第二十三話:いつでもあなたを見ています
―陸視点―
二人で連携し、双剣からなる自在の攻撃を捌く。
確かに、このオークは強い。
初めて戦うタイプの強者だ。
だけど、細剣という武器は刺突が主体であり。斬るという動作は、その耐久力の低さを考慮すれば、ここぞというタイミングでしか用いることが出来ない。
そして、これだけ打ち合えば。
【ライズ】も多くの動きに対応し始めていて。
だから、時間が経つ程に。
僕たちが押し始めていて。
……でも、相手の考えが全く読めない現状には不安もある。
こちらの手の内を理解しているかのような。
敢えて使用する技を限定しているかのような。
そんな違和感を感じるんだ。
勇者だと知っているのは、今更驚かない。
でも、異能まで知っている筈はないんだ。
あと、訳知り顔でこちらを見てくるのも、誰かに重なってなんか腹が立つ。
もしかして、同類なのかな。
「――フフフッ――よもや、ここまで追い込まれるとは。それに、その動き……長期戦になる程、貴方達は有利になるわけですね」
「自分が話したい時だけ口を開くのは! 卑怯だと思います!」
連撃を繰り出しながらも。
珍しく、文句を言う美緒。
敵であろうとも苦言を呈していく彼女は、康太と別の意味で度胸がある。
……探り合いは終わり。
個々で戦うのではなく。
二人同時に、連携して刃を振るう。
一回、二回……少しずつ。でも、確実に僕達の攻撃が当たり始めている。
大半は硬質な革鎧に阻まれているけど。
それでも、手傷は負っているんだろう。
……重厚な鎧を纏って。
あのビール腹体型で、何故あそこまで軽快な動きが出来るのか。
自分が話したい時だけ。
饒舌に口を開くオーク。
しかし、追い込まれている筈なのに、彼は笑顔を崩さない。
「――ハァァァァ―――ッ!」
「……………!」
確かな手ごたえと破砕音。
遂には短剣が砕け、機を見た仲間が音速の一閃を見舞う。
その一撃は彼の胴を浅く斬り裂くも。
飛び上がって後退した彼は未だ健在。
―――いや、どうか。
着地した彼の身体が、ぐらりと揺れて……。
「―――っと―――。……これは、時間の様ですね」
………時間?
その疑問を覚えると同時に。
僕自身も感じるものがあった。
―――これは、もしかして……。
「塔の機能が復旧したのかな……?」
「恐らくは。さっきとは魔力の流れが変わっています」
それは、魔除けの結界。
魔物は本能的な嫌悪感を覚えて近寄るのを避け、結界の内側では力が大きく弱体化すると聞いた。
それは、彼にも当てはまるのだろう。
つまり……だ。
優位性は、完全に此方へ傾いたという事で。
「まだ、続けるつもりですか?」
剣を構え、美緒が是非を問うけど。
その言葉とは裏腹に。
彼女は、全く油断をしていなくて。
「――いえ、止めておきましょう」
「この結界内では私は大幅に弱体化してしまいますので、分が悪い」
言いながら、剣を納めるオーク。
どこまでも堂々としたその態度は、これ以上の戦闘の意思が無い事を確信させて。
―――だからこそ、余計に気になる。
機能が戻ったという事は。
上に居る皆は無事の筈だ。
果たして、彼が黒幕だったとして。
綿密に用意されていたであろう計画の終着点が、こんな杜撰な終わり方なんてことがあり得るのだろうか。
………何より。
彼は、まるで取り乱した様子を見せなくて。
「――貴方の目的は、何だったんですか?」
「それは、もう暫し待つと致しましょう。――さあ、お仲間が来たようです」
オークの放ったその言葉に。
僕たちは警戒しながらも振り返る。
「――スマン陸、遅くなった!」
「ミオさん! ご無事で!」
「ほら、二人なら大丈夫だって言ったじゃん。美緒ちゃん、お待たせ―!」
「「みんな(皆さん)!」」
本当に、無事で良かった。
上層階から急いで降りてきた様子の康太。
元気そうに手を振る春香。
安心したように微笑むフィリアさん。
そして、カインさん。
―――カインさん…?
……………え、何で?
ここに居る筈のない人の姿が見えるんだけど。
しかも、それが自然だとばかりに。
仲良さげに並んで走ってきてるし。
一瞬、幻覚とも思ったけど。
隣にいる美緒も困惑した顔で僕を見てきたことから、本当に彼で間違いないらしい。
そして、この奇妙な構図に。
驚いたのは僕達だけでなく。
「――いやー。本当に、無事みたいで良かっ―――え?」
先頭に居た康太の笑顔が固まる。
それは、後から来た皆も一緒で。
春香は目を瞬かせているし、フィリアさんは顔を青ざめさせる。
唯一冷静そうなのはカインさんで。
彼は、何かを確かめるようにオークを観察していて。
一番狼狽えそうな人だと思ったんだけど、こういう耐性が高いのかな。
為政者だから顔に出さないようにしているとか。
「――フム、異界の勇者……その絆は固いようですね」
「「喋ったァ!」」
カインさん以外の三人が。
驚愕のあまり顔を歪める。
……いや、オークだって喋るでしょ。
そもそも、春香と康太は喋るオークくらい見たことがある筈だ。
確かに、ここまで流暢なのは初めてだけど、フィリアさんのように衝撃を受ける程ではない。
当の彼女は顔の青さが三割増だ。
「………ぁ……オークさん、喋れるんですね……?」
「ほう。火の聖女パーシュース様ですか」
「――んん。何か、危ない香りが」
「隠せ隠せ、フィリアさんを隠せ」
遂に聖女とオークが相対してしまった。
オークの反応は、青ざめている彼女とは真逆。とても興味深そうにフィリアさんへ向けられ。
静寂の訪れた空間。
オークは僕たちを見回すと、一礼する。
―――凄く丁寧で……慇懃に。
「では、遅ればせながら自己紹介を。魔皇国エリュシオン黒曜騎士団第四席、煌陰のヴァイス・ドニゴールと申します。以後、お見知りおきを」
「「―――――ッ!!」」
いつの間にか緩くなってしまった空気。
しかし、オークの口から語れらた言葉が一瞬にして緊張を齎した。
魔皇国エリュシオン……!
じゃあ黒戦鬼と同じ……。
でも、黒曜騎士団?
今まで聞いた事がなかった名前だ。
「黒曜騎士――国外での諜報活動を行う者たちです。隊長格はA級上位クラスとも言われる程の実力者ばかり、人間国家では六魔将と並び恐れられる存在……」
静かにオークに視線を注ぎ続けていたカインさんが。
確信したように口を開く。
なんて頼もしいんだろう。
明らかに場違いだと思っていたのに、完全に頼り切ってしまっている。
彼の言葉にゆっくりと頷くのは、やはりオークで。
「流石は、大陸ギルドの元上位冒険者。博識ですね、カイン殿」
「「………え?」」
カインさんが、元冒険者?
というか、初耳の情報ばかり出てきて。
この世界に来てから、驚いてばかりで。
「――フィリアちゃん。それ、ホント?」
「ええと……分かりません」
「知らないんだな」
「私が冒険者を引退したのは、フィリア様が生まれるより前ですからな。……それより」
―――あ、そうだった。
あまりにも落ち着いているけど、彼に聞かなきゃ。
そのために、こうして。
相対しているんだから。
「……貴方たち魔皇国は、今回の件にどれ程関わっているんですか?」
僕は、勇気を出して彼へ尋ねた。
「お前たちが黒幕なのか」…と。
―――だけど。
帰ってきたのは否定の首振りで。
オークは、ゆっくりと息を吐き出してから言葉を紡ぐ。
「それは、皆さんが御存じの筈。我々は関係ありません」
「「……………」」
「でも、なら――」
「六魔将たるサーガ様が来訪されているのですよ? その気であれば……えぇ。都市を落とすのに、一夜と掛かることは無いでしょう」
オークの言葉は、戦慄を覚えるのに十分過ぎて。
僕は、思わず背筋が凍るようだったけど。
真に伝説で語られる通りなのであれば―――実際に相対した今なら、分かる。
あの魔皇国なら、実際に。
本当にそれが出来るんだ。
感じるのは、弱体化しているとは思えない程の圧。
それを間近で感じ、確信した。
間違いなく。
僕と美緒は、手心を加えられていたんだ。
「――ですが……サーガ様が誤解を与えてしまったことも、また事実。国家としてではなく、個人として謝罪いたします」
………紳士的というか。
本当にオークなのかな。
謝意が確かに現れた言葉に、見た目と性格が乖離しすぎている気がしないでもない。
「つきましては、オークたちは出来る限り回収しておりますので。暫くすれば、事態も自然と落ち着いていく事でしょう。炎誓騎士団はとても優秀なようなので」
「……どうして、そんな事を」
彼は、次の問いに答えない。
都合の悪いことは口にしない、大人の常套手段だ。
ニ度目の沈黙が訪れ。
互いが視線を交わし合う中で。
何かを確信したかのような表情を見せた亜人騎士は、言葉を紡ぐ。
「私たち魔皇国は、常にあなた方を見ておりますよ。勇者様」
それは、確かに流暢で優しげなのに。
何処か、底冷えするような恐ろしさを帯びていて……。
「あぁ――無論、我らが閣下……ラグナ様も」
「「――――ッ!!」」
――ラグナ・アルモス―――ッ!
三百年以上の時を生きる大妖魔。
そして、六魔将の一角。
伝説の勇者であるソロモンを降した、最強の魔族と呼ばれるその名を。
彼は、確かに口にした。
暗黒卿が僕たちを……?
目の敵とかじゃなきゃいいんだけど。
黒戦鬼と同格の怪物が常に自分たちの情報を収集していると考えたら、思わず足が竦んでしまいそうになる。
それは、皆も同じで。
あのカインさんですら厳しい顔をしている。
「――では、またお会いすることもあるでしょう。その時は……えぇ。ゆっくりとお話しできれば良いのですがね」
「さっきの質問に答えてくださーい」
受けた衝撃から回復した春香が。
何時ものテンションで投げかける。
けど、その言葉にも、彼は振り返ることなく去って行く。
果たして、その足で何処へ向かうのか。
全く想像させる暇は無く、オークの後ろ姿は小さくなっていき。
やがて、見えなくなった。
「――カインさん。信じて良いと……思いますか?」
「信ずるしかないでしょうな。今回、我々は完全に後手で、今の段階では打つ手がありません。……ともあれ、我々も戻るとしましょう」
それしか、できない。
確かに僕たちは勝利した筈なのに。
何処か、落ち着かなくて。
この一件の裏に。
僕達――そして、クロウンスの上層部でさえ預かり知らない何かが隠されていたとでもいうのだろうか。
凄く気になるけど。
今は、戻らなきゃ。
ようやく解けた緊張の中、親友に話しかける。
「康太、そっちの話も聞かせてね?」
「おう。色々あったし、聞いてほしいくらいだぜ」
「あとカインさんの昔話も! ……女性に刺されたって話も聞いて良いです?」
―――え? 刺された?
「はは、お手柔らかに頼みますよ」
………本当なんだ。
というか、そっちで何やってたのさ。
触れてはいけない過去にさえ思えるのに、バッサリ斬り込んだ春香も、その刺した刺されたという話の女性も。
―――やっぱり、女の子って怖いな。




