第十七話:混乱の始まり
「―――おいッ! どういう事だ!」
薄暗い密室の中。
誰にも感知されぬように“消音”が施された部屋の中に、男の怒号がこだまする。
「言葉通りだ。計画は変更せざるを得ない」
だが、屈強な男の威圧にも。
その存在は涼しい顔だった。
……いや、顔というには語弊がある。
その声の主は顔が全く見えないほどに深く外套を纏っており。
声色、口調さえも次々に変化しているのだから。
何かしらの魔術を行使していることは明白だった。
「なんで今なんだよ! もう実行段階だろうが!」
男と声の主。
二人は、ある計画に合意する同志だ。
元々、計画は声の主が持ち掛けた物であるが、それの実行のために男は暗躍し、多くの戦力を揃えることに成功していた。
それもこれも、絶対に成功する賭けだと確信を持っていたからだ。
にも拘らず、この段階にきて予定変更。
納得できないのは当然と言えただろう。
「どこの手の者かは分からんが、オークたちの拠点が次々に襲われている」
「………なに?」
だが、続く言葉に男は冷静になる。
いかに戦力が揃っていようとも、相手は一国。それも、他国に名を知れた【炎誓騎士団】を有するクロウンスだ。
故に、質に頼らず数も、数に頼らず質も――双方が必要であり。
そのためのオークで。
それ有っての計画だ。
「出来る限り調査が難航する地点を選び繁殖を進めていたが、既に三箇所が潰されている。決起は前倒しにするしかないだろう」
そう言われてしまっては。
男にはどうする事も出来ない。
そもそも、内情について詳しいのは声の主の方なのだから。
前に男が「調査が終了した区画に拠点を作ってはどうか」と聞いたことがあるが。
実情はどこにも魔物除けの術式が張られ。
定期的に騎士が巡回と更新に来るらしい。
こちらが術式を破壊したとしても。
あちらは異常をすぐに察知するわけで……。
冒険者である男が国家の騎士達を相手にするのは初めての経験だが、これほど厄介な存在だとは思っていなかった。
本当に統率が取れた、穴が無い連中。
魔物とは全然違う。
「――だが、戦力として申し分ない数は揃えてある。騎士団は都市防衛に手一杯だろう。奴らが注意を引き付けている間にお前たちは穴に侵入しろ。聖女を手に入れれば後はどうにでもなる」
「……………」
「何だ、不服か?」
仕方が無い所はある。
だが、目の前の存在は国政の内部に侵入している筈で……。
本当に、相手の正体が掴めていないことはあるのだろうか。
もしかしたら、或いは。
襲撃者の事を知っていながら自分に隠しているのではないか?
そう思わずにはいられない。
それこそ、最後の最後で裏切られてしまっては元も子もない。
元々犯罪者のようなものだったが、全ての汚名を着せられては二度と往来を歩けなくなるどころか、極刑は免れない。
聖女を狙うとは、そういう事だ。
……男は無言で剣を抜き、構える。
それは、初めて会った時の衝撃。
今一度、相手の腕を確かめんと、全力で剣を振りぬく。
―――だが、そこには相手の姿はなく。
「これで、満足か?」
「―――――ッ………あぁ」
喉元に突き付けられた短剣。
やはり、埒外なほどに強い。
何故国政に携わるだけの……騎士でもない者が。
冒険者である自分よりも強いのか。
本当に、この世界は理不尽な事ばかりで。
村一番の戦士でも。
町の喧嘩自慢でも。
広い世界に出てしまえば、大きな挫折を味わう。
そして、本物を見て折れてしまえば、二度と上に行こうなんて夢は見られなくなる。
何故、こんなにも不公平なのか。
「では、変更点は伝えた。予定通り合図は私が送る」
「………おう。分あったよ」
ここまで来てしまっては。
もう引き返せる筈もない。
向かう先は天星神の御許か、淵冥神様の審判か。
……いずれにせよ。
死後は然るべき判決が下されるのは確かだろう。
もう、冒険に焦がれていたあの頃には戻れない。
男は折れてしまっているから。
だが、碌な最期を迎えないとしても、生きている間だけは楽しみたいものだと。
そう切に願いながら。
暗い空間を後にする。
彼の瞳に、希望の光など残されてはいなかった。
◇
―陸視点―
「―――おのれ――ッ! ふざけた真似をしおって!」
部屋に響き渡るのは。
カインさんの怒声で。
六魔将との邂逅から二日が経った。
あれ以来、大勢に影響は出ていないし、オークたちによる被害も出ていない。
だけど、落ち着いた雰囲気とは言えなかった。
広がっているのは緊張と……怒り。
あのネレウスさんですら、瞳には剣呑な物が宿っている。
この国の象徴ともいえる常しえの塔。
その中心に座する聖女像が破壊されたのだ。
初代聖女を信奉している彼らにしてみれば、どれだけ怒っても足りないほどの屈辱なのだろう。
「塔には魔物除けの結界が展開されている以上、オークではない。……が、今は首謀者を探す暇もない」
「然り、すぐにでも都市の守りを固める必要がある。魔物共がなだれ込んでくる前に」
この国でも一部の者しか知りえない情報であったらしいけど。
この都市を魔物の脅威から守っていたのは、常しえの塔。
あれがあったからこそ、都市には魔物を寄せ付けない魔術が常に展開されていたのだという。
クロウンス王国を護る、絶対の加護だ。
だが、その要が無くなってしまえば?
問題となるのは大発生しているオーク種で。
間違いなく、人間を狙って進撃してくる筈。
こうして会議を行っている間にも。
外では慌ただしく走り回る声が聞こえてきて。その時は、刻一刻と迫っている。
「――私は民の不安を鎮めることに専念する。ネレウス殿、こちらは任せるぞ」
「……止めることは出来なさそうですな。では、そのように」
「行くぞ、ミハイル」
「はい!」
足早に部屋を出て行くカインさん。
出会った当初に受けた陽気な印象は完全に霧散しているし、その表情には大きな威圧感がある。
残った者たちは。
皆それぞれが行動を始めたけど。
どうにも足並みがそろっていないようだ。
それ程、彼らにとっては想定外の出来事だったのだろう。
……僕たちも、ただ見ているわけにはいかない。
既に戦況は悪化の一途をたどっているんだ。
もしも、このまま無為に時間を費やしているようでは、何の為にこの国に来たのか分からない。
「先生、塔の加護を再起動させることは出来ないんですか?」
それは、ひとまずの提案。
無理と断じてしまえばそれまでだけど。
ほんの少しの可能性があるのであれば、もしかしたらでも何でも口にする。
ただ言うだけなら。
何とでもなるから。
「……再起動って――できんのか?」
「治癒魔術じゃ無理そうだけど、組み立てなおすとか?」
「そもそも、どれ程の状態なのか分かっていませんね」
「「――先生」」
「あぁ、答え合わせと行こうか。あの石像が塔の核だって話は前にしたよね?」
そうだ……あの像が。
あの石像が大気中の魔素を吸収して魔力に変換し、塔の補強と都市の結界といった多くの役割を担う心臓部として働いている。
僕も実際に、あの像には魔力が集まっているのを感じた。
「あれは一種の魔道具――リク達に分かりやすいように言うと、魔導機兵の一種なんだ」
「ゴーレムって、あの石とかで出来た?」
「ファンタジーの定番な、あの?」
「その通り。この世界では迷宮の防衛機構として存在していることが多いが、現代でも作成すること自体は可能とされている。しかも、聖女像は四聖女が作り上げた最高傑作だからね」
「で、何が言いたいかというと……」
一度言葉を切った彼は、空気を吸い込むように深呼吸する。
それは、何かを。
何らかの感情を堪えているようだった。
「外部から、直接像に魔力を与えることで機能を取り戻すことが出来るし、修復も可能だ」
「―――直せるんですか!」
治癒とは違うけど。
もしも直すことが出来れば、再び都市に結界を張ることが出来る。
……でも、それなら何で。
何故、先の会議ではそのことが議題に上がらなかったんだろう。
直せる方法があるというのなら。
真っ先にそれが実行される筈だ。
「新たな疑問が出来たようだね」
「「……………」」
「答えは簡単だ。それが可能なのは、世界でも聖女と呼ばれる者たちのみであること。何より、負担がとても大きい事。仮に成功したとして、それを担った存在に一生ものの後遺症が現れるかもしれない」
「だから、彼らは決して自らその選択を――」
「――おじさま、私は大丈夫です」
「「……………ッ!」」
言葉を続ける先生を遮るように。
フィリアさんが部屋に入ってくる。
眠り続けていた彼女は、昨日の段階で意識を取り戻すことが出来ていたのけど、暫くの間部屋で安静にしているように言い聞かせられていた筈だ。
皆、それを知っているからか。
心配そうな視線を彼女に注ぐ。
しかし、フィリアさんは。
彼女は、久しく見なかった毅然とした態度でこちらに歩み寄ってきて。
「……オフィリア。大丈夫なのかい?」
「子ども扱いしないでください。私はこの国の聖女、オフィリア・パーシュースです。この一大事、ただ見ていることなどできません。私が……」
「私が―――この都市を治します」
その言葉は、まさしく。
上位者たる者の宣言で。
象徴というだけでなく。
王族として、人々を束ねる才からくるものだ。
慌ただしく動いていた者たち、指示を出していた者たちが皆一様に動きを止め、こちらに視線を注いでいる。
そこには心配の色も強かったけど、何より喜びが込められていて。
「……………まさか、あのオフィリア様が」
「あぁ、小さい頃は――」
「フエーゴ、そんな話よりも、貴方は騎士団の長として都市の防衛に専念してください」
「―――御意。……ネレウス様、後方で兵の治療に当たる者たちを頼めるか?」
「えぇ、勿論。すぐに動くと致しましょう。塔への道のりは……皆様、お願い致します」
「「――はい―――ッ!」」
ネレウスさんの言葉へと。
僕達は一斉に肯定を返す。
……やると決めたからには、その覚悟を確認する必要などない。
それを、この場の皆が理解しているのだろう。
そして、騎士団が都市防衛に当たる以上、彼女を無事に塔へ送り届け、修復まで守り続けるのは僕たちの役割だ。
自分が今すべきことを成すために会議室を出て行く者たち。
彼等の顔には勇気が漲っている。
言外の鼓舞……聖女の力なのだろうか。
「――フィリアさん、凄いですね」
「ありがとうございます、ミオさん。……凄く緊張しますね、これ」
「む? 二人の信頼が強まってる気がしますなぁ」
……確かに、そうなのかも。
僕は春香や康太ほど人をしっかり観察できるわけではないけど。
その素人目から見ても、今まで以上に仲良く見える。
元々あの二人は趣味も似通っているし、そういう事もあるだろう。
それは喜ばしい事だけど、今は……。
視線を送ると、先生が皆に向き直る。
「さて。やるべき事が決まったとはいえ、かなり難しい状況になった」
「やっぱり、この都市に攻撃してくる魔物たちは囮なんすか?」
皆が感じていた違和感。
これは、最初から計画されていたことなのだろう。
「その通りだ、コウタ。一貫していることとして、奴らの狙いは聖女。魔物は利用されているだけで、最初から聖女の守りが手薄になることを狙っていたんだろう。内部の人間が、まさかあんな手段を取ろうとするなんて予想外だからね」
つまり、決戦は常しえの塔で行われる。
グレースからの救援は期待できないし。
他の都市からでは時間が掛かり過ぎる。
彼らが到着する頃には、主たる戦闘は殆ど終わっている筈だ。
「―――さて、こちらも動くことにしよう。オフィリアが塔に着いたとしても、完全に像が修復されるまで結界は不安定だ。当然、その間都市への攻撃は続く。それを抑えるのが炎誓騎士団と……シンク、出来るね?」
「あぁ、絶対に通さねえよ」
シン君は、その言葉を待っていたように頷く。
自身の能力を最も生かせるのがそれだと理解しているから。
―――海嵐神の加護。
それを受けた勇者は、そこにいるだけで味方の士気を上昇させるという。
ならば、少数で動く僕たちと行動を共にするよりも、騎士団と連携するのが最上だ。
それに、この世界に人にとって。
勇者は憧れであり、希望だから。
彼が都市を守るというのなら。
共に立つ指揮達も、一般市民も、大きな安心感を得ることが出来るだろう。
「コウタ、死ぬんじゃねえぞ」
「へへへ……そっちもな。帰ってくる場所を頼むぜ?」
本当に兄弟みたいだね。
僕たちに手を振ったシン君は、先に出て行ったフエーゴさんを探して部屋を退出する。
「で、それでなんだが……」
「はい、先生」
「まだ作戦が?」
「――今回は自分たちで考え、自分たちの意思で行動してもらう。私はその場にいないからね」
「「……………」」
今までは、誰かが居てくれた。
セフィーロではゲオルグさんが、ギメールではリザさんが。
何より、先生が。
傍に居てくれた。
でも、何時までも守ってもらえるわけでは無いという事だ。
僕たちは確かに強くなっている。
だけど、成長というのは肉体面だけで働くものではないから。いざという時に自分の意思で行動できなくなるようなことにならぬよう、という事なのだろう。
「――あれ? 先生はよじ登らないんです?」
「入り口が目に見えるときは別だよ……私も塔までは同行するが、そこからは別行動だ。ちょっとやらなきゃいけないことがあるからね」
「……まあ、先生がそう言うのなら」
「大切な事なんだよな」
というか、よじ登るのが基本になっている時点でおかしい。
あれも一度しか聞いていないし。
そもそも、僕たちは見ていない。
「お気を付けて、無茶はしないでくださいね? おじさま」
「あぁ。……オフィリアは、不安なんて全然感じてないみたいだね」
本当に、その通りだと思う。
僕たちの中で、一番自然体なのが彼女なのではないだろうかと感じるほどに、フィリアさんは落ち着いていて。
恐怖など欠片も感じていないようだ。
その自信は、何処からくるものなのか。
答えは、すぐに彼女自身から語られた。
「皆さんが守ってくれると信じてますから。私は、私にしかできないことをやるのみです」
「「……………!!」」
彼女の言葉に、僕たちは顔を見合わせる。
それは不安ではなく。
絶対に揺るがぬ覚悟。
自身に満ち溢れた瞳でコンタクトを交わし。彼女を守り切って見せると誓う。
護衛任務はずっと続いているんだから。
「では、頼んだよ、皆」
「「――はい―――ッ!」」
さあ、塔へ出発だ。
どんな状態なのかも見逃さないように、しかし迅速に。
馬車で行くことになるけど。
―――これは、もしかして。




