第十話:遺跡潜入!
―陸視点―
「分かってはいたことですけど、やっぱり埃っぽいですね」
「妙な臭いもしやがるしな」
「ゴブリンたちは、こんなに暗くて目が見えるんですか?」
「ああ。むしろ、こういう暗くて狭い通路が奴らのホームグラウンドでね。……覚悟はしておいた方が良い」
依頼の目的地であるカボード遺跡。
足を踏み入れた僕たちは、ランタンに火を灯して先へ進んでいた。
こういう物って……うん。
光の魔術とか使うんじゃないのかな。
昨日の焚火とか、ランタンの灯とかも。全部火打石でつけたものだし、想像とちょっと違うと言わざるを得ない。
まあ、その辺にも理由があって。
先生曰く、「戦いだけに限らず、便利な道具はできる限り活用するのがとっさの機転を利かせるのに役立つ」……らしい。
火の光に照らされる洞の中。
先の彼の言葉に疑問を持った僕は、声量も小さく尋ねる。
「覚悟、ですか?」
さっきまでのゴブリンたちとの戦いで。
ある程度、恐怖への耐性はついてきた。
これ以上に求められるものがあるとするのなら、それはいったいどのようなものへの備えなのだろうか。
僕の問いに、彼は平然と言い放つ。
「ゴブリンは雑食だが、好んで食べるのは動物の肉だ。勿論我々も肉だし――繁殖に必要な母体は、人間の女性であることも多い」
「「……………」」
「しておいた方が良いとは言ったが、冒険者として活動するのなら、覚悟はどんな時にでも要求される。でも、この世界の神々に選ばれた君たちにはそれが確かに――ッ、備わっているはずだよ」
会話しながら。
襲ってくるゴブリンを、正確な一太刀で両断していく先生。
見て覚えろということなのか。
その動きは、僕たちにも捉えられるように加減しているようで。
彼の動きから、剣の振り方などを学習する。
「そもそも、何でこんなにもゴブリンがいるんですか?」
「このカボード遺跡に入れるのは、ギルドに許された者のみだからね。大陸の西側は基本的に上位の冒険者が不足している。だからと言って、腕の立つ支部長クラスを任務に行かせてしまうと、運営が立ちまわらない。だから――」
ギルド職員は基本的に人材不足。
常に人を置いてもおけず。
管理も行き届かないことがある。
そんな様々な理由が重なったことで、今回僕たちに依頼が回ってきた……と。
つまり、そういう事らしい。
「ほったらかしにしておいて、新人の冒険者では手に負えないから何とかしてくれ……ってことですよね?」
「……まあ。そうとも言うね」
春香のキツイ言葉を肯定する先生。
魔物の巣窟と化していることからも、実際その通りなのだろう。
彼自身はギルド職員ではないだろうけど。
気まずい事だったのか、話を逸らしにかかる。
「――で、いくら暗いところを好むと言っても、多少生活に不便であることに変わりはない。恐らく、どこかしらの大部屋には明るいところが存在すると思うんだが……」
「深層っていうところまで行くんですか?」
「いや。そちらの入り口は、かなり厳重に封鎖されているはずだから、西側の魔物の知能で開けることはできないだろうね」
……知能、か。
魔物にもそういう知恵があるのかな。
「西と東だと、魔物の知能にも違いがあんですか?」
「ああ。こちらの魔物はせいぜい群れをつくる程度だが、東…特に、【魔皇国】に近くなってくるほどに連携をとるようになってね。国とまでは行かないけど、部族的にコロニーを形成して畜産を行っていたりする連中すらいるんだ」
「「……ほぇーー」」
「――ふ、ふふ……。前から思ってたが、コウタとハルカは凄く息が合うね」
「「え!?」」
……うん。
この二人は感性が似通ってるんで。
意気投合して、騒いでることが多いですよ。
学校にいた頃も。
二人で共謀して「親睦を深めるー」とか何とか言って、昼休みにクラスのみんなでビンゴ大会開いてたくらいですし。
あの時、最初にビンゴになったのは西園寺さんだったかな。
「そうですかね? 合いますかね」
「そうなの? 美緒ちゃん」
「ええ。間違いなく息ぴったりだと思いますよ」
「やはり、そうなんだね――お。向こうの方は、灯りがついているな」
その光を頼りにして、やって来たのは大部屋。
明かりの正体は―――なんと、照明器具のようなものだった。
でも、僕たちの意識を大きく引き付けたのはそちらではなく、部屋で集まって食事をしている十匹のゴブリンたちで。
奴らがボリボリと齧っている物。
干からびてはいるけど、間違いなく。
それは―――人間の体だった。
「――こん…な」
「ちょっとこれは…キツイ、な」
「あれは、ミイラ。あれはミイラあれはミイラアレみいら」
