第九話:淵冥の誓約
―ラグナ視点―
大陸冒険者ギルドは、その名に恥じない規模を持つ巨大組織だ。
小国……大国などの区別なく。
大抵の国家には支部が存在し。
一国に複数支部が存在するのも珍しくない。
クロウンス王国の首都であるグレースにも。
当然のようにギルド支部が設置されていて。
名前を知っている程の知人は居ないので挨拶回りの必要はないが。
今日俺がここに来ているのは珍しく調査の為だ。
ちょっと前までは調査ばっかりだったんだが……あぁ。
自由って素晴らしいな。
……で、俺が調べたいのは二つ。
一つは海嵐神の加護を持つ勇者について。
ずっとリク達といたから情報が遮断されていたのは否めないだろう。だが、総長なら知っていてもおかしくないはずだ。
何故、ギメールに居るうちに。
俺に教えてくれなかったのか。
彼女の性格から察するに……教えなかったのではなく、その段階では知らなかった?
あの時は彼女も任務中だった。
故に、その線もあるだろうか。
ともあれ、会って話せば分かることだ。
勇者が現れたのも久しぶりだし、魔王の騎士として是非ともOHANASHIしたいな。
―――んで、もう一つの調査事項が。
この国へ来てる筈の化け物について。
前に“念話”で話した時。
奴はこの国で任務をしているって言っていたが。
オークの大量発生と例の話が関係があるというのなら、まだ留まっているかもしれない。
悔やまれるのは、どちらも“念話”が不得手であること。
向こうから連絡してくるなら良いが。
俺からは、何の連絡がつかないのだ。
複雑な魔術である故。
その辺は仕方ないと割り切るしかないが――うん、マッズい酒だなぁ。
漆の剥げてる台。
日陰の陰気な席。
使い古された外套を深く被って。
腰には錆びかけの剣を引っ提げ。
……現在、俺は流れの冒険者を演出していた。
併設された酒場で安い酒を注文し。
ちびちびあおっている様は、いかにも金が無く、訳ありなので依頼を受けるのも憚られるといった感じで。
これは、情報収集に適したテクニックの一つ。
こうしてあまり人目につかない陰の方で座っていると。
同種の者たちが勝手にやってくる。
陰キャの集まりとはちょっと違う。
どちらかと言うと……そうさな。
何処かで道を踏み外して、日向に出れなくなった陽キャと言った感じだ。
―――結局陰か。
「――なぁ、アンタ。……へへッ…訳ありか? 良い話があるんだがよぉ」
ほら、馬鹿が来た。
一本釣り大成功だ。
古傷ありまくりで。
いかにも脛に傷がありますよって言わんばかりの風貌をした冒険者。
野郎は、対面へと座り込み。
勝手に俺の酒を飲み始めた。
……さて、どう出るか。
「……話だけなら、聞いてもいい」
「そう来なくちゃな。だが、かなりヤバい山だ…聞いた後に怖気づかれたらたまったもんじゃねえ」
「……それで?」
「誓いを立ててもらおうか」
「……あぁ、良いとも」
奴の言う【誓い】とは。
冒険者に限らず、国家間で用いられている“誓約”魔術の事。
これは、種族問わず言葉を持つものであるならば行使が出来る原初の魔術…呪術の一つだ。
冥界の神…淵冥神へ誓いを立てる事で。
もし制約を破ればそれ相応の罰が下る。
この場合は、口外しないという誓いになるだろうな。
破ろうとすれば……恐らく、一生声が出せなくなるか?
