第二十六話:忘れていたがVIP待遇
―陸視点―
―――謁見から数日が経った。
窓を覗けば、様々な支援物資を運び込む人々。
本来、僕の自室は中庭側だけど。
此処は先生の部屋なので、都市の風景がよく見えるようになっていて。
話には聞いていたけど……。
あれら全てが地方の貴族や商人からの贈り物なのだと思うと、凄いとしか言いようが無いなぁ。
現在、この都市には多くの人々が訪れている。
その目的は、完全なお祭りで。
支援してくれた人たちへの歓迎会と。
事件終息のお祝いを兼ねた祝宴だね。
これは都市中で祝われるらしく。
先の事件で混乱した都市の住民たちを安堵させ、少しでも早く元の生活に戻れるようにするという役割もある。
―――そして、何と……。
「勇者の披露宴――ですか……?」
「ああ、何時かは公になることだし、もうお披露目をしても問題ないと判断したらしい。元から総長はその気だったらしくてね」
「でも、偉い人が沢山って」
「イヤな予感すんよな……」
「うぅ……ん。あたし、正直出席したくないんですけど」
大規模な催し事なんて。
普段の僕達だったなら。
興味本位で、一も二もなく出席コースだったろう。
しかし、現在の僕たちの考えは発言者である春香と同じ。
―――ちょっと遠慮したいよね。
それは、ここ数日の事だけど。
僕たちは、時間が空けば、今のように部屋へ引きこもっている。
というのも、地方の貴族たちの中には耳聡く勇者の情報を聞きつけた者たちが居たらしく、公の場に行くと追い回されるからだ。
まあ、その勇者っていうのは。
大体はシン君の事なんだけど。
パーティーメンバーから取り入るという選択を選んだ者も多い。
仲間とは、どう見ても普段から一緒に行動している僕たちな訳で。
もしも僕たちまでもが勇者だとバレてしまえば?
………どうなるかは想像に難くない。
「――お前らも―――俺の苦労を、味わえぇぇ……」
すぐ耳元で怨嗟が聞こえる。
あとは、ポリポリと齧る音。
焼き菓子を頬張る、可愛い闇落ち勇者だ。
流石のフィリアさんでも、彼の怨念までは浄化できない様で、我関せずと部屋の隅で読書に耽っていて。
あれは、美緒がギメールで買っていたものだ。
二人で意見交換でもするのかな?
……で、なんだけど。
話を聞いた限りだと。
僕たちは、欠席という訳にもいかないらしく。
「――VIP待遇って、楽だけじゃないんですね」
「ノブレス・オブリージュってね。高貴とはちょっと違うけど、国賓待遇を受けているからにはそれなりの義務が伴ってしまう物なんだよ」
「難しい言葉は使わないでくれます?」
「オリーブとか言われても分からんす」
「オブリージュね?」
「――でも、どのような進行なのでしょうか? 礼服だって……」
仲間内でも思考は様々。
頭から煙を上げている野生児も居れば。
既に必要事項を確認しようとしている真面目な少女もいる。
やっぱり、美緒は。
そういう席に足を運んだことがあるのかな。
慣れた印象を受けるよ。
で―――礼服か。
僕は身長も高くないし、似合うものは殆どないだろう。
こういう時こそ。
親友が恨めしい。
「服の心配は大丈夫。仕立て屋には、既に皆にピッタリの礼服を注文してある」
「「……………え?」」
「先生……流石に引きます」
もしかして、測られてた?
いつの間に全員の寸法を。
僕達が夜眠っている間に。
こっそり忍び込んでいたなんて想像すると……身体に落書きが無いか、確認しておかないと。
彼は弁解するように首を振る。
「違うから、私が測ったのは男児三人だけで、残りは女性に頼んだから」
「……そういう事なら」
「あぁ、危なかったな」
「――おい、騙されんな、普通に駄目だろ。しかも、測られた覚えなんてないぞ」
ツッコミの重要性を感じる。
もしも彼がこれからも一緒に居てくれるなら、僕はずっとボケに回れそうだ。
「まぁ、そういう事だから。後で見に行くとしようか」
「え、もう出来てるんですか?」
この世界の機械技術は、はっきり言って低い。
つまり、大量生産など出来ない筈で。
仕立て屋さんがそんなに暇なわけはないだろうし……。
例えそうであったとしても。
礼服を、たった数日で仕上げるのは難しいのではないだろうか。
というか、流しちゃったけど、女性?
