第十六話:眠り姫と寝落ち姫
―オフィリア視点―
「――美緒ちゃん―――ッ!」
「春香ちゃん、落ち着いて。……フィリアさん?」
「――んっ……んん……」
「大丈夫、ですか?」
―――此処は……何処?
私は確か、ハルカちゃん達と。
遺跡に向かってて……そうだ。
あの時、今まで感じたこともないような凶悪な魔の気配を感じて。
皆さんに伝えようとしたけれど。
身体が耐えきれなくて。
気絶しちゃった……のかな?
そうだ、伝えないと。
「お二人共、注意して……くだ―――あれ?」
此処は……私の部屋?
起き上がり見渡せば。
見慣れた室内で、ミオさんとハルカちゃんが私を心配そうに覗き込んでいる。
でも、それは。
どちらかというと、安心した様子で……。
「――フィリアちゃん、良かったぁ……」
「……ハルカちゃん」
「丸一日寝てたから心配だったんだよ?」
「一日……ですか?」
「あの後、すぐに強力な魔物と出会ってしまって、皆で逃げたんです。フィリアさんのおかげで、それに気づくことが出来て――有り難う御座います」
そう言って。
ミオさんはゆっくり頭を下げる。
真似するようにハルカちゃんも。
……そうだったんだ。
なら、自分は皆を守ることが出来たんだ。
―――とても、怖かった。
襲い掛かってくるオークさんも。
初めて見る、人間の凄惨な姿も。
怖くて、怖くて。
でも、足を引っ張るわけにはいかないから歩き続けたのに、結局は気を失って迷惑をかけてしまったと思ったから。
その言葉はとても嬉しいものだった。
「いやぁ~~、色々あったんだけどねぇ? 何から話そうかな」
そんな私の様子を感じ取ったのだろうか。
ハルカちゃんが何時もの調子で語り掛けてくれて。
彼女は【テクト】という力を持っている。
それは、異界の勇者に与えられた異能で。
相手の感情とか。
言葉の真偽とか。
考えが、大体理解できるのだという。
本当に、本当に凄いと思う。
だって、多くの人の黒い感情を知って尚、こうして明るく振舞っているという事だから。
でも、今はなんていうか……眠そう?
とろんとした目のハルカちゃんも良いのだけど……じゃなくて。
私は彼女の言葉へ。
お話に耳を傾ける。
「昨日なんて、陸達が皆お風呂でのぼせちゃってさ?」
「お風呂で」
「そっ! 茹蛸みたいですっごく面白かったんだよ?」
「――ゆでだこ……ですか?」
それは、一体どういうモノなのだろう。
茹でと言っているから。
文脈的には、海老とかと一緒で真っ赤になっていたという事……?
戸惑う私の様子を見たのか。
彼女はコテンと首を傾げる。
そういう仕草も良いと思う。
「春香ちゃん。私たちもこの世界に来て一回もタコを見てないですし、もしかしたら存在しないか、一般に食されてはいないんじゃないですか?」
「――あぁ、そういう事。……う〜〜ん?」
「……タコって言うのはねぇ? ――えぇと……八本脚で、海に住んでて――骨のないにょろにょろさん?」
「――海ですか!」
そんな生物が海にはいるんだ。
それは、凄く見てみたい気がする……のだけど。
八本も脚があって?
にょろにょろさん?
