第十五話:シンクという少年
そう、弱いのだ。
僕は、弱かった。
僕が生まれたのは、西側の辺境にある小さな村。
旅人もあまり来ることが無い、閉鎖的な集落で。
この近辺だけでとれる特産も無ければ、名物なども全く存在しない。
名も価値もない村。
……一時、村の近くで遺跡が発見されたこともあった。
その当時こそ騒がれたけど。
碌な魔道具も見つからずに。
すぐ、人々に忘れ去られる事になった。
でも、僕は……僕の家族は忘れられなかった。
その管理を一手に引き受けさせられるという貧乏くじを引かされたからだ。
僕の父親は元冒険者だったから。
西側の魔物であれば。
何とか討伐が出来た。
十年以上も冒険者をしていて、結局C級止まりのごくごく一般的な実力の持ち主でしかなかったけど、それでも俺にとっては見たことのない化け物たちを倒せる英雄で、憧れだったのだ。
彼が遺跡の管理者にされたのは、そういう理由もあった。
管理の届かない遺跡は、魔物の住処となる事も多いから。
「――ねえ……父さん」
「ん、どうかしたか?」
「毎日毎日そんなに働いてたら、過労で死霊種になっちゃうよ?」
「……なんて?」
「しりょうしゅ」
「――しりょ……ふ――ははは――ッ!」
「……何で笑うのさ」
「くくッ……ははッ――シンクも、そんな冗談を言える年齢か。どの絵本で知ったんだ?」
母さんは病に侵されていて。
常にベッドの上だったから。
父さんは生きていくために……家族を養うために畑を耕し。
周辺の魔物を狩り。
遺跡を管理して。
偶に都市へ出ては魔核石や素材を売却してくる、お土産を買ってきてくれる。
村の中で唯一戦闘力を有する父。
どれだけ心労が掛かっても。
決して弱音を吐かない程に人が良く、どこまでも――海のようにおおらかな父親。
だから、だったのかもしれない。
「ねぇ、あなた? シンクの背中に変な痣が出来てるのだけど……」
「――なぁぁぁにィ――ッ!? うちのシンクを虐めるような子供がいるのかァ! 父ちゃん今から……いま……これは――」
「――あなた?」
「……父さん?」
「……………まさか!」
「父さん? コレは、何かの病気なの?」
冒険者だった父さんは様々な病気にも詳しい。
だが、彼は目を見開いて。
固まってしまったまま何も言わず、次の瞬間には本当に嬉しそうに僕と母さんを抱きしめた。
「――ははッ――そうか、そうなのか……まさか、シンクがなぁ」
「ねぇ、父さん」
「あなた、いつも一人で納得しないで頂戴?」
知っている風な態度に。
僕達二人が尋ねるけど。
彼は「幸運の印だよ」なんて言い聞かせると。
母さんとキスをして何時ものように魔物を狩りに行った。
どうしても納得できなかった僕は、彼以外にも何人かの村人に話を聞いたけど。
結局この痣が何なのか。
知るモノは居なかった。
―――本当に幸運の印なら。
―――絶対あんなことには。
あんな結末には、ならなかった筈なんだ。
……………。
……………。
数か月が経ったある日。
遺跡に、東から流れてきた魔物が住み着いた。
アングィスロード……人間すら一飲みで捕食するC級の、蛇型の魔物。
練度の高い騎士や。
現役の冒険者なら。
一流の戦士なら、難なく倒せる敵だけど。
戦闘力を持たない村人たちからすれば一夜で村を滅ぼすに足る化け物で。
同じランクだったとしても、人と魔物には力の差があり過ぎるから、父さんの手には余る敵だった。
だから、皆で相談して。
都市に救援を、冒険者ギルドに助けを求めた……筈だった。
―――待てども、返事は無かった。
所詮、辺境の小さな村だ。
何の旨みも特産もない村。
そんな所に国は――或いは都市は。
兵を動かすつもりも、冒険者を派遣するつもりもなかったのだと思い、諦めるしかなかった。
そして、その時は来た。
腹をすかせた魔物は、戦う術を持たない人々に牙を剥き。
管理者としての責任を全うすると、単身で戦った父さんは今までにないほどの強さを見せたけど……。
結果は相打ち。
捨て身の攻撃を行うことで、何とか魔物の息の根を止めたけど、代わりに致命傷を受けた。
倒れた父さんが血を流していても。
彼ら村人は慌てふためくばかりで。
オロオロするばかりで、何をしようともしなかった。
ただ、そこに存在するだけ。
そんな混沌の中に在っても、父さんは何時ものように笑っていて。
「……良かった、シンク。本当に――無事で良かった」
「――とうさ……血……ぁ」
「はは……だから、言ったろう? アレは幸運の――」
「なにが幸運の印だよ!」
「……………はは」
「父さんがいなくなったら――僕も! 母さんも! どうやって生きていけばいいんだよ!」
もう働かないくていい。
魔物と戦わなくていい。
だから、死んで欲しくなかった。
辺境の小さな村では誰かが病で死ぬことも少なくなかったから。
魔物に襲われることもあったから、僕は人が死ぬ条件を理解してしまっていた。
もう彼が助からないと。
分かってしまっていた。
「大丈夫だよ、シンク。お前の痣はな――勇者の証なんだ」
「……………え?」
「父さんも驚いたさ。C級程度の魔物相手にこんなヘマするような、凡庸な冒険者だからね。多分母さんの血が強かったんだ。男前だしなぁ」
陽気に話しながらも。
声は抑揚を失い始め。
彼の身体からは。
どんどん血が……命が流れ出て。
六大神様の力――その権能を知っているから。
英雄たちの起こした奇跡を思い出して、僕は必死に血を止めようと傷口を抑える。
「地母神様の加護なら――ッ! 僕だって父さんを!」
「……シンク」
