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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第六章:勇者一行と信仰の王国

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第十四話:緊急会議と追憶の浴場

―陸視点―




 僕たちが調査から帰還してすぐ。


 緊急で政府の議会が招集された。



 神官長であるネレウスさん。

 大臣であるカインさん。

 炎誓騎士団の長であるフエーゴさん……後は知らない人たちだけど。


 恐らく騎士団の上層部。


 或いは内政面での重職。


 卓を囲むのは、皆国家の中枢に就いている人たちだろう。

 

 卓に着いていない者は護衛か。

 ミハイルさんのような補佐官。

 僕たちもシン君を加えてこの場にいるけど、フィリアさんは未だに意識を取り戻しておらず、自室で静養している。



「……よもや、魔皇国。それも、伝え聞く黒戦鬼とは」

「ですが、オークとの関係性は不明なのでしょう? どういう事なのか」



 そして、部屋には重い空気が流れていた。


 先生の説明で、僕たちの見た全てが語られたからだ。

 行方不明者になった住民、騎士は勿論、何かから逃げるように襲い掛かってきたオークの事。


 そして、黒戦鬼サーガについても。


 本当に魔皇国が敵ならば。

 一国の戦力で片を付けるのは不可能かもしれないという話が始まり、今後どのように動くかなどが議論された。



「――ナクラ殿、専門家である貴方の意見を聞きたい。この一件、魔皇国が主導していると思われますか?」



 ネレウスさんの口調も重苦しく。


 彼の言葉に、先生は。


 立ち上がって答える。



「個人的な考えですが――その線は薄いと考えています」



 答えは、否。



「黒戦鬼は、姿を見せずにこのまま暗躍することもできた筈。こうして私たちがその姿を目撃した後でも、戦闘こそすれ、追撃は無かった。そして、あのオークたちの反応を見る限りでは、むしろ我々との類似点が多いと感じました」