「……春香?」
ゴブリンなら既に目が慣れてきた。
でも、同じ人間となると。
どうしても、悪い想像が脳裏を過ってしまう。
春香は自己暗示をかけることで吐き気をこらえることにしたようで、同じ言葉を連呼しているけど。
むしろ悪化しそうな気がするので声をかけておく。
もちろん、僕も。
吐き気をこらえるのに必死で。
でも、それに掛かり切りなのがマズかった。
意識しないように大部屋へと注意を向けたその時。
僕と、一匹のゴブリンの視線が交差して。
「……ギヒヒ?」
「―――あ、どうも」
……………。
……………。
「―――ギヒャーーー!!」
一瞬キョトンとした顔をしたゴブリン。
しかし、僕たちが侵入者だとすぐに理解したようで。
少し馬鹿にし過ぎかとも思うけど、案外知性は高いのかもしれない。ゴブリンが叫ぶと同時に、部屋にいる残りのゴブリンも一斉にこちらに視線を集中させた。
「あちゃー。気づかれちまったな」
「まあ、どうせ見つかっていたからね。よし、私が行くから、こちらに向かってきた方を頼むよ」
先生が大部屋に向かって突入し。
ゴブリンたちを相手取る。
でも、そのうち三匹ほどはこちらへと向かい、彼もそれを止めようとはしない。
言葉通り、任せるようだ。
「……真ん中のゴブリンは私が」
「僕は左だね」
「――おっ! 遠くても当たるもんだねェ!」
「こわ。……んじゃ、俺は弱ってる右のやつ押し潰すか」
春香、投石のコントロール良いな。
石が肩に当たったゴブリンを狙って、康太が盾での体当たりを敢行し、西園寺さんは正確無比な一撃でゴブリンの首を断ち斬る。
その動きはまるで舞うようで、本当に彼女は凄いと思う。
僕は、彼女の様にはいかないから。
目の前に居るゴブリンの体当たりを体を捻ることで躱す。
やはり、ゴブリンの身体能力はあまり高くないようで、簡単に躱せるな。
あと、訓練を始めてから。
体が軽く感じるようになったのも事実だ。
やっぱり、勇者だから?
強くなるのも早いのかな。
体当たりをしてつんのめったゴブリンに対して。僕は、最小限の動きで剣を振る。
「ヤァ!!」
「ガッ!? …ガ…ガ……ヶ」
「……ゴメンね」
僕の剣で喉を切り裂かれたゴブリンは、弱弱しい声をあげながら倒れ、動かなくなる。
康太も既にゴブリンの頭を押し潰して倒していた。
本当なら、今すぐ座り込みたいところだけど。
まだ、先生がゴブリンたちの相手をしている。
「いい感じだ。じゃあ、こっちの残ったのも頼むよ」
「「ハイ!」」
「―――はい!」
攻撃を回避しながら。
ゴブリンの首を刈る先生。
彼ならば、七匹くらいすぐに全滅させそうなものだけど、僕たちに相手させるゴブリンを残していたようで。
引き付けるようにこちらへ走り。
残った三匹のゴブリンたちを連れてきた。
「―――ほい、三名様ご案内」
「ゲ?」
「ゲ?」
「ゲ?」
「「…………ゲ?」」
こちらを見て、仲間がやられていることに気づいたゴブリン三人衆。困惑している様子の魔物たちに対して、春香を後衛にした僕たち三人は同時に駆けだした。
◇
完全にこの部屋のゴブリンたちを掃討し。
こみ上げるものを抑えながら一息つく。
さっきまでゴブリンたちがいた場所には食い荒らされた人間の死体。
干からびたソレを先生が確認していて。
ミイラの様になっているとはいえ。意識して見れば、その形はしっかりと人間の姿を残しているようで……。
やっぱりちょっとキツイな。
「先生、何してるんですか?」
「ああ。一応身元が分かるようなものがあるかどうかをね。前にここに来たときは、この仏さんは居なかったし」
近寄っていける康太は凄いな。
……うん。
僕はまだ近くで見るのはやめておこう。
流石に、遠目で見るのが精いっぱいだ。
この部屋からも。
まだ、奥に続く通路があるみたいだけど……。
「先へは進まないんですか?」
「これだけ血が流れたんだ。臭いに敏感なアイツらは、すぐに気づく。だから、向こうに御足労願うとして――よし。作戦会議と行こう」
「「……ハイ!」」
なるほど。
確かに、わざわざ狭い通路で戦うよりも、広くて明るいこの部屋で戦った方が賢明だろう。
先生にオーガと戦うための基本的な戦術を聞きながら。
僕たちはソレが現れるのを緊張しながら待つことにした。
―――そして。
「お出ましだな」
「あれが―――オーガ!!」
「……あの、先生。あたし帰りたくなってきました」
「うん、みんな問題はなさそうだね」
待つこと五分ほど。
遂に現れたのは、ゴブリンとは全くの別種だと一目でわかる巨躯だった。
赤銅色の身体は筋肉の塊で。
身の丈は、二メートル以上……?
