第一話:クーリングオフはダメらしい
……説明しよう、されよう。
俺の名前は名倉。
地球在住だった日本人だ。
少なくとも、異星人とかじゃなかった。
火星などに住んでた記憶とかないしな。
だが、実際問題。
非情な現状として、別の星にいるのは確かだろう。
……いや、そもそも。
世界その物が違うって可能性もあるな。
ファーストネーム――下の名前も、この世界に来てからは一回も使っていない。
俺が、この世界……【アウァロン】へ来たのは。
およそ、一年前の話。
大学からの帰り道。
普通に歩いていたら、何時の間にかこの世界に居て。意味も分からず、放り込まれたように転がってた。
正直な話。
自分でも、どう来たか分からない。
「―――おーい。聞いとるのか……?」
勿論、俺は何の準備もない大学生。
そんなモヤシな青年さんが。
楽に生きられる程、異世界は甘くなくって。
そもそも、その準備がなにかも分からんが。
俺は、数日のうちに行き倒れ。
ある国に拾われて。
兵士として、日々を勤労とマズい飯の中で必死に生きてきた。
しかし、ブラックこの上ない環境で。
言葉すらも通じないため。
死に物狂いで言語を習得したことで……外野がうるさいな。
「―――いま考え事してんだけど?」
「……む? 助けてやった恩人に対して、少々不作法ではないかの? ようやく目覚めたと思ったら、黙考を始めおって」
「いや、瀕死にしたのお前だし、ほぼほぼ死ぬやつだって言ってただろ」
「……言ったかのー? そのような事」
うん、間違いなく言ってた。
だから、俺がこうして生きているのは。
癪だが、奇跡というべきか。
……癪だがな。
目の前の女魔族は、真紅の瞳を逸らし。
おトボケを貫いている。
その姿が、ちょっと――かなり美しいと思ってしまったのも、癪なので俺の心の中へ永遠留めておくことにしよう。
何せ、この女は見た目と異なる化物。
俺がいた小国を、完膚なきまでに叩き潰した魔族だ。
加えて言うならば、俺が死に掛けた原因そのモノだ。
―――内臓コンニチハだからな?
「んで……? 此処は、何処なんだ?」
「気になるかの?」
「当然だろうが美人さん」
「――うむ、そうであろう。この地の名は、エリュシオン。魔族の楽園と言われる極東の国であり、余が治める国である」
……………。
……………。
成程、ぶっ壊れてやがる。
今まで実際に会った事は無かったが、魔族ってのは本当に突飛もない種族のようで。
だって、意識が途切れる前まで。
俺がいたのは、大陸の西側だぞ?
にも拘わらず。
今いるのは、正反対の極東だって……?
どうやって移動したんだよッ!?
瞬間移動か?
まさか俺を担いで運……ぶ―――ん……?
なぁ、いまコイツ。
ヤバいこと言わなかった?
―――よがおさめる?
「……すまん、すみません。まだ、ちょっと耳がおかしいみたいだ、です」
「それで?」
「だからお前……さま? ――貴方様のお名前を伺っても宜しいです?」
「突然畏まるな」
「まぁ、混乱もするであろうな。――余の名は、エリュシオン。人間に分かりやすいように言うと、この魔皇国を治める魔王といったところかの?」
聞き間違いじゃなかったわ。
コイツ魔王だ。
千年以上の時を生きる大魔族。
歴史を紐解く中で、幾つもの国を滅ぼしたっていう。
厄災の王様みたいな怪物……。
「いや、待て。でも、魔王なら。猶更西側に来られるはずがないだろう? 魔素の問題で……」
「憶測でモノを言うでない。他の魔族ならいざ知らず、余は魔王じゃぞ?」
「……すごっ」
「八割程の身体能力が制限されるが、西側でも活動はできるわ」
「………ぁ、そっすか」
それ、案外致命的じゃない?
大きな胸を張る女だが。
意外と、リスクはあるってことらしい。
強力な魔物。
強大な魔族。
そういった存在である程、世界を覆う魔素の影響を受けやすく。
西側なんてメッチャ薄い場所。
そりゃあ、弱体化もするだろうな。
魔王にも、その基準は適応されるのか。
というか、死なないだけ凄い。
「――おい、何故黙る?」
「……詳しいことは後で良いか。なぁ、アンタは俺に取引って言ってただろ?」
「ほう? 聞く気があるのか」
「約束通り、生きてたには生きてたからな。手段はともかくとして」
「中々、律儀な奴よな」
そう、過程はどうあれ俺はいま生きている。
で、あるならば。
約束は守らないと不公平という物だ。
相手が魔王とかは関係ない。
ある意味では。
今の俺は、悪魔に魂を売ったと言えるしな。
「うむ、うむ。話が早くて助かるぞ。実は、其方に探して欲しい者がおる。そ奴は、余が長年探し続けている者での」
「……あの。魔王の言う長年とは?」
「うーむ? ――軽く、数百年かの?」
ハイ、解散ッ!
