番外編:プリンな頭をどうするべ
―陸視点―
……揺れる、揺れる。
甘味で名高きその名前。
老若男女が好きなそれ。
上に乗るは、カラメルソース。
下で揺れるはカスタードベース。
そう、まさしく。
それこそは、プリn―――
「だーかーらーッ! プリンじゃないって言ってるよねッ!?」
「「………うっす」」
「プリン、食べたくなってきましたね」
髪が伸びていくのは当然として。
染めていた茶髪が下へと降りるのは当然。
地毛は黒なのだから。
上と下で二色になるのも当然だ。
だが。その配色が、あまりにスイーツに似ているので。
康太に揶揄われ、春香が爆発。
全身で怒りを表現する度。
ふわり、ふわりと。
彼女の、さらりとした頭髪プリンが揺れる。
だが、悲しきかな。
如何に身体を激しく振ろうと。
彼女には、それくらいしか揺れるものが……。
「――陸? 何か変なこと考えてない?」
「気のせいだよ」
やっぱり、春香は変なところで鋭いね。
現在、僕たちは。
セフィーロ王国で修行をしている。
この国での生活もだいぶ慣れてきたけど。
やはり、というべきか。
地球との違いは色々、様々と存在していて。
その最たるものが、今直面している問題だった。
「せんせーい! この世界ってヘアカラーとか無いんですかッ?」
「はははッ。ハルカには、死活問題だよね。リクとミオはそういうタイプじゃないし、コウタも染めてはいないけど」
「実際の所、どうなんすか? この世界の人っていろんな髪色を見ますけど」
「そこは、ファンタジーだからね」
……彼がそれ言っちゃうんだ。
でも、本当にこの世界は不思議で。
様々な髪色の人が住んでいる。
青や灰色は当たり前だし、緑やピンクもたまに見る。
というか。
ゲオルグさん、赤毛だったし。
「――で。別に、染料が無いわけではないよ?」
「おおっ! …いや。どうせ変な素材だとか、体に悪影響があるからやめた方がいい、とか言うんじゃないですか?」
「……完全に疑ってかかってますね」
「実際、期待すると痛い目見ることが多いからな。春香ちゃんも学習したんだろ」
何なんだろうか、この会話は。
僕たちは、別にバトルロワイヤルをしているわけでも、嘘つきゲームをやっているわけでもない筈なのだけど。
まるで、信じたら負けとか。
そんな雰囲気が出来ている気がする。
「弟子たちの信頼が無くて悲しいよ。でも、今回に限っては安心安全だ。多くの人からの幅広い支持を受けまして、大特価キャンペーンを実施しよう。なお、クレームの報告もないよ」
「今回に限るんですね」
「というか、詐欺の手口だよな?」
よくある宣伝文句だ。
本当に、彼らしい。
こういう宣伝の商品って買ったことないけど。
実際の性能とか。
本当の評価は、どんな感じなのかな?
「……と、いう訳で。今回討伐しに行く魔物は、プラン・カルアっていう植物系のやつだ」
「あぁ、成程」
「その魔物から染料を取るんですね?」
「…じゃあ、もしかして。さっきのクレーム報告なしって――」
「たぶん喰われてるな」
魔物討伐で訓練もできて。
春香も、髪を染めるための素材を獲得できる。
まさにウィンウィンの関係だ。
「皆の実力なら問題ないさ。こちらの世界でも、酸化剤とかそういう技術は確立されててね。染料さえあれば―――」
「あ、仕組みとかは分からないんで」
「科学の話はパスで」
「……まあ、依頼に行って染料取って適当に帰ってこようか。多分、ギルドでも採取依頼が出てるだろうし」
悲しきかな、先生。
折角の知識を披露させてもらえない。
相手があの二人じゃね。
……でも、確か。
この辺りで、植物系の魔物が生息して良そうな場所って…やっぱり。
ウォーバン森林ですよね?
