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98/110

98:俺の喉に手が触れた

 体に異常はない。

 流石に高すぎる所から落下してしまったが、創路さんのクッションのお陰でなんとかなった。

 少し心は痛いが、利用されたことを考えればお互い様、といったところだろう。


「……次は」

『次は堂上協さん、覆瀬ムスビさんの試合です!』


 体育場に響き渡るアナウンス。

 それを聞きながら、周りを見渡す。


 さっきは試合が始まるのでそれどころではなかったのだが、結構人がいる。

 今日はみんな試合をしないのだろうか。


「……普通なら最後の日って結構ランキング戦があるらしいっすよ」


 後ろから声が聞こえた。

 その声は、男子の声。

 俺は振り返らずに、当たりを見渡しながら、


「この中に知ってる人っているのかな?」

「多分みんなは試合をしているっすから見ていない人が多いと思うっすよ」


 ついでに宵の姿を探してみるが、見つからない。


「四杯先生は保険医なので保健室で待機してるっすよ」

「あ、そっか。

 あいつ保険医だったか」


 なんかもう戦闘教える先生的な感じで定着してしまっていたため、忘れていた。


「……後で四杯先生に怒られても知らないっすからね」

「別にこれくらいで怒られることはないだろうよ」


 ある程度観客を見渡し、俺は後ろを振り向く。


「やっと、こっちを見てくれたっすか」

「……それは、どういう意味だ?」


 挑発的な笑みを浮かべる。

 俺の表情に何かを感じたのか、目の前の男子……堂上は、


「色々な意味でっすよ」

「俺は今、お前の方を見たが、それだけじゃないみたいだな」


 堂上の話している意味は分かる。


 堂上は、感じているのだ。


 俺が堂上の事を敵とすら見ていないことを。


「……3日感。

 挑ませてもらいましたが、諦めるつもりは無いっすよ?」


 堂上は、俺に向かって言葉を発するが、俺はそれに返さない。

 別に聞いていなかったわけではない。

 答え方を知らなかったわけではない。


 興味が無いのだ。


「……戦闘において」


『ランキング戦。

 第九位、堂上協。

 第五位、覆瀬結。

 試合を開始します!』


 わざと、かぶせるように言った。


 聞こえないように。

 聞き取られないように。


『3』


 目の前の堂上は、震えていた。

 それはそれは、震えていた。


『2』

 その震えは、怒りの震えだ。

 どうしようもなくて、自身の無力を喉を掻き毟りたいくらいに感じて、頭に熱湯を浴びせられたくらいになる、怒りだ。


『1』


 俺の一言が、そうさせた。


 “俺はお前を路傍の石とすら思っていない”