体格も凄く良くて、本当に剣が通用するのかと疑問を感じるほどに太い肉壁で覆われている。
どうやら、お友達も一緒の様で。
七匹のゴブリンを従えていた―――けど。
「―――ウゲッヒぃぃぃッ!?」
「「!?」」
意気揚々と現れた一団。
その先頭を歩いていたゴブリンが、高速で投げらた石礫によって突然に顔面から大地へと崩れ落ちる。
「おーー、大分コントロールが定まって来たねぇ!」
「なんで野球部に入らなかったのか不思議なくらいだな。……南無」
「凄く、痛そうです」
「うん。ハルカには堅いものを渡さないようにしようか」
咄嗟の出来事ゆえに。
混乱するオーガたちは、しかし。
すぐに顔を怒りに染め。
こちらへと全力で向かってくる。
「じゃ、作戦通りで頼むな。……頼むなぁ?」
「私は後ろからねー」
「如月君、右前のゴブリンを頼めますか?」
「うん、オーケー。西園寺さんは左のアイツだね」
向かってきたオーガに康太が突撃し。
その動きを拘束する。
巨体から放たれた攻撃を木製の盾でいなしなしていく様は、既にコツを掴み切っているようで。
彼がオーガを引き留め。
僕と西園寺さんは、それぞれゴブリンを相手にする。
彼らの大体の攻撃を既に理解した僕は、先生の教え通り、強力な一撃を入れることよりも避けることを意識して立ち回り。
空いた隙を狙って首を切り落とす。
……今吐くわけにはいかない。
同じように剣を振っていた西園寺さんは、既に二体目に向かっている。
「うらぁ! ―――おーい、春香、ちゃん……? そろそ、ろっ! こいつにもう一回頼むぅ!!」
「……もうちょっと、頑張って? ――命中! 陸、そいつ頼むよー?」
「分かった!」
春香の役目は長距離援護。
それは、注意を逸らす役目でもあり。
彼女は、康太が引き付けているオーガの頭めがけて石を全力投球していた。
「ウグァァァァ―――――ッッ!!?」
そして、丁度僕が最後のゴブリンにとどめを刺したその時。
割れんばかりの、重厚な叫び声が響き。
声の方角を見れば。
春香の投げた石が確かに、オーガの片目に命中していて。
全ての仲間を失い。
片目も潰されたことで。
ただでさえ怖い顔を、更に歪めて怒り狂うオーガ。
その矛先は当然目の前で邪魔をしている康太なわけで…。巨躯が、拳を思い切り振りかぶり、全力の一撃ともいえる拳を放とうとしていた。
「ガァァァ!!」
「今だ! コウタ!」
「オーーラァァァァ―――!」
先生の言葉に。
既に発動していた“練気”をさらに全力で呼び起こす康太。
オーガの一撃が重い分。
それを逸らそうとするのは、むしろ簡単だったかもしれない。
しかし。
康太は今までのように攻撃を逸らすのではなく、盾を正面に構えることで完全な威力の拳を受けた。
『――という訳だからハルカ』
『ハイ!』
『ヘイト…敵の注意を管理するために、オーガの急所を狙いつつ、邪魔なゴブリンどもにはどんどん当ててやると良い』
『よーし、頑張ります!』
『そしてこの作戦は――コウタ。君が要だ』
『…………』
『その盾は銘木を使ってるが、さすがにオーガの怪力を何度も完全に受けきるのはキツイ。だから受けることを意識するんじゃなく、いなすことを考えるんだ。しかし、ここぞという時。オーガが怒って全力で攻撃してきた時は木製の利点を活用するんだ。わかるね?』
『……なーるほど。腕潰れねぇかなぁ……』
『筋肉痛覚悟で全力の“練気”を使うと良い。潰れたくらいなら治せるしね。後は、攻撃役の仲間を信じろ。出来るね?』
