第十話:※牢屋で酒盛りは出来ません
―アルモス視点―
「よく来てくれた、アルモス卿。こんな所では歓迎もできないが……まぁ、一杯やり給え」
「……お元気そうですね、アインハルト候」
俺が連れてこられたのは、砦の地下に位置する牢屋。
壁も床も、黒光りする堅牢な材質で。
辺り一面の牢には。
都市の保有戦力である筈の騎士たちが閉じ込められており、中には先の幻惑使いの騎士くんもいた。
どうやら。
彼の貞操も無事のようだ。
「――さぁ、グイッと。遠慮せずに」
「……えぇ。頂きます」
そして、その薄暗い牢の中で。
コップを差し出してくるこの魔族こそ。
魔皇国西部の都市。
カルディナを治める領主、サブナーク・アインハルト侯爵だ。
有角種の中でも、特に高い背丈で。
およそ、190は優に超えるか。
肉体は筋骨隆々そのモノで、とても魔族で言う老齢に入る人物には思えない金髪のイケおじ。
……折角差し出されたんだし。
有難く杯を受け取り、呷るが。
―――うん、只の水。
「一緒に牢に入るのを「よく来てくれた」なんていうのは、貴方くらいなものですよ」
「くくッ……そうかも知れんな」
「奥方は、ご無事なんですか?」
「どうだろうな。恐らくは、砦の何処かに軟禁されていると思うのだが。……この首輪を、私自身が嵌められるとは」
豪快に笑い、余裕を感じさせながらも。
肩を竦めて自嘲するアインハルト候。
俺たち全員に嵌まる首輪。
これは、只の拘束具ではなく。
常に魔力を吸い続けるという効果のある代物で、魔皇国にかつて存在した旧魔導士団が開発したものだ。
常に魔力欠乏では、まともに動くこともできんし。
正直、俺も結構キツイ。
「我々は飼い殺しのケモノでは無いんですが、ねぇ?」
「全くだ。拘束は妻だけに……うむ」
「聞かなかった事にします」
「――ゴホンッ。しかし、まぁ――君が来てくれたという事は、策は有るのだろう?」
「えぇ、勿論。その前に伺いたい事があるのですが、何故一騎打ちを?」
俺が一番気になっていた事は、ソレだ。
軍の動かし方にも精通した彼なら。
数で迎え撃つ事も出来ただろう。
立て籠もる事すら出来ただろう。
如何に住民が囚われていたとはいえ。
最も合理的なのがソレで。
あの鬼野郎に聞く事も出来ただろうが、頭の回る奴の事。
何処まで本当のことを言うかは怪しいモノだしな。
尋ねる俺に対し。
アインハルト候は苦笑して答える。
「本当なら、その選択もあった筈なのだがね。――街が占領された段階で、既に黒鬼は単体で砦内に入り込み、多くの騎士たちを戦闘不能にしていたのだよ」
「……電撃作戦。部下に町の占領を一任して、一人で城攻めとは……」
何を目指してんだ? あの鬼は。
一騎当千とはこの事だ。
「一騎打ちというのも、奴が言い出したことでね。あの時点で降伏するしか選択肢が無かったのは間違いないが。仮に私が勝っていても、状況は変わらなかっただろう」
「……あぁ、そういう」
「然り、上手く嵌められたものだ」
「俺に勝てれば手を引く――などと称して貴方の居場所を炙り出し、占領を更に迅速にしたという事ですね」
「……敵ながら感服する。黒鬼が、あそこ迄のモノだったとは」
オーガ種は、肉体的に強靭な種。
その中に在って。
特異な変異を遂げた存在、黒鬼種。
何故、歴史を返してもその事例が少ないか。
それには、既に定説というべきモノが存在する。
黒鬼は、生まれる割合で言えば珍しいが。
超希少という程ではなく。
ならば、何故歴史の表舞台に殆ど姿を見せないのか。
答えは、実に簡単。
―――その恵まれた頭脳に反して、弱すぎるからだと言われている。
腕っ節の強さを至上とする彼らに在って、正反対の適性を持ち、生まれる。
そんな黒鬼が長生きする例など、ほぼ皆無で。
だからこそ。
死線を潜り抜けて生き延びた黒鬼ほど厄介なものは無い。
そう語ってくれたのは。
黒鬼種の事を教えてくれたバルガスさんで。
「――まぁ……貴方も騎士も、無事で良かったです」
「そう言って貰えると……」
「来てみて全員殉職してました、だったら。どのような顔で陛下へ報告すれば良いか、分かりませんでしたからね」
「……私も、今から不安になってきたな」
精強な騎士にあるまじき顔で、子供のように怯え、不安を吐露する騎士。
そりゃ、陛下からすれば。
全員子供みたいなものだしな。
我ら、魔王被害者の会。
……なんて、馬鹿な事をしている暇は無いか。
牢屋の入り口が明るくなったので。
視線を向けてみれば。
どうやら見張りが交代する時間だったようで、数匹のオーガが入れ替わる。
再び鉄製の入り口が閉まり。
篝火の灯りだけが、空間を照らす。
「……して。これからの作戦は?」
「今更過ぎません?」
見張りがいるのを思い出したか。
彼は、今更声を潜めてきて。
その辺は問題ないんじゃないっすか?
