番外編:天才魔術師は諦めない
―アルモス視点―
「じゃからの、イザベラよ。その理論で行けば……」
「違うわよ、陛下」
「む? では、どういう見解を?」
「投影されるのは壁面なのだから、当然魔核石は―――」
……………。
……………。
「成程? では―――」
「……………」
何を言っているんだ? この異星人たちは。
異文化交流に失敗したのか?
陛下とイザベラが話しているが。
俺には、さっぱり理解できない。
現在開発途中の魔術。
物体投影の装置。
まぁ、早い話が映写機なのだろうが……内部機構の話をされて、はい作れと言われても一般人が出来ないのと同様だろう。
シャルンドアから帰ってきて。
既に、半年程が経っているが。
まだまだイザベラ自身に帰る気など無いようで。
城内に研究室を作り、何やら研究を行っている。
最初の内こそ、陛下に会うと凄く狼狽していたが。
ある時を境に魔術の話で意気投合してからというもの、まるで親友のように議論を交わすようになったのだ。
……まぁ、何故か。
忙しい俺を巻き込んで。
「―――あの、すみません」
「「?」」
「私は、これでも忙しいのですが。何故陛下の茶会に参加させられてるのですか?」
「……何でって……ねぇ?」
「それは当然、余たちが付き合えと言ったからじゃろう。いつの間にか、仕事魔人になりおってからに」
「当然だろ?」とでも言いたげに。
俺を睨みつける陛下。
流石、魔王。
部下の業務状況など知ったことではないと。
というか、仕事人間ならともかく。
仕事魔人ってなんだよ。
まるで、上位互換みたいじゃないか。
一応言っておくが。
俺は、社畜になったりなんかしないからな?
本当は、自由を満喫したい。
気儘に遊びたいんだよ。
まぁ、そういった意味では、ただ座って耳を傾けるだけで良いのは悪くないのだが……。
「この時間が、休息と言うであれば……」
「残った仕事など、後で纏めてやれば良いだけじゃからな。其方であれば、死んでも終えようとするであろう?」
「――あら、流石なのね」
はははッ―――テーブルひっくり返してやろうか?
反乱起こしてやろうか?
この優雅な茶会の場が。
一瞬で血に染まるんだぞ?
当然、力関係的に。
俺の血であることに、疑いは欠片ほどもないが。
……いや。
肉片もあるから、欠片はあるな。
「そもそも。固定任務があるのに、次から次へと討伐任務を出してくるのはどうなのですか?」
「修行じゃ、修行」
「あら? 貴方、固定の任務なんてあったの? てっきり、何でも屋だと思ってたのだけど」
「何でも屋言うな。俺は―――」
「アルモス、余計な事は話さんで良い。その件は、他言無用じゃ」
―――え? そうだったの?
皆知ってるモノだとばかり。
実は、極秘任務だったなんて……おい。
言えよ、最初に。
報連相だろうが。
今まで誰にも言わなかったから良いものの。
もし、話してたら。
一体、どうなってたんだ?
まさかとは思うが。
俺に知人や友人粛清させたりしないよな?
「……………? 話せない事なの?」
「らしいな。どうしても聞きたかったら陛下にねだってくれ」
「無論、却下じゃ。魔術師は信用するなと古くから言われてるのでな。特に、城内の扉を吹き飛ばしまくるような輩は」
「陛下に言われると、納得いかないわね」
陛下の言わんとする事は分かるが。
イザベラの言葉にも一理ある。
何せ、世界最強の魔術師。
それは、魔王エリュシオンに他ならぬと言われているのだから。
俺は、バルガスさんに聞いたし。
そう間違ってもいないのだろう。
自分のことは棚上げか?
俺自身、彼女が魔術を使っている所を見たことなどないが。
―――思えば、今回の指の件と言い。
何故、陛下は魔術を使わないんだ?
白兵戦も化物に違いはないが。
それでも相手を楽に倒すという一点では、魔術の方が効率的だと思うんだが。
……あぁ、ヤバい。
会話を聞きそびれてるな。
何を言われるか、分かったものでは無い。
「ねっ? ちょっとだけで良いの……!」
「ダメじゃ」
「――指の先だけッ!」
「たわけ、全て余のモノじゃ。魔術バカに渡そうものなら、何をされるのか分かったモノでない」
「……意地悪ね。酷いわ」
指の先って何? 比喩じゃないよね?
