第二十五話:戦うという事
―陸視点―
『―――じゃあ、ミハイルさんが……?』
『ええ、そういうことになります』
『『……………!』』
『私が奴を補佐官として置いていたのも監視の為。本来であれば別の任に着く筈だったのを、無理やり変更させたわけです』
馬車の中で聞かされた話を思い出す。
それは、僕たちにとって。
余りに信じがたいもので。
この事件を裏から操っていたのはあのミハイルさんで。
彼こそが、中枢に入り込んでいた黒幕だというモノだ。
一緒に話もした。
その生い立ちを、多少なりとも聞いていた。
そんな彼が僕たちの敵だったなんて。
多くの人たちを巻き込んだ内乱を画策した人だなんて、全く予想できていなかった。
それはフィリアさんも同じらしく。
ただ、沈痛な面持ちで座っていて。
『――では、カインさんは意図的に伝達情報の操作を?』
『当然です。重要な情報は教えないようにしていました。……それでも、ある程度は出し抜かれてしまった。優秀であったには違いないので、残念ではあります』
『……彼は、どうなったと思いますか?』
『それは、私にも。……ですが、戻ればじきに分かります。我らは待つべき時は待ち、行動すべき時に全力で成すのみ』
一番苦しい役回りだった筈なのに。
彼は、平常心に努めている様子で。
ゆっくりと揺れる馬車の中。
それ以上、今回の一件の核心に通ずるような会話はなく。
僕たちは気分が晴れるような話ばかりをした。
無理にでも、やるべきだと思ったから。
でも、何処かの大臣のせいで、何時の間に本当に笑ってしまっていて。
とにかく、カインさんが凄い人だというのは良く分かった。
……………。
……………。
―――都市へ帰還して暫く。
周辺では、着々と補修工事や魔物の死骸などの撤去が行われている。
炎誓騎士団の活躍もあり、都市内部への被害は殆どなかったらしい。
―――でも、それらは決して。
犠牲が無いという訳ではなく。
元々の失踪者は勿論。
この戦いで命を失った騎士……沢山の人が亡くなった。
現在の状況を擦り合わせるために招集された会議室には、主に騎士団の高官たちがいて、内政面に携わっている人たちは少ない。
それは領分の違いだろう。
今、彼らは書類と向き合っている筈で。
大方の話が終わり。
部屋を去って行く者たちがいる中で。
座っている僕達の所へ、神官長のネレウスさんと、炎誓騎士団の長であるフエーゴさんがやって来た。
「皆様、お疲れでしょう。本日はもうお休みください」
「「……………」」
部屋にシン君とフィリアさんの姿はない。
フィリアさんは魔力を使い過ぎた影響で馬車の中で眠ってしまい。
シン君は、戦いが終わってからすぐに疲労で倒れてしまったらしい。
でも、僕たちは……うん。
ちょっと、気分が悪くて。
「――やはり、人が亡くなるのは慣れませんか?」
……そうなのだろう。
何人も人を殺めた事のあるから。
僕たちが言えることでないのは分かっている。
でも、何の罪もない一般市民、彼らのために命を賭して戦った人たち――そんな人々が沢山亡くなるのは、実感が湧かなくても気持ちが沈んでしまうのは避けられない。
「まず、誇りに思って頂きたい。皆様は、死ぬ筈だった多くの命を救ったのです。そして、顔を上げてください。我々は祖国のために戦って逝ける事を誇りに思っています。淵冥神様も、きっと彼らを労ってくださることでしょう」
「ええ、その通りです。悲しまないという訳ではありませんが、何時までも悲しみに暮れているようでは、彼らは何のために戦ったのかと心残りを感じてしまいますので」
力強いフエーゴさんの言葉。
それに頷くネレウスさんも。
彼等は前を向いていた。
常に死が身近にある。
だから、この世界の人たちはこんなにも強いのだろう。
彼らの力強さと、優しい言葉を受けて僕たちが椅子から立ち上がる頃。
久しく機能していなかったドアが開いて。
軽装の男性と鎧を着た騎士が入ってきた。
「――あ、先生。今まで何してたんです?」
軽装の男性……先生は。
彼は、いつ通りの優しくも胡散臭い顔で歩み寄ってきて、春香の言葉に肩をすくめる。
