88:それを今から見せてやるよ
試合は終わり、勝者を告げるアナウンスが聞こえる。
「ッふぅ、危なかった」
深く息を吐き、体育場を出る。
『水晶』の確認をするために出なければいけないのだ。
「次の試合は……」
水晶検査の装置に自分の付けていたものを置きながら、次の相手を確認する。
「おっ、大手さんか」
次の相手は大手さん。
大手さんは先日、創路さんと勝負をしたそうで、そこで勝利を収めたらしい。
詳しい話は聞いてないが、大手さんが何やら成長しているという噂は耳にしている。
正直、倒される可能性は万に一つもないだろうが、恐らく大手さんもそれを理解しているはずだ。
なのに向かってくるのは……
「ダメ元か、力試しか……」
大手さんはランキング戦が始まったときには、瞬発を使えていた。
それはしっかりと形になっていて、同じ強化系との戦いでは遥かに高い倍率が相手でも勝負になるであろう。
だが、能力者というのはそれだけではない。
能力者には、精神に作用する能力も、超常現象を起こす能力もあるのだ。
その能力者……それも高ランキングの能力者に対して、大手さんは弱かった。
そのせいで俺らの中では比較的に低いランキングに大手さんはいたのだが、何か一皮剥けたらしい。
そして俺に挑んできたってことは……
「勝てる見込みがある、のかな?」
力試しでもない、負けると分かっていての突撃というわけでもない。
ならば考えられるのは、勝算がある、という単純な話。
「っても、まだ勝たせる、なんてことは無いと思うけど」
検査の終わった水晶を取り付け、俺は体育場に戻っていく。
☆☆☆☆☆
「どうもです」
「……美加久市から聞いたけど、危なかったの?」
大手さんはいつもどおりに僕に話しかけてくる。
訓練の最中はなぜか敬語なのだが、こうして普通な状況だとタメ口で話してくれる。
他の人は結構全部で敬語なこともあるので、昼休みとかにうかつに会えない。
先輩から敬語を使われる後輩ってどういうことだ、となるのは極力避けたい。
ランキング戦を上がっているので目立っているのに、変な噂が立ってしまう。
「いえ、別に危ない、というほどでは」
「……でも、美加久氏のやつ、あともうちょっとで……って言ってたよ」
「彼女からすればそう見えた、ということですよ」
「……なら、本当に良い所まで来たんだな」
「今の話聞いてましたか?」
大手さんは少し、誇らしそうな顔をする。
「美加久市から見えたってことは、結構良いところまで言ったように見えたってことだろ?
覆瀬はそうじゃなくても、そう見えたってことは、かなり成長したってことじゃないか?」
「……まぁ、そういう事かもしれませんね」
「なんで勝ったのにむくれてるんだよ。
別にいいだろ、成長を実感したって……」
なんだか言い負かされた気がしていたが、気持ちを入れ替える。
「そういえば、美加久市さんもそうなんですけど、なんで挑んできたんですか?」
「ん? 俺が?」
「はい」
「……ま、確かにその状態でも俺は勝てないかも知れない。
というか、覆瀬は訓練の時点で勝てると思っているんだよな?」
「まぁ、ランキング戦が始まって少しの間は訓練をしていましたが、その時点では」
ランキング戦が始まってからも、訓練はしていた。
しかし、本人の意向があれば休むことももちろんオッケーとしていた。
ちなみに、割とみんな既に訓練をしていない。
訓練をした次の日に上位陣と戦うのは難しいと判断したようだ。
その中でも、大手さんは結構最後まで訓練に参加していた。
大手さんの戦いは技術の賜物。
そのため、心のチカラ的な疲労はない。
だが、それでも今では訓練をしていない。
それは恐らくは上位陣と戦うための休養であるとともに、
「何を覚えたんですか?」
「それを今から見せてやるよ」
大手さんは構える。
その構えは基本的なボクサースタイル。
習っていたわけではないが、いつの間にかこの戦い方にたどり着いたという。
ボクサーの拳は、速い。
物理的なものでもそうだが、理論的にも一刻も速く相手の体に当てることを理想としている。
だからこそ、瞬発との相性もいい。
『それでは、ランキング戦、
九位、大手城後。
五位、覆瀬結。
両者の試合を始めます』
俺は構える。
もちろん、自然体。
今回は大手さんの成長の具合を見るために、速攻で仕掛けはしない。
俺の能力である『慣れ』だが、なにも能力を使わないと慣れることができないわけではない。
今までの経験から、能力を使わなくても、相手に慣れることはできる。
『3』
だから、仕掛けない。
まぁ、舐めているのか、と思われるかも知れないが、正直、舐めている。
『2』
「来なくても良いのか?」
「じっくりやりましょうよ」
大手さんの言葉に、俺はゆったりと答える。
それは、まるで くつろいでいるかのような言葉。
大手さんの重心が、前に傾いた。
『1』
今は一段階を使っていないため、能力を使っているのかどうかは分からない。
だから確証はできないが、あの雰囲気は……
『始めっ!』
大手さんは先程立っていた場所から消える。
やっぱりか。