あそこに行くのか。
現在はギルドが大規模な捜査をしていて。
奴隷狩りの拠点なんかは撤去されつつあるけど。
あそこ、良い記憶ないからなぁ。
………。
…………。
「先生。プラン・カルアって、どんな生態なんですか?」
今回の目的地は。
やはり、ウォーバン森林だった。
ギルドで依頼を受けて。
目的地へ向かう途中。
僕たちの中では、恒例となった魔物の生態についての解説を春香が聞いている。
「ギルドで受けた説明の通り、プラン・カルアは蔓で攻撃してくる植物系の魔物だ。ウォーバン森林の中でも奥地の湿地帯に生息していて、討伐難度は単体でD上位ってところかな?」
「Dの上位…ですか」
「今の私達なら、あんまり強くは感じないかも?」
確かに、修行を積んだ今なら。
D級の魔物であれば、単独撃破は出来る。
勿論、油断はしないけど。
……でも、違和感。
ここに来て、ただの討伐を先生が?
或いは、変則性のある敵…?
聞けば教えてくれる人だし、尋ねるのが正解だ。
「変な能力とか持ってたりしませんか?」
「疑問を持つのは大切な事。流石だ、リク」
「……やはり、ですか」
「聞かれなきゃ答えない姿勢。…流石先生、汚いな」
どうやら、正解だったようだ。
もしかして。
今回のプリン騒動が無くても、いずれは討伐に行く予定だったのかな?
彼の言葉は。
やけに周到に用意されたように感じる。
「で? その生態とやらは何ですか?」
「ああ、プラン・カルア…カルア君はね? 服を溶かすんだ」
「「………」」
「ふくを…とかす、ですか?」
一瞬みんなの表情が凍り付いたが。
その次瞬には。
康太と先生がサムズアップをし合っている。
どうやら、今回は前の男のロマンとかではなくて、完全な確信犯のようだ。
……というか。
カルア君って何ですか?
「――まあ、弁明をすると。軽装…非金属なんかは全部溶かされ、防御は大きく低下するし、蔓による手数で厄介な魔物であるのは違いない。そもそも、「溶かす」というのは、必要ない箇所を除いて効率よく吸収するための手段だからね?」
「……要するように?」
「本人…魔物は、極めて真面目に狩りを行っているだけ、ということですね?」
「そう、そういう事だ」
それ自体は納得できる。
サムズアップは明らかに狙っているが。
「倒すことに変わりないし、早く行こ?」
「目的は染料の入手ですからね」
「染料は胚珠から取れるよ。茶葉の発酵みたく、時間を置くと緑・薄茶色・茶色・黒といった感じで色が変わるんだ。後は配合して使うだけだね。配合後は、半永久的に色が変化しないから。そこは、ヘアカラーと同じかな?」
「じゃあ、あたしの場合は茶色で使う訳ですね?」
そういう感じなんだ。
僕は、髪の色を変えた事ないけど。
結構手間が掛かるんだね。
……取り敢えず。
生態の事は頭の片隅に追いやって考えないようにして。
僕たちは、森林の奥地。
カルア君の生息地へと向かうことにした。
◇
休息を取りながら馬車を走らせた後。
適当な場所にキャンプ地を設営。
後は、魔除けの術を行使してから森へ。
馬車は置いて行く。
すぐに戻ってこれる予定だし、道が悪いからね。
―――この手順も慣れてきたけど。
実は、今使っている魔除けは上位の魔物には通用しないらしく。
いずれ、新しいモノを。
改めて覚える必要が有るらしい。
大規模な魔術になると。
儀式が必要な程だというけど。
以前ゲオルグさんに聞いた限りでは。
そんな魔物と戦うくらい強くなっているのなら、馬車や馬そのものを使うより、走った方がずっと効率が良い……らしい。
ちょっと何言ってるか分からなかった。
まぁ、それはさて置いて。
僕たちは、光も差し込まない森の更に深部へと歩き出した。
―――の、だが。
「……あの、先生」
「何だい?」
「どうして座り込んで…じゃなくて。プラン・カルアって……」
「……まさか、あれ…ですか?」
「そう、あれ。ハルカとミオは頑張って倒そうね」
「頑張れよッ! 絶対に、やれば出来るッ!」
皆の視線の先では。
触手……蔓をワキワキさせる食人植物。
ダラダラ消化液? を垂らし。
にじり寄るようにこちらへ。
いや、この魔物さ?
どう見ても、動きが変態のそれ。
これは、確かに。
湿地帯に足を取られているせいで、普段より戦いにくそうだ。
………で?
