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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第三章:過去編 彼と六魔の三百年(壱)

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第五話:魔術の道は気絶に始まる

―アルモス視点―




「じゃあ、取り敢えずは習得が非常に簡単な部類のモノから挑戦していきましょうか」

「あぁ、よろしく頼む」



 シャルンドア領へ到着し。


 手厚い歓迎を受けてから一日明けた。


 現在は研究室の一部を借り受け。

 任務の目的たる魔術の修得をせんと、訓練を開始したところだ。


 残るのは俺だけとも思ったが。


 どうやら、爺も暫く滞在するようで。

 知人と旧交を温めるらしいな。



「――だが、魔術と言っても色々な種類があるだろう? 最初だから、やはり初歩的なことから始めるのか?」


 

 正確な魔術の種類なんか。数え上げたらキリがないだろう。

 まぁ、全て修得は不可能として。


 生粋の魔術師であるイザベラが、どのようなものを最初に選ぶのか。

 それは、非常に興味深いものだ。


 彼女は少しだけ考えるそぶりを見せてから口を開く。



「そうねぇ……? 属性の魔術も勿論良いのだけど、まだ適正や魔力の容量も分からないし。取り敢えず“幻惑”と“感覚麻痺”かしら。習得が簡単だし」

「おおっ! 本格的!」

「ふふ……ササッと覚えましょう。えぇ、まず……」



 果たして何がおかしかったのかは分からんが、薄く笑い説明を始めるイザベラ。

 どちらも習得が簡単という割に。

 中々強そうな名前だな。


 (元)中二病患者の俺としては。

 幻惑とか凄くやってみたいし、極めるとなんかスゴイ能力が身につくとか。


 そういうのにロマンを感じる。



 ―――なんて……。



 楽観視していた時もありました。



 ……………。



 ……………。



「―――ぶ……? ――大丈夫? 気は確かかしら、アルモス」

 


 うん? どうして意識が……いや、これは知ってるぞ。


 トンデモナク気分が悪くて。

 身体に力が入らん症状。

 これは間違いなく、かつて西側の文献で目にした事のある()()()()という状態だろう。


 成程、確かにこれは記述通り。

 自身の生命力が、そのまま一気に流れ出たような感覚だ。



 ……それ、おかしくないか?


 

「なぁ。これって、本当に初級の魔術なのか?」

「……覚えるのは簡単よ。――使う者はあまりいないけど」



 まさか、実践一回目で気絶するとは思わなんだが。

 完全に目を逸らし。

 小声で答えるイザベラを見て思い至る。


 いや、そもそもだ。


 ()()()()()簡単とか言っている時点で、裏があることに気付くべきだった。

 彼女が、明らかに何かを隠している事に。



「さァ、怒らないから言ってごらん?」

「……本当に怒らない?」

「ホントホント」

「……魔族は、人間よりも多くの魔力容量を保有できるものよ。それに限りなく近い魔人である貴方の容量がどれ程のものか、気になるのは当然じゃない?」


「――つまり。これらの魔術は、必要な魔力量が莫大だと?」

「えぇ」



 人体実験一回目……ッ!


 だからと言ってさぁ?

 初手で気絶確定の魔術を使わせようとするかぁ?

 

 “幻惑”とは、見た目を誤魔化す魔術。

 “感覚麻痺”は視覚以外を錯覚させる。


 つまり、相性が良いので。

 覚える時もセットと聞いていたが、その実どちらもが莫大な魔力を必要とするとの事で。


 因みに、感覚麻痺では多くのものを錯覚させるが。

 聴覚―――相手に聞こえる自分の声までは誤魔化せないので注意が必要だとか。



「まさか、本当に実験体コースとはな」

「で、でも。ある程度の時間持たせることは出来たでしょ? 魔術は使えば使う程に魔力容量が上がっていくの。勿論限界はあるけど、今の実験で貴方はもっと沢山の容量を増やせることが分かったわ」


「では、容量を増やすために毎日気絶しろと?」

「そこは使いやすい魔術を紹介するわ」



 ―――順序逆ぅ! 


 絶対に色々とおかしいだろ。


 その使いやすい魔術とやらで。

 ある程度容量を増やしてから、今のやつ教えて欲しかったんだが?


 妖魔種はインテリが多いと聞いたが。

 目先の実験結果とやらを得るために、周りが全然見えなくなるのか?


 扉と俺に申し訳ないと思わんのか?



