85:ご依頼をさせていただきます
「……まぁ、良かった」
「一応同意しておきますわ」
俺と宵がいるのは転移室。
ここには現在俺と宵、更にはベッドに寝ている柊しかいない。
「ご苦労さまです」
「うっす」
「……校長先生」
そこに突然現れるのは、校長。
まるで先程からそこにいたかのような立ち振る舞いに、宵は動揺する。
……正直、俺も驚いているには驚いているが、この人に関しては驚くだけ無駄なので、受け入れている。
「今回はありがとうございました。
夏休み前のランキング戦の盛り上がりで、構内では人員が不足しています。
そこで生徒の力も借りてしまいましたが、柊さんを救うことができたのはお二人の力があってこそです」
「ワタクシは別に、養護教諭としての役割を果たしただけですわ」
「俺も友達として役目を果たしただけです」
宵と俺の返答に何か満足したのか、校長は、
「これは差し入れです。
別に何か特別なことをしているというわけではないので、大丈夫ですよ」
「……それ言わないといけないくらいに信用ないとは思ってませんよ、俺は」
「……それではワタクシが疑っているということになっているじゃないですか?」
「違うの?」
「別に膳財流を疑っているなんてことは無いですわよ。
ただ、ワタクシだって疲れていても警戒してしまうんですのよ」
校長がまるで最初から用意していたかのように差し出したコーラの缶を、俺と宵は受け取る。
冷えていて、疲れた体には最高に効く。
「というか、お医者様は呼ばなくて良いんですか?」
「……おや? 世界でも最高峰と呼ばれる医療をしたのに呼ぶ必要がありますか?」
「ワタクシはこんな面倒な治療をするために来たのではありませんのよ」
俺の素朴な疑問に、校長は疑問で返す。
それに宵は愚痴を返すが、まったくもってその通りだ。
「確かに治療に関しては俺も加わればその言葉通りだけど、俺らは医者としてここに来ているわけではないんですよ?」
「それに、今回はムスビの力は借りていないので、実質ワタクシだけがやっているのですよ?」
「ははは。
確かに過剰な治療は本人のためにはならないですね。
脱帽です」
柊の治療は、今回は宵の能力だけで済ました。
宵の深奥によって、柊の体を支配する。
そして、元の体に戻すように足りないものを足したり、体が拒絶反応を示さないように治療した。
俺はそれに対して足りないものを先読みで補充したり、支配の能力の邪魔になるものを撤去してたりしていた。
「……校長、なんか話したいことでもあるんですか?」
「どういうことですか?」
「いや別に。
この程度のことで褒めるなんて、膳材流を知っている人からすればおかしいなぁ、って」
正直、疲れたには疲れた。
だが、今回は柊の体を気遣ったから疲れたのだ。
本来ならば、速度重視であれば俺が手を貸せば早く治っていた。
俺の深奥も使い方次第では治療に使うことができるのだ。
けれど、それにはリハビリも必要になり、復帰するのに時間を要する。
しかし、宵とここに向かう途中で軽く話して、それはやめようという話になった。
「そうですかね?
あの無体が効率を度外視して、一人の少女をすぐに戦場に戻したいからという理由で治療しているのを見れば、ここまで褒めると思いませんかね?」
「……確かに、そう言われればそうかも知れない。
けどその話し方、露骨になんかある時の話し方でしょ?」
露骨に黙る校長。
……冗談か?
こういうとき、膳材流は人をからかう傾向にある。
「今回の傾向は、少々あなた方が場を支配しすぎている、そうは思いませんかね?」
違った。
というか予想の中で言えば最悪の展開だ。
「マジか……」
「流石無体のリーダー、といったところでしょうか。
もうお気づきになるとは」
「もしかして、これが噂の中立、というやつでしょうか?」
宵もすでに気づいている。
というか、宵は見たことが無いから確証を持っていないだけのようだ。
「そうだ。
今回は恐らく生徒の成長に関しての中立、勝負に対する中立、とかそんなところだろうし……。
多分この治療に関しては見逃してもらえたから……それを引き合いに出しちゃう?」
いきなりだが、訓練の最中にこの可能性を考えていないわけ無いわけではなかった。
膳材流は中立。
善悪関係なく、中立を選択する。
そして、それに沿わないものを調整するのも彼の役目だ。
流石に世界中でそんなことをしているわけではないらしいが、彼の管理内に入って、中立を乱す真似をしようとすれば、こうやって衝突が起きる。
前回の『ウィクトゥス』に関しては、恐らく長谷川先生の側が中立から背いた何かをしたからこそ、少しではあるが俺に情報を渡した。
「ふふふ。
今回は中立を乱すということは起こってはいません」
「……ホント?」
「えぇ。
あなたが出張るようならそれこそ何も言わずにことを済ませようとしましたが、どうやらあなたは動く気がないらしい」
「……どういうことですの?」
校長が楽しそうに話しているのを聞いて、宵がこちらを見る。
「……俺はみんなを焚き付けたし、どうにもならなかったら俺が勝利をかっさらうと言ったけど、正直それをする気は毛頭なかった」
「どういうことですの?
