第十一話:昇級と相談
―陸視点―
「――素晴らしい。これで、奴隷狩りの脅威は無くなりますね。それに、今回の評価ポイントは高いでしょうから、次の昇級に大幅に近づきましたよ」
「ありがとうございます!」
「次は、D級なんだよね?」
「はい。かなりの速度で進んでいる気がします」
「今回に関しては、俺たちもメッチャ頑張ったしなぁ」
アレフベートに到着したのち。
子供たちをこの国生まれのゲオルグさんが孤児院に預け。
僕たちは、ギルドに戻ってきていた。
応対しているのは。
依頼を出してくれた受付さんで。
あの感じの悪い受付は居ないようだけど……?
「何であの人は孤児院に残ったんです?」
「あぁ。それは、もしかしたら何処かのお偉いさんが狙ってくるかもしれないからだ」
「どういうことです?」
「この件は、都市の権力者も噛んでいる可能性が高いってこと」
「「…………」」
「あ、もしかしたら。――ゲオルグが保育士志望の可能性もあるね」
………先生?
ある程度は予想していたけど。
やっぱり、そうなんだ。
ということは…今あのギルド職員がいないのも。
どさくさに紛れて、逃げた可能性がある。
ゲオルグさんが残ったのは。
子供たちを守るため、という訳だ。
でも、保育士志望の説は却下だ。
―――園児が大号泣しかねない。
「もし、そうであっても。我々にはどうしようもありません。早く、本部の方から調査隊が派遣されてくれると良いのですが」
「えぇ、大丈夫。すぐだと思いますよ」
悔しげな受付さんに。
先生がフォローを入れる。
「報告だけなら、ゲオルグにも出来るって言いますからね」
「はははっ、流石はナクラ様。私共には、その様な事を言う勇気はとてもとても……」
……勇気がないってことは。
思ってはいるって事なんじゃ?
コーディも一緒に孤児院の方に行ったし、少し寂しくなるな。
まあ、この街に居る間は。
何時でも会えるよね。
「せんせー、この後はどうするんですか?」
「先の予定も気になるな」
「休憩はとるとして、様々な魔物との戦いを学ぶ必要があるからね。この都市にも、暫くは滞在しようか」
「そんなとこですよね」
「……何か、最近帰りたいって考えが薄くなってきた感じがするな」
「それでも、帰るつもりではありますけどね」
僕たちの目的は、あくまでも。
元の世界に帰る事が始まり。
でも、最近では。
この世界で暮らすのも良いかもしれない…なんて、思い始めている自分がいて。
何というか……うん。
求めていたものが見つかったというか。
不思議な気持ちがあって。
その時が来るのを。
身体が恐れている気さえする。
「――では。お疲れでしょうから、本日はお休みください。報告は私共の仕事ですから」
「「お願いします」」
「じゃあ、宿に戻ろうか」
「先生とコーデちゃんが何やってたかも気になります」
「うーん、あまり起伏のない感じだったよ? 入って、壊して、潰して、見つけて、潜って、浮上しただけだし」
「「興味しかない!」」
「……起伏しかないですよね? それ」
考えるのはいずれで良いか。
帰るか帰らないかなんて。
今考えたところで、答えなんて出ないだろうし。
というか…先生?
一体、どんな潜入をしたらそうなるんですか?
◇
「――っと…こっちッ!」
「………ッ!」
「……うん。やっぱり凄いよ。西園寺さんは」
「如月君も。私の動きが、読まれた端から潰されますね」
「頑張れ二人ともっ!」
「自分から、自分から繰り出せッ!」
宿に戻って休息をとり。
お風呂などで体をほぐした僕たち。
だけど、勘を忘れないよう。
今のうちに練習しておきたいということで、訓練所に来ていた。
もう夕方なので、人の姿は殆どなく。
ある意味好都合だろう。
打ち合っているのは僕と西園寺さんで。
彼女は、僕に動きを記憶させまいと次々に手を変えて打ち込んでくる。
―――まるで、びっくり箱だ。
一体どれだけの動きを記憶させているんだろう?
「ハァ……ハァ――ッ」
「フッ…フゥ……西園寺さん? いま、何個覚えてるの?」
「412です。戦闘外の動きもありますけど」
「そっか。よんひゃ……え?」
マジか……。確か、前に先生が聞いたとき。
60個くらいじゃなかったかな。
能力もそうだけど。
それら全てを、当然のように操る西園寺さんも規格外だ。
もしかしたら。
本当に、記憶数の上限が設定されていない可能性すらある。
「ここまでにしようか?」
「そうですね。結構長くやっていましたし、そろそろ引き上げましょう。……夜、相談したいことがあります」
「……うん。あの時に言ってたのだね?」
奴隷狩りの拠点で。
用心棒と戦う前に、言われたことだ。
彼女が相談なんて。
ずっと気になっていたけど。
一体、どんな事なのかな。
小さな声で確認を取り合っていると。
観戦していた二人が、終わりと判断してやって来る。
「二人共、すごかったよー」
「いかにもな殺陣って感じだったな」
「うん。ありがと」
「とても楽しかったです。やぱり、刺激があって良いものですね」
………そうだね、刺激があった。
二人に聞こえないように。
極至近距離での耳打ちは、とても刺激があったよ。
ともあれ、木剣を返して。
四人一緒に訓練所を後にする。
「――んじゃ。取り敢えず、陸と西園寺さんは風呂だな。春香ちゃん? 神経衰弱やろうぜー」
「OK、返り討ちにしてあげる」
まるで修学旅行だ。
というか、いつ作ったのだろう。
宿に戻る康太の手には。
トランプのような紙束が握られていて。
本当に、手先器用だね。
「後で、私たちも参加しましょうか」
「そうだね。地獄を見せてあげようか」
「ギャー、インテリツートップだ!」
「――二人が来ると最下位争いしかできねんだよなー?」
何やかんや言ってるけど。
それでも、皆でワイワイやることになるだろう。
康太も春香も嬉しそうに叫び声をあげ。
そのまま先生の部屋に入って……。
―――何で先生の部屋なんだろう。
普通、こういうのって。
教師に見つからないように、隠れて遊ぶのが普通じゃない?
まぁ、あの人なら。
一緒にやり始めそうな気しかしないけど。
教師と生徒。まさかの癒着だ。
「じゃあ、僕たちはお風呂だね」
「はい。――では、また後で」
勿論、お風呂は男女別。
いや、違う。
別に残念に思っているわけじゃない。
本当に、そんな事ない。
………。
…………。
「――夜分遅くにすみません」
「ううん。実は僕も、偶にこうやって先生に相談に乗ってもらってるんだ」
「そうだったんですか」
「二人には内緒だよ? …それで、相談って?」
数時間前、風呂上がりに。
康太たちと神経衰弱を始めとしたゲームで大勝した僕と西園寺さんは。
夜も、かなり更ける頃。
宿のエントランスで話をすることにしていた。
結局、先生は何処かに出かけたみたいで。
夜になっても帰ってこないし。
恐らく、孤児院の確認か、酒場で一杯やっているんだろう。
―――振れ幅が大きすぎる。
西園寺さんは、隣に座って。
居住まいを正すままに、語りだす。
「はい。実は…前に、春香ちゃんに如月君と桐島君を名前で呼ばないのか、と言われまして」
「……成程。そういう相談ね」
ちょっと拍子抜けだけど。
彼女にしてみれば。
とても、真面目な相談なんだろう。
いや…でもさ?
もっとこう……うん。
僕の想像力では。
女性の考えていることを分析するのは無理そうだ。
「どうしようかと思ってまして」
「そうだね。――西園寺さんは、忌避感とか無いの?」
「私は……どうなんでしょうね?」
分からないけど。
忌避感が無いのなら、或いは。
「取り敢えず、一回呼んでみましょうか。り…如月君」
「――耐性が低いッ!?」
「う…うぅ…、すみません。家では、みだりに男性を名前で呼ぶものではないと教えられてきましたから」
「……まあ。事情は人それぞれだよね。」
二文字でも駄目だったとは。
流石に耐性が無い気がする。
でも、そうだったね。
彼女と初めて会った時も、大体話を盛り上げているのは春香と康太で。
僕と西園寺さんは。
細やかな相槌を打っていることが多かった。
それを考えれば。
日本にいた頃の期間で、随分と話せるようにはなっていたんだ。
少なくとも、この世界に来てからも。
こうして、二人きりで話せるし。
それくらいには、心の距離が近づいている。
「えーと。――あ、そうだ。僕からも名前で呼ぶっていうのはどう?」
「り……如月君もですか?」
「うん。お互いに名前で呼ぶっていうのなら、少しは緊張も和らぐだろうし」
というか。
まだやってたのね。
本当に、彼女は頑張り屋さんだ。
本来なら。
僕や康太が、率先して敵と相対しなきゃいけないのに。
彼女は、何時だって。
自分から敵に向かっていってくれる。
僕たちも勇気を貰える。
だから、せめて。
攻めて、こういう所で。
少しでも、彼女のモヤを払えるように。
「じゃあ、美緒……さん? ――これ、確かに恥ずかしいね」
「そうですよね。…呼び捨てで良いですよ?」
「……調子に乗ってる気がして」
「大丈夫です。ここには咎める人なんて、一人も居ないんですから。……後で、皆にからかわれるくらいです」
それが心配なんだよね。
康太も春香も…先生も。
いつもと違うことが分かったら、積極的に揶揄ってきそうな気がする。
いや、絶対に揶揄う。
特に先生なんかは。
「昨晩はお楽しみでしたね」とか言いそうだ。
「――それに。春香ちゃんのことも名前で呼んでますよね?」
「いや…春香は幼馴染だし」
「……………」
「ハイ、頑張ります」
「よろしいです。――では、もう一度お願いします」
凄い真面目な視線で。
じっと見られていて。
これは、もう逃げ道が無いということだろう。
それに、そう。
彼女のためでもあるのだ。
僕が勇気を出して一歩踏み込む必要がある。だから神様、勇気をください。
―――大げさかな?
「フー…フー…。――美緒」
「はい」
「は…はは――プッ」
「……フフッ」
何故だか、おかしな気分になって。
僕たちは、声を揃えて笑う。
勿論、夜なので。
小さい声を心掛けているけど、
それでも、可笑しいものは仕方がない。
珍しく声を抑えきれないというように笑う彼女の顔は赤くて。
もしかしたら、僕も同じかもしれない。
やっぱり……顔が熱い、かな?
「男の子に名前で呼ばれるのは…恥ずかしいですね」
「向こうでは無かったの? それに、今だったら先生とか」
「少し、しつこい人達くらいしか呼ばなかったですね。そういう人たちは、あまり得意ではなかったので。――それに、先生は…保護者みたいな人ですから」
そういう物なのか。
まぁ、先生が保護者なのは共通認識だしね。
やっぱり、頼りになるし。
多分大人だし。
「――では。そちらだけに言わせるのは卑怯ですから」
「無理はしないでね?」
「はい。…り、陸…君――如月君?」
「言えたよね? 今最後まで言えたよねっ!? なんで言い直しちゃったの!?」
「フフッ、ごめんなさい。今のは、冗談です」
「………全く」
康太と春香の陰に隠れているけど。
西園寺さ…美緒も、こういう冗談を言ったりすることがある。
何故、僕の周りには。
こういう人ばかりなのだろうか。
楽しいから良いんだけどさ。
「陸君? 大体分かりますけど、陸君も似たようなものですからね?」
「……西園寺さん、エスパー的な異能も持ってる?」
「いえ、表情で分かります」
「………はは」
「――あと、私の呼び方が直ってますよ?」
うーん、そう言われても…ね。
こればっかりは練習しないと。
ミオミオミオミオ……これ以上は危ない人の発想になりそうだ。
今日は、この辺でやめておこう。
変質者エンドは絶対に嫌だ。
「……えと。今日は遅いから、もう寝ようか」
「はい。明日も早いでしょうからね。では、良い夢を見られますように。おやすみなさい…陸君」
「――おやすみ、美緒」
美緒を部屋の前まで送り届けた後。
僕も、自分の部屋へと戻る。
途中で先生の部屋を覗いてみたけど。
―――やはり、彼の姿はない。
まあ、先生だし。
大丈夫だよね。
あの人を誘拐できる人間がいる筈もないし。
心配せず部屋に戻ると。
僕は、そのまま床に就いた。
そして、次の日。
呼び方が変わっているのは勿論バレ。
思いっきり揶揄われたのは言うまでもない。
――――本当に言うとは、先生。
僕も、美緒も。
顔が真っ赤だった………らしい。




