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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第六章:勇者一行と信仰の王国

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第二十一話:上位種という怪物

―陸視点―




 積み重なりゆく死骸の山。


 むせ返るような鮮血の沼。


 何かに駆り立てられるかのように。

 次々と襲い掛かってくるオーク達。

 幾重もの血溜りが散乱する中で、出来る限り足場の広い所を飛び回って急所を刈る。 


 彼等は、何故そうまでして。


 何で、聖女を欲しがるのか。


 勿論、僕たちに仲間が殺されたから。

 それで、更に必死になってるという事も考えられるけど。


 でも、長期に及んでコロニーを築いていたわけでもない彼らに、果たしてそれ程までの仲間意識が存在するのだろうか。

 

 

 ―――やっぱり、彼等は。



 何らかの魔術で操られている?


 適性こそ必要とは言え。


 一流の魔術師であれば。


 魔物を使役する事は難しくないらしい。

 彼らと交渉したという訳でもなく。

 最初から操っているというのであれば、この猛攻にも説明がつく。



「――ガアァァァ―――ッ!」

「これで――ッ! ……美緒、刀は大丈夫?」

 


 何度目かも分からない波が過ぎ。


 最後の一体の首筋を薙ぐ。

 寸分違わず急所から血を吹き出した身体は、仰向けになって倒れ込むけど。


 心配なのは、彼女の武器。


 刀の耐久は非常に低くて。

 使い方が良くても切れ味はすぐに落ちていくから。



「はい、まだ大丈夫です。出来る限り一撃で決められるようにしていますし、骨は断たないようにしているので」

「……はは。そっか」



 美緒は本当に頼りになるね。


 【ラウン】もそうだけど。

 もっと凄いのは、それを十全に活用できる彼女の判断能力。


 極論を言ってしまえば、僕のライズは相手の動きを読めばいいだけだ。

 しかし、彼女の場合は瞬時に適正な動きを選択し、必要のない動きは最小限と切り捨てていく必要がある。


 限界まで不要を削ぎ落した動き。


 それこそ、一振りの刀のようで。



 ……ちょっと格好付け過ぎたかな?



「でも、もう後続は来ないのでしょうか? 先程までは休む間もなく来ていた筈ですけど」

「……確かに。もう全部終わったとは思えないんだけど」



 余裕のあった最初の頃とは全然違って。


 時間が経つ程波の間隔は狭まっていた。


 それは、やはり。様々な場所から集まっていた彼らが完全に終結しつつあったという事なのだろうけど。

 何故か、此処にきて。

 全くと言っていい程後続がやってくる気配は無くなった。


 それが、逆に不安を掻き立てる。



「取り敢えずは、もう一階あがって守りを……ッ!」

「………これは?」 



 そんな時だった。

 

 上層階で、爆音が鳴り響く。


 これ程の音響が発生するものは――魔術? 

 それも、高位の攻撃魔術で。


 比較的近い距離だからこそ。

 何とか感じ取れた魔力の流れは……康太の“炎誓刃(えんせいじん)



 ―――彼が戦っている――何故?



 上層階に上れる通路は一つだけの筈で。


 僕たちは鼠の子一匹通した覚えはない。


 いや、そもそも。

 普通のオークに彼が上位魔術という切り札を切るとは思えない。


 それは、つまり。

 この通路以外の手段で上へと至った者が居るという事で。

 しかも、その札を切らざるを得ないほどに追い込まれている。



「――美緒、すぐ上の階に行かないと」

「はい、急ぎましょう」



 彼女が止めることは無い。


 完全な、異常事態だから。


 優先すべきは屋上……フィリアさんの守護で。

 僕たちがここを塞いでいようとも、別の手段で仲間を失ってしまっては元も子もない。 


 もしも次の波が来たとしたら、その時はその時だ。



 四人で入り口を固めて何とか……。



「「――――ッ――――!!」」



 それは、完全に意識の外からやって来た。


 僕達の前に近づいてきていた者。

 この距離で、ようやく気付いて。


 音もなく階段を上り。

 開け放たれた大部屋へと足を踏み入れてきた存在。


 長く垂れた耳があり。


 下顎から覗く鋭い牙。


 それは、僕たちが先程まで相手をしていた魔物と同じ。 


 いや……違う。

 それは足元まで届くほどに長く、黒い外套を纏っていて。

 布の隙間からは、革製と思われる鎧が覗いていた。


 オーク種が討ち取った冒険者の防具を奪って着ていることはある。

 でも、このオークは絶対に違う。

 目の前の亜人が発する圧は先ほど迄戦っていたオークたちと比較にならない程に濃密で、恐ろしいほど隙が無い。


 それは僕たち二人を。


 まっすぐ視界に収めていた。



「……上には行けなさそうですね」

「うん。どちらかを残して、やられちゃったら元も子もないからね」



 その選択肢は除外だ。

 いや、二人でやらないと駄目だとすぐに理解できた。

 