そう思いながら、俺の真後ろに蹴りを出す。
高さは、俺の顔のあたり。
誰もいないはずのそこには、いつの間にか大手さんが現れて、
「……やっぱりですか」
「流石に見切られるか」
大手さんは俺の顔面スレスレに拳を放っていた。
それは明らかに俺の顔面を狙って出したもの。
俺が事前に予測して顔を避けていなかったら、当たっていただろう。
そして、俺の虚空への蹴り。
これもまた、大手さんの顔面の横スレスレを通っていた。
大手さんは、予測はしていなかっただろうから、見てから避けたはずだ。
「覚えるとは思っていましたが、もうできるようになったんですね」
「……これも予想通りってこと?」
「まぁ、それを使えるということは、ということですよ」
攻撃をした姿勢から一歩たりとも動かないで話す。
二人で話しているこれ、というのは瞬発のその先。
というか、これまで行っていた体全部の倍率を操作して攻撃をする、というのは本来の瞬発ではない。
本来の瞬発、それは全身で倍率を様々な値に変更することである。
普段は6割程度の能力で全身を強化する。
その中で腕や足等の倍率を操作することによって動くのだ。
これをやるメリットとしては、まずは感覚器官の強化。
強化能力者は、その性質上、基本的に感覚器官も強化される。
だからこそ、高倍率を保つことにより、自分の速度を目で追えるようにする、という目的がある。
後は全身まるごと倍率操作をすると、感覚器官が酔う。
これは訓練の最中に大手さんにも起こっていたので、確実にそうなるのだろう。
「じゃあなんで教えてくれなかったんだよ!」
「別に良いじゃないですか」
もちろん、このことは大手さんには伝えていない。
というか、瞬発に関しても本当は覚えられるかどうかギリギリだったのだ。
できる、と入っても戦闘で使えるほどのなるにはそれなりの鍛錬が必要。
大手さんは早い段階で限界が来ていたため、自身の能力に一定の熟練度があったからこそ、ここまで運用可能なものになったのだ。
それを今更それで完成ではありません、というのも辛い。
……いや、一応俺だって大手さんにした訓練はきついと思うよ?
俺らならやれるけど、相手は一般人。
普通なら耐えかねるものだ。
大手さんは俺に対して文句を言いながら拳を繰り出す。
それも器用に両手で同時に使っている。
それはつまり、拳を引くのにも使っているということ。
拳を引くのにも使っているということは、その攻撃の速度は、瞬発の速度ということになる。
「なかなか器用なことをしますね」
「褒めてくれてありがとう!
なら当たれ!」
「嫌です」
両手での発動をしているが、体の強化は変わっていない。
できるようになるとは思っていなかったからこそ、結構ほんとに驚いている。
……というか、これができてなんでこれまで上位にいなかったんだ?
俺は大手さんの拳を躱し、逸し、攻撃を喰らわない。
それはまるで大手さんからすれば魔法の様に見えるだろうが、今更そんなことで驚くはずもなく。拳は何発も俺に向かってくる。
というか、普通に考えればこの速度の拳を能力を使わないで対処することはできないが、予測はできる。
その予測に従い、攻撃を対処している。
「そういえば、これができるようになったのはいつですか?」
「一昨日!」
だからか、と納得しながらも、もう終わった。
大手さんに、『慣れた』
もう気を張る必要は無い。
「ほらっ」
「はっ?」
俺はほんの少しだけ、半歩だけ、大手さんの方に近づく。
さっきまでは少しずつ距離を取りながら回避していたため、大手さんは意外だったのか、声を出した。
けれど、そんなもので攻撃が休まることはない。
でも、半歩出ると同時に前に出した足に大手さんは足を引っ掛ける。
体勢が前に崩れる。
もちろん、倒れそうになると人間は倒れる方向に足を出して転倒を防ぐ。
だけど、空に浮いた足を払う。
そのお陰で足は着地ができなくなり、前のめりに倒れる。
それは俺の胸元。
ぽすん、と俺の胸に倒れ込んでくる大手さん。
そんな大手さんを俺は抱きしめる。
別に単純に救おうとしてこんな行動をしたわけではない。
そのまま俺は体重を後ろに倒す。
ちなみに、抱きしめると言っても、俺は大手さんの腰あたりを抱きしめている。
それも、両手を使えないように巻き込んで抱きしめている。
その状態で後ろに体重を倒すということは、
「大手さん、お疲れさまです」
「くそがよ」
呟きが聞こえたが、今更止まるつもりはない。
バックドロップ。
決まれば相手は頭から地面に衝突する。
ゴン
音がなった。
衝撃が聞こえた。
普通の人間なら死ぬほどの一撃。
能力者でも退場する程度の一撃だ。
けれど、
浅い?
完璧に決まったはずだ。
完璧に地面に衝突させたはずなのに、手応えが、少ない。
それに、俺の腕の中から大手さんの体が消えない。
瞬時に、ブリッチの姿勢から起き上がり、距離を取る。
反射にも似た行動は、普通の強化能力者であれば追いつけないほどの速度ではあるのだが、
「逃げんじゃねぇよ」
距離を取り、後ろを振り向いた瞬間、そこに大手さんはいた。