近しい人ならフィリアさんくらいだけど……あっ!
「――もしかして、ギメールにいた時から準備してました?」
「……では、女性というのはリザさん?」
僕達の出した答えに。
先生は花丸を付ける。
「二人共、良く出来ました。……コウタとハルカは後で補習だね?」
「「のーせんきゅ!」」
「シンクのは、ネレウスさんが準備してくれているみたいだから、安心していいよ」
「……………おう」
ただ逃げ道を塞がれただけだ。
それに、先生の言い方だと。
僕たちの方は安心できないみたいな感じになってるし。
あんまり派手な服じゃないと良いんだけどなぁ。
まあ、先生ならともかく。
リザさんのチョイスなら。
……いや、あの人は属性盛りの化身だ。
もしかしたら、ドジっ子設定で、上手く発注できていないなんてこともある。
「――楽しみだね! 美緒ちゃん!」
「ええ、似合えば良いんですけど」
「お二人は、何を着ても絶対に似合うはずです―――っ!」
やはり、こういう会話は。
女性同士の方が弾むよね。
……で、肝心の男衆は
「ハルカは……その――アレだろ?」
「シンクもそう思うか。……先生、パッドってこの世界にあるんすか?」
「ああ、勿論だ。どこの世界も、苦しむ淑女は多いから。私も、何時ハルカがそれに頼るかと考えていてね」
「……………」
春香は―――多分……うん。
フリフリしたドレスが似合うだろうね。
それ以外に揺れる物が無い。
美緒は本当に何でも似合いそうだし。
フィリアさんに至っては、元々上流階級の人間だから、ここぞという時に着る礼服がある筈。
心配はいらないかな?
―――今心配するべきなのは……。
「ねぇ、聞こえてるんだけど」
「「……………」」
彼等自身だろう。
僕は何も悪いことは言っていないし。
「――じゃあ、ちょっと僕は隅の方に寄ってるから……ぇ?」
何で腕を掴むの?
「陸も、言葉には出さなかったけど、失礼な事考えてたよね」
「……いや、そんな」
「あたし、何が似合うと思う?」
「フリフリのドレス……?」
「んで、その理由は?」
「……………」
「「―――正座! 正座! 正座!」」
おのれィ……テクト。
嬉しそうな目でこちらを見る小学生男子たち。
その隣に座らされた僕は、ただ黙っていることしかできない。
というか、シン君も毒されてきてないかな?
◇
「―――おぉ、皆さん。此方に居られましたか」
どれだけ時間が経っただろう。
ステータスとか希少価値がどうとか聞かされて足が痺れてきた頃。
部屋のドアがノックされて。
入ってきたのはカインさん。
―――瞳の下には、隈が出来ている。
大臣さんは、戦後処理も一手に引き受けているのだとか。
彼の知っている抜け道は安全を考慮して全て塞がれているし、逃げる場所もない。
いや、そもそも。
一国の大臣さんが仕事から逃げている時点でおかしいのか。
「カイン様。どうかしたんですか?」
「……おお、ナクラ殿ォ! 貴殿のおかげで私の業務が二割増しでな!」
「ははは、どういたしまして」
―――やっぱり仲良いね。
一通り先生と話した彼は。
僕たちを見渡して、何かを見極めるように語り始める。
「実は、現在職人を動員して塔の整備を行ってるのですが……えぇ。屋上部の内壁が、大きく焼けて損傷しているらしく」
「「……………」」
その瞬間、皆の視線が康太に集まる。
“炎誓刃”の威力は抜群という事だ。
これで、晴れて。
彼は何処ぞのA級冒険者の仲間入りという訳で―――
「それと、オークによるものでは無いと思われるのですが……中途階の階段部分に、三本線の鋭い爪跡のようなものが」
「「……………」」
「――風切羽……ナカーマ?」
僅かな情報。
そこから、すぐに特定したのは流石だろう。
先生が仲間になりたそうな目で此方を見る。
康太と共にがっちりと肩を掴まれているため、逃げ出す事も出来ないし。
そもそも、逃げ出すなんて悪行の重ねがけを出来るわけもなく。
「「――ごめんなさい―――ッ!!」」
僕たちは全力で頭を下げる。
なにせ、塔は国の象徴だ。
それに大きな傷をつけてしまったことがバレた以上、僕たちの冒険はここで終わってしまうかも知れない。
―――と思ったけど、彼は。
首を横に振り、取りなして。
「いえ、いえ。恨み言を言いに来たわけでは御座いません」
「「……え………?」」
「むしろ、その逆。胸を撫で下ろしている次第でありまして」
「……どういう事です?」
「もしも下手人によるものだったのなら、罪が大きくなることもあったでしょう。ですが、勇者様が塔を守護するために奮闘した勲章という事であれば、それは新たな名所とすることもできます」
―――何とも豪快な。
というか逞しい?
