第二十二話:初代聖女の結界
―春香視点―
「ハルカちゃん、無理はしないでくださいね?」
「大事ない、大事ない」
「いくらハルカちゃんの魔力量でも……」
「はっはー、まだまだいけるよ。この程度、余裕過ぎてあくびが出るねぇ~」
―――つっら―――ッ!
なんじゃこりゃ!
これ造った聖女様たち、絶対ドSだわ。
思い付きで始めたようなもんだけど、滅茶苦茶大変なんだけど。
心の中で悪態をつきながらも。
心配そうに声を掛けてくれるフィリアちゃんへ強がりを返す。
……もしもここで止めたら。
彼女への負担が大きすぎる。
二人で分担してこれなんだから。
もしも彼女だけに任せたら、本当に後遺症が残ってしまうかもしれない。
それは、最も許せない可能性で。
「皆さんは――ご無事なんでしょうか」
「見た感じ、こっちは康太君たちが押してるみたいだね」
こうして話している間にも。
身体から流れ出ていく魔力。
それらは余すことなく初代聖女様の石像に吸い込まれていき、確かな動力になってるのかな。
あたしは魔力を送るだけだし。
フィリアちゃんに比べれば余裕があるから。
瞳を閉じて集中している彼女に代わって戦闘を観察する。
断続的に聞こえる硬質な衝撃。
金属を交える音だけじゃない。
カインさんが床を蹴って突進する音。
康太君が剣を振り回す音。
彼の炎舞のせいで内壁がエライことになっているけど、後で怒られないかな。
背中を預けているのは怒る側の人だし。
一応、崩落はしないようにしてるみたいだけど――火属性って威力が強すぎるねぇ。
「康太君強いし、カインさんも意味分かんないのに強いから問題ないっぽいね。陸と美緒ちゃんは――あっちもインテリだから大丈夫だと思う」
「いんてり……ですか?」
「そう、インテリ」
実は、あたしも良く分かってない。
本当の名前はもっと長いとか何とか陸が言ってたけど、聞いてなかった覚えがある。
「心配なら、さっさと終わらせちゃお?」
「――はい―――!」
そう、終わらせる。
破壊されてしまった像を。
私達二人で修復するのだ。
実は、あたしがこんなことを言いだしたのは、理由があった。
―――足手纏いでいたくないんだよ。
それだけは、嫌なのだよ。
ギメールでの戦いだって。
あたしはただ捕まって。
逃げ出して、引っ掻き回していただけ。
陸と美緒ちゃんは協力して魔人を追い込んだというし、康太君に至ってはA級冒険者を倒した。そこにあたしの助けがなかったとは言えないけど、それでも結局、あたしの戦果はその程度だ。
確かにお姫様にも憧れはある。
でも、助けを待つだけの存在になんかなりたくはない。
だから、今回こそは。
名誉挽回として、一番の活躍をしてみたいじゃないか。
聖女と協力して、塔の機能を取り戻した勇者様ってね。
自分を奮い立たせ。
魔力を送り続ける。
でも、所詮は個人の魔力容量で。
そろそろ―――限界が。
……いや、駄目――ダメだ。
康太君たちは未だに打ち合っている。
やっぱり、確実性のある時間稼ぎに徹するつもりなんだ。
私達を信用して、押しとどめてくれているんだ。
―――なら。私も、もう少し。
隣ではフィリアちゃんが像に手を当てていて。
魔力の流れを読めるようになったからこそ分かる。
これは、凄く精密な操作だ。
触っているだけに見えて。
本当は、石像……いや。
塔全体の魔力の流れを把握して一定の方向へ流し、あらゆる箇所に行き渡らせている。
なんていうか―――ぷろぐらみんぐ?
塔は今にも電源が落ちそうなパソコンみたいな感じかな。
彼女が解析して。
私が電力を送る。
差異はあるだろうけど、例えるならそういう感じで。
もしも電源が落ちてしまえば、最初からやり直し。
会社員さんだったら発狂しているかもしれない。
―――さぁ、最後のひと踏ん張り。
今、解析が終了しかかっている所だ。
石像の罅は殆ど消えていて、既に刻印の術式は起動している。
「――ハルカちゃん――これが、最後です!」
「よし来たぁぁ!」
それは、さながらエンターキー。
彼女の声と共に、流れ出ていく魔力が無くなり。
そして―――んん……?