 間違いなく、あの魔物は。


 上位種か、変異種だから。


 魔物は生まれた段階でその強さの上限が決まってると言われている。

 人間たちのように、努力次第で駆け上がれるようなポテンシャルは無く、決められた範囲の中で強さの成長が定められている。


 自然の定めた法則。

 弱き魔物は弱く、強き魔物は生まれたばかりでも強大。

 上位種などは、通常種と比べてその上限が圧倒的に高い。



 あのオークは、そういった手合いだろう。



 それは、僕たちが剣を構えるのを待っていたかのようにゆっくりと外套を脱ぐ。


 ……あの武器は、細剣(レイピア)

 腰に帯びたそれは、おおよそオークには似合わなそうな武器だけど、一流の鍛冶師が鍛えた業物であることが伺えた。



 ―――というか……うん。



「あの――言葉、分かりますよね……?」



 あのオークは、多分オスだけど。

 彼は、僕たちの言っていることを理解しているようだった。


 なのに返答はなく。


 只、ゆっくりと剣を抜き身へ。

 


「貴方が、さっきのオークたちを扇動していたんですか?」



 同じ種類の魔物だ。


 これが偶然だとは思えない。

 しかし、僕の言葉を受けても、彼は声を発しなかった。



 ただ、彼は薄く笑うのみで―――ッ!



「――ッ―――!? 答えてくれても、良いじゃないですか!」



 その巨体に似合わない速度で間合いを詰めてきた魔物の攻撃。


 一瞬の間に繰り出された刺突。

 その連撃の全てを捌くことは出来ず、二撃、三撃と肌を掠めていく。


 だが、それでも。


 僕は反撃する事なく防御に徹する。

 それは勿論、信頼している仲間がいるからで。

 


「―――シッ―――ッ!」 



 上段、そして斬り上げ。


 防御を許さないように。

 間隔を空けて行われた彼女の攻撃はしかし、巨体を捉えることなく空を切り。


 瞬時に退却したオークは宙で一回転して着地。

 その動作は、まるで鈍重さを感じさせない。


 ……僕の先入観かもしれないけど。


 絶対戦闘スタイルを間違えている。


 明らかに彼はスピード型だけど。

 それが、オーク本来の巨体と膂力を生かした戦い方だとは思えない。



「――陸君、大丈夫ですか?」

「もし毒が塗ってあったらマズかったかもね」



 救いはそれだろう。


 今までにもそういった攻撃手段を取ってきた敵は居たし、実際に苦しんだこともある。

 でも、それが無いからと言って油断できるような相手ではないだろう。


 僕は正統派の剣術を習ったわけじゃない。

 先生が教えてくれた動きを、自分が扱いやすいように改造したものだから。


 だからこそ分かる。

 あれも、どこまでも最適化された攻撃だ。


 創作で語られるような。


 貴族の剣術とは正反対。


 優美さ、華麗さなどといった要素を完全に度外視した、実戦のためだけに突き詰め、磨き上げられた剣術。  


 こうして戦うと。

 決してアレが見た目重視の武器なのでは無いと分かる。

 素早さと、鋭さ――細剣の持つ本来の役割を最大に活用した技。


 傷口の無事を確認しながら。


 僕も、再び剣を構えて。


 先に飛び出したのは美緒だ。

 二閃、三閃……目で追うのも難しい連撃を繰り出した彼女は、オークの視界を完全に支配する。


 それは、完全な我流。

 刀の正しい使い方を知っている人に教わったわけではない剣技。

 だからこそ、彼女に最も合ったスタイルへと昇華されている。

 

 しかし、細剣相手では相性が悪いのは否めない。

 同じスピード重視で、向こうは膂力に勝っている。それは大きな優位性だ。


 僕は両者の攻防をつぶさに観察し、隙を見極めていた。


 それは相手だけでなく。


 仲間の戦いをも含めて。



 ―――だから、彼女の武器が弾かれる瞬間に飛び出すことができた。



 彼の連撃は身体で感じた。

 防げる可能性は高い。

 反撃は美緒へと任せ。


 僕は、刺突を弾く事だけに―――



「―――ッ―――ガァ――ッ!?」



 次瞬、身体が後方に吹き飛ぶ。


 刃で斬られたわけじゃなくて。


 手を守る部分――ナックルガードで思い切り殴られた僕は、この世界に来てから何十回目かも分からない床に叩きつけられる感触を味わう。

 受け身もだいぶ上達しているんだけど……あの膂力から繰り出される打撃は凄まじい威力。

 

 脳の揺れる感触を確かに覚えながら。

 剣を支えに立ち上がった僕は、口端を伝う温かいものを拭いながら、再び美緒と構え合っていたオークに視線を送る。



「――あの、良いですか?」

「……………」

「なんで、僕ばっかり狙うんですか?」



 そうとしか思えないよね。


 向かい打ちはするし、攻撃もする。

 なのに、実際に手傷を与えてくるのも、積極的に打ち込んでくるのも僕ばかりで。

 一方だけを攻撃して先に倒そうとするのなら理解できるけど、無理な追撃をしてくる様子もない。


 

 ―――男が気に入らないとか?



