第二十話:二人の覚悟
―康太視点―
それは、何処までも清らかな祈り。
以前、一晩中祈りを捧げ続けることもあるとフィリアさんが言っていたが。
それが真実だと理解できる程に、彼女の祈りは素晴らしいもので。
古い神社に神聖さを感じるように。
目には見えないが、確かに感じる。
しかも、彼女からは実際に光が溢れていた。
日が没し始めても塔内には光が灯っているので、先が見えなくなる心配はなかったが、それら人工の照明が霞んでしまうような暖かな光が肌を撫でる。
生まれたばかりの雛。
小動物に感じる体温。
感じる熱は暖炉のように優しく。
―――しかし、太陽の焔のように眩しい。
俺はおおよそ神聖さというものを理解できないけど。
これは確かに、どこまでも安心できるような温かみを感じさせる祈りだな。
その中心に座す彼女は。
瞼を閉じて、動かない。
しかし、その額には珠の汗が浮かび、筋となって―――ッ!
「―――うぅ……! ――はぁ―――はぁ……っ」
「「フィリアちゃん(さん)!」」
苦しそうに、胸を押さえて。
その場に蹲るフィリアさん。
入り口を固めていた俺は急いで駆け寄る。
青白く発光していた彼女の身体からは徐々に光が消え、薄暗い吹き抜けの屋上には静寂が訪れていた。
「――大丈夫……です。まだ、やれますから」
「「……………」」
それを止めて良いのか分からない。
友達なら、止めるべきなのだろう。
だけど、これは俺たちだけの問題ではなく、都市の人々の命が掛かっている問題で。
「あれだけ祈っても、まだ足りないの?」
「魔力……でしょうか。私はあまり容量が多い訳ではないので、塔全体に行き渡らせるだけの力を一度に練ることが出来ないのです」
故に、少しずつと。
聖女像の罅は、間違いなく薄くなっている。
……だが、それでも。
まだまだ足りない様で。
止めるべきか、続けさせるべきか。
その狭間で悩んでいた俺は、手を叩く乾いた音で我に返る。
それをしたのは。
思いついたように悪戯っぽく笑う春香ちゃんだ。
「ね、フィリアちゃん。必要なのは浄化の力と、大量の魔力なんだよね?」
「………はい」
「なら、私も手伝えるんじゃないかなぁ」
「「――え―――?」」
それは、思いがけない言葉。
確かに、春香ちゃんの魔力量は俺たちの中で最も多い。
異界の勇者は魔術適性が高いと言われるらしいけど、彼女はその中でも規格外……半妖精種や魔族の妖魔種にも匹敵するほどの魔力量を有しているらしい。
だが、それでも。
そもそもの話だ。
ここに来る前に、この像は聖女が調律をすることが前提という説明を受けたばかりで。
「……でもよ? 春香ちゃん」
「疑わしきは何とやらっていうじゃん。本当に出来ないって決まってるの? 他の人たちが先入観だけで見てたのかもしれないし、試した人に適性が無かっただけかもしれないよ?」
「――それ………は」
これこそが、彼女なんだよ。
どんなに無理だと言われても。
どれほど危険だと言われても。
自分でやってみないと気が済まないほど好奇心旺盛で……突拍子もないことを考える女の子。
彼女だからこそ、そんな斜めの考え方が出来る。
そして、フィリアさんの反応からして。
それは正しいのだろう。
自信を持って断言できる程明確に調べ上げたわけでも、証明されたわけでもない。
……なら―――或いは、と。
「案外、出来そうだな」
「……コウタさん」
「おうよ、この勇者様に任せんしゃい。聖女に負けない神聖パワーでどうにかしてくれるよ。……地球神様の加護が」
一度決めた彼女が引き下がるわけはなく。
ここは、俺も覚悟を決めなきゃな。
春香ちゃんから感じる信頼の視線。
それは、彼女自身も理解しているから……いや。
こと感知という点においては、彼女は俺たちの中で最高峰だ。
俺より先に、気付いていたのだろう。
しかし、任せた。
それは俺を頼ってくれているという事だ。
脳筋、得意属性、大剣使い……俺としては、いささか噛ませ犬っぽい構成になっていると感じることもあるが、本当に負けるつもりなどない。
俺が足踏みしている間に、親友はどんどん成長しているから。
仲間たちは何処までも強くなるから。
だから、俺だって。
「―――お客さん、予約取ってますか?」
ぞろぞろと部屋に入ってくる男たち。
見た感じだと冒険者か?