『――えぇ。陸たちなら問題ねえな』
『責任重大ですね? 如月君』
『そうだね。――でも、絶対に仕留めて見せる』
今が、その時。
親友は、約束を違えない。
「――くッッそ! いまだっ、陸ッ、西園寺さん!」
「……ァ??」
後ろに二メートル程も引きずられた康太はしかし、オーガの渾身の一撃を見事に盾の真ん中で受けきった。
その大きな拳が盾に完全にめり込み。
抜けなくなったことで、困惑するオーガ。
その機を逃さず。
僕と西園寺さんは、全力で地面を駆け―――
「ハァァァァァ!!」
「そこです!!」
「ガァァァ!? ―――ァ……ァア」
両サイドから。
全力の“練気”をもって放たれた首への斬撃。
そして。
大量の血しぶきをあげながら、堅い地面に崩れ落ちる巨体。
その音は、轟音という程で。
太い筋肉が痙攣を起こしているものの、オーガの動きはだんだんと小さくなっていき。
やがて、動かなくなった。
「ハァ、ハァ……やった?」
「……みたい、ですね」
「よっしゃァァァァ!!」
「おー! お疲れー!」
「本当によくやった……っと。皆、これを飲んでおくと良い」
濃密な血の香りに若干吐き気を催しながらも。
何とか、耐えきり。
先生に渡されたのは、透き通った青色の液体の入った薬瓶。
―――恐らく回復薬なのだろう。
栓を抜いて飲み下しながら、辺りを見回すと。…大部屋内には、魔物の気配は完全に無くなっていた。
通路は未だ存在しているものの。
そちらからも、新手がやってくるような音は聞こえず。
僕は、一安心して嬉しそうに歩いていく先生に向き直る。
「―――いやー、うん、ははは……。まさか、本当に倒してしまうとはね」
……………。
……………。
―――うん? どういう意味?
「無理かもって思ってたんですか!?」
「「……先生?」」
「いつでも助ける準備はしてたんだけどね? …いや。本来であれば、新人冒険者が束になったところで勝てるような魔物ではないんだよ。――マジで」
確認のためか。
先へ続く通路へと歩いていた先生が立ち止まり。
そのままこちらへ振り返ると、気まずそうに付け足す。
けど、そんな物で誤魔化される筈もなく。
僕たちは、皆で彼へとジト目を向け……。
「はははは……、えーと。さっきの説明の―――」
「「ッ!」」
話をそらそうとしたのか、何かの説明をしようとする彼。
でも、その瞬間。
物音一つしなかったはずの通路の死角から、ようやく倒したものよりも一回りも大きなオーガが現れ。
怒りの表情をしながら、彼へと襲いかかろうとしていた。
「―――うしろぉっ!?」
「せんせいっ、危な―――……!!」
それは、一瞬の出来事だった。
「――ハハッ……マジ、かよ」
「凄いですね……!」
突然現れた怒れるオーガ。
しかし。
先生は、その巨体を振り向きざまに両断したのだ。
それも、威力の低い下段からの斬り上げで。
「―――説明の続きだが。例え西側だとしても、オーガやゴブリンは状況によって罠や複雑な道具を使える程度には知能が存在する場合もある。だから、暗くて死角がある屋内や、老朽化した壁の近くでは油断しないことが大切だ。足元を掬われかねない」
倒れ伏した巨体を一瞥もすることなく。
説明を続ける先生。
その表情は、欠片の緊張もない自然体で。
……でも、分かる。
今の説明通り。
彼は、一時たりとも油断をしていなかったと。
ここまでの道のりで分かっていたことだけど。
僕たちの師匠は、本当に凄い冒険者なのかもしれない。