「私は冒険者の方を――ね。まさか、囮だとは思わなかったけど」
「冒険者って……塔に来た?」
「囮っていうのは?」
「ナクラ殿は、別口で今回の計画に加担していた者たちの拘束に動いていたようです。お陰様で事後処理がさらに増えてしまいまして」
冗談を言う騎士――ドレットさん。
シンク君を都市まで運んでくれた上に、先生の面倒事も押し付けられたようだ。
「あと、ミハイル君の件をね。カイン様には既に話をしてあるが、彼は……都市地下迷宮の防衛機構で」
それは、会議の最後に滑り込んできた話。
ミハイルさんは亡くなってしまったという。
先生でも捕まえることは出来なかったのか、捕まるくらいならと自死を選んだのか。
そして現在、使われた抜け道は封鎖されている。
カインさんの見立てでは、まだ発見されていない物が多数存在するとのことだけど……。
いずれ、大規模な捜索が行われるらしい。
「――よもや、王家の者ですら知らぬ抜け道が発見されるとは」
「ええ、私はその話自体がただの伝承だと……流石は元B級冒険者ですな、カイン殿は」
彼が元冒険者という事実だけど。
何と、年長者は皆が知っていた。
なんなら、かつて先生がフィリアさんの警護についていたのもその繋がりらしい。
大人たちが話している間。
僕たちは円を作って雑談に興じる。
「まさか、ハロルドさんの話を聞くとは思いませんでしたね」
「あの人どうしてるかな?」
教国のギルド支部長であるハロルドさん。
彼は嘗て【赤熱】の異名で呼ばれていて。
カインさんは、彼とパーティーを組んでいた仲間らしいのだ。
もう一人の仲間はスウォーレンさんっていう、これまた教国の支部長で。
友好国である二つの国家間では度々技術交換が行われていて、より東側の強力な魔物を相手にする訓練として、教国の【護教騎士団】がクロウンスへ合同演習に来ることもある。
そのよしみで出会った若き日の三人。
彼等は、チームを結成して大陸中を巡ったとか。
全員武術使いの脳筋パーティーで。
「完全に熱血漫画のノリだよな、あれ」
「最初は与太話にしか思えなかったけどね。竜と拳で語り合うとかなんとか」
全部殴って解決しようとしてたらしく。
でも、全員が生きていて。
今も元気に活動している。
彼等は素晴らしいパーティーだったのだろう、今も連絡を取り合っているらしいし。
「――じゃあ、皆。明日は忙しくなるだろうから。今日は休もうか」
皆でカインさんの話を思い出していると。
話し終えたのか、先生が声を掛けてくる。
「年長者会議の方は、もう良いんですか?」
「正直めんどい」
「「……………」」
「……お風呂、行きましょうか」
いつも通りな彼に呆れたのか。
それとも、苦言を諦めたのか。
もしくは両方の感情すら覚えているかもしれない美緒の言葉に、僕たちは肩の力を抜く。
でも、確かにそれが良いね。
休む暇なんてなかったし。
見送るネレウスさんたちに挨拶をして、僕たちは五人で固まって部屋へ戻る。
今日は、ゆっくり休むことにしよう。
◇
それから、一夜が明けたけど。
一日ゆっくりとはいかなくて。
僕たちは、突然呼び出され。
シン君とフィリアさんも一緒に、皆で宮殿の最上階へと足を運ぶ。
「――ねえ、フィリアちゃんのパパってどんな人?」
「………苦手です」
―――またこれだ。
宮殿の最上階。
そこにいる人物で、フィリアさんのお父さん。
―――つまり、この国の王様。
彼は、病を患っている為。
常に自室で療養しており。
公の場に出るような業務は、全て娘のフィリアさんが行っている。
それだけに、結構重い病気なのかとも思ったから。
謁見できると聞いて驚いたけど。
突然なのは、今日は珍しく体調が良いかららしい。
ネレウスさんの案内で待合室に通された僕たちは、呼ばれるまでの時間を潰す為に座って話し合う。
「――つまり、カインさんと同じ感じ?」
「はい……あぁ、憂鬱です」
「また、過保護さんってことね~」
「まあ、そういう性格なら結構しやすい人かもな」
「さりげなく撫でんな! ダル絡みすんな!」
……話し合っている?