……見ないほうが良いのかも。
お魚は好きだけど。
オークさんでも凄く怖かった私では。
そんな生物に会ったら、気絶してしまうかもしれない。
にょろにょろさんだし。
「そうそう! ――あ、もしかしてフィリアちゃん海にも行ったことない? じゃあ行こう! 今すぐ……は無理でも、その内案内してあげるよ!」
「海へ案内……!」
「二人共。あまりはしゃぐと、疲れが……あぁ」
覗き込む春香ちゃんの顔が。
どんどんと大きくなって。
このまま触れ合ってしまうんじゃないかと思った時。
彼女が、ゆっくりもたれかかってくる。
それは、まるで抱きしめられているようで……ごめんなさい、コウタさん。
「――ハルカちゃん!?」
「……………」
「私は嬉しいですけど、まだ心の準備…が……あれ?」
「……………す……ぅ」
御免なさいコウタさん。
ただの早とちりでした。
私にもたれかかるようにして。
寝息を立てるハルカちゃん。
彼女を起こさないようにベッドに寝かせる。
このまま一緒に横になるのも手だけど……ミオさんが見ている前なので滅多なことは出来ない。
ちょっと前までは。
こんな気持ち、覚えもしなかったのに。
「――ミオさん? ハルカちゃんは……」
「昨日から、ずっとフィリアさんが起きないって心配していたんです。勿論、陸君たちもですけど、あちらはこの部屋に入らないように春香ちゃんが止めていたので」
「……じゃあ、ずっと寝ずに私を?」
その言葉に。
彼女は頷く。
―――この人たちは。
どうして、こんなに優しいのだろう。
ちやほやするわけでもなく。
聖女と呼び讃えるでもなく。
知り合ってからそう期間も経っていない筈の私の事を、悪心もなく……ただ仲間として扱ってくれる。
「――さん。フィリアさん?」
「……ぁ、はい」
「もしかして、悩み事があるのではないですか?」
今だって、こうして。
私を気遣ってくれる。
ミオさんは凄く落ち着いた雰囲気の女性で。
一緒に居てくれると、とても安心できる。
ハルカちゃんとは毛色が違うけど。
趣味が私と同じ読書で。
意見交換も沢山やって。
ずっとお話ししていたい、一緒に居てほしいくらい信頼している友人だ。
何より……彼女は私と同じ側の人間で。
にも拘らず、その行動には迷いがなく。
何時だって最善と言える行動をしている。
彼女なら、私がどうすべきなのかを教えてくれそうな気がして。
「――私。本当は、凄く我が儘なんです」
「……………」
私の中で燻っていた事を。
相談を彼女へ持ち掛ける。
それは、彼女たちと会うまで背を背けていた物。
皆の行動を見て。今、ようやく向き合おうと決めたものだ。
「皆さんと一緒に行動できるようになったのも、私が爺やに無理を言ったからで。遺跡に同行したのも、ただ外の世界を自由に見たかっただけ。……成長とか、責任とか。本当に何も考えていなかったんです」
ミオさんは、只静かに聞いてくれる。
その顔に侮蔑や呆れの感情は無くて。
「外の世界なんて、全く知りませんでしたから……ただ憧れているだけで良かったんです」
「――だって、ずっと守られてきたんですから」
恐怖を感じないように。
不安を感じないように。
聖女として大事に大事に育てられてきたから。
爺やを始めとして。
この国の人たちが私の事を守ってくれていたからこそ。
私はのうのうと世界に憧れて。
焦がれているだけで良かった。
でも、私は知ってしまった。
外の世界は素晴らしいだけじゃない。
怖いこともいっぱいあるし。
苦しいこともいっぱいある。
そこに暮らす人たちは。
大きな危険の中で、恐ろしい環境の中で必死に生きている。
ミオさんたちも、全く別の世界からやってきた。
戦闘能力も持たず、いくつもの葛藤を抱えていた筈なのに、誰一人として折れることなく戦い続けてきた。
私では全く想像できないほどに強かった。
前に、リクさんが私の事を「強い」と言ってくれたことがある。
でも、私にとっては彼等こそどこまでも強く見えて、眩しくて……彼等みたいになりたいと思うようになった。
……いま、この国は大きな問題に直面している。
これから私は何をすべきなのか。
象徴である火の聖女として。
私に、何が出来るのかを考えなければならない。
「―――だから、私にできることなら何でもやりたい……そう思ったんです」
大切な物を失うかもしれないという恐怖を知ってしまったから。
「出来ることは、出来るうちにやっておくべき」