「……………あれ? あんまり変わらないね」
「まだ主となる情報を書き込んでいませんから。それが出来れば、都市の結界も再稼働できるはずです」
あぁ、まだあるのね。
聖女の精神力恐るべし。
こんな作業、私だったら絶対無理で。
やっぱり、憧れを背負うっていうのは簡単な事じゃないんだ。
アイドル然り。
お姫様も然り。
皆、大変な事を受け入れてがんばっているんだ。
改めて彼女に敬意を感じ。
邪魔しないように心の中で応援していると、フィリアちゃんに微笑みかけられる。
「――残りは細かい操作のみなので、ハルカちゃんはコウタさんたちの援護を」
「おっけー。背中は任せたよ、フィリアちゃん」
「………ハヒィ……」
あれ? なんかマズった?
応援したつもりだったけど。
今フィリアちゃんがプシューしちゃったら色々と――いや、大丈夫そう。
むしろ、考えとは逆で。
オーバーヒートするんじゃないかってくらい集中している。
深紅の髪だからこそ。
余計に燃えているように見えて。
「あたしも、一丁燃えちゃおうかな……最後の花火ってやつ」
背中はフィリアちゃんに預け。
私は、康太君たちに合流する。
一応さっきの例もあるから、柱の隠し扉を確認するけど。
虎視眈々と狙っている影も気配も無し。
これなら、前だけ見ていれば良いかな。
「ほーい、お待たせ――“雲水竜”―――ッ!」
「「――――ッ!」」
「……は…春香ちゃん? もちっと心臓に良い声の掛け方があるだろ?」
「……この年で女性に後ろから刺されそうになるとは」
最初が肝心。
こちらに背を向けていた二人の間を抜けた魔術は、敵対する冒険者の頬を掠め、向こうの壁へ。
突き刺さるかとも思ったけど。
ナイフは弾かれて床に落ちて。
塔を守る強化刻印の絶対性と、機能が戻っていることの証明が出来たわけだね。
でも、気になることが増えた。
「――カインさん、後ろから刺されたことあるんですか?」
「……………さあ、反撃と行きましょう」
これ、絶対痴情の縺れってやつだ。
好色だって聞いているし。
そういう事もあるのかな。
―――勿論、私は一途な人が良い。
「さあ、これで戦力増だ。大人しく降伏したほうが身のためじゃないか? ん? ん?」
「そうだそうだぁ!」
「今なら温情をくれてやる!」
わぉ、すっごい三下ロール。
実際は、今にも倒れそうなほどヘトヘトだし。
康太君もそれを理解している。
そもそも、さっきの“雲水竜”で殆ど魔力使い切っちゃたし、ハッタリも良い所だ。
あと、カインさんとは気が合いそうだね。
狼狽した顔で剣を構えた冒険者たち。
彼等も、後が無いんだろう。
でも、それはこちらも同じ。
譲ってしまえば、大切なものを失うから。
私たち三人は。
同時に行動を起こした。
……………。
……………。
「これで、良しっと! ――フハハハハハ―――ッ!」
楽しそうな康太君の声。
武器は全部取り上げて。
彼ら自身の服を使って縛り上げる。
それは冒険者御用達の捕縄術で、先生の七十二通りある宴会芸の一つ。
冒険者の衣類はかなり頑丈だからね。
下は可哀そうだから剥かなかったけど、仲良く上裸で。
男の子の上半身裸なんて見慣れているけど。
こんなところで裸の付き合いなんて、一生モノの思い出になりそうだね。
「――で。なんで大臣さんが単身でこんな場所に?」
一応警戒の視線を向けながら。
あたしはカインさんに尋ねる。
ずっと気になってた事だけど。
彼は、当然と言わんばかりに胸を張って答えてくれる。
「当然、オフィリア様を守るためです。私は彼女の叔父として、フィリア様を見守る義務があるのです!」
「――親族だったの―――ッ!?」
ここ最近で一番の驚きなんだけど。
というか、全然似てないし。
王様が余程イケメンなのか、フィリアちゃんのお母さんが美人さんなのか。
「……あぁ、そういえば聞いたのは俺と陸だけだったな」
いや、言ってよ。
「という訳で、じいじが守りに来ましたぞ、オフィリア様!」
「……いま、大事な操作をしているので」
確かに集中しているのは分かるんだけど。
すっごい適当にあしらわれているね。
というか―――じいじ?
