第十三話:六魔将、黒戦鬼のサーガ
―陸視点―
「――皆さん! どうされたのですか――ッ!?」
一度も振り返る事なく。
転がるかのように。
逃げて――逃げて。
外周部の拠点へと飛び込む。
焦燥した顔、気絶したフィリアさんを背負う康太……何かがあったと推察するのは容易だっただろう、見張りの騎士さんが慌てて屋内への垂れ幕を開いてくれて。
そして、気が付けば。
皆で床にへたり込む。
話せるまでに回復したのは。
それから、かなりの時間が経ってからの事で。
「オフィリア様は、大事ないです」
「良かった……本当に。――皆様。一体、何があったのですか?」
ベッドに横たわるフィリアさんは問題ないらしく。
衛生兵を兼任する騎士さんの報告を受けて、ドレットさんが僕たちに尋ねる。
でも、それをどう説明すればいいのか、僕には分からず。
何とか、縺れる舌で言葉を吐き出す。
「――オークの拠点に、先生が――っ!」
「ただいまーっと」
「「……………」」
………幻聴?
入口から響いてきたのは。
僕たちがよく知る声で…。
「ナクラ殿! ご無事でしたか!」
「あぁ、少々危なかったけどね。それで――なんだが」
拠点をぐるりと見まわす幽霊。
確認を終えた彼は、視線をこちらに向けてくる。
「ドレット、すぐに帰還の準備をしてくれるかい? 緊急で議会を招集する必要がある」
「了解です。……それで、その――」
ドレットさんは森の方角を見ながら尋ねる。
それは、行方不明になった騎士たちの事だろう。
でも、その言葉に。
先生は首を振って。
僕たちも実際に見たけど、あれはもう……。
「そう……ですか。いえ、ありがとうございます。――皆、集合だ!」
それが意味することを察したのだろう。
きっと、ドレットさんにとっては大切な戦友で、同僚だったはずだ。
俯いたのはほんの一瞬。
彼はすぐに拠点を畳むための指示を出す。
本当に、この世界に生きる人たちは強く。
仲間の死を受け止める精神力。
それは、当然に冒険者が目指すべき目標の一つでもあるのだろう。
でも、僕は…誰も失いたくない。
だから、まだまだ全く足りない。
ドレットさんを見送った幽霊は僕たちの方を向くと、いつもの笑顔で語りかけてきた。
「皆、そんなに悲壮な顔して……何かあったのかい?」
うん。
やっぱり幽霊でも、幻でもない。
「――先生……生きてんすか?」
「死んでるように見えるかい?」
「どうやって戻ってきたのですか?」
「うまい具合に吹き飛ばしてくれたからね。足を引き摺って帰ってきたのさ。――剣は折れちゃったけど」
そんなギャグみたいな。
見れば、外套から覗く先生の足は、向いている方向がおかしく。
元々サーレクトとの戦闘で欠けていたらしい彼の剣は、完全に根元から折れてしまっているようだ。
むしろ、良くここまで持ったくらいだけど。
「いやー、参ったね」……なんて。
困ったように言いながら脚の関節を弄っている彼は既にいつもの調子で。
ゴキッという凄く嫌な音と共に。
彼の足は見慣れた姿を取り戻す。
なんか、ちょっと――あれだ。
安心したら、急に腹が立って。
僕たちは顔を見合わせて頷く。
「「――先生」」
「どうしたんだい? 声を揃えて」
「「そこに正座してください!」」
四人の言葉は。
完全に同じで。
「……………え?」
困惑の表情を浮かべる彼を取り囲み。
一斉に説教を始める僕たち。
助けてもらった立場なのに、勝手なことだと思うかもしれない。
でも、本当に心配だったのだ。
彼が居なくなると思ったら。
心の底から恐怖が込み上げてきて。
その不安を払拭するように、彼はここに居ると確かに感じるために、僕たちは言葉をぶつける。
その間、彼は困ったようにしながらも、静かに聞いてくれた。
……………。
……………。
「皆さん、お帰りは馬車で宜しいですか?」
「そうだね。話したいこともあるし、頼めるかい?」
そして、話が終わる頃。
遠慮がちに訪ねてきた騎士さん。
彼の言葉を受け、正座していた先生は軽快に立ち上がる。
さっきのケガは大丈夫なのかな。……正座させたのは僕たちだけどさ。
行きは歩きだったけど。
帰りは急ぎの為馬車で。