オークでないのは予想外だが、それは陸と西園寺さんが抑えているという証明にもなる。
……何より、奴らが出てきた場所だ。
そこは、塔の内壁で。
何の変哲もないような壁。
隠し扉ってやつか?
そんなものが存在するというのなら、事前に誰かが教えてくれたはずなのだが……こちら側の人間が知らないものを、どうしてこんな荒くれ共が知ってるんだろうな。
奴らが聖職者だとは思えんし。
抑えてはいるのだろうが、俺や春香ちゃんなら、その瞳の奥に宿った物にすぐ気づく。
「――なんだぁ? オークたち、居ねえじゃねえかよ」
「……みてぇだな」
「おい。……良かった! 皆さんご無事だったんですね。俺たちはギルドからの応援できました」
―――何だよ、そういう事かよ。
俺は構えていた剣を下ろし。
その足で彼らに近付いてく。
「そりゃ心強いっすけど――あ。俺は康太。貴方は?」
「私はチーフと言います。よろしくお願いしますね、勇者様」
「……ああ、よろしく―――なァ―――ッ!」
陽気に挨拶してきたリーダー格と思われる男。
その回答を聞いて確信を得た俺は、下ろしていた大剣の平を思い切り振り回す。
んで……まずは一人目。
壁の硬質な反響、ドチャリという見事な落下音。
崩れ去った男はしばらく起きないだろう。
「―――何を―――ッ!?」
「………ま、だろうな」
「おい、おい。何が良い作戦だよ」
信じてもらえると本気で思ってたのか?
確かに、この異常事態だ。
もしかしたら応援が来てくれる可能性はあっただろう。
だから一応確認したんだが、何でギルドから派遣されてきただけの冒険者が、俺の事を勇者だって知ってんだよ。
例えリザさんの知り合いだとしても。
彼女が、この程度の輩に話すとは思えない。
仲間を助け起こそうともしない荒くれ共に剣を向け、立ちはだかる。
確かに間抜けな連中にも見えるが、確かな使い手が何人も紛れ込んでいるのが分かっているから。
「――んで。アンタ達の狙いはフィリアさんか?」
「「……………!」」
現在、まともに戦えるのは俺だけ。
この人数を抜けられることなく一人で捌くのはほぼ無理だろう。
ほぼというのは。
短期だけならどうにかなると確信を持っているから。
間抜けではあるが馬鹿ではない冒険者たちは、動けるのが俺だけだという事を確認すると横に広がって間合いを取り。
ゆっくりと距離を詰めてくる。
「……どけよ、勇者様。痛い目見たくはないだろ?」
「あんまり大人を怒らせないほうがいいぜ?」
「大人しくしてれば、少しは分け前をやっても良い。いい夢を見させてやるから――な?」
本当に、どうしようもない連中で。
純情な少年にそんなことを言ったところで、首を縦に振る筈はない。
何より……護衛任務は続行中で。
さあ―――間合いだ。
「ちゃんと避けろよ? ―――“炎誓刃”!」
魔術はイメージが大切。
想像力こそが力を引き出す根源故に。
未だ名前を呼ばないと使えないが。
それ自体は格好良いから問題なし。
ごっそりと魔力が持っていかれる感覚と共に、横薙ぎにした大剣が焔に包まれる。
大規模殲滅すら可能にする魔術の一撃。
ある者はそのまま大剣の餌食となり。
ある者は大火傷を負って転がり回る。
だが、それでも。
俺は一撃で止めず、二……三と、剣を振り抜き続ける。
「――クソッ! 調子に―――ッ!?」
「基本からやり直してこいっつーの!」
細身の剣をその手に。
正面から攻撃を仕掛けてきた男。
俺はそのまま大剣で向かい打ち、根元から容易く砕けた剣ごと壁に吹き飛ばす。
やっぱり、通常の冒険者は。
対人戦が不得手なんだな。
足元で震えている奴は……一応頭を打って気絶させておく。
また、ある者はその威力に腰を抜かして気絶する……か。
漏れ出た液体は――バッチい。
ふるい落としはこんなもんか。
残ったのは四人。
いずれも、先ほどの攻撃を察知して後方に飛び退っていた者たちだ。
「勇者……会うのは初めてだが、ここ迄とはな」