 それは、僕たちも感じていた違和感。

 明らかに足並みがそろっていない上に、わざわざこの近辺で生まれたオークを配下として動かす必要があるのかという疑問も生まれる。


 それが一種の戯れ。


 遊戯でないならば。



 別に理由があるわけで……。



「――つまり。彼らもまた、この一件の調査のために赴いたと?」

「はい、首謀者は別に存在すると考えています」

「「……………」」



 彼はそのまま話を続ける。

 今や、この場にいる全ての者がその言葉に聞き入っていた。



「重ねて、明らかに失踪者とオークの数が合っていない、というべきでしょうか」

「それは、つまり?」

「失踪者たちが別の場所へと連行された。もしくは、最初からオークの拠点は複数存在していた……という事も考えられます」

「――なんと……もはや」

「その予測が真なら、由々しき事態ではある……か」



 まさか、そんなことが。


 でも……確かにそうだ。


 あの場に居たオークは、そう多くなかった。

 散り散りに逃げたからだとも考えられるけど、他にも拠点があると考えれば。



 本当に、彼らの厄介さが理解できる。



「オークなど、恐るるに足りん。我が炎誓騎士団であれば都市防衛は独壇場、決して後れを取ることなどない」

「えぇ、その通りですな」

「我らが騎士たちならば」



 自信を感じさせる騎士団長フエーゴさんの発言。


 確かに彼らの練度は高く。

 その言葉に同意するものは多かった。



「ですが、フエーゴ殿? 現在我々が追い込まれているのも事実。何の策も講じず二の足を踏んでいれば、一般の者に被害が出る可能性は否応に高くなってしまいます」

「――う…む……済まない」

「いえいえ。これも、仕方なき事」



 でも、国家全体に関わること。


 ネレウスさんは楽観視できず。


 彼が諫め、落ち着く場。



「「……………」」

「――カイン殿はどう思われますかな」



 次に意見を求められたのは。


 大臣であるカインさんで。


 先生が優秀な為政者だって言ってたけど、こういう時はどんな対応を―――



「………オフィリア様だ」

「「―――?」」

「未だ、意識を取り戻していないというではないか」



 その表情は幽鬼のようで。


 端的に言って…凄く怖い。



「そもそも! オフィリア様を都市から出すなど、私は反対だったのだ! こうならぬように計らうのが神官長であるネレウス殿の――」



 ……凄いなぁ。


 オークよりも迫力が伴っていそうな彼は。

 次々に文句を捲し立てる。

 でも、それらの殆どはフィリアさんに関することばかりで、先ほどの話から完全に逸れていて。


 議席に座る人たちの表情は「やれやれ」とか「またか」みたいな感じだ。


 もしかして、この下り。


 良くあることなのかな。


 困惑する僕たちに、先生が声を潜めて語り掛けてくる。



「まだ会議は長引きそうだから、皆は先にお風呂に入ってくると良い。重要な話題が出たら後で伝えるから」

「……そう、ですね。暫くは終わらなそうですし」

「冷や汗とかも掻いたし、さっぱりしてこようか」



 その言葉受け、僕たちは席を立つ。


 女性陣は特にお風呂に入りたそうだ。



「――シン君? 一緒に行かない?」

「俺は、まだ残って聞くぞ」

「勿論、自由さ」

「んじゃ、俺達は一番風呂を頂くとしますかね~」



 まだ残ると言って先生の隣に座ったままのシン君。


 彼を残して、僕たちは四人で会議室を後にした。




   ◇




「――カインさん、凄い剣幕だったね」



 ゆっくりと考え事をするにも、疲れを取るにも。


 お風呂は大変有効。


 康太は勿論だけど。


 今回はミハイルさんがご一緒していて。

 彼はカインさんの補佐だし、あの場に居なくて良いのかなとも思ったけど。

 どうやらずっと働き詰めだったらしく、休んで来いと言われたらしい。


 彼とはここ二週間の間。


 何度かご一緒したけど。


 お風呂に入れば皆仲間という事で、軽く話をする程度の仲になったのだ。



 ミハイルさんは僕の言葉に、それも仕方ないという顔で肯定する。



「カイン様はオフィリア様の叔父ですから。心配されるのも当然なのでしょう」

「――え、そうなんすか?」

「という事は、カインさんも王族?」

「えぇ、そうなりますね。本来なら公爵として領を持っていてもおかしくないのです」

「……マジか、全く似てねえな。特に――いや、何でも」



 いけない言葉を発しようとした親友を黙らせる。

 仮にも一国の大臣さんだからね? しかも、今一緒に居る人はその補佐だし。

 

 でも、理解できるよ。


 本当に似てないから。


 特に……頭の上あたりが。

 フィリアさんは余程母親の遺伝が強かったのか。

 カインさんの兄弟、この国の王様が美形なのか。

 後者は病床に伏しているらしいし、会ったことが無いから分からないんだよね。



「フィリアさんの母親は先代の聖女だったんですよね? どんな方だったんですか?」

「……とても優しく、美しい方でした」



 じゃあ、やっぱり。


 そっちの遺伝……?



「――私にとっては命の恩人でもありますね」

「聞いても良いっすか?」



 康太も気になったのだろう。


 彼の紡ぐ興味深い話に。


 僕達二人は耳を傾ける。



「実は、私は孤児なのです。親の顔も、どのような方たちだったのかさえ知りません。物心ついたときには周りにもおらず、頼れる存在も居なかった。そんな時、路地裏で野垂れ死ぬ運命だった私に手を差し伸べてくださった方が居ました」


「それが、先代の聖女さん」


 

 僕の言葉に、彼は頷く。



「彼女は、とても破天荒な方で……城を抜け出しては孤児に食糧を届けに。当時の騎士団も、神出鬼没の彼女には困らされてばかりだったようで」

「――それ、危なくないんですか?」



 とても聖女らしい事だけど。


 実際にやるのは危なすぎる。


 いくらこの国が治世の行き届いた宗教国家だからといって、何の影もない訳ではなく。


 貧しい人も、孤児も……。

 表立って出現しないだけで、犯罪者の温床だってある筈。


 オフィリアさんなんて。

 町にすら出られなかった筈なのに――いや。


 

 だから、なのかな。



「えぇ。無論、それは危険を伴う事でした」

「「……………」」

「ある日、暴漢に襲われ、すんでのところで騎士達が介入することに成功しましたが――当時既にオフィリア様を身籠っておられた彼女に、臥せった状態での出産は耐えられなかった」