僕たちは拠点を構成していた骨組みなどと一緒に乗り込み。
眠っているフィリアさんをゆっくりとクッションに横たえる。
車体が動き始め。
一息ついたころ。
ようやく調子が戻って来た事で、状況の整理を兼ねた話を始める。
勿論、アレについてだ。
「――先生。あのオーガは、やっぱり」
「間違いない、ですよね?」
「……あぁ。まさか、この国で遭遇することになるとは思わなかったよ」
確信があった。
僕たちの中で、既に答えは出ていた。
あれは、間違いなく―――
「―――黒戦鬼……サーガ」
「その通り。大陸極東、魔皇国エリュシオンの最高戦力である六魔将の一角にして、西部方面を総括する大妖魔だ。知能が極めて高い黒鬼っていう変異種だね」
それは、セフィーロ王国にいた頃。
僕たちが学ぶことになった亜人で。
S級であっても単独では勝機が低いと言われる存在。
出会ったなら、すぐに逃げろと先生に教えられた怪物の一角だ。
―――変異種。
魔物の中には、同じ種類でも特定環境下で先天的に異なる能力を持って生まれてくる者たちがいる。
それらは上位種や変異種などと呼ばれ。
通常の討伐難度では測れない力を持つ。
例えば、ゴブリンの上位種である王、変異種であれば魔術師が挙げられる。
一般的には。
強さで言えば上位種、厄介さであれば変異種に軍配が上がるという。
でも、あれは?
アレは、そんなものを超越した何かだ。
もし戦えと言われたら、僕は何が出来るのだろうか。
そもそも、西部方面を担っているからとは言え、何の用もなく六魔将が中央に来るとは思えない。
しかも、現在この国では異常事態が発生しているわけで……。
「――もしかして、この一件に魔皇国が関わっている可能性があるんじゃ?」
「そうだね。その可能性は否定できない」
「それ、ヤバくないっすか?」
そうだ。
明らかに手に余る問題。
それこそ、国の全面的な協力だけでなく、複数人の最上位冒険者が必要だろう。
「でも、それはそれでおかしいよね? オークと仲良さそうにしてた感じじゃなかったし」
「そこなんだよね。後で説明するけど、この件はかなり複雑化してきている」
「さっき言っていた議会の招集ですか?」
「その通り。私達だけで考える問題ではないから、上層部には全部報告する必要があるし、これからの方針も議論しなければならない」
話さなければいけないことは多いだろう。
……何故、黒戦鬼は。
追撃をしてこなかったのだろう。
彼ならば、それは容易だった筈。
一体、何が狙いだったのか。
答えを出すには、材料がまるで足りなかった。
「……あの。フィリアさんは、目を覚ましますよね?」
美緒の言葉で、考え事をしていた僕は我に返る。
確かに、この馬車はかなり質の良いものではあるが、それでも揺れる。
しかし、フィリアさんが目を覚ます様子はない。
さっき検査してもらった感じでは問題はないとのことだったけど。
もしもこのままというのなら、僕たちにも…国の士気にも影響するだろう。
友人としても。
とても心配で。
「大丈夫だよ。確かに黒戦鬼の影響は大きかっただろうけど、数日も眠り続けることは無いさ。それに、気丈に振舞っていても慣れない行動は疲れるものだ。今のうちに寝かせておいてあげた方が良いのさ」
そう言って、優しく彼女の寝顔を見る先生。
それはまるで親のような心境なのかもしれない。
それでも……それでもだ。
「――明らかに事案だよな」
「いたいけな少女に無理やりおじさまーなんて呼ばせて」
「私達が見ているので、先生は離れてください」
……隅の方へと移動して。
のの字を書き始めた先生。
本当に床をガリガリやっているし、後で騎士さんに報告しておかなきゃ。
「先生、大丈夫ですか?」
車内の空気がどんよりする前に声をかける。
「……リク。私の味方は君だけ――」
「縄ありますけど」
「はははっ――チクショウ」
何故か素直に巻き付け始める先生。
何故か協力し始める春香と康太。
僕と美緒は、その様子が可笑しくて笑う。
……やっぱり。
ずっと、こんな風に皆と居たいな。
だから、僕はもっと
―――強くならなくちゃいけないんだ。




