76: まいった、ですわ
訓練から一週間経った。
みんなは非常によくやったと思う。
豪雷さんに関しては少し不安定なところがあるが、あれは実戦経験でどこか折り合いを付ける必要がある。
訓練は確かにしっかりとした伸ばしと必要な要素があれば伸びる。
だけど、それで実践が強くなるとは限らないというものだから困ったものである。
「ではムスビ、大丈夫でしょうか?」
「おっけ」
これは先程みんなへのアドバイスを終え、これから2週間ランキング戦を頑張りましょう、みたいなことを言った後。
宵と俺は、密かに借りていた訓練場にいた。
これから始まるのは、至極簡単。
俺の、訓練だ。
「俺の制限は、能力、第一段階ともに禁止。
もちろん、それ以降なんてもちろん禁止」
「ワタクシの制限は、基本なし。
しかし対処不可能な攻撃は禁止」
「……ほんとに対処不能だったらやめてくれよ?」
「ムスビには前科がありますから、勢いが余りますのよ」
「そんな事言われても……。
いつの話だよ……」
俺は今回の勝負での役割は、ストッパーだ。
俺以外のみんなが叶わなかった時。
そのときに限り、俺は本気であの三人を潰しに行く。
「それにしても、損な役回りですわね」
「今更そんなことを言うかよ」
「確かにそうですわね。
その性格と役回りは昔からですものね」
「そう言われると逆にムカつく、なんでだろう」
「ふふふ、今