 そんな理由で狙われるのは。


 凄くひとたまりもないけど。


 ある意味では、都合良く打たれ強い方を狙ってくれているという解釈も出来て。

 今はそれを気にするより、堅牢な防御を突破しなければ。



 ―――互いに合図を交わし。



 渾身の踏み込みをもって。


 僕は前方へと飛び出した。


 一人の動きを連続して記憶させないため。

 先程まで前衛に回っていた美緒を後援に回す。

 オークの怪力には及ぶべくもないけど、僕だって只の人間じゃないんだ。


 少なくとも、身体強化中は。


 基本魔術“練気”によって引き上げられた筋力。

 異種族や魔物に対抗するために人間種が生み出した魔術。習得難度の易さに対してその倍率は圧倒的で。


 僅か数瞬で間合いへと到り。


 繰り出す斬撃は両断に足る。 


 ある意味では賭けだ。

 後方に飛ばれるのなら、それも良し。


 防がれたのなら、相性差で武器を破壊することも可能。

 もし彼が防がないで攻撃に回れば、僕は致命傷を負うかもしれない。代わりに、その身体を半分に別つことが出来るだろう。



 ―――挑んだ結果として。



 僕の攻撃は武器の強靭性を頼りに防がれ、火花を散らす金属。


 次なる手は――連撃? 


 相性面で不利だろう。


 衝突の反動を生かしたとんぼ返りも、膠着へ移行してしまうだけ。


 なら答えは一つ。

 


 この勢いを殺さぬまま―――



「でぇぇぇぇい!」

「―――ンンンンン―――ッ!?」



 全力のタックル。

 さっきの復讐ではないけど、これが最適解だった。


 弾丸のように飛び込んできた僕の体当たりによって、激しい衝突音とくぐもった声が耳に届き、ふらりと揺れるオーク。


 如何に、屈強な肉体があっても。

 多少は効果があったと見えるね。


 その隙は、確かに大きく。

 しかし、僕もまた平衡感覚が掴めない。

 一対一の戦闘であれば、先んじて戻った方に有利が傾いたことだろう。


 だけど、僕には仲間がいる。

 

 飛び出した美緒の攻撃は咄嗟に振り出された細剣を違わず擦りあげ、巨腕が大きく浮き。

 彼女を信じてただ機を伺っていた僕は、既に準備が出来ている。



 この機を逃す手は―――無い!

 



「此処だァァァァァア―――ッ!」




 二対一ゆえの連携によって。


 ようやく得られた必殺の隙。


 ガラ空きになった箇所には鎧があるけど。

 その隙間を縫うような攻撃は、何百回と訓練を重ねている。


 その経験を糧に。


 最上の一撃をその胴めがけて―――ッ!



 ……………。



 ……………。



「――な……それ――ッ―――ッ!」


 

 鎧とは違う。

 刃同士が交じり合う金属音。

 

 次瞬に襲ってくる細剣の横薙ぎを避けるべく、急いで後退する。


 ―――彼の手に握られていたのは、短剣。

 その鍔は刀身の短さに似合わないほどに広くて。


 見た事もない武器。


 あれは、一体……?



「ふふふ――パリーイング・ダガー。細剣ではどうしても発生してしまう、防御面の隙を埋めるために考案された武器ですよ」


「―――貴方は……」

「やっぱり、言葉分かってるじゃないですか」



 説明するように口を開いたのは―――オーク。


 その言葉遣いは極めて流暢で。

 初めて聞いた彼の声は、何処か高貴さを感じさせるような、確かな滑らかさを持っている。


 いや、それが怖いんだけど。

 

 完全にイメージと違うけど。



「さぁ、勇者様。続きと行きましょうか」

「「……………!」」

「貴方たちの持つ可能性を、あの方に代わって測るのが私の役割ゆえに」



 もう、意味が分からないよ。


 あっちは、さも訳知り顔で。


 当然のように僕たちが勇者であることを知っているのに。

 こちらは、彼が何者なのか……「あの方」というのが誰なのか、全く想像できない。


 細剣と、短剣。


 二種の武器を構えて薄く笑うオーク。


 これ以上話すつもりはないようで。

 こちらとしては、色々……特に、どうして僕ばかり攻撃するのかとか気になるんだけど。


 決して油断できるような相手ではなく。


 隙を与えぬよう武器を構えるしかない。



 ………どうやら、勝負はこれからのようだ。

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