『開始!!!』


 心の中だが、断りを入れておこう。


 これは、本心ではない。


 俺だって流石に堂上のことを少なからず強いと思っている。

 だが、俺には勝てない。


 それはむしろ全校生徒にも言える。


 しかし、こんなセリフを吐いた。


 それは、理由があるから。


「ここで、超えれるか?」


 怒りに震えようとも。

 頭が真っ白になろうとも。

 どれだけ視界が狭まろうとも。


 堂上、お前だけは感情を捨ててはいけない。


 『撫上』


 敢えてこれを使う。


 会長の物とは、完成度は桁違い。

 タイミングはバッチリ。


 いつもどおりの突進ではないのは、この技の長所を活かしたいから。


 撫上は、暗殺技だ。

 そのため、何も感じること無く、倒せる。

 外的損傷を判断要素として取り入れているランキング戦で、この技は非常に扱いに困る。

 使えば人を殺せるのだ。


 ランキング戦に置いて殺しはタブー。


 だからこそ、選んだ。


 避けなければ、殺される。


 それを目の前にして、怒りに身を任せ殺されるのか、


 ゴンッ


「っ危ないすねぇ、むーさん」

「っそうだな、協」


 それを乗り越え、己を乗り越えるのか。


 堂上が取った行動はシンプル。

 近づいてきた俺に対して、一歩前に踏み出し、頭突きをした。


 それは奇しくも、俺が宵に対して撫上返しを行われた時に取った行動である。


「行くっすよ」

「来い」


 だが、堂上は俺とは違い、反射神経や運動能力ではない部分で撫上を回避した。

 それは予想なのか、それとは別のものなのか。


 堂上はそのまま体術による攻撃を行う。

 洗練されているわけではなく、別に身体強化を使っているわけでもない。


 能力を使われているが、別に感情を変えられようとも問題はない。

 けれど、疑問が生じている。


「何してるんだ?」


 俺は、攻めきれない。

 正確には、堂上の攻撃を躱すので精一杯である。


 洗練されてもいない攻撃。

 早くもなく、避けるのは簡単そうなこの攻撃が、躱せない。


 これは、


「合わせられている、か?」

「気づくのが早すぎっすよ!」


 いつの間にか目の前にある攻撃、攻撃をしようにも、タイミングを逃してるこの感じ。


 拍子をずらされている感覚に近い。

 通常、拍子をずらす攻撃は、自身の手で相手の拍子をずらしに行く。

 そのせいか、効力はあまり高くなく、あくまで達人同士のレベルで真価を発揮するものだった。

 だが、これは違う。


 まるで、俺がわざわざずらしてやっているようにも見える。


 俺が、堂上が攻撃しやすい様に動いて、攻撃されにくいように動いているように見える。


「つまりは」

「くっ」


 しばらく攻撃をいなしていたが、それに気づけば簡単だ。


 無拍子。


 拍子の間に生じる隙間に打ち込む技。

 用意して用意して、相手を理解して打てるこの技。


 本来ならこの状況で使えるものではないのだが、今は特別だ。


「堂上が俺を変えているにしても、堂上が俺に合わせているとしても、現状俺と堂上の拍子は、最悪に会っていない」


 だからこそ、会っているとも言える。

 俺が最高に攻撃しにくいタイミングで、一番攻撃しにくいところにいるのだ。


 分かってれば、後は攻撃をするだけ。


 タイミングも、拍子もバッチリ。


 土手っ腹に蹴りを打ち込まれる堂上。

 流石に力がこもっていなかったせいで、少し後退りするだけで済んでしまう。


 そこが、好機。


「ハッ!」


 別に工夫もなにもない、パンチ。

 確かに技術は詰まっているかも知れない。

 けれど、それだけのパンチ。


 堂上は、考える。


「そこが無駄だ」


 無拍子。


 考える。

 その瞬間を狙った決め打ち。

 恐らくあの瞬間で思考しなければ、余裕で交わされていた拳は、堂上の顔面に突き刺さる。


「確かに良くなった。

 その能力でできることを考え、最大を、最善を考えた。

 それは良い」


 堂上はこの三日間で成長している。

 最初の2日は確かに俺に打ちのめされたかも知れない。


 けれど、それが会ってこうやって俺としっかりと戦闘ができている。


 何がどうなっているのかは、まだ予想の範疇でしか無いが、それでもそれをやれたのならばなおすごい。


「だけど、戦いは最悪の押し付け合いだ。

 この戦法が、戦い方が決まらなかったら、そんなネガティブなものだ」


 相手にとって最悪になることを押し付ける。

 単純だが、一番強い。

 それを堂上は考えていない。


「それを加味して戦うのならばいいだろう。

 だけれども、そうして今、戦いの中で新たに生み出されるということは皆無だ」


 できることはできる。


 できないことは、できない。


 戦いの中でそれは変わることはない。


「確かに成長したけど、それは戦いを終え、それを反省して成長しているだけだ」


 だからだろう、あの三人より、俺らと訓練をした奴らが成長できたのは、最悪を押し付けられ、考え、乗り越えたからだ。


「分かったか?」


 顔面を押さえながらも、俺の行動を観察する。


 恐らく、堂上は恐ろしく高度なことをしている。


 それは、同調だ。


 それも、能力によらない同調。


 堂上は昨日の時点で相手の変化を感じることができると言っていた。

 それを利用して相手の感情を誘導し、逆らう感情を観察することにより、相手を内面から知り尽くす。

 そして、そこで拍子を判明させる。


 それが分かったら、後は堂上が合わせるだけだ。


 ……といっても、それが一番すごいのだが。


「フッ」


 呼吸とともに、蹴り上げ。

 それはギリギリ堂上に届く距離で、堂上もそれに気づいて少し身を引く。


 だが、それが目的ではない。


「っ?!」


 堂上が目を押さえる。

 目に何か入ったのだろう。


 俺の蹴りに寄って舞い上がった砂でも、目に入ったのだろう。


 近寄り、胸元の服を掴む。


 掴んだまま、拳を作り、胸元に、


「発っ!」


 発勁。


 堂上の体が跳ねる。

 後ろに下がろうとも、俺が服を掴んでいるため、後ろに下がることはできない。

 そして、そのまま服を掴んだまま、


 背負投。


 体の力が一瞬でも抜けたからこそできる技。


 堂上からすれば、体の内部にダメージが来たかと思いきや、天地が引っ口帰っているのだ。

 それも目の見えないまま。


 直後、衝撃。


「ヵハッ」


 肺から空気の抜けた声。

 そして、


 俺の喉に手が触れた。


 一瞬にして下がる。


 だが、そこに堂上の姿はなかった。

 俺は、勝利したのだ。

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