「近接戦闘も、魔術も、非常に強い適性。高い殺傷能力――か。まぁ、コレで此方としてもやり易くなった」
だろうな。
こんなんでやられる奴は、いても動きを阻害するだけだ。
剣士なら剣、魔術師なら魔術。
冒険者がパーティーを組むのにはそれなりの理由があるが。
それは、やはり才能。
実は、武器術にも魔術にも才能がある人間というのは少ない。
故に、剣士に相対したときには魔術への警戒が弱まるし、逆も然り。
だからこそ、双方に適性を持つことが多い【勇者】という存在は、単騎にして強力なポテンシャルを秘めているのだと先生に教わった。
俺は大分苦戦したけど。
こうして、攻撃魔術を使えるようになった。
燃費の悪さと破壊範囲、瞬間火力に定評のある火属性。
噛ませに定評のある火属性。
今のは上位の魔術に数えられるほどの威力があるが。
その分扱いにくいし、魔力の消費も尋常じゃない。
今これを使ったのはふるい落とし以上に牽制の意味合いが強かった。
こうすれば、相手が警戒して時間を稼げるからな。
俺は油断なく剣を構え。
いつ来ても良いとばかりに笑みを浮かべる。
「――コウタさん―――ッ!」
……が、そんな中。
後方から声が届く。
確かに気配は感じていたが――おい、コレは。
「ご無事でしたか。オフィリア様、勇者様方」
現れたのは、カインさんだった。
……いや、何で彼がこんな所にいんだ?
入り口からではない以上、彼もまた隠し扉のようなものから現れたと考えるべきだが。
―――というか、この人は?
前方の冒険者、後方の大臣……大臣。
前だけでも俺一人では余るかもしれない使い手達なわけで、一度見せてしまった以上、魔術というカードは警戒されてしまっている。
此処から、さらに。
未知数な大臣とか……。
「―――康太君! 前だけ見といて!」
「………了解ィ!」
悩んでいる中での言葉。
その言葉は大助かりだ。
果たして、春香ちゃんにどういう意図があるのか。
俺には全く分からない。
彼女の言葉を全肯定しているわけでもない。
只、仲間が後ろは見なくて良いと言うのなら、俺はそれを信じる。
「……………ハルカちゃん?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
聞こえてくるのは、心配そうなフィリアさんの声。
逆に、安心させるような春香ちゃんの声。
それは何処までも落ち着いていて。
前に立っていた冒険者たち。
奴らは顔を見合わせてどうすべきかを思案しているようだったが。
やがて、その一人が。
かなりの速度で俺に向かって距離を―――
「その人、味方だから」
その言葉に合わせるように。
後方で発生した床を蹴る音。
そして、髪を揺らす突風。
俺の隣には拳を突き出した状態のカインさんが立っており。
同時に俺に突撃していた冒険者が後方へ吹き飛んだ。
これは、正拳突きってやつなのか? ……じゃなくて。
―――こっわ――――ッ!?
気付いたら隣にオッサンが!
というか……強くね?
彼は、途轍もない剛脚と言って差し支えなく。
「―――えと……カイン……さん?」
「何ですかな、コウタ様」
「味方、なんですか?」
「無論です。私はこの国と、オフィリア様を守るためにいるのですよ?」
「……………えぇ……」
「さあ、私と貴方で二人。これなら容易く抜けられることもないでしょう」
……何でこんなに適応してんだ?
この人って大臣だよな?
戦闘とは全く縁が無いような、ただの為政者だよな?
総理大臣が格闘技の全国大会に出場しているみたいな違和感だぞ。
武器も持たず。
ただ拳を構えた彼は油断なく冒険者たちを見据え、俺と共に並び立つ。
その立ち姿には隙が感じられず。
頼もしさが湧き上がってきた。
「――ねえ、フィリアちゃん。カインさんって本当にただの為政者?」
「……………さあ?」
恐らく違うだろう。
味方と言い切ったものの、春香ちゃんも予想外だったらしく。
後ろから聞こえるヒソヒソ話を拾いながら。
俺は、バケモノ大臣さんと並び立って剣を構えた。