なに、この不穏な会話。
何故か寒気がしてくるのだが。
嫌な予感しかしないのだが。
「……あの。何の話をしてるのです?」
「貴方の身体を研究させてほしいって、陛下にお願いしてるのだけど、許してくれないのよ。本当に酷いわね」
「国家機密というやつじゃ」
「だから、余計に気になるのよ」
「おい、アルモス。其方が話したのが悪いんじゃぞ? どうにかせい」
「……なら、言うなって事前におっしゃってください」
何故か、俺へも飛び火しているが。
うちの王様は報連相をご存じない?
あと、当たり前のように。
鮪の競り感覚で、俺を取引しないでくれ。
貴族の遊びなのか?
この世界では、優雅な茶会の席でこの部位が欲しいとか会話するのが常識なのか?
労働組合は何処だ。
福利厚生の強化を要求する。
何で、どの臣下も疑いなく忠誠誓ってんだ。
この魔王、マジ魔王だぞ。
国民全体が社畜なのか? この国は。
ロードウキジュン砲の威力を見せてやるよ。
俺が臣民を先導してデモを―――ぁ……?
―――ただの謀反じゃねえか。
「―――失礼いたします、陛下」
「メノウ。どうしたのじゃ」
「お楽しみの所、申し訳ありません。アルモス殿に、連絡がございまして」
俺がこの場から解放されたいと切に願っていると。
扉がノックされて。
陛下の了承を受け、入ってきたのは。
過労死枠の一角にして。
情報統括局を束ねる賢者メノウさんだ。
相変わらず、目元に皺が寄ってるな。
尊敬する人物の一人ではあるのだが、俺はこんな風な軍畜にはなりたくない。
「メノウさん、どうかされましたか?」
「いえ。本日はバルガス殿が忙しいようなので、私が座学を教えることになったのです」
「メノウおじさま、久しぶりね」
「イザベラ殿も、お元気そうで何よりです。王都は如何ですか?」
「えぇ。毎日が新鮮で、とても良いわね……。近々、大書庫の方にも顔を出すと思うから―――」
二人は知り合いだったのか。
種族も同じ妖魔種だし。
性格的にも、似たような所があるのかもしれないな。
まぁ、普通に考えて。
引きこもりのイザベラに。
情報収集なんてのは、絶対に無理だろうが。
「―――ねぇ、アルモス」
「いや、何も? では、陛下。私は失礼しますが、宜しいですね?」
「……まあ、いいじゃろう」
「またお茶しましょうね」
「メノウよ。思い切り詰め込んでやるといい」
「――は。仰せのままに、陛下」
―――メノウ……さん?
陛下のそれは、多分冗談だと思うんですけど。
目がマジになってんじゃん。
この妖魔種は礼儀正しいし。
凄く、話しやすいんだけど。
陛下の事を崇拝しすぎている節があるので、命令をマジで受け取ってしまうようだ。
そのまま、彼は優しく。
しかし、力強く俺の腕を引く。
……妖魔種の何処に、こんな腕力が。
「あの、メノウさん? お手柔らかに……」
「さあ、参りましょうか」
あ、これ、ダメなヤツだ。
俺はただ黙って出荷――もとい。
連れていかれることしかできなかった。
その後、大書庫にドナドナされ。
精神的に死に掛け。
めでたく、頭が爆発する程の課題を出された俺は。
―――睡眠時間が半分になった。
◇
「……――――きてる?」
……また、侵入者だ。
前のは処分したが、今度は何の用だ。
これで、敵が多い身なので。
俺は、寝ている間でも侵入者に迎撃できるようにしているが。
しかし、害意が無い場合は別。
今回も、偶々目覚めただけで。
それに、この声って……イザベラだよな。
まさか、依頼を持ってくるなんてこともないだろうし―――何かしらの連絡でも頼まれたか?