まぁ。誰かに話すつもりもない。
特に面倒な問題にはならんだろ。
「――我、淵冥神の真名を借りて問う。汝、この場で耳にした全てに沈黙を貫くと誓うか?」
「誓おう」
「……へへ。契約成立だな……ッ」
ニヤリと笑う荒くれ。
これからしばらく、俺とコイツの話は全て極秘事項となる。
勿論、筆談であろうとも同じで。
書いて誰かに伝える事も出来ず。
神に屁理屈は通用しないって事だ。
「……実はな。もう暫くで、この国は混沌に陥る」
男は酷薄な笑みを浮かべ。
声を潜めつつ語り始めた。
これが冒険者の腐った部分……。
例え生まれた国であろうとも。
多くの人が死のうとも…関係無いと断ずるものは掃き捨てる程に居る。
綺麗事だけでは生きられぬ。
同情だけでは生きてられぬ。
必要なのは金と糧……それは何処も同じ。
ここまで来てしまっては、もう引き返せる者は居ない。落ちるところまで落ちたのだろう。
「オークの大量発生で、ギルドがてんやわんやなのは知ってるよな?」
「……あぁ、無論だ」
「それはグレース中枢にいる協力者によるものだ。もうすぐで、更に計画は動く。魔物による聖女の誘拐は絶対に成功する」
「――聖女。……成程、大きく出たな」
よもや、聖女の誘拐と出たか。
もし現実に起きれば。
大混乱では済まない。
しかも攫うのはオークたちで……これは、色々と問題があるな。
「……で、俺たちは。合図があるのか?」
「あぁ、当然。絶対に分かる合図だ。それによって今までに収集してきた外部協力者……俺たちが動き、聖女を攫った卑劣なオークどもを皆殺しにする」
用が済めば後は捨てるだけ――か。
結局はオークも利用されているだけなのだろう。
中枢に位置する黒幕、ソイツはきっと全てを操った気になっている筈だ。
今のうちに精々笑っておくといいさ。
「そして、晴れて俺たちは聖女を救った英雄になるわけだな」
下卑た目で笑う男。
その考えを想像するのは難しいことではないだろう。
まぁ、欲望に塗れた男なんて。
何時の時代もそんなモノだし。
「……仲間はどれくらい用意できるんだ?」
「何だ、いまさら日和ってんのか。――まぁ、良い。お前にはまだ詳しくは教えられねえが……少なくとも数十人は用意できてる。不満か?」
崩れが混じっていると仮定しても。
冒険者が数十人とは―――多いな。
「……いや。報酬が少なくなるのが癪だっただけだ」
「ハハハッ――! そいつは結構だ! 決行はまだ先だが、合図はすぐに広まる。その日の日没に都市の西側にある廃砦で再集合だ。今のうちにパイプを繋げとけよ、良いな?」
「……あぁ、また後日会おう」
話が終わると男は席を立って。
そのままギルドを出て行った。
支部内で国家転覆まがいの会議をやるとは。
ギルドも、随分と舐められたもんだな。
いとも簡単に情報が入ったと感じるが。
お堅い騎士様はこんなことはしないので、今まで情報が入らなかったのは仕方が無いだろう。
……………あれ?
俺も騎士だっけ。
まぁ――良いだろう。
今はオフで冒険者だ。
オフでも仕事中と言うのは頭がおかしいが。
そもそもの話、冒険者をやっているのだって任務の一環だから……アレ?
◇
その後、暫くして。
暫く酒を飲みつつ張り込んでみたものの、情報は無し。
あれが本命だったと見るべきだろう。
冗談にしては、質が悪すぎるしな。
勝手に飲まれた事でだいぶ減っていた酒瓶を干し。
荒くれとの間接キスで沈んだ心を落ち着けようとゆっくり立ち上がり。
そのまま外へ出ようと。
ギルドの扉を開け放つ。
良い収穫もあった事だし。
取り敢えずは宮殿へ戻って―――っと。
屋外へ出たその時だった。
長身で肩幅が広く、恰幅の良い人物とぶつかってしまう。
外套を目深に被っていたため顔は伺えなかったが、上がった声から察するに男だな。
……そう、また男だ。
俺としては、こういう状況のテンプレを踏襲して美人さんとかが良かったが。
ともかく、相手と軽く頭を下げ合って謝罪を交わす。
「ははっ……すみません。急いでいたもので」
「こちらこそ、考え事を―――え――っ?」
思わず間抜けな声が出たが。
正面から互いに向かい合い。
チラリと覗いたその貌は。
長く、垂れた特徴的な耳。
相対する男も俺の顔を見て固まり、両者の間にしばしの沈黙が訪れた。
「……………閣下?」
沈黙を破ったのは相対する男。
俺をそう呼ぶ者たちは、大陸の中央側には殆ど存在しない。
そのまま回れ右をして。
再び俺はギルドの中へ。
彼も目的地は此処らしかったので、丁度良いだろう。
互いに深く外套をかぶった怪しい男二人組。
胡乱な表情を見せる職員に金を払って個室を借りると、彼が“消音”の魔術を行使して俺の対面に座る。
そして、外套を取り去った事で。
男の貌が完全に明らかになって。
それは、つい昨日見た顔にそっくりだった。
屈強ではあるのもの、人間の身長の常識からは逸脱しない体躯…体色も人間種と大差ない。
だが、頭髪のないごつごつとした皮膚。
垂れた長耳、平たく大きな鼻、そして……下顎から覗く牙。
―――そう、オーク種だ。
オーク種がこんな街中、それもギルド支部内に居るなんて誰が想像できただろうか。
俺でさえ凄く驚いている。
無論、その驚きは。
ただ単にオークだからという訳ではない。
「では、改めて。お久しぶりです――閣下」
オークに似つかわしくない爽やかな声を発する男。
その仕草にはどこか華がある。
彼こそ、魔王直属の黒曜騎士団…その第四席次たるヴァイス・ドニゴールだ。
亜人のオーク種――上位種たるブルーオークであり、れっきとした騎士。
団きっての常識亜人でもある。
加えて言うならオーク氏族の族長の息子で、美人エルフと結婚しているリア充。
魔皇国きっての愛妻家で有名な社交界の華の一人、亜人貴公子。
生きる嫌みか?