……オーガ種だし。
こっちの言語が分かるかも疑問か。
それに。
もう、潜める必要はない。
「―――ではッ! 作戦開始!!」
「「……ッ!」」
「私は黒鬼の相手を、アインハルト候たちは砦内に軟禁された者たちの救助をッ!」
「―――アルモス卿ッ!?」
「おまえら、なにへんなことをはなしてる!」
話に耳を傾けていた騎士たち。
見張りとして立つオーガたち。
この牢の全員へと聞こえるよう。
大声で言い放った俺。
当然それに反応したオーガたちは、元々騎士たちが持っていたであろう剣を振りかざしながら、こちらへと近づいてくる……が。
もう、手遅れなんだ。
「そういう事なので―――イザベラ、早く」
「はいはい、ちょっとお眠りなさいな」
「「ッ―――!?」」
俺の呼びかけに答え、魔女が催眠系の魔術を行使。
一瞬の間に監視は沈黙し。
ドサドサと。
痛々しい音をたてて、崩れ落ちていく。
……よくもまぁ。
複数体へ、一度に掛けられるものだな。
「―――成程……な。ローレランスの令嬢も来ていたのか」
「そういう事です」
「道理で、悠々と牢に入るわけだ」
「あら、サブナークおじさま。お久しぶりね。――アルモス? どうして、私が居るのが分かったのかしら?」
「見張りが交代した時、外の灯りで影が映ったからな。透明化は本当に消えるわけじゃなく、影だけが残る。今後は対策したほうが良い」
「……潜入なんてしないし、気付かなかったわね」
イザベラは、確かにそうだよな。
最高位の術者ではあるが。
魔物以外での実戦経験や、潜入などの任務経験は皆無。
だからこそ。
今まで、気付けなかった事もある。
その辺の不足が、付け入る隙にならないと良いんだが。
「時に、アルモス卿。町の住民はどうするのだ? 見捨てるという選択は……」
「勿論ないですよ」
「では、どのように対処を」
「それは――イザベラ。例の黒鬼は見たか?」
「えぇ、勿論。近付くのは危ないと思ったから、遠巻きに見ていたのだけど」
それで十分すぎる。
むしろ、最高の展開だ。
近づいた場合。
アイツなら、或いは気付いたかもしれないからな。
「なら、ここの大多数の騎士を動かし、街の奪還を頼む。黒鬼に化けて、な」
「……また、鬼なのね」
「おおッ! 彼女が居るなら、そういう事もできるか」
「ここの鬼たちは、サーガ……黒鬼の指令が無ければ、野生種と違いありません。だから、私が押さえておきますよ」
「でも、どうして街を? 砦からでも……」
「砦内のオーガは、“幻惑”で変身した者を見破れるように訓練されているらしいからな。人質の多さからも考えて、町の方を優先してくれ」
アイツが、色々と話してくれたからな。
こういう作戦も立案しやすい。
何故、そこまでペラペラとも思うが。
今迄、そういう事を話せる相手が殆ど居なかっただろうからな。
周りは只のオーガ種ばかり。
そんな連中に。
戦術や作戦など理解できない。
承認欲求は誰にだってある。
自分の頭の良さをひけらかしたいってのは、当然のことなのだ。
今回は、それが裏目に出たがな。
「後は。私が黒鬼の相手をして、無力化しても良いんじゃない?」
「いや。鬼野郎――サーガの相手は、私がする。イザベラの魔術は加減が効かないからな」
「倒してしまっても構わないのではないか?」
「……いえ。アレは惜しいですから」
「惜しいって?」
「出来る事なら。味方にして、魔皇国のために働いて貰いたいって事だ」
「……ふッ。また面白いことを考えるな、君は」
イザベラだと間違いなく殺してしまうし。
もしも……万が一に。
油断した所を、肉体面に勝るアイツにやられる可能性もある。
その可能性は低いだろうが。
そういった場合を考え。
打たれ強い者が相手にするに越した事はない。
社畜は社畜を求めるモノ。
アレを説得して、永遠に働いて貰おう。
―――安住の地を求めているらしいし……な。
「では、皆を出してあげますか」
「「…………」」
「どうやって?」
「……あ、頼める? ついでに、この首輪も」
牢屋の中では動けないので、外にいるイザベラへ頼む。
この牢は、凄まじく堅牢な素材なので。
無理やり壊すなど、俺やアインハルト候にも無理なのだ。
奴もそれを理解しているから安心していたんだろうがな。
……取り敢えず、コレで。
虜囚全員が牢屋から出ることが――狭ァ……!?
君たち、牢に戻ってくれ。
むさ苦しいし圧が苦しい。
「アインハルト候。編成の分割は任せますが、作戦は大丈夫ですか?」
「あぁ、それは私の仕事だな。……では第一班は全員揃っているか? 君たちは私と共に―――」
冷たい床と重い枷。
それが外れた事で。
生き生きと指揮を執り始めるアインハルト候。
やはり、彼は生まれながらの指揮官だな。
纏うカリスマ性が、俺なんかとは別格だ。
「―――で、イザベラ。もう一つ頼みがあるんだが」
「あら、何かしら」
彼が編成を行っている間に、俺はイザベラへ話しかける。
サーガと戦うために。
ちょっとした仕掛けを頼むためだ。
……………。
……………。
で。簡潔に説明を終えて、あるモノを手渡す。
自分でも頭のネジが外れているとも思うが、これ位の方が意表を衝けるしな。
「……と、そんな所か。――アルモス卿、編成は終わった。ローレランスの令嬢に任せるのは、そちらの者たちだ」
「分かりました。……イザベラ?」
「あと、ちょっと。もう少しで、出来るわ」
―――はっや。
不機嫌ながらに答える彼女は、流石最上位の術者だな。
時間が掛かると言ってたし。
いきなり言われて。
困惑だってしているだろうに。
流石は、マッドサイエンティスト。
「……これで、良いの?」
「あぁ、ありがとう。――では、作戦開始と行きますか」
名付けて鬼の手作戦。
俺の目論見が全て成功するか。
それは、運と奴次第だが。
分の悪い賭けじゃない。
―――――ただ、勝てば良いだけだしな。