「―――モス? 起きてないの?」
……何故か寒気がする。
彼女はどうやら、俺が起きているかを確認しているようで。
おいどういう事だ、明らかに何かする気だろ。
害意マシマシじゃねえか。
しっかりしろよ気配感知。
「―――じゃあ、頂いちゃっても良いわよね」
「良いわけないだろ」
「………あら? 起きてたの……? なら、反応してくれれば良いのに」
突然反応した俺に驚いた様子を見せ。
手を後ろに回して、何かを隠すマッドサイエンティスト。
これは、もう。
現行犯逮捕で良いんじゃないだろうか。
「さぁ、何を後ろに隠したか言ってごらん?」
「……何も、ないわよ?」
「そうか?」
「えぇ、何も……無いわ」
「なら、良かった。ちょっと待っててくれ。いま地下牢の空き具合を調べて……」
壁掛けのコートをへと手を伸ばし。
そのまま扉へ向かう。
しかし、まわりこまれてしまった。
「違うのっ! 気付いたらこの部屋にいたのよっ!」
「手に持ってんのは? ……採取キットかよ。夢遊病とかのレベル越えてんだろッ!」
必死の説得なのだろうが。
所詮は引きこもりの戯言。
語彙力が皆無で。
あまりにも、誤魔化しが下手すぎる。
小学生の言い訳レベルだ。
どんな無意識状態になったら、サンプルを採取するための道具を持って、俺の部屋に来られるんだよ。
「―――さぁ、ゴメンなさいは?」
「……ゴメンなさい」
「今回だけだぞ。本当に、諦めが悪いってレベルじゃないよな。頼むから寝かせてくれ。今日は疲れてるんだ」
仕方なくベッドに座り込むが。
疲れがのしかかるのを感じる。
明日……もう、今日なんだが。
指令が山ほど入ってるから、少しでも休まないと。
マジで、死にかねない。
死霊種へ変化しかねない。
「じゃあ、私が回復してあげるわ」
「……回復?」
「そう。疲れが取れるやつ」
「変な事しないか?」
「大丈夫よ。安全が確認されてる、一番良いのがあるの」
それ、逆を返せば。
安全が確認されていないものもあるわけか。
少しでも元気が出るなら。
こちらとしても、有難いが。
前科が前科なだけに、信用しにくい。
とは言え、何時までも問答を続けるわけにはいかず。
苦渋の選択の末。
俺は、渋々許可することにした。
「……分かった。変な事をしたら、叩き出すからな?」
「決まりね! ――じゃあ、ベッドに横になってくれるかしら」
どうにも思考が定まらんが。
水を得た魚のようなイザベラに言われた通り。
うつ伏せで、ベッドに横になる。
そして、彼女は俺に布団を掛け。
自身はそのまま、俺の上へと覆い被さり……いやいや、待てッ。
「おい、同衾はマズイッ」
「え?」
「バレたら爺に殺される」
「―――ち、違うわよっ! 全身で密着したほうが効果があるの……!」
なんだ、その羨ましい設定。
変態施術士の謳い文句みたいじゃねえか。
リンパがどうとか言い出さないか?
詳しいわけじゃないから。
嘘だと言い切ることもできんし、相手は間違いなく絶世の美女。
中身がマッドな魔術師でないと思えば、悪い気はしないんだが……なぁ。
彼女の頬が若干赤く染まっているのは。
果たして、どっちの意味だ?
男に密着しているからなのか、極上のサンプルが目の前にあるからなのか。
「なぁ。あと、どれくらい……」
「暫くこのままなの。寝てても良いわよ? 時間になったら、私が起こしてあげるし」
「……信用、してるから……な?」
これは、もう無理だな。
思考が全然纏まらない。
まだ寝不足で、確かに背中に感じる人肌の温もり。
それだけの要素があれば、ウトウトし始めるのには十分で、相手が相手だけに本気で抵抗するという選択肢も頭にはない。
性格はともかく。
信頼してる同僚に違いはないからな。
『――貴方、無防備すぎないかしら』
思考が遠のく一瞬の間、何か聞こえた気がしたが。
それを頭で考えるより早く。
俺の意識は、夢想の彼方へ溶けていくことになった。
……………。
……………。
「良く眠れたかしら?」
「……何か、納得いかん」
服を着替え、頭がすっきりしてから。
よくよく考えれば。
イザベラの目の前で寝るなど、愚考も愚考だったと分かる。
何故、寝る前の俺はそんな事すらも……あぁ。
思考力の低下、だな。
それ以上でも、以下でもない。
とは言え、身体は確かに軽くて。
気分も晴れやか。
本当に納得がいかない事この上ないのだが、手段が手段でなければ、毎日やってほしい程だった。
「一応、礼は言っておく。ありがとうな」
「えぇ、任務頑張ってね」
「……………」
「どうかしたの? 早く行かないと、遅れちゃうと思うのだけど」
気味が悪い程の笑顔を湛え、俺を見送ろうとするイザベラ。
彼女の言葉を受け。
俺は、そのまま扉へと手を掛け。
未だ暗さの残る回廊へと進む。
さぁ、今日も任務は山積み。
片付けるために、頑張るとしましょうかい。
「―――私も、良い物を見られたし……ね?」
……小声で呟く彼女の声も、俺の耳は正確に聞き取っていたが。
その言葉の意味を。
深く考えず。
振り返って尋ねることもせず。
ただ、前へと進み始める。
―――気にならなかったわけではないが、な。




