もどんどん重くなってきて。
ゆっくりと――意識が――遠のく。
――――これ、マジで死んだんじゃねえか……?