まさか、今度は聖女を嫁に迎えようとでもしているのだろうか。
まじかよ、オーク最低だな。
「………閣下?」
「いや、何でもないさ。久しいな、ヴァイス」
不思議そうに顔を覗き込んでいた彼は。
俺が声を返すと嬉しそうに頭を下げる。
ヴァイスを団に勧誘したのは俺で、剣術を教えたのも俺だ。
ある種、リク達の兄弟子でもある。
「この国にいるとは聞いていたが、こんな所で再会するとはな」
「えぇ、本当に……私は閣下がこの国へ居ることさえ存じていませんでしたが」
まぁ……だろうな。
ここで会ったのは完全に偶然だ。
サーガならその可能性を考慮していただろうが。
わざわざあれが話すとも思えない。
確かにヴァイスも有能な指揮官ではあるが、諜報という点では並だろうしな。
さて……“誓約”のせいで。
俺は、碌な情報を出せない。
なので、この際だから。
一方的に搾れるだけ絞り取ることにしよう。
搾取は上司の特権だ。
「――サーガはどうしている? 共に行動している筈だが」
「……ええと、ははは…ははっ」
何笑ってんだよ。
絶対好きに暴れてんだろ、コレ。
後処理はヴァイス達に一任して。
面倒なのが、六魔将は軍部の最高階級という点だ。
いかに文武に優れたヴァイスでも、止めることは出来ないのだろう。
一体、何処の誰だ。
アイツを軍に勧誘して、大層な任を与える原因を作った馬鹿は。
「コホン……我々第四部隊は現在、オーク種の大規模発生の原因の調査、根絶を行っております。都市内部へ潜入できる者が限られているので難航していますが」
「あぁ、そもそもキースかミルの部隊の領分だ。そこは仕方が無いとして、現在分析が完了している箇所だけ纏めて教えてくれるか?」
「は、了解しました」
彼も俺の部下には勿体ないほど優秀だ。
騎士団内では事務としての山も担当してくれることが多いヴァイスは、この都市周辺の地図を取り出す。
そこには調査済みの印が。
いくつも存在していて。
……グレースの騎士団より進んでいるな。
彼等とは調査手段が全く異なるから当然か。
炎誓騎士たちは昼間に探索、夜は周辺の警備といったスケジュールを組んでいるが、こちらの場合はそんなことお構いなしに探索し続けることが出来る。
幾つかの解説を受け。
俺は思っていたよりも状況が進んでいることに驚く。
「……よく炎誓騎士団と接触しなかったな」
「動きは逐一報告させるようにしていますから。――とても優秀ですね、彼らは」
尊敬の念が籠った言葉を紡ぐヴァイス。
その能力から多くの軍団を指揮してきた彼から見ても、この国の騎士団は練度が高いらしい。
「――それで、なのですが…閣下。可能であれば、彼らの調査経路を頂けますか?」
「当然に必要か」
「はい。此方からだけでは情報が不足しているので」
「分かった。なら、鉢合わせしないよう、これからの予定を擦り合わせる事にしよう。騎士団内の情報は頭に入れてある」
「はい、是非ともお願いします」
悪いなぁ、炎誓騎士団の諸君。
俺、本当は君たちの敵なんだ。
これも仕方なき事……卑怯とは言うまいね。
……………。
……………。
それから暫くして。
彼らの入手した情報を粗方吸い上げた俺は席を立つ。
美味しい所だけ頂く。
何と気分が良い事か。
工作を交えた話は実に有意義だった。
グレース中枢の黒幕とやらは、計画を変更せざるを得なくなるだろう。
「――では。説得の方、よろしく頼む」
「はい、移動にかかるコストは団の方から。……暫くの間、我ら第四部隊はこの地点に逗留していますので、御用がありましたらそちらに。皆喜ばれます」
地図の上、黒い円で囲まれた箇所を指さすヴァイス。
それは都市の外部にある森林の一角……炎誓騎士団が調査を終えていた筈の地点だ。
確かに、ソコであればな。
見つかる事は無いだろう。
本来であれば魔物除けの結界が張られ。
定期的に騎士団の巡回が来るのだが。
彼ら程の実力者にはそんなものは通用しないし、すぐに隠れることもできる。
相手がただのオークという事実が、より大きな存在を隠蔽する隠れ蓑になっているのだ。
後々、会いに行くか。
「――余裕が出来たら行くとしよう。取り敢えずは、サーガに釘を刺しておいてくれ」
「……………了解です」
―――あぁ。
これ、ダメなやつだ。




