87:……別に、嫌味とかではないんですけど、よくやりますね
翌日。
放課後。
柊が大怪我をしようが、それは試合の最中に起きたことであり、生徒にはそれを承諾する契約書が存在している。
そのため、特にこれで何かランキング戦に支障が出る、ということはない。
ということで今日も今日とてランキング戦は始まる。
「……別に、嫌味とかではないんですけど、よくやりますね」
「……嫌味だ」
「だから嫌味じゃないですって」
「嫌味に聞こえると思っている時点で、嫌味」
「だから本当に違いますって」
俺の今日の試合は三試合。
そのうち始めの一戦は、昨日ボコられたにもかかわらず、挑んできた美加久市さんだった。
昨日の負けで諦めて会長に挑んでほしかったが、なぜかその前に俺とやることにしている。
……正直、意味がわからない。
美加久市さんの能力なら、柊に勝てる可能性はあるし、会長にだって勝てる可能性はある。
なのに、俺を選んできた。
多分この後に会長か柊との試合を組んでいるとは思うけれど、大丈夫なのだろうか。
ランキング戦は、RPGの様に戦ったら休んで回復、というのがない。
一日のランキング戦は、時間が来れば行われる。
だからこそ、連戦は極力避けるべきで俺と戦うのは無駄なように思える。
「……次の試合は誰となんですか?」
「教えない」
「なんでですか」
「ムカつくから」
「理不尽すぎじゃないですかね?」
美加久市さんはムスッとした表情をしている。
明らかに機嫌が悪いと言っている。
さっきの嫌味で機嫌を損ねたのだろうか。
「あの……ほんとに、大丈夫ですか?
次の試合、あるんですよね?」
「ある」
「誰となんですか?」
「そっちが試合に勝ったら教える」
「あ、ならわかりました」
その言葉に、俺は安心して構える。
構えは自然体。
ちなみに、俺の使っている喧嘩術は、様々な武術を複雑に組み合わせて使っているので、見た所で何をしているのかはわからない。
それに、今の歩法には撫上の要素も加わっているため、余計にわかりにくい。
宵にしっかりと見せてから、それなら見せても大丈夫とお墨付きをもらった。
『それでは、ランキング戦、
六位、美加久市露。
五位、覆瀬結。
両者の試合を始めます』
「……ホント、ムカつく」
美加久市さんが何か言った気がするが、俺は気にせずに意識を集中させていく。
……正直な話、美加久市さんとは少し真面目に戦わないといけない。
それは、美加久市さんの使うレーザーが強いからだ。
俺でさえあれを喰らえば負ける自信がある。
『3』
というか、あれを食らうとランキング戦のシステム上負ける。
しかもあの能力が溜め終われば、避けるのは至難の業だ。
一段階を開放して、避けてください、と言われてから打たれないと躱せないと思う。
『2』
そのため、この一段階も開放していない状態であの技を溜め切られてしまうと、その時点が敗北が確定する。
そのため、美加久市さんには基本的に速攻を仕掛ける必要がある。
『1』
……美加久市さんには期待しているし、俺以外に勝てると思うから、さっさと退場して温存してもらおう。
前のめりになる。
それはもう少しで地面に付きそうだ。
一応、ランキング戦のルールとして、開始線を踏んでいれば大丈夫なので、こういう始め方もありだ。
『始めっ!!』
加速。
『縮地』『撫上』『空歩』『ズラシ』『抜』。
主に使っているのはこれらだが、それ以外にも多くの技術を使っているこの一歩目は、瞬く間に美加久市さんとの距離を詰める。
目の前にいるのは、美加久市さん。
流石に感覚器官を拡張するのは生身では難しいので、この最中に攻撃されると反射で対応しないといけない。
だが、そんなことができるのはこの学園ではいないだろう。
目の前にいる美加久市さんに、そっと手を伸ばす。
美加久市さんはその能力の性質上、逃げることに特化して体術を訓練している。
その訓練の内容は、力を逃がすことだ。
簡単に言うと、攻撃されたら、攻撃の方と逆の方向に移動する。
単純な行動だが、これで威力を殺す。
普通、攻撃というのは方向が存在して、衝撃というのは2つの物体の衝突によって起きる。
だからこそ、もう一方の物体が衝突とは逆の方向に動いていれば、ダメージは減る。
「お疲れさまでした」
普通に考えれば、俺も相性が悪いはずなのだが、それは持ち前の技術でどうにかする。
『発勁』
という技術が存在する。
これは打撃であるが、打撃ではない。
手を触れた状態から相手の体にダメージを与える。
つまり、衝撃によるダメージではない。
これが美加久市さんの回避行動への回答だ。
ちなみに、これを避ける方法もあるのだが、能力なしでは一年以上の習得の期間を設けないといけない。
だからこそ、美加久市さんはこれで終わ……
「バ」
俺の目の前には、指。
美加久市さんの指だ。
それは、銃の形を模している。
その指先には、黒い塊。
体が危険を察知するその瞬間に回避行動は始まる。
前に向いている体のベクトルを、『撫上』の技術で方向転換。
顔を極力急いで避けることにより、指先から逃れる。
勢いが余ったせいで、思い切り美加久市さんから離れてしまった。
しかし、攻撃を回避したのは……。
というか美加久市さんの能力がこんなに貯めるのが早くなっていたとは……
「引っかかった」
ニヤリ。
離れた場所にいる美加久市さんの表情に、理解した。
