第四話:初めての遠出と魔術バカ
―アルモス視点―
「シャルンドア領……か」
王都から馬車で出発し、整備された街道を行くこと数日。
視界へ広がる光景は。
数多くの尖塔で構成された、不思議な都市だった。
曰く、この地に住む妖魔種たちの習性。
彼等は、一族ごとに塔を持ち。
自身たちが生み出した魔術の情報や技術体系などを文献として書き残し、塔へと所蔵することで、次代へ知識を受け継ぐのだとか。
……で、それはさて置き。
「――なぁ。何で爺さんがついて来てるんだ?」
「フンッ! 儂の伝手で、その指を治してやるんじゃぞ? 儂がおらねば、門前払いもいい所じゃろうが」
「頼むから、大人しくしててくれよ?」
「さて……な。可愛い姪孫をお主が誑かさんとも限らん」
「……てっそんて」
姪孫とは、弟の孫という意味だ。
確かに、聞いたぞ?
女性が遠縁の親戚とは聞いたぞ?
だが、普通に考えて。
弟の孫のために、態々出向くだろうか。
―――この老龍、暇なんじゃないか?
「……まぁ、儂が防がずとも。あの娘なら、小僧を簡単に吹き飛ばすじゃろうがの」
「妖魔種だから、やっぱ魔術か」
この世界に来てから大分経つし。
魔術の存在は知っている。
適正があれば誰でも使えると知っている。
実際、見たこともあるな。
しかし、当の俺としては。
この世界へ来てこの方、ずっと肉体鍛錬ばかりで。魔人化してからも、爺にしごかれまくった記憶しかない。
座学のバルガスさんだって。
魔術に関しては、あまり教えてくれなかったしな。
「俺、まだその辺は全然知らないんだよなぁ」
「じゃからこそ。その為にこの地へやって来たとも言える」
「え? それって……」
「ホレ、もう目の前じゃ。大人しくせい」
話している間にも馬車は進んでいき。
やがて、目に入るは。
関所というべきモノ。
当然、両脇に立つは衛士……ではなく。
魔術師が着るような衣を纏った男二人。
流石はシャルンドア領だな。
「―――馬車の方々」
「馬車を改める故、名乗られよ」
「アダマス・ドラコニカ。ローレランス家の塔に用があり参った」
「……よもや――龍公様でしたかっ!」
「これは、失礼を。お通りください」
「勤め、ご苦労である」
「……随分、すんなり通れるんだな」
普通であれば、名乗った後も何らかの証拠を提示するもんだが。
果たして。
爺さんが凄いのか。
この都市の守衛がザル過ぎるのか。
或いは、そのどちらもの可能性があるな。
「小僧。少し馴染みと話してくる。お主は、先に塔を上がっとれ。間違っても誘惑などするでないぞ」
「顔も分からない相手にか? 俺はそんな色情魔じゃねぇ」
「……なら、良い」
「一番高い塔で良いんだよな?」
「そうじゃ。一階に係の者がいるじゃろうから、そ奴に案内してもらって階を登り、あの子の下で待っておれ」
「……分かった。じゃあ、先に行くぞ」
他の者ならいざ知らず。
実直なこの爺なら、変な嘘など吐かないだろう。
その辺は信用しているしな。
唯一の問題は、その子の顔が全く分からない事であるが。
まぁ、何とかなるだろうと。
脇道に入っていく爺を置いて、一人先に塔へと進んでいく。
……踏み込むは、道が広く大通りに当たる場所。
様々なものが売っているのは人間と魔族でも共通だろうが、やはり魔術都市だけあって、調合向きの素材や道具などが多く売られているな。
少しばかり目を配しつつも。
目的地へ向け歩いていると。
「――おぉ、そこ行くは御珍しい騎士様! 上級回復薬はいらんかね? 数種の回復薬や健康にいい食物を配合した特別製の一点物だよ」
「いや、勤務中なので――」
「ブルーオークの睾丸も売ってるよー」
「………そうか」
なあ? それ、何に使うの?