彼女があんな風に拒絶するのも珍しいけど。
そう言えば、カインさんの事が苦手だって言ってたね。
確か、優しすぎるとか何とか。
ようやく意味を理解することが出来た。
「カインさん? やっぱり、優しすぎるのもどうかと思うんです」
「うぅ……ハルカ様、私は……ぐうぅ……」
打ちひしがれ過ぎでしょ。
「――そういえば、都市の方は大丈夫なんですか?」
「えぇ、騎士団が居れば問題はありません。そもそも、奴の狙いはオフィリア様ですからな。あちらはあくまで陽動……塔の機能が戻れば、魔物共は撤退せざるを得なくなるでしょう」
「んじゃ、国民さんたちの不安は?」
「できうる限りの事は終えてきました」
本当に優秀なんだ、この人。
とても姪に拒絶されて座り込んでいる中年男性だとは思えない。
今の彼に王族や大臣としての威厳は……無いね。
「でもよ、カインさんめっちゃ強いよな。こう……ダッて床蹴ってズバーン! って」
「昔取った杵柄ですよ。ですがコウタ様、ズバーンではなくバゴーンです」
「どっちでもいいんで」
男の子の話はこういう所が良く分からない。
というか、一緒に戦ってただけで凄く意気投合している気がする。
さっきもノリノリで三下ロールに付き合ってたし……あぁ。
こういう所はフィリアちゃんとも似ている気もするね。
謎の擬音論議をしながらも。
冒険者たちを監視する二人。
呆れを込めた視線を向けていると、変化は突然やって来た。
「―――これで――完了です―――――ッ!!」
フィリアちゃんの綺麗な声。
その声は、屋上に響き渡り。
力の流れに外を見れば。
可視化された魔力のベールが広がっていき、少しずつ薄く――やがて、見えなくなっていく。
それは、都市に来てから私が感じていた気配と同じものだった。
……都市だけじゃなくて。
塔の近郊全体を覆う程の結界?
像がつくられたのは死後らしいけど。
この結界自体は彼女が考案し、命を落とす瞬間まで展開されていたという。
一体、初代聖女はどれだけ凄い人だったのかな。
私には想像もつかないよ。
―――オーロラのように輝くベール。
あたしが見惚れていると。
不意に、あたしとほぼ同じ背丈の少女が胸に飛び込んでくる。
「やりましたハルカちゃん――ッ!」
「お疲れ様、フィリアちゃん。本当に頑張ったねぇ」
「――ガハッ―――ッ!?」
フィリアちゃん程の美少女と、合法的に抱きしめ合う権利。
男の子が見たらきっと羨ましがるだろうぜ。
実際、康太君は座り込んでいたカインさんの隣で倒れているし、きっと羨ましいのだろう。
だが、変わってあげるつもりなど無いのだよ。
この子はもう私のものだ。
「……クソッ――俺の脳がぁ……!」
「「……………?」」
「ウギギギィ……うしっ、切り替えた! 早く二人を迎えに行くぞ。此処にいっとマズい」
「――そうだった! フィリアちゃん、カインさん、話はまた後で!」
「はい、ハルカちゃん!」
「座り込んでいる場合ではありませんでしたな」
完全に切り替えた様子の康太君。
彼の言葉で、此方も切り替えて。
結局、オークたちは一匹たりとも上がってこなかった。
それは、陸と美緒ちゃんが抑えたという事で。
塔の上から見た時。
数十体はいたよね。
本当に流石というか……あの二人は滅茶苦茶に凄い。
でも、血塗れだったらちょっと嫌だな。
私達も汗だくだし、早く帰りたい。
お風呂入らないとね。
二人に作戦完了の報告をすべく、私たちは塔を下っていった。
◇
―シンク視点―
「―――らぁ――ッ! ドレットさん、大丈夫か!」
孤立した場所で戦っていた騎士を救わんと。
使い慣れた槍が、大きくうねり。
オークの身体を容易く斬り裂く。
父の形見で、冒険者だった時に全財産を叩いて買ったという業物だ。
現在、俺がいるのは。
都市の外にある平原。
遊撃をすると共に、逃げてきた人達を守り、都市まで送り届けるのが仕事だ。
勿論一人ではなく。
塔から帰還してきたドレットさん率いる部隊と協力しながら魔物の群れを向かい打つ。
「ははは……情けない所を。ありがとうございます、シンク様」
礼は良いさ。
俺が助けられた数とどっこいだしな。
「――しかし、ここまで数を揃えてくるとは……」
「本当に、何処にいたんだって話だよな」
最も危険な遊撃を行っているだけあり。
彼らの連携と練度は凄まじいものだ。
だが、それでも数に勝るオークたちの猛攻により、分裂せざるを得ない状況に陥っていることは確かで。
このままだと。
各個撃破されていくだろう。
「――ムゥン―――ッ!!」
「その雄叫びには――意味が! あるんですか……?」
分裂した騎士たちの援護。
急務となった目的を果たすために大盾を構え、剛力をもって魔物を蹴散らしていくドレットさん。
若干気が抜けそうな声と共に突き進んでいく彼の後ろを守り、槍を振り回しながら尋ねる。
「はははっ、生まれたばかりの娘が可愛くて、移ってしまったようなのです」
「親バカかよ!」
つまり、赤ん坊の声じゃねえか。
真面目な顔して。
何やってんだよ。
かつて俺が訓練を積んでいた国では、私情を話してくれる騎士や兵士の知り合いは居なかった。
だから、不本意ながら、こんなくだらない事でも嬉しくて。
守備は彼に任せてしまって。
防御を捨てた横薙ぎを放つ。
連携というのも本当に新鮮な体験で。
目の前の魔物たちはみるみる減っていき。
その先では、未だ諦めを見せていない騎士達がいて。
「――皆、無事か―――ッ!」
「隊長の叫び声が聞こえたので、何とか」
「相変わらず、親バカですね」
隊員公認かよ。
どうやら、ドレットさんのソレは皆が知っている事のようだ。
「……コホン。無事ならそれで良い」
「取り敢えず、住民の避難は終わったんですかね?」
「ええ、そちらは完了とみていいでしょう。問題は―――私達です」
あぁ、そうだろうなぁ。
だって、コレ多分死ぬ。
そう思わずにはいられない程の魔物の大群。
オーク以外の魔物の方が数が多いせいで、種類に合わせた戦い方も難しくなっている。
もし油断をすれば。
生まれながらに彼らが持つ武器によって、容易く命を刈り取られるだろう。
「――来るがいいオーク共! 私には帰りを待つ妻と娘がいるのだぁ!」
「隊長、そういうのをシボウフラグと言うらしいですよ?」
「コウタ様が言ってましたね」
だけど、もしかして。
危機感を覚えているのは俺だけなのか?
軽口を叩く騎士達。
完全なるバカ騒ぎ。
その印象は、いつもの堅いイメージとは違って。
……いや、違う。彼らも分かっている。
このままだと、自分たちは間違いなく死ぬと。
だからこそ、その恐怖を紛らすために、陽気に笑い、背中を預けて剣を構える。
本当の仲間っていうのは。
こういう物なのだろうか。
それは、なんていうか――とても眩しいものだった。
「シンク様。完全に今更なのですが、怖くはないですか?」
「ん? 何で、俺が――」
「私は、怖いですがねぇ」
「大人の私達も怖がるんですから、何か出来れば……と」
「歳に似合わず、シンク様は勇壮過ぎますからね。息子にも見習わせたい限りで――実際どうです?」
……………。
……………。
「あぁ。もちろん、俺だって怖いさ」
「――だけど、こういう死に様なら悪くない。アンタ達となら、それも良いかもしれない」
「ええ、私も。勇者様と背中を預け合えた事、先に逝った者たちに自慢できますね」
「「全くです」」
「……ほんっと、アンタ達は」
話している間にも、完全に失われる退路。
覚悟が出来ているとはいえ、それが塞がる瞬間は頭が白くなって。
俺達は全員で円陣を組んで。
完璧な守護を実現して待つ。
背中を預けている以上、誰かがやられなければ崩れることは無く。
誰かがやられれば、すぐに瓦解する陣。
だが、どうしてか全然恐怖はなくて。
これが、仲間がいるって事なんだな。
―――来るなら、いつでも来い。
……………。
……………。
なんて思っていたのに。
何時になっても、その瞬間は来なくて。
というか―――これは。
どういう状況だろうか。
何かに追い立てられるかのように急いで逃げていく群れ。
その場に留まろうとするものは一匹として存在しておらず。
まるで、蜘蛛の子を散らすように。
魔物達は四方へと走り去って行く。
鈍重なものは踏み潰され。
その断末魔が、更に奴らを逃走に駆り立てる循環。
「……………シンク様」
「あぁ、皆がやってくれたみたいだな」
目に見えるものではないのだろう。
だが、塔の存在する方角から広がっていく魔力の流れを、俺は確かに感じることが出来た。
それは、塔に向かった仲間たちによる物……。
―――うん、仲間だとも。
口に出すのは無理だが。
俺は、そう思っている。
こんな俺の事をどこまでも気にかけてくれるような甘い勇者達だが、その腕は確かで。
この世界に来て一年と経っていないというのに、既に追い越されてしまって。
確かに、途轍もなく悔しい。
だが、それ以上に誇らしい。
あいつらは、きっと物語に語られるような英雄になるから。
だから……俺だって、まだまだ強くならないといけないから。
―――特性を生かす……か。
緊張が抜けて来て。
コウタとリクが言っていた言葉が脳裏を巡る。
もし、俺が今よりも戦術を理解していれば。
―――もっと、もっと……仲間と強く。