何で、先生と康太は。
倒木に座り込んで、観戦を決め込んでいるんだろう。
「いやぁ…大剣重くて疲れちまったわ」
「私は、補佐だからねぇ」
「「…………」」
どうやら。
あの馬鹿二人はあてにならないようだ。
「……陸は、勿論協力してくれるよね? 多い方が倒しやすいし」
「うん。僕は、あの二人とは…」
「あ、陸さんや? 前に話した、お前の好みの女の子の話なんだが――」
「……ゴメン。どうやら、僕はここまでみたいだ」
……康太、それ反則。
呪文で追い払われたわけでもなく。
強制的にパーティーから離脱させられた僕は、康太の隣に腰を下ろし。
三人で観戦を決め込むことにした。
我ながら。
一体、何をやっているんだろうか。
「………では。私が蔓を斬るので、春香ちゃんは本体に攻撃を。――陸君たちは覚えておいてください」
「……オーケー、任せて。――後でナイフ投げの的になってもらうからね?」
手加減はしてほしいな。
というか。
美緒の無表情が凄く怖い。
見てたよね?
僕は多分被害者の一人だよ?
底冷えする台詞を言いながら。
かなりの速度で肉薄するプラン・カルアの蔓を、美緒が華麗な連撃で斬り落としていく。
時折、蔓から飛散する透明な粘液。
しかし、それすら全く当たらず。
彼女の後方では。
春香が、刃の潰れたナイフを出している。
「――春香ちゃんッ!」
「“雲水竜”――六連!」
左右の手に、三本ずつのナイフを持ち。
春香は迷わず射出する。
まるで、漫画に出てくる攻撃のようなそれらは。
寸分狂わず蔓を斬り裂き。
更には、プラン・カルアの本体に吸い込まれ……。
「ピギャぁぁぁぁッ!?」
三下のような鳴き声を上げて。
動かなくなるエロ植物。
悪気があったわけでは無い。
彼だって、必死なんだ。
生物を捕まえて吸収するために、邪魔な部分を排除してから取り込むというのは、合理的な進化である筈なのだ。
悲しくは、ただ。
―――ただ、女性の敵だったこと。
というか…あっけなさすぎ?
もしかしたら。
春香の魔術一回で終わっていたかもしれないし。
「「……………」」
隣で冷や汗を流す康太と。
苦笑している先生。
僕たち三人は、女性の怖さという物を改めて理解することになった。
本気になった女の子って。
本当に容赦ないね。
二人を怒らせるのはやめておこう。
「あの……先生? カルアくん昇天したんすけど」
「カルア君…南無」
「どうやら、二人は強くなり過ぎたみたいですね」
別に、思ってないけど。
残念だと思ったわけでは無いけど。
もし、あの粘液を浴びていれば。
女性陣のあられもない姿が見れたかも―――
「――陸君? 変なこと考えていませんか?」
「何でもないです。やましくないです」
春香といい、美緒も。
女の子って鋭いんだね。
僕としては。
変な表情をしているつもりは、欠片もないのに。
「よしッ! 無事にプラン・カルアを討伐できたみたいだし、必要な素材を手に入れて、早めに引き上げようか」
「そうだなッ! 何なら、俺は先に馬車――」
「お二人とも、何か急ぎの用事ですか?」
「もっとゆっくり修行していこうよ? あたしたちは、後ろから援護するからさ?」
マズイ、後ろから刺される。
何も悪いことをしていないのに。
女の子に刺されて死ぬのは勘弁だ。
というかさ。
本当に、僕は関係ないよね?
「――親分、どうしやす?」
「どうにかしてくださいね? 先生」
「……じゃあ、手打ちにしようか。帰ったら、私が皆にプリンをご馳走する。売ってはいないから、手作りでね?」
「ぷりん。…春香ちゃん」
「じゃあ、許してあげましょう。あたし三個は食べたいからね?」
「私も三個で許します。でも、帰りは先行してくださいね? それが罰です」
甘いものはみんな大好きだから。
これは、チョロいとは言えない。
最終的には。
お咎めなしで、何の問題もなく森を抜たけど。
その間。
魔物と相対した僕たちは。
後ろから攻撃が飛んでこないか、ビクビクしながら森を行くことになった。
―――余談だけど。
プラン・カルアの染料を使ったヘアカラーにより。
無事、春香の髪は茶髪へ戻った。
これで、暫く。
彼女が、プリンと呼ばれることはないだろう。
……あ、プリンも美味しかったです。