商人が手掴みで持つソレは。
瑞々しく揺れる。
とても……うん。
それに、上級回復薬も。
泥のような色で、とても体力が回復するような代物には見えず。
どちらかというと、健康被害を齎しそうで。
今なら、陛下が人間の作った回復薬が好きな理由が分からなくもない。
キワモノばかリ売ってんの?
この都市は。
疑問を抱かずにはいられんが。
こんな所で道草を食う訳にもいかず、話もそこそこに最も高いローレランス家の尖塔へと歩いていく。
「―――おや。騎士様とは珍しいですね」
「あぁ、初めてだ」
「左様ですか。本日は、どのようなご用件で?」
「老公アダマスの姪孫がいると紹介を受けたのでな。負傷した箇所を治療してもらうために、王都より訪れたのだ」
「でしたら、十階ですね」
「その装置から登るのか?」
「はい。その昇降機に乗って上がり、あとは右側の部屋へ入れば案内してもらえるはずです」
「……そうか。感謝する」
爺の言った通り、入り口で案内され。
その足で昇降機――エレベーターに乗り込む。
魔王城にも昇降機はあるが。
これは、魔術を常駐させる技術によって齎されたものだ。
開発したのは、かつて存在した宮廷魔導士団の団長で、定期的に魔核石を補充しなければいけないものの、かなり便利な道具と言えるだろう。
感心しながらも上層で降り。
目当ての扉へと手を掛ける。
「――過剰負荷だッ! 爆発するぞーー!!」
「伏せろー」
「何時もの事ですなッ!」
「失礼―――――はっ?」
ノックを交えつつ、鉄製のドアを開けて。
俺が聞いた第一声がソレ。
続く声の意味が理解できずに棒立ちしていると、目の前が閃光に包まれ。
自身の身体が。
後ろに吹き飛ぶのを感じた。
「―――グッ! ガァァ……ッ!?」
何製の建造かは知らないが。
塔の壁が強靭で良かったな。
もしこれが爆発で吹き飛ぶようなものであったのなら。
今頃、俺は真っ逆さまだ。
気分の方は、すでに気分は急降下。
帰りたいとすら思い始めているが。
「――もし……もし。貴方、大丈夫ですか?」
「……妖魔種は特段排他的ではないと聞いたのだが、随分と手厚い歓迎だな」
「ははっ、申し訳ありません。新しい魔術の実験をしていたのですが、どうにも爆発する魔術にしかならんようで」
「何故ぇ――なのでしょうなぁ?」
それ、爆発する魔術じゃなくて。
ただの失敗って言います。
何? 妖魔種ジョークなの?
客人が来た場合は、とりま爆発でもてなすのがココの流儀なの?