 親と子の命。


 どちらの命を救うかの選択。

 多くの者が、母親を選ぼうとしていた。


 そう語る彼の顔に。


 影と光の両方が同時に差して。



「ですが、あの方はそれを良しとしなかった。「娘も救えぬで、何が聖女か」……と。そして、どうなったかは想像の通りです。あの方の覚悟と気高さに多くの者が心打たれ、必ずや忘れ形見であるオフィリア様を守り抜くと誓いました」

「――ウ……ウゥ……グスッ……良い話だな」

「うん、そうだけど」

「ズズズ……ッ」

「――あの、どうやって彼女は城を抜け出していたのですか?」



 大洪水の親友には同意するけど、それはともかくだ。


 神出鬼没っておかしいよね。

 

 いかに隠れるのが得意でも。

 誰にも見つからずに城下に出られるわけがない。


 何より、いくら頼まれても、危険な所へ行こうとする聖女を騎士達が止めない筈はない。

 そこが引っ掛かったから、疑問を呈したけど。



「実は、この宮殿には幾つかの抜け道が存在するらしいのです。建国以前――初代であるセラエノ王が幼少期だった頃より伝わっているらしく、代々王家の者のみに伝えられていると」



 そんな不思議な逸話を聞いて。


 一転して目を輝かせる僕たち。


 凄くワクワクしてくる話だった。

 冒険者としては垂涎物の伝説で、とても興味深い。

 ミハイルさんは話を終えると、「私が話したことは内緒で」なんて悪戯っぽく笑いながらゆっくりと立ち上がる。



「では、公務がありますので。私は失礼致しますね」



 湯船からゆっくりあがり。

 そのまま脱衣所の方面へと姿を消すミハイルさん。


 焦ってはないみたいでも。


 本当に忙しいんだろうね。


 僕たちが彼の健康を祈りながらその姿を見送っていると。

 入れ替わるようにしてシン君がやってきた。


 会議中も熱心に聞き入っていたけど。

 もう終わったのかな?

 かけ湯をして湯船に入ったシン君は、そのまま僕たちの傍へやってくる。



「やぁ、奇遇だね……どうしたの?」



 声をかけたものの、彼の顔が赤くなっていることに気付いた。

 風邪なら早く寝た方がいいと思うけど。



「……いや、ミハイルさんが」

「あぁ、確かに」

「あの人、女性にも見えるからなぁ」



 僕たちも最初は戸惑ったよね。


 でも、ちゃんと確認したし、大丈夫だろう。


 ……いや、もしかしたら。

 何らかの魔術で姿を誤魔化しているという線もあるけど。

 僕はまだ触れないと魔力の流れを感知できないし、いきなり相手に触れるのはちょっとアレだ。


 もし本当に女性だったら。


 色々問題になるだろうし。



「――なあ、リク。実際、六魔将ってどうだったんだ?」



 染まった顔を誤魔化すように訪ねてくるシン君。


 彼も、勇者である以上。

 

 興味があるのだろうね。


 この世界に来て一年と経っていない僕たちよりも、シン君は多くの言い伝えを知っているから。


 顔を見合わせた僕と康太は。

 あの時の事を、その威圧を思い出して身震いする。



「すっっっごく怖かったよ。相対しただけで震えが止まらなかった」

「本当に、死ぬかと思ったぞ」


「……そうなのか」



 彼は特に揶揄うこともなく、呟く。


 この二週間で、一緒に行動して。

 シン君とは多くの事を共有した。

 僕たちがある程度の実力を保有していると知っているからこそ、相手の強大さを察することが出来たのだろう。 



 ―――黒戦鬼サーガ。

 