「ハァ……。頼むから、出来るだけ安全な方法で頼めないか? 魔力欠乏って最悪命に関わるって聞いたぞ?」

「その辺の強度も実験してみたいわね」

「――っておい! 俺は玩具じゃねぇ。ただの実験で生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれるのは勘弁だ」


「本当に、駄目?」

「ダメだ」

「……協力してくれるなら。私も、貴方のお願いを聞いてあげてもいいけど?」

「答えはノーだ。バツ、ダメ、そんな誘惑には絶対に乗らん」

「―――あら。貴方、結構硬派なのね」



 多少心が揺らいだ感は否めないが。

 答えは一瞬で口から出た。


 あくまで、俺の目的は生きること。

 そのために魔王と取引して改造され、騎士として仕えているのだ。


 こんな所で。

 魔女の玩具になるために命を拾ったのではない。



「君に手を出そうものなら、爺に殺されるからな。そうでなくとも、そのつもりはない」

「自信はあったのだけどね。――じゃあ、次のステップに進みましょうか」



 無理だと悟って切り替えたのか。

 流石の変わり身だ。


 やはり、研究者としては超優秀なんだろうな。


 その後も。

 普通に、魔術についての基本を解説していくイザベラ。

 俺は、無事に彼女の誘惑を乗り切ったようである。




   ◇




「―――という訳よ。刻印魔術は、覚えておくととても便利なの」

「そのようだな。刻印を扱うことが出来れば、戦闘を優位に進めることができることは疑いようがない」

「……ふーん。戦闘、ねぇ」



 様々な魔術の知識を披露してもらい。


 それに対する疑問点を述べる事暫く。


 流石はあの爺が天才と評するだけあり、イザベラはこの分野の検証や証明などを網羅しているらしい。

 俺が投げかけた全ての疑問に的確に答えてくれた。


 ……となると、やはり。

 気になってくるのは、魔術の中でも特にエンドコンテンツ的な位置に存在している物だろう。



「――ところでだ。今の説明とは関係ないが、時間に干渉する魔術とかって出来ないのか?」


「やっぱり、気になるかしら」

「参考程度の知識はあっても困らないからな」

「本当に、それだけ?」

「色々だよ。考えうる可能性さ」



 ……ロマンを感じるんだよ。

 彼女の口調からして、概念自体は存在しているようだし。

 もしかしたら、使い手がこの世界にいる可能性すらある。


 是非とも弟子入りしたい。


 そして、色々とやりたい。



「結論から述べてしまうと、不可能ではないとされるわ。人間国家に伝わる勇者召喚の術式とかは、それの典型例だしね」

「……時間と空間に大きく干渉していると言われれば、その通りだな」



 魔皇国に来てから興味を持ったのだが。


 勇者を異界から召喚する際。

 向こう側の時代は、ほぼ一定だという結論の書物を目にした。


 何でも、六大神とやらは。


 説明のしやすさ。

 想像力などの観点からも勇者を選ぶらしく。


 そこ行きゃ、俺の居た時代は。

 そういう文化がドップリだもんな。



 ―――何故そんな文献がこの国にあるのか。



 それは俺には分からないが。

 勇者召喚は数百年前から行われているという事からも、時間への干渉は間違いないのだろう。


 結構機密的な書庫の情報だから。

 あまり、口外はしないほうが良いんだろうが。



「個人で扱える者はいるのか?」

「……それは、難しいわね。理論的には不可能ではないのでしょうけど、個人の持つ魔力の容量の問題でほぼ机上の空論よ。それこそ、できるのなんて神様くらいじゃないかしら」



 カミ……それは、困った。

 流石に何処にいるかもわからないような神様に弟子入りするわけにもいかないし、仕事のこともあるので諦めるしかないだろう。


 仕方ない事か。

 まぁ、別に本気という訳でもなかったし。


 ………なかったし。



「そういう事だから、そんな御大層な魔術を使う敵が出てくることなんて無いと思っていいわ」

「それを聞けて安心した。どうやって戦えばいいか考えていたからな」

「やっぱり、あなた面白いわね。……私の助手として働くつもりはない?」


「残念ながら、改造魔人になる予定はなくてな。外の魔族と議論を交わしたいのなら、王都にでも来れば良いんじゃないか?」

「……そういえば。長いことシャルンドア――塔から出てなかったわね」


「……因みに、どれくらい?」

「軽く、七年くらいかしら……?」



 引きこもりのレベルが高すぎる。

 自分の住んでいる地域から出ていないならまだしも、家から七年出ていないのはどうなのだろうか。


 いや、アレか。

 研究大好き妖魔種だというのなら、ある程度は納得できる……のか?



「―――猶更、外に出ないとな。陛下と面識だってあるだろ?」

「……貴方ねぇ」

「どうかしたのか?」

「本来、陛下に謁見する事がどれだけの栄誉だか分かっているの?」


「そう言われてもな。無理やり血を与えられて魔人にされたら――」

「――うそッ!? 貴方が魔人になったのって、陛下に血を与えられたからなの……!?」



「ちょっ! 近い!」



 いきなり距離を詰めてくる美女に、純情な俺はタジタジだが。

 ……しかし、よくよく考えれば。


 やっぱり、ヤバい事なのだろうか。


 確かにこれまでの魔皇国の生活で。

 陛下が国民から絶対の忠誠を誓われている存在だというのは理解している。


 あの無茶ぶりの指令や。

 よく分からない行動原理を見ていたらそうは思えないが。



「――ねぇ。やっぱり、私の助手になってここで暮らさない?」

「その件はさっき断っただろう? それに、君の助手として暮らすことになったら、陛下が御立腹になるんじゃないか?」


「……ぁ。少し、熱くなり過ぎたわ」

「大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫。確かに、陛下のお怒りを買う訳にはいかないもの。でも、腕一本くらいなら良いんじゃ……」

「良いわけないだろ。何のために治しに来たと思ってるんだ」



 本当に落ち着いているのか? 