―――よし、帰ろう。
「それで、騎士様? どのようなご用件でしょうか」
「いや、やはり出直して……」
「イザベラに会いに来たのじゃが」
「――おぉ! これは龍公殿。お久しぶりですね……!」
「アダマス様ですか!」
「久しいな。皆、息災であるか」
俺と魔術師の会話に入ってきた爺さん。
随分早かったんだな。
どうせなら俺と一緒に爆発に巻き込まれてほしかったのだが、仲良さそうに話しているところを見ると。
当然の事ながら、知り合いのようだ。
「いや、お元気そうで良かった。――イザベラでしたら、第三研究室の方に籠って新しい術式の証明をやっていますが」
「そうか。では、そちらを当たるとしようかの」
「時間があれば、また後程」
「……失礼する」
「えぇ。騎士様も、また」
挨拶を交わして、爆心地へと舞い戻っていく魔術師。
もしもこの塔が揺れたのなら。
何処かで爆発があったと思って良さそうだ。
よく壊れないな、この塔。
「野暮用は良かったのか?」
「大したモノでもなかったしの。そら、この部屋じゃ」
「……木製の扉で大丈夫なのか?」
「あの娘は天才じゃからの。爆発など―――ファ……ッ!?」
再び、モノの見事に塔が揺れる。
木製の扉は吹き飛び、開けようとした龍公諸共壁へ激突。
彼は、目を白黒させて。
……あぁ、よくよく見れば。
吹き飛んだ扉は、比較的新しいモノであることが分かり。
頻繁に吹き飛んでいると分かる。
これで、一対一だな。
「―――やっぱり、金属製じゃないと駄目なのかしら?」
……わぉ、美人さん。
「金属製でも吹き飛んでいたぞ。ここの魔術師たちは、代々扉を吹き飛ばす魔術の研究でも行っているのか?」
「あら……? 貴方は――あ、お爺様まで」
「イザベラよ、相変わらずのお茶目さんじゃな……ははは」
お茶目の一言で完結させんじゃねえよ、この爺馬鹿が。
どうやら親類には甘いようだな、この龍オヤジも。
あからさまに態度が違う彼から視線を移しつつ。
改めて女性へ向き直り。
彼女――イザベラ・ローレランスを観察する俺だが。
……あぁ、本当に美人さんだ。
長く艶やかな黒色の長髪は、余りの輝きに紫がかり。
瞳も、赤でなくアメジストの如き澄んだ紫色。
それより、なにより。
妖魔種であるからか。
そのプロポーションは見事と――爺、睨むな。
男の性だ。
女性はそんな俺たちの様子に興味がないのか。
それとも気付いてないのか。
爺へと言葉を投げかける。
「お爺様がここに来るなんて、珍しいわね。何かの修復とかかしら?」
「おぉ、こ奴の指が魔物に食い千切られてしまってな。そのままでも構わんのだが、うるさいので連れてきたんじゃ」
「アルモスだ。王都で騎士をしている」
「……アルモス、ね。最近ではあまり使われなくなったと聞いていたのだけど。私はイザベラよ。現在は、ただの研究職といったところかしら」
「―――わっぱ、この子と話があるので、二人にせい。なに、すぐに終わる」
「分かった。外で待っているぞ」
何を話すのかは分からないが。
親族の再会を邪魔するほど腐った精神は持ち合わせていないので、部屋を出る。
それに、爺が大人しいのも。
俺の精神的に良い感じだな。
……………。
……………。
廊下で壁のシミと爆発痕を数える事暫く。
最早扉などない入口から声を掛けられる。
「――待たせたわね。治療ならすぐに出来るから、来てちょうだい」
「助かる。中々に不便でな」
「儂はさっきの者たちと茶でも飲んでいるからの。そちらが終わったら、戻ってこい。……滅多な事をするでないぞ?」
「分かった、分かった」
これでも俺は純情なんでね。
嫌がる相手に無理やり迫ったりなどせんよ。
……まぁ、どういう訳か。
ワクワクした目で俺を見る女性が気掛かりだが。
ひとしきり俺を睨んだ後。
爺は、そのまま扉……穴を潜り部屋を出て行った。
「じゃあ、新式の魔術を使わせてもらうわね?」
……あ、はい。
「――理解した。俺は、実験体か」
「そうとも言うわね。効果がなかったら、旧式の方を使うから」
違う、そうじゃない。
最初から旧式で良い。
その旧式とやらが本来の回復魔術だろ?
何でそうなるんだ。
何故、俺は改造や実験される機会に恵まれているんだ。
んな機会は欲しくないし。
人間であれば、一生巡り合いたくはないと思うのだが。
……もう人間じゃないが。
そのまま俺を椅子に座らせた彼女は。
欠損した指を手で包み、発生させた緑の光を、ゆっくりと当てていく。
あぁ、指柔らか……てか、何か暖か―――
「……あ、間違えた」
「おい」
手術中に一番聞こえたくない声が聞こえたんだが。
声に反応した俺が見てみると。
少しだけ盛り上がった指の跡地には、年輪のような模様が……。
年輪だコレ。
「―――なぁ。この魔術って、樹木を成長させる系の応用だったりしないか?」
「あら、良く分かったわね。そこからヒントを得たの」
「間違えたってのは?」
「……大丈夫……よ? 大丈夫だから」
何故そこで言葉に詰まる?