いや、絡み合ってる。
康太はシンク君にちょっかいを掛けては怒られ。
フィリアさんは春香にもたれかかって全身で憂鬱さを表現する。
何でも、まだ昨日のだるさが残っているとの事だけど。
さて、本当はどうなのだろう。
「本当に仲良くなったよね、君たち」
「先生、何で僕の方を見ながら言うんですか?」
「ええ、疑問です」
「「……………」」
―――沈黙やめて?
見守るというのなら、まずニヤニヤするのを止めてほしい。
自分でも分かってるんだから。
視線を注がれていた僕と美緒が対応に困っていた時。
待合室のドアがノックされて、ネレウスさんが姿を現した。
準備が出来たのかな?
「皆様は、もう暫しお待ちを。……オフィリア様」
「うぅ……お呼びですか?」
「はい、早急にと」
名残惜しそうに春香から離れ。
立ち上がるフィリアさん。
彼女は、「ちょっと行ってきますね」と言い残して部屋を後にする。
「……なんか、病院みたいだねぇ」
「歯科医院かもね」
「「やだぁ!!」」
「……ええ……と。フィリアさんは国王様に?」
「はい、質問したいことがあるとの事で。本日は気分が特に優れているようでしたので、謁見に支障は無いかと」
それは良かった。
でも、春香と康太を会わせて大丈夫なのか心配になってきた。
まさかとは思うけど、王様の事を院長とか言い出したりしないよね?
「キュイーンは嫌だ」とか、「まだ心の準備が」とか聞こえるんだけど。
やがて侍従さんがやってきて。
僕たちも、一丸に部屋を出る。
……………。
……………。
通されたのは、広い寝室。
でも、その内装は意外なほどに質素だ。
僕たちの泊っている部屋の方が調度品が豪奢だと思える程に。
これは、宗教的な問題で清貧さを表しているという事で良いのだろうか。
……部屋の奥、ベッドの上。
そこでは、体を起こした男性が僕たちに視線を注いでいた。
白髪の混じった灰色の髪と。
確かな眼光を宿した黒い瞳。
多少頬がこけてはいるものの。
その第一印象は、狼を思わせるほどにしなやかで野性的。
端的に言って、イケメンさんだ。
……いや、此処はナイスガイ?
というか、カインさんと全然似てないね。
彼らとフィリアさんの母親は親戚同士と聞いたのだけど、三者を比べてみても見事に外見がバラバラだ。
「また来おったな、厄介事製造機」
「「……えぇ………?」」
「はは、お元気そうですね、パーシュース王」
―――初手でこれだよ。
先生とパーシュース王は仲が良いのかな?
というか、『厄介事製造機』って、どんな言葉を翻訳したらそうなるの?