 確かに彼女なら、治せるだろうが。


 こればっかりは。

 また生やせば良いというものではないだろう。


 俺の身体はブラックボックスで。

 研究者である彼女からすれば、弄繰り回したいというのは当然の欲求なのだろうが。


 まぁ、お断りだな。

 研究狂いは創作で見るから良いのであって。


 自分が実験体になるのは御免被る。



「……そうね。無理やりはいけないわ。私も、偶には王都に顔を出すことにしようかしら」

「下心ありありだな」

「そんな事ないわよ」

「言っておくが。俺は結構忙しいから、相手はしてられないぞ?」


「それでも良いわ。空いた時間でどうにかするもの。それに、王都の周辺なら調査できるようなものも沢山ありそうだし、大書庫もあるじゃない」

「……逞しいな」



 引きこもりとは思えない。

 いや、むしろこれが引きこもりの境地なのか……?

 


「だって、陛下の眷属なんでしょう? そんな存在、過去に事例なんて存在しないもの。最初は、何らかの要因で魔族の血を受けたのかなって思っていたけど、よくよく考えれば成功するわけもないし」

「―――成功、しない?」



 それはおかしいだろ。

 あの時、確かに陛下は適当な奴の血でも良かったと言っていた。


 ほぼほぼ死ぬ確率とも言ったが。

 他の魔族では成功するわけがないというのは、果たしてどういう事なんだろうか。



「えぇ、魔族の血を受けて種が変異するなんてこと、普通はあり得ないわ。過去に魔人と言われる存在は何度か発生したらしいけれど、それらは全部魔族を模倣した存在をつくろうとした人間達の作品……研究成果だし」

「――だが、俺は成功したぞ?」

「そうね。普通の魔族なら不可能だけど、陛下は魔族の中でも一個体しか確認されていない【吸血種】っていう種族だもの。血を媒介にして、何らかの方法で人間を変異させることもできるんじゃないかしら」



「種族の問題。……だから、彼女の寿命は長いのか」



 どれ程少なく見積もっても、陛下は千年以上生きている。


 それは本人にも確認している事で。

 間違いはないだろう。

 聞いた時にデリカシーがどうのと。


 殴られて、死にかけたが。

 疑問に思っていた寿命の問題を、思いがけず知ることができた。



「どの種族にも共通だけど、魔素を吸収して強くなる程寿命は延びるの。魔族最強の陛下が長く生きている一番の要因は()()()()でしょうね」

「本当に無茶苦茶だな」


「陛下だもの。今更よ」

「――なら。あの爺は、何時になったらくたばる?」

「お爺様はまた例外ね。あの方はそもそも龍種だから、魔族より寿命が長いでしょうし」



 ……要するに。

 まだまだ魔皇国は安泰という事だ。


 王の地盤は決して揺るがず。

 配下が強大過ぎると。

 これでトップが腐っているとかだったらマズかったのだろうが。


 うちは、そうじゃないしな。

  

 ―――あぁ、そう言えば。

 イザベラと爺も縁で繋がっている。

 あの爺の寿命が滅茶苦茶長いということは、血縁である彼女も多少は影響を受けているのではないだろうか。



「なぁ、イザベラも爺の血縁なんだろう? 普通の妖魔種とは、何か違うところとかあったりするのか?」

「……そうねぇ。寿命が他の妖魔種よりも長くなるのは当然として、身体能力もある程度は高いと思うわよ? 私は鍛えたりはしないから持ち腐れみたいなものだけど。何より、魔力容量が圧倒的に高いわね。これは、本当にお爺様たちに感謝しているわ」


「爺以外の龍には会った事が無いな」



 イザベラの祖父も、この都市には居ないようで。

 滅多なことは聞けん。


 生きているかも分からんからな。



「大体は、人里離れたところで生活しているもの。世俗の事に興味が無いのは共通でしょうね。お爺様は例外的に陛下に忠誠を誓っているから常に王都にいるけど」


「変に律儀だよな」

「何か、理由があるのでしょうけどね」

「そういう所は尊敬しないでもない」

「――なんだかんだで仲良さそうよね、あなた達」



 ……まあ、否定はしない。

 鍛えてくれていることには感謝しているし、実際強くなっている自覚はある。


 どれ、恩返しに。

 今度肩でも叩いてやろうか――大槌で。


 他意はない。

 そうでもないとビクともしないだけだ。



「話がかなり脱線しちゃったけど、今日はこの辺で良いかしら。私もお話しするのは楽しかったわ」

「すまないな。知識はいくらあっても腐らない」

「じゃあ、歴史も併せて学びながら学習していきましょうか? バルガス様のお手伝いにもなるでしょうし」

「暫くはよろしく頼むよ、先生」



 まだまだ、先は長くて。


 出来得る限りの事を。

 ここ、シャルンドア領で身に着けるのが良いだろう。



 いつ不測の事態が起きて、また死に掛けるとも限らんしな。

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