あなたは深奥に至る試練を、あの子達に行おうとしていた、ということですか?」
「……いや、それに関しては確実に彼奴等は俺らに勝とうが深奥に至ることを諦めるよ」
「……そういうことですか」
今回の戦いは、最初は適当な理由をつけて深奥に至ることを回避しようと思っていた。
だが、訓練の最中に別にこれ勝負の結果がどうなっても良いのか、と思うに至った。
アイツラは恐らく心の中で気づいているはずだ。
俺には、無体には敵わない。
まぁ、流石に世界一の強さを誇っているのは伊達ではないので、俺らを二人だけとはいえ、更には条件付きだろうと敵に回したことは、愚行も良いところだろう。
それに、アイツラは俺の力を知ると同時に、自身の仲間がこんなにも強くなっていたことに驚く。
なぜここまで?
今までの強さは?
そんな疑問があの三人には巡っているだろうし、訓練を受けた奴らの方にもある考えが宿る。
深奥に至らずとも力はまだ伸ばすことができる。
「正直、柊の最初の一週間の時点でアイツラの心は折ったと思ってる。
柊にはそれとなく探りを入れてもらったし……というか柊には全部話した」
「ワタクシにはすべて話さなかったのに、ですか?」
「お前は話さなくても分かると思ってた」
ということで、正直勝負は俺としてはどうでも良くて、適当に圧力を与える位置にいて、他の奴らで楽しくやってくれ、という話だった。
柊にはひたすら強くなってもらったし、予想結果も話したので、結構気楽にやってもらっただろう。
その様子がどこかみんなには不気味に見えたらしいが。
「でも、話は変わったってわけね」
「えぇ。
彼女がここで柊さんの力を破ることは想定していなかった」
「……膳材流でも?」
「えぇ。
膳材流でも」
そういう存在なんだから想定くらいしていてほしいものだが……
「まぁ、理由は幾つか挙げられるけど……」
「恐らくは一番単純な理由かと」
「……あの子は、どうなるのですか?」
「別に殺してしまおう、という話ではありません」
宵の視線が強くなる。
……恐らく、宵には全体が見えていない可能性がある。
というか、俺にも全体なんて見えていない。
適当に話を合わせているだけである。
「多分だけど、前倒しするんだよな?」
「えぇ。
このままではこちらの中立が崩れますので、前倒しをお願いしようかと」
「前倒し?」
「……いや、俺も具体的には分からないよ?」
俺の情けない言葉に、宵は肩を落とす。
「俺に分かっていることは、何か膳材流が考えていることがある。
それに対して今回被瀬の成長が早すぎる。
だから、もとに戻すのではなく、この計画の何かを前倒ししてしまおう、ということ」
「……ぼんやりとしか考えていないですけど、大丈夫なのですか?」
「まぁ、今回は膳材流が協力してくれるんみたいだし、大丈夫だろうな、って」
「正直、校長先生に関してはあまり信用がないのですが?」
確かに、一緒に仕事をした経験のない宵からすれば信頼は無いが、
「俺は仕事したことあるし、この人の考えていることは別に変なことではないし」
校長先生は基本的に中立である。
誰かの味方というわけではなく、強いて言うなら傾いた方に協力する、ということなのだ。
そして、
「この人は俺らに対しても中立でいてくれる。
だから、この人がどんな舞台を用意しようとも、俺らがその舞台に立つことになれば、俺は絶対に勝利する」
「……そこまで言うなら文句は言いません。
ワタクシは席を外したほうが良いでしょうか?」
「いいえ。
お話を聞くだけなら四杯先生も同席して大丈夫です。
ぜひ座ってお話でもしましょう」
その瞬間、なにもないはずの転移室に椅子とテーブルが出現した。
宵もそろそろ驚かなくなってきている。
「流石に驚かなくなってきましたね。
これからは控えるようにしましょう」
校長もそれを認識しているのか少ししょぼくれている……様に見せている。
疲れた体に鞭打って、椅子に座る。
対面に座った校長は、姿勢を正し、
「それでは、私から正式に
『無体』の壱に、
ご依頼をさせていただきます」




