第十一話:確かな予感
―陸視点―
「――シンくーん。おやついるー?」
「略すなぁ!」
「いらない?」
「……それは……貰うが」
((――可愛い))
シン君に出会ってから二週間が経過したけど。
今の所変化は少なくて。
通常通り訓練の毎日だ。
現在の課題は、連携の取れた敵との戦い方。
そういう手合いと敵対する事を想定して騎士さんたちと訓練を行っているけど、未だにオークの本拠地は見つかっていないとのこと。
せめてもの救いと言うべきなのか。
失踪者は目に見えて減ったらしい。
―――で、彼だけど。
シンク君では呼びずらいとのことで、愛称で呼ぶことになった。
彼は、まだ十三歳だから。
この世界基準でも子供だ。
勇者特権と言えども。
未だギルドで冒険者登録などはできないらしくて。
それでも強くなろうとする姿勢は、見ていて応援したくなってくる。
訓練後の休憩時間。
広い客室で本を読んでいた僕の鼻孔をくすぐる甘い香り。
耳に届くサクサク音。
待ち望んでいた時間。
三食におやつも付いているなんて、勇者って素晴らしいよね。
さぁ、僕も。
本を閉じてみんなと一緒に―――
「……………あれ、僕のは?」
「ごっつぁんです」
「流石、春香ちゃん」
「高速で手を伸ばしてましたね」
「――あの……あ、後でお代わりを持ってきますね?」
この食いしん坊春香が。
幼少期より、僕は彼女におやつを奪われ続けてきた。
甘いものを貪られるのを、ただ見ていることしかできなかった。
それは今でも変わらない。
目を離せばすぐにコレだ。
フィリアさんは謝罪するように頭を下げるけど。
思えば、彼女も春香を甘やかしすぎな気がする。
春香は飴と鞭を使い分けなければ分からない女の子なんだからね。
「フィリアさん。春香を甘やかし過ぎちゃ駄目だよ?」
「……うぅ……スミマセン」
そう、太ってからでは遅いのだ。
沢山食べたところで、彼女の身体はもう成長しないだろう。
およそ、横以外には。
「――陸? 何考えてんのか分かるよ?」
「テクトはズルくない?」
感情を読み取ったのだろうか。
あまり使いたくないという割には、使い所が致命的におかしい。
「はははっ、春香ちゃんはエンジョイ勢だからな。――シン、俺のもいるか?」
「子ども扱いすんな!」
焼き菓子を差し出す康太と、文句を言いながらも受け取るシン君。
本当に甘いものが好きなんだね。
康太にとっては弟が出来たような気分なのかな。
一人っ子だし、面倒見もいい性格なので構いたくなるのだろう。
何だかんだで。
シン君も嬉しそうだし。
……と言うか、僕じゃないのね。
他のものだったら優しい美緒が分けてくれるのかもしれないけど、彼女も甘いものは大好物で。
「――僕の――焼き菓子……」
「……………モグ」
僕がゆっくり視線を向けると。
隠すようにすぐ食べてしまう。
誰かにとられないかと疑心暗鬼のようだ。
――でも兄弟か……。
四人の中で兄弟がいるのは美緒だけで、彼女には兄がいたらしい。
父さんと母さん。
どうしてるかな。
たまに思い出すと、感傷的になってしまう――と、この音は。
「――皆さん、ここにおられましたか!」
部屋の扉がノックされ。
美緒の開けたドアから現れたのは、知り合いの騎士さん。
彼は焦りを隠しておらず。
その表情から、異常事態が発生したことが理解できた。
「――随分と急ぎですけど」
「何かあったんです?」
「担当区画の調査に向かった部隊が消息を絶ちました。すぐに一階の会議室までお願いします」
……………。
……………。
会議室には、既に調査隊の隊長たちと先生がいた。
雰囲気は異様に重くて。
その表情は一様に硬い。
視線を集めているのは都市周辺の見取り図で。
その過半数は既に調査済み。
そして、存在する赤い目印。
あそこは確か、前に文献で調べた遺跡の一つが存在している区画の筈だ。
「此処は、都市から最も離れた区画の一つ…手つかずの部分が多い地帯だ。その分調査に時間が掛かることを考慮して周辺から潰していたが」
「――よもや、小隊丸ごと連絡が途絶とはな」
誰一人帰ってこなかった。
個々が精鋭である彼らが。
その事実はこの場にいる全員に、重く圧し掛かり。
「急ぎ、調査隊を派遣する必要があります」
「……問題は――誰が」
「「……………」」
「我々が赴くべきでしょう。最も近くを調査していましたので」
「――いや、ここは私達が行こう」
少しの沈黙があって。
顔を見合わせる者たちの中で、ドレットさんが手を上げる。
が、その提案はすぐに翻り。
待ったをかけたのは先生だ。
彼は僕たちに視線を向けながら言葉を紡ぐ。
「調査区域は人の手が入っていない森林で、立地も不安定だろう? なら、オーク種の得意な戦場だ。通常の対人戦を想定した騎士達よりも、冒険者の方が有利だろう。それに、ドレット隊にはいざという時ために区域の外側で待機していてほしい」
「……成程、了解しました」
やがて、話がある程度纏まると。
彼らは細かい調整に入っていく。
この辺は僕たちが口出しできることではないけど、勉強のためにしっかりと耳に入れる。
それが、冒険者として必要な知識なのかは分からない。
でも、決して無駄などは無いから。
「――この地点に設営を。宜しいですか? ナクラ殿」
「あぁ、最良だ。地盤もしっかりしている」