 あれは、今の僕たちではどんな手を使っても勝てない。


 搦め手とか秘策の問題ではなく。


 本当の意味での負けイベントだ。


 たまにネットでは、そういう展開をひっくり返す裏技などが紹介されてたけど。

 僕たちにとって、それを可能にするために必要なのはただ一つ。


 強くなるしかない。


 それこそ、僕たち一人一人が上位……いや。

 最上位冒険者に匹敵するくらい強くなれば、アレを倒すことが出来るようになるかもしれない。


 そうで無ければ。


 話にもならない。


 今は、決して挑むべきではない。

 命あっての物種と言うし、全力で逃げに徹するが吉なんだろう。



「別に俺たちの目的は関係ないんだけど――もっと、強くならないとなぁ」

「うん。皆で、強くなろう。また出会った時のために」


「……羨ましいな、お前たちは」


「勿論、シン君も仲間だよ?」

「おう、困ったことがあったら兄ちゃんが何時でも助けてやるからな」



 康太は何時から兄になったんだろう。



「子ども扱いはすんな。――けど……まぁ、その時は頼む」

「「あ(お)、デレた」」



 あのシン君が短期間で変わるものだ。


 というより、コレが素なんだろうね。


 あの時のは僕たちと戦うための挑発だったし。

 本当の彼はとても素直で真っ直ぐな少年で。壁にぶつかっても、これまで自身を磨き続けてきた。


 彼も、まだまだこれからで。


 上へ成長することが出来る。



 ―――とは言え、だ。



「自分が強くなるのも勿論だけどよ。シンは、勇者としての特性を生かすのも大切じゃないか?」

「……………」

「そうそう。この国の騎士さんたちと一緒にさ? 部隊を指揮する為の知識とかを勉強するのも良いんじゃないかな。そうすれば、冒険者としてパーティーで行動するときも、仲間たちは最適な動きが出来るだろうし」

「リーダっぽいし、指揮官もいいよなぁ」



「――それは……今まで、考えたこともなかったな」



 彼は自分の能力を磨き続けてきたから。

 

 無理に自分だけを鍛えるのではなく。

 共に戦う仲間が、最上の動きを出来るような能力を身に着けること。


 それを覚えることは。


 決して腐らないから。


 彼は人々を指揮する能力を海嵐神に授かっているけど、戦術は学ばなければ身につかない。


 だから、その能力を伸ばすために。


 彼の強靭な精神力を生かすべきだ。



 ……きっと、最高の戦術家になる筈。



「――まぁ、考えてみるさ」

「おう、応援してるぜ?」

「言ってくれれば、僕たちも協力するし!」



「――で……なぁ、シン。()()見せてくれよ」



「絶対にダメだ」

「ちょっとだけ! ……ね?」



 僕たちは思い立ったように。

 

 突然、二人でシン君を囲む。


 だが、流石の防御力で。

 彼は決して僕たちに背を向けようとはせず。



「へへへ……良いではないか、良いではないか……リク、今だ!」

「了解ィ!」

「ちょっ、やめっ――」



 康太が彼の注意を引き付けて、僕が押さえつける。

 無論あまり力は込めていないけど……彼も観念したのか、大人しくなって。


 僕たちが見たがったのは。


 彼の背中に存在する痣だ。


 それは複雑な紋様であり、自然にできるものではないことが伺える。


 これこそ、彼が勇者だという証。

 六大神に選ばれた勇者は、対応する神の紋様が体の何処かに現れるという。

 それがいつ現れるかは個人差があるらしいけど、シンくんの場合は十歳のときだったらしい。


 最初のうちは、誰もそれが何なのか分からなかったらしいけど。



 ―――にしても、やっぱり



「「格好良い!」」

「……あのなぁ」



 だってしょうがないじゃん。


 こういうのは男のロマンだ。


 僕たちも同じ勇者だけど。

 こういう紋様は存在せず。

 僕たちには僕たちの物語があったように、彼にも勇者として歩んできた足跡があるんだろう。

 


「――なあ、良かったらシンの話を聞かせてくれねえか? さっきまでミハイルさんに聞いてたんだけどよ」

「はぁ? 何で俺がそんなことを……」

「じゃあ、代わりに僕たちの居た世界の事を教えてあげるよ?」



 その言葉を聞いた瞬間、彼は目を見開く。


 此処とは全く異なる世界。


 やっぱり、興味あるんだ。



 ……………。



 ……………。



「しょうがねえな」



 沈黙の時間が続き。


 暫しの静寂が続いた浴場だけど。

 湯けむりと共に揺れていたシン君は。やがて、ゆっくりと語り始めた。

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