ギメールの商人さんたちに通じるものがあるだろうか。
「つまり、補修の際に残しておこうと?」
「ええ、そういう事です。無論、崩れる恐れのある箇所は修復いたしますが、出来る限り残しておくつもりですよ」
「……俺たちも文化財入りか」
「絵本になっちゃうかもねぇ」
絵本はちょっと恥ずかしいな。
「その時は、えぇ。制作に協力して頂きたく。勿論、シンク様も」
「……いや、俺は別に」
「ははは、謙虚な方だ」
多分、違うんじゃないかな。
「――では、私は執務へ戻るとしましょう。……ナクラ殿、その内一杯付き合ってほしいものだな。無論、貴殿の馳走で」
それだけ伝え、去って行く大臣。
残念そうに見送る先生は何を期待していたのだろうか。
「……ネレウスさんもだけど、カインさんも忙しそうですね」
「俺たちと違ってな」
「フィリアちゃんに絡む暇もなさそうだし、いやらしい目もしてなかったし」
いやらしい目って……何だろうね。
僕には違いが分からないから既に諦めていたんだけど。
今日のカインさんは厭らしくないらしい。
一国の大臣をして。
僕たちは、なんて話をしているんだろうか。
そんな会話に思うことがあったのか。
先生は、弁解するように語り始める。
「――ほら。彼は、元々冒険者だっただろう?」
「そう聞いてますね」
「拳の三人衆ですよね?」
「そう、むさ苦しい男三人のパーティーだ。つまり、溜まったものを発散するには、そういう店に行くしかない。……でも、現在は重職に就いている御仁だ。一国の大臣ともあろう者が、娼館になんて行けると思うかい?」
「………いや、無理っすね」
うん、絶対に無理だ。
国の信用に関わるし。
あまつさえ、宗教国家であるクロウンス王国の大臣ともなれば。
そんな痴態を公に晒すことはあり得ない。
冒険者時代の名残という訳なんだね?
「――やはり、気苦労もあるんですね。政治的な対立もあるでしょうし」
「さっき誰かさんに煽られてたし」
「……そう思うと、案外可哀そうになってきたね。何かしてあげられないかなぁ」
「―――な―――ッ!? 駄目です、ハルカちゃんッ!!」
「………え? 何が?」
無自覚系主人公みたいだ。
でも、フィリアさんの言わんとすることは分かるけど、聖女様は何処からそういう知識を引っ張ってくるんだろう。
案外、この世界にもそういう本があるのかもしれない。
オークを凄く怖がっていたくらいだし。
「………ふっ。若いって、良いね」
「あんた何歳なんだよ。年寄りって年齢じゃないだろ?」
本当にね。
いざ動くと、化け物も良い所なのに。
何故か、普段はあまり激しく動こうとはしない。
それは何時でも僕たちを守る為……と思いたいんだけど。
本当に、ただ面倒くさいからという可能性も捨てきれないのが先生だからね。
やがて、腰を叩きながら。
億劫そうに立ち上がった彼は、愉快そうに口を開く。
「じゃあ、そろそろ物語を華々しく彩るための前準備に行こうか。身体に合うはずだけど、丈も合わせないといけないし」
「あたし、男性陣に見せるのは披露宴の時が良いです!」
「そうですね。まだ恥ずかしいですから、衣装に負けないように準備する必要があります」
「……私は当日も自由に歩き回れないでしょうね」
披露宴―――披露宴かぁ。
一体、どんな陰謀が渦巻く事やら。
ギメールでの一件以来。
そういう、人間の欲望にも敏感になっているんだよね。
勿論、皆一緒だし。
先生もいてくれる。
だから楽しんだもの勝ちと言えばそこまでだけど。
果たして、正体を公表した上で僕たちに楽しむ暇が与えられるかどうか。
―――――今から、凄く緊張してきた。