さよなら悪魔、地獄へ還れ。
果たしてこの女は何を言っているんだろう。
自分が数百年かけて見つからなかった奴を。
普通、ただの人間に依頼するか?
というか、見つける前に死にそうな気がするし。それを知っていてか知らないでか、改めてこの魔族は何を考えているのだろう。
俺を、不死身か何かと思ってる?
「どうした。急に消沈するではないか」
「いや、そりゃそうだろ」
「何故じゃ?」
「当然だろうが。人間である俺さんとしては、魔王が数百年以上も探してきたっていう奴を寿命のうちに探すのは不可能に……」
「―――ん? 其方は、人間ではないぞ?」
「………はい?」
率直な疑問を遮るように。
あっけらかんと発言された魔王の言葉。
それは、俺の中に新たな疑問を生むには十分だった。
コイツ今なんて言った?
俺が人間じゃないだと?
そんな、バカな。
やはり魔王、永く生き過ぎて頭がおかしいのだろうか。
だって。
俺は確かに死に掛けたが、あの時に……コイツの血―――で……、―――ッ!!
「魔族の王たる余の血を受けたのじゃぞ? あれ程の傷が完治し、腹の穴も塞がっていながら、己を人間だというのは傲慢ではないか?」
「―――はっ――ッ……はっ……ッ?」
「現実を受け止めよ、元人間」
「じゃ……ぁ。俺は、なんだ……?」
「成功例なぞ、過去にも先にもお主ひとりになるじゃろう。そも、余は血を人間に与えるのは好かんからの」
「………ぁ、え?」
「今の其方は、人間と魔族の中間……魔人といったところじゃ」
息を取り込もうとする程に呼吸が乱れ。苦しくなっていく。
意味が分からない。
じゃあ、何故俺に血を与えたんだ?
それに、今の身体だって。
気になるような変化は、何もない筈で……。
「自身で見るには限度があるからの……っと。これで、どうじゃ?」
「……これ、は」
「絶望、したか?」
「前の俺、より……男前、だな」
「………存外に余裕あるの、お主」
魔王が、何らかの魔術で生成した鏡のようなもの。
そこに映りこんだ俺に。
大きな変化は無かった。
―――ただ、一つ。
魔王と同じように。
爛々と紅く輝く双眸以外には。
すみません。
この国、カラコンってあります?
黒が良いんですけど。
良ければ、一セット購入でお願いします。
「な、なあ……? やっぱりクーリ――」
「クーリングオフは効かんぞ? 其方が選んだことじゃ。今更返品などできるわけなかろうが」
「……詳しいな、魔王様」
流石は長命者というべきか。
まあ、こういう所で。
そんな知識に詳しくなくても良いんだけどね?
どうやら。
俺は、人間には戻れないらしい。
つまり、寿命も分からぬ中で。
永遠の探索をしなくちゃいけない訳で―――なんていう拷問だ?
「寿命は、大分延びる。ゆえ、これより其方には余の配下として探索をしてもらいたいのじゃ。――そういう訳で、貧弱な其方に相応しい師を付け、我が魔皇国の騎士としても恥ずかしくないくらいには強くなってもらうぞ」
「……また、兵士っすか」
「兵士ではない。騎士じゃ」
どっちにしろ肉体労働だろ?
改めて思うが。
この世界、異世界人に厳しくない?
俺としては、悠々と旅しながら。
無双勇者とかやりたいんだけど。
可愛いおにゃのこと一緒のハーレムが良いんだけど。
なんでこうなるの?
必死に兵士やって。
死ぬ気で言語覚えて、死に掛けて。
その先に待っていたのが、魔改造の末の兵士生活……?
―――無限ループじゃねえかッ!