今の黒い塊は、『幻影』だ。
「私の能力の使い方を教えてくれたのは覆瀬くんなのに、忘れちゃったのかな?」
そうだ。
今ではその強力な攻撃で忘れてしまったが、その能力の元は幻影。
この程度の幻影は簡単、ということか。
「昨日の時点でどこらへんにどのタイミングで出るかはわかっていたから、後は合わせるだけ」
そういうことか。
昨日も同じように退場願った。
というか、この攻撃はわかっていても躱せない。
拍子をズラシているため、体を動かせたとしても、回避できる時間は無い。
「最初からこの動きをする、って思ってれば大丈夫」
でも、反撃ならできる。
「……流石に一本取られました」
俺は、動けない。
動けば、次の瞬間には敗北している。
俺は美加久市さんに近づくことしかできない。
そして、どうしても攻撃する時は相手の目の前に現れないといけない。
そして、攻撃までの0.1秒だろうと、あの能力は俺を負かす事ができる。
「降参してくれる?」
「……いえ、まだですよ。
まだ、負けたとは限らない」
この段階で敗北は避けられない。
だが、それは現状では、というものだ。
一段階も、二段階も使えない状態でこの状況は、確かに打開できないように感じる。
だが、感じるだけだ。
「……強がり?」
「別にそんなものではありません」
昔はこんな状況は死ぬほど経験した。
というか、まだ死なないから今の状況は良い。
死ぬかも知れない、というのはやはり精神的にきつい。
「じゃあ、う
恐らく撃つ、とでも言おうとしたのだろうその瞬間。
俺は動く。
その合図は簡単だ。
筋肉が動いた。
明らかに動くためではない筋肉の縮小。
負けを目の前にして、感覚器官が拡張されている。
そのおかげで、発射の予備動作がわかった。
後は、能力ではなく、
「所詮は人」
能力者を躱す。
どんなに早くて絶対に死ぬ攻撃を持っていようと、それを使うのは人間。
人間には予備動作が存在し、狙いがあり、思考がある。
その全てを、躱す。
左に重心。
重心移動の技術のため、美加久市さんから見ればいつの間にか左に避けようとしている風に見える。
そこで、照準を調整。
やや左に。
そこで重心を左にしたまま、右に移動。
本来は攻撃の時に、フェイントで使う場合が多いのだが、今は避けるのに使う。
しかし、これの欠点は移動が遅い。
それに移動の出が見られる。
焦って発射してくれればよかったものの、美加久市さんは俺のことを見ていた。
まぁ、当然だろう。
一瞬で間合いを詰める人間が素直に避けるとは思えないし、攻撃するなら、明らかに止まった瞬間を狙う。
それを確認して、美加久市さんへと距離を詰める。
美加久市さんはその様子に動じること無く、俺の事を捉える。
今の移動は特に何も工夫はしていない。
見えるし、追える。
ここで撃つかどうか。
悩め。
「っ?!」
一瞬でも悩ませる。
一瞬でも、思考を奪いとる。
攻撃のモーション。
拳によるテレフォンパンチ。
距離は7、8メートル離れている。
明らかに届かない。
でも、迷う。
あそこから攻撃する手段があるのか。
なら、
その瞬間、『撫上』
ノーモーションで目の前まで距離を詰める。
美加久市さんからしたら脅威だろう。
撃つかどうか迷い、今撃とうとした瞬間に、目の前にいる。
今が、絶好のチャンス。
俺は攻撃していて、一気に距離を詰めた。
目の前には拳が迫っている。
発射。
同時に、俺は加速。
今の行動は、攻撃するために美加久市さんに近づいたのではない。
美加久市さんの横を通り途中で減速したのだ。
撫上返し。
これを自分なりに改良し、技術を組み合わせることで一連の動きに緩急をつける。
それも、止まったかのように見えるくらい。
ちなみにこれは対宵戦の切り札用の技だったのだが、ここで使えるのであれば良い。
発射のコンマ数秒前。
俺は美加久市さんの横を通り過ぎる。
硬直。
これは体の構造上仕方がない。
撫上の歩法は絶対的に使用した後、硬直してしまう。
それは足というものの中心である足首を使って移動するため、移動するための溜めを行わないといけないからだ。
「っちっ?!」
美加久市さんの声。
先程まで俺のいた場所は、地面が高温になり、一部の土が溶けている。
外したのを理解したのか、次の攻撃を準備する。
本来であれば、この硬直の時間があれば、美加久市さんは距離を取れる。
現に美加久市さんは後ろに重心を寄せている。
これでは、最初の状況に戻る。
だが、俺は硬直している。
「人は」
でも、いつから人は行動するために足しか使えないと思っていたのだ?
「四足歩行から進化している」
姿勢を低くしているため、すぐに手を地面につけれる。
地面につけた手で、思い切り地面を押す。
発勁の応用で、自身の方に衝撃を起こす。
それを活用して、後ろに飛ぶ。
「なっ?!」
美加久市さんからすれば恐怖だろう。
俺がケツを向けたまま飛んできたのだ。
俺だって怖いと思う。
だけど、
「終わりです」
空中で体を捻る。
足首を使うせいで移動できない。
けれど、足を動かすことならばできる。
ひねった体は、体の上下を逆さまにして、
さながらオーバーヘッドキックのように、
美加久市さんに直撃した。
それは上からの攻撃。
威力を殺そうとしても、既に後ろに動いている。
更に、下は地面。
地面に叩きつけられた美加久市さんは、その姿を体育場から消した。