何が大丈夫なんだ?
そこを説明してくれ。
あと、何を間違えたのかも説明してくれ。
俺が考えているうちにも。
指は元通りになっていき。
少し前までは、確かにあった形へと戻っていくことになった。
何でだろうな。
凄く、微妙な気分だ。
「はい。これで、完全に治ったわ。暫くは固くて動かすのが難しいと思うけど、そのうち元通りに動くようになるから。―――多分」
「……………」
「ホラ……ね? 動くでしょう?」
「感謝したほうが良いのか、恨めばいいのか分からんが、礼は言っておく」
「素直な子は好きよ。でも、貴方魔族じゃないわね?」
……魔族は、相手が同族であるかを感じ取ることができる。
有角種なら有角種と。
妖魔種なら妖魔種と。
やはり、何らかの違和感を感じるのかねぇ。
ま、隠すことではないし。
この女性に聞かれればあの爺は喜んで答えるだろうから、俺が言ってしまっても問題はないか。
「元人間だ。今は魔族に限りなく近い――魔人、といったところか」
「わぁっ! 半魔種とも違うのよね!? 是非色々調べさせてほしいのだけど!」
勘弁してくれ。
危うく指が樹木になるところだったのだ。
もし全身を弄られれば。
今度は、植物になりかねない。
いくら俺が魔改造される運命のもとに生まれてきたとしても、自分の意志で動けなくなるのは御免だ。
「すまないが、後はこの都市でのやることを終え次第、王都に帰ることになっている。だから、あまり長居は……」
「あら? 貴方は、暫くこの都市に滞在するとお爺様に聞いたのだけど」
「……どういう事だ?」
「貴方、自分が直接陛下から任務を拝命した訳では無いの?」
「………それは、確かに」
言われてみればそうだったな。
直接聞いたわけではなく。
爺に言付けてあると陛下が言っていたような。
では、今回の任務は。
長期任務に類されるモノなのか?
「えと……イザベラは、さっきの会話で爺――彼にその任務について聞かされたのか?」
「お爺様の事なら好きに呼べば良いと思うわよ? えぇ、貴方がこの都市に来た目的を聞かされたのだけど」
何それ、聞いてない。
俺本人としては、旅の目的は治療以外の何物でもないが。
皆は、全く別の事を考えていたり?
やっぱり、俺虐められてない?
明らかにチャットアプリで一人だけハブられてるだろ。
俺だけ居ない別グループ作ってるだろ。
「―――はぁ……。取り急ぎ、その任務について聞かせてもらっても良いか?」
「勿論そのつもりよ。私の管轄だもの」
「君の、管轄……?」
「そう。貴方は、これから魔術の勉強をするの」
「理解した。先生は君か」
「えぇ、そうよ。貴方に魔術を教えるよう、お爺様からお願いされたの。お爺様は、陛下より仰せつかったらしいけどね」
ようやく、理解が追い付いてきた。
確かに、ここはシャルンドア領。
魔皇国最大の魔術都市だ。
で、あるならば。
今はそれを学ぶに最適な環境が揃っているという事で。
ここに来て。
俺に、大幅強化のフラグが立ったと。
「なら、よろしく頼む。魔術については全くの初心者だからな」
「了承したわ。お礼は、貴方の体を少し調べさせてもらうだけで良いから」
「…………イー」
「どうかしたの?」
「……いや。お手柔らかに頼む」
変に体を弄繰り回されて。
本当の改造魔人にならなければ良いのだが。
何はともあれ。
暫くは、この都市に滞在することになりそうだ。