「腕が千切れても、多少臓が飛び出ても、問題ない身体になったんじゃ。むしろ、余に感謝して欲しいくらいじゃが?」
「そういうのをを魔改造っていうんだよッ!」
「そうか」
「そうなんですッ!」
嬉しがる奴なんざ、そうそういねぇぞ。
「人間種は不便じゃからな。――まぁ、取り敢えずここから出るとするか」
……そう言えば。
ここが魔皇国とは聞いていたが、正確な位置は知らんな。
部屋を見回した限りでは。
金属製の扉が向かい合って二つあり、魔王の足はその一方へと向かって行く。
「なぁ。ここって何なんだ?」
「後ろに扉があるじゃろう。そちらが、王の廟という広間じゃ。余の許可なしに入れる者はおらんし、そなたの実力ではそもそも開かん。で、こちらが出口じゃ」
「はよこい」……と。
言葉を残して歩いていく女。
さらりとバカにされたな。
これでも、お国では結構腕がたった方だったんだぞ?
お前に蹂躙されたけど。
塵芥に還されたけど。
そもそも、この世界の強者とかがそのまま地球とかに行った日には、エライことになるだろう。
それ程、魔素の強化による地力が違うんだ。
取り敢えず。
魔王を怒らせないよう、石造りの階段を付いて行く。
「なぁ、王様。俺はあんたの部下ってことになるんだろ?」
「そうじゃな」
「呼び方とか変えた方がいいのか? 陛下とか、魔王様とか、エリュシオン様とか、シオンちゃんとか」
「―――! ……最後の方は、完全に遊んでおるな? 国民からは、陛下と呼ばれておる。其方も困ったのならそう呼べ。間違っても、人前で愛称なぞ使うな。命の保証は出来ん」
まぁ、そうだろうな。
魔皇国と言えば、千年の歴史を持つ国家。
王である彼女は、それだけ国民の忠誠か畏怖を得ているのだろう。
そんな国民たちの前で。
魔王をちゃん付けで呼べば。
どのような末路を辿るのかは、想像に難くない。
ま、その時は。
出来れば、優しくお願いしたいな。
「――そうじゃ。まだ、名を聞いておらんかったの」
「あ、忘れてた。俺は名倉だ」
「余はともかく、何故其方が忘れるのか理解できん。……ナクラか。ダサいの」
クーデター起こしてやろうか?
今すぐ反乱しようか?
―――いや、待て。
この魔王は、二割の身体能力で国滅ぼす化け物だったわ。
反抗した途端、ネギトロにされて終わりだろう。
人間でなくなったからと言って、ひき肉にされたら死ぬだろうし。
ここは冷静、俺は冷静。
大人の対応をしてやれ。
「人の名前聞いてダサいはないだろう? 陛下」
「陛下と呼ぶなら敬語も使ったらどうじゃ? チキュウにいた頃に習ったのであろう?」
「本当に詳しいな……ですね」
「過去にも召喚された勇者は数いたからの――殺したが。其方はそうならんよう、せいぜい気を付けることじゃ」
―――勇者がゴミのようだ。
うん、絶対に敬語で呼ぶことにしよう。
ゴマを擦りまくろう。
この魔王がRPGのお約束のような存在でないことがよく分かったしな。
……ま、そうだよな。
ゲームで魔王はやられ役だが。
現実として考えれば。
強大な力を持つ一国の王が、そんな簡単にやられる筈などない。
「取り敢えずは、其方が関わることになるであろう、余に近しい者たちを紹介していくからの。付いてこい」
「分かりました。よろしくお願いします」
「……いきなり丁寧に話されると、気持ち悪いの」
―――この、アマぁ……!
落ち着け、落ち着け?
俺は冷静、俺は冷静。
折角拾った命だから、命大事に。
そうだ、今やるべきは。
まだ、探してほしい奴の事とか何も聞いてないじゃん。
これを聞かずして、何をやるんだろうか。
「……っ……まだ、探してほしい人物の名前を、聞いていませんでしたね……!」
「言ってなかったの」
さっきのコイツと同じ言葉を、そのままお返ししてぇ……。
結構忘れっぽい性格なんですね、魔王様。
ナカーマ?
間違ってはいないだろう。
本日付で彼女の部下だし。
……改造人間だし。
悪の組織の生み出した、悲しき兵士だし。
「……探している者の名は。探して欲しい奴の名は―――」
俺が考えている事など全く知らんと。
魔王は、懐かしむように。
悲しむように、口を開く。
まるで、少女のように。
艶やかな唇が、一つの名前を紡いでいく。
「余が探しているのは―――ラグナ・アルモスという男じゃ」