相変わらず、先生は積極的に発言していて。
部外者扱いされないどころか。
専門家として意見を求められる。
それに、彼は集団の指揮能力にも長けた印象を受けて。
この人が多彩なのは今更驚かないけど――本当に、只の冒険者なのかな。
◇
森林の外周部に拠点を作り。
魔除けの術式で安全を確保。
そこまでの流れは今までの調査と同じだけど、漂う緊張感は別格だ。
ドレットさんたちに見送られ。
僕たちは六人で行動していた。
シン君は有事のために都市で待機だけど、フィリアさんは同行している。
それは、彼女の成長のために。
彼女自身が望んだことだった。
だから、僕たちは。
異を唱えることなく、全力でフィリアさんを守るだけで。
「ガアァ――ッ!? ァ……ァ」
皆で森林の中へ踏み込んでいくと。
すぐに、オークが飛び出してきた。
それも一匹ではなく複数体。
まるで追い立てられるかのように疾駆してきた彼らを、今度は気絶させること無く斬り裂く。
都市から離れているとはいえ。
森の外周部に出てくることは無い筈。
明らかに異常だ。
「――先生。やっぱり、コレって」
「当たり、ですか?」
「あぁ、これはビンゴだ。皆油断しないように」
彼等は、自然発生ではない。
近くに発生源……根城があるのだろう。
この短時間に何体ものオークがやってきたことから考えて、何らかの手段で大繁殖を行っている事は確実。
「フィリアさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、です。これは、私に必要なことですから」
やはり、彼女の精神は強い。
顔こそ青ざめてはいるものの、彼女はしっかりとした足取りで進む。
僕なんか、最初にゴブリンと戦った時は何度も吐いてしまったのに。
フィリアさんは、ゆっくりと……しかし確実な足取りで進み続け。
森の闇はどんどんと深くなり。
やがて、それが皆の目に映る。
「――これか。私も来るのは初めてだが。確かに、人の手は、入ってなさそうだ」
「人の手だけみたいっすけどね」
見えてきたのは石造りの遺跡。
苔が全体を覆い、蔓がカーテンを引いている。
森の中に何かを作るのが好きなのか、作った場所に森が出来たのか……。
冒険者って、こういう所を調査することが異常に多いよね。
僕たちはフィリアさんを守るようにして中へと足を踏み入れていく。
南側という影響もあって。
内部は非常に湿気が強く。
嗅ぎなれた臭いも充満しているし……何より。
―――異常な程に静かだ。
「……ねぇ。なんか、妙じゃない?」
「妙、ですか?」
「確かに、既に襲撃を受けた後…みたいな感じだな」
「争った形跡は少ないけどね」
足音は勿論。
息遣いすら感じられない。
さっきまでのオークたちも、見張りとは思えなかったし……どういう事?
「散り散りに逃げたのでしょうか? でも、血の匂いが確かにあります」
「そうなんですか?」
フィリアさんが感じないのは無理ないだろう。
魔素に体が適応している影響もあって、僕たちの嗅覚は異常に発達しているから。
鼻を衝くその匂いは。
進む程に濃くなって。
これは、覚悟を決める必要がありそうだ。
僕たちだけ四人だけでなく、フィリアさんも。
……………。
……………。
「フィリアちゃん。本当に、無理しなくて良いんだからね?」
「――大丈夫……ぅ――です」
春香が気遣うようにフィリアさんに声をかける。
彼女は気丈に振舞ってはいるものの、無理をしているのは間違いない。
その声は大きく震え。
今にもへたり込んでしまいそうなほどに狼狽していた。
でも、それが普通の行動で。
当然の反応と言えるだろう。
――それは、積み重なるように乱雑に捨てられた死体だった。
腐敗が進んだモノは。
醜悪な臭いを発して。
思わず、鼻を塞ぎたくなるほど。
そして……その中のひと山。
まだ血の固まっていない、男性たちのもの。
真新しさから考えて、間違いなく消息を絶った騎士達だろう。
中途半端に取り去られた鎧は殻を剥かれた甲殻類の様で。
覗く肉体は所々が欠損し、抉られ、齧られたような跡が存在している。
それが指すのは、食事で。
魔物…オークによるもの。
「――これ、本格的におかしいな」
康太が呟いて、僕らは頷く。
何故、居なくなる必要がある?
ここには食料もあれば、守るにも優れた立地であった筈だ。
騎士が行方不明になったという報告を受けて、すぐに新手が来る可能性も大きいけど、オークたちがそれを予測するとは思えない。
考えられる可能性としては。
誰かが入れ知恵をしたのか。
―――何かから逃げたか。
ここに来るまでに戦ったオークたちは、何かに怯えているようだった。
そして、まだ血の乾いていない真新しい騎士の死体。
それが指すものは―――
「彼等を襲ったのは、確かにオーク。でも。僕達が来るすぐ前に」
「――襲撃者が……いた?」
「この先に、居るのでしょうか」
「もしかしたらね。オークは愚鈍だが、その本能からくる危機感知は確かだ。もしもまだソレが居るとするのなら……皆、絶対に油断はしないように」
まだ進まなくてはいけない。
先生の後に、僕たちは進む。
僕たちは、より多くの情報を持ち帰らなくてはいけないから。
もしもこの先にソレがいるというのなら……遭遇は避けられないのだろう。