口うるさく勉強をさせるときの爺やの口癖だけど、今は心の底から同意できる。
私の告白を聞き終えて。
彼女はにっこりと笑い。
「打ち明けてくれてありがとうございます、フィリアさん」
「………え?」
何故、私がお礼を言われるのだろう。
それは相談した私の台詞の筈なのに。
「――心の苦しみを吐露するのって、凄く覚悟がいるものなんです」
「それが多くの人たちにかかわる悩みであるのなら、なおの事。フィリアさんは、それを乗り越えたんです」
「……でも」
「心配ですか?」
「はい。私に出来る事なんて、あるんでしょうか」
そんな私の言葉に。
いつまでも弱気な言葉に。
彼女は「大丈夫」と返す。
「この国の騎士さんたちはとっても強いですし。私たちも、絶対にフィリアさんを守りると約束します。だから、フィリアさんは」
「……私は?」
「その覚悟のまま――休みましょうか」
「―――え?」
「休む……ですか?」
聞き間違いなどではない。
確かに彼女はそう言った。
しかも、その顔は。
ミオさんの顔は、大真面目そのモノで。
「はい、休むんです。戦いには、その人に合った位置がありますから。私が前衛で、春香ちゃんが後衛をしているように、フィリアさんが戦う時も必ず…必ず来ます。だから、今はその準備期間で。いつその時が来ても良いように休むんです」
「私たちに出来ない、あなたにしかできないことを―――」
「お願いします、ね?」……と。
そう言って私に微笑みかけてくれるミオさん。
その瞳には信頼が色濃く表れていて。
彼女が、本気でそう思ってることが伺えた。
―――私にしかできない事。
そのために、今は休む。
私にしかできないことは……うん。必ずある。
無いでもというのなら。
私が、見つけて見せる。
必死で探せば絶対に見つかるだろう。
だって。
私はこの国の王族で―――聖女だから。
「有り難う御座います、ミオさん」
「お役に立てましたか?」
「―――はい――っ! 私、沢山休みます! 元々だらけるのは大好きなので!」
王族が、聖女がこんな事を言うべきではない。
それこそ、国家全体の品位が疑われてしまうような発言で。
眉を顰められてしまってもおかしくない。
でも、その言葉を受けて。
彼女は可笑しそうに笑う。
「また、相談しても良いですか?」
「はい。私で良ければ、いつでも」
そう答えるミオさんは。
私なんかよりも、よほど聖女に見えて。
大人の余裕のようなものが垣間見えて、憧れを感じてしまう。
「やっぱり。ミオさんは、大人なんですね……」
「ふふふ……そう見えますか?」
「そうですよ!」
「実は、私も。色々な悩みを抱えることがあるのですけど、その度に相談に乗ってもらうんです」
「――そんな事が……誰にですか?」
「ええ……と――内緒です」
うん、やっぱり大人だ。
そうやってはぐらかすのも、大人が使うズルい手法。
爺やとおじさまもよく使っている。
何より、彼女のソレはおじさまの物によく似ていて。
やっぱり師弟関係なのだろうと理解できた。
「えぇと……前から気になっていたのですけど、どうしてフィリアさんは春香ちゃんを好きに?」
―――もしかして。
話を逸らしました?
それも、こちらが混乱して先ほどの疑問を忘れることを狙った強力なカードで。
勿論私は気付いてる。
しかし、欺かれそうになっていると気付いていながら。
相談に乗ってもらった以上恩返しはしないといけない。
そう考えて、あの時の事を思案する。
けど、きっかけは本当に些細な物で。
「―――運命を、感じちゃったんです」
私の中であこがれ続けたもの。
あの物語のように、運命的な出会いだと感じたから。
でも、今は本当に彼女の人柄が好き。
何時でも奪い取る準備はできている。
「運命……ですか?」
「そう、運命です」
「それは、どういう――」
「これ以上はちょっと恥ずかしいので、また今度にしていただけませんか?」
「……では、楽しみにしていますね。私は皆さんにフィリアさんが目を覚ましたことを伝えてきますので」
……ミオさんって。
こういう話が好きなのでしょうか。
先ほどの余裕を感じさせる態度とは違って、意外に感じる。
とてもいい笑顔で約束を取り付けた彼女は。
春香ちゃんに布団をかけると、私に一礼して部屋を出て行って。
あとに残されたのは私。
そして……春香ちゃん。
彼女は静かに寝ていて。
―――これは、チャンスなのでしょうか。
ちょっとなら……良いかな?