やがて、視線を移した王様は。
見定めるように僕達を見回す。
――――そして……。
「私が、クロウンス王国の王イグナイト・パーシュースだ。若く、強き勇者達よ。我が国の象徴を取り戻してくれた事、王として礼を言わせてもらう」
そう言って、彼は頭を下げた。
瞬間、室内に居た侍従さんや騎士さんに緊張が走る。
そして、それは僕たちも同じ。
一国の王様が頭を下げるという事の意味。
それを完全に理解しているわけじゃない。
だけど、それが。
それが、およそあり得ない事だと知っているからこそ、慌てるのは無理ない事だった。
「―――フッ……クク……ネレウスよ」
「はい、陛下」
「見たか? 小さき勇者たちの動揺を」
「ええ、確と。これは、後世に残す価値があるでしょう」
でも、続く一言で確信した。
此処にも、悪い大人たちが。
「教国が召喚した勇者は、私どもにとってもそれ程の存在であり、今回皆様はその名に相応しい活躍を見せてくださいました。今一度、皆様に感謝を」
付け加えるように頭を下げるネレウスさん。
これは、素直に答えておいた方が良いのだろう。
発言の許可はいらないとのことなので、僕たちは口々に返答する。
「――僕たちは、当然のことをしただけです」
「お役に立てたなら、嬉しいです」
「お友達のためですから」
「あと、困っている人たち」
「……俺も、大切なことを学べました」
自分たちがやれることをやっただけ。
僕たちは、特別な事なんて。
本当に何もしていないんだ。
それを伝えると、彼らは本当に嬉しそうに笑ってくれて。
傍で聞いていたフィリアさんも。
全員の答えを伺っていた先生も。
―――皆が口を開いて歓談し始めるのに、時間は掛からなかった。
それから、暫く。
一通り話した後。
王様は、思い出したように問いかけてくる。
「弟は――カインは面倒を掛けてはおらんか? あれは放浪癖が抜けなくてな」
「……放浪癖……?」
パーシュース王の言葉に。
僕は、思う所があった。
というより、一つの推測だろうか。
もしかして、彼が独自の調査を行っていたのは。
塔へ繋がる抜け道などを知っていたのは……?
「大臣の仕事から逃げたかったから――とか?」
「……いや、流石に……」
「無いとは言い切れんよなぁ」
「カインさんだもんねぇ~?」
「――ほう。この短期間で、アレはそう思われる程の行動を取っていた……そういう事であるか?」
優秀な人でも。
偶にはそういう気分の時もあるよね。
でも――鋭く光る王の瞳。
……フォローが必要かも。
カインさんには、凄くお世話になったから。
「いえ、カインさんには先の件でも助けてもらいまして……」
「大活躍だったと言いますか」
「恩人に近いと言いますか」
「本当に、感謝してもしきれないです……よ?」
もしも彼が来てくれなかったら。
屋上は危なかったかもしれない。
だから、感謝こそすれ。
彼に迷惑を掛けられたとか、面倒などと思う筈もない。
僕達のフォローを聞いて。
王様は、何故か最後に返答した康太の全身を見渡す。
何かが気に入らなかったのかな……?
やがて、その視線はフィリアさんへと移り―――
「……フィリア? その勇者が其方の想い人ではなかろうな」
「――違います! お父様―――っ!」
「ではそちらの男児か? 海嵐神様の勇者か? ……よもや、ニヤニヤ笑っているそこの男ではないだろうな?」
手あたり次第って感じだね。
というか先生?
過去に何か恨みでも買ったんですか?
心底嫌そうに彼を見るパーシュース王に対し、意味ありげな表情で笑う悪い大人。
何でお咎めが無いんだろう。
不敬罪で牢に入れられるのが妥当の筈なんだけど。
早口で捲し立てた王様。
問われたフィリアさんはフルフルと横に首を振る。
「大切なお友達ですけど、違います。あと、おじさまはタダのおじさまです」
「……………ただの?」
「ハッハッハッ――ッ! そうであろう、そうであろう? そ奴を息子などと呼びたくはない。何より、フィリアにはまだ恋愛など――」
「私が好きなのは、ハルカちゃんですぅ―――っ!!」
上げて落とすとはこの事なのだろう。
心底幸せそうに春香に抱き着くフィリアさんの姿を見て。
愉快そうに笑っていた彼の顔はたちまち青くなっていく。
そして、僕たちの見ている前で。
泡を吹いて横たわるパーシュース王……南無。
「――神官長様! すぐに薬師を―――ッ!」
最初に正気に戻ったのは侍従さんだった。
そこからは、にわかに騒ぎ出す室内。
何とも言えない空気を残し。
この謁見はお開きになった。
―――――僕たち、何も悪くないよね……?