「じゃあ、叡智神様なら! どんな知識も与えられるんでしょ!?」
「シンク」
「……だって――ッ!」
何も、起こらない。
超常の力も、救いの光も、神様の助けも――何も感じない。
「海嵐神様の加護は、きっとシンクと母さんを守ってくれる」
「ぼく――戦いなんて知らないよ!」
「シンクは優しいからなぁ――花屋なんてどうだ?」
「……でも、勇者って――」
「商人も良いかなぁ……。父さんも小さい頃は迷って、結局夢を見て冒険者になったけど、やっぱりケガして引退しちゃったし――シンクは好きな事をやれよ?」
「……………でも」
「勇者って言うのは、決して枷じゃないんだ。神様が、自分を肯定してくれたって、祝福してくれたってことなんだから。だから、好きに生きていいんだ。商人でも、パン屋でも、花屋でも。戦いに生きる必要なんて、全くないんだ」
彼は、なんて事を言うのか。
それは勇者に夢を見る全ての者へ対する挑発――冒涜だった。
伝説を知るモノ程。
勇者には夢を見る。
花屋をしている勇者なんて、笑い話にもなりはしない。
なのに、彼はそれを肯定して。
清々しいまでの表情で笑って。
「――だから――自分の信念を、夢を……成りたいモノを。絶対に、諦めるんじゃないぞ。神様だって、きっと……それを……あぁ、きっと――」
……………。
……………。
最後まで皆の事を心配して。
最後までおおらかなまま、彼は息を引き取った。
運命というのは残酷だ。
地母神様の加護なら、父さんを癒せた。
叡智神様の加護なら、治療のための術を学べた。
淵冥神様の加護なら、生命力を吹き込めた。
武戦神様の加護なら……一緒に戦えた。
でも、僕は何もできなかった。
例えそれらの加護を受けていたとしても同じだったのかもしれない。
力というのは、経験無くしては、努力無くしてはその手にできないものだから。
そして、数日が経ち。
都市から役人が来た。
僕と父さんの話を話を聞いていた村人たちから伝わったのだろう。
目的は明確で、発見されたばかりの勇者を保護しに来たのだ。
助けを求められた時は。
何もしなかったくせに。
勇者なんて名前だけの役立たずの為だけに、飛んできたのだ。
……後で分かったことだけど。
村人たちはギルドに救援の要請なんてしていなかった。
都市へ助けを求めただけで、金のかかるギルドへの依頼なんてしていなかったのだ。
アングィスロードを見張る為、村から離れられなかった父さんの代わりに都市へ行った男も、それを知っていた筈なのに……知らないのは僕たちだけだったんだ。
都市へ行ってからは。
僕は母さんのために強くなることを誓った。
父さんのような英雄……それが、僕の成りたいモノだった。
戦いの才能は無かったけど。
かつてない程に努力をした。
彼と同じ武器を使い。
彼と同じように戦い。
どんどん技を覚えていく僕を見て、若い頃の父さんのようだなんて……母さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
母さんが病の影響で死んでから、俺は更に戦い続けた。
寂しさを、悲しさを忘れたかったから。
強くならなければ守れない。
大切なものが出来ても、目の前で失ってしまう。
だから、俺は強くなる。
誰よりも強くなるために強き者たちを仲間にし、彼らに教えを乞う。
絵本の存在のような存在を、探そう。
世界を救った大英雄。
国家を渡り歩く剣聖。
隠れ住む亜人の賢者。
異界の聖者……誰でもいい。
彼らの教えを受け、今度こそ守れるように。
決して、大切なものを失わないように――俺は、誰よりも強くなってみせる。
◇
「でも、限界を感じていたんだ」
「……だから、なの?」
「あぁ、強い仲間が欲しかった。弱い俺を鍛えてくれる、そんな存在が」
……………。
……………。
「――本当に、君は頑張ってきたんだね」
「こんくらい、当たり前だろ」
いや、全然違うよ。
だって、シン君は。
戦わせる為に強い仲間が欲しいんじゃなくて。
自分を強くしてくれる仲間を求めたんだから。
その差は、余りに大きく。
とても眩しい覚悟なんだ。
「本当に、シン君は凄いよ。凄く……すっごく強いよ。僕が今まで出会ってきた誰よりも」
「……………んで、コウタはどうしたんだ?」
僕の言葉を受け。
彼は照れたように、急いで話を変える。
心配しないで良いよ。
ただ涙脆いだけだし。
背を向けて鼻をすすっている親友は、誰よりも優しいから。
こうした話を聞くと、感情移入しすぎてしまうんだ。
「――じゃあ……長話しちゃったし、そろそろ上がる?」
「おい」
「冗談だよ」
まだ、彼の話しか聞いていないから。
僕たちの世界の事を。
日本という国の話を。
話さないのは不公平というものだろう。
……康太はまだ駄目そうだし、僕が教えるのが良いかな。
「じゃあ……えぇと――何が聞きたい? 色々とあり過ぎて、説明が出来ないんだ」
「――まず、百年前の勇者が伝えたっていう――」
彼は、待ってましたとばかりに早口で捲し立てる。
きっと、これこそが。
本当のシン君なんだ。
次は、次はと……彼の尽きぬ疑問に。
回復した康太と一緒に回答していく。
その歓談は何時までも続き。
僕が再び異世界召喚の予感を感じたところでお開きにしようとしたけど。
白熱した二人の圧に負け。
結局、三人仲良く先生に引き上げられることになった。
目が覚めるのも三人一緒だったらしい。
もしかして、本当に義兄弟になっちゃったのかな……?
文の整理・書式の統一による編集を行っています。
現在、本部分まで(2/1時点)
物語への影響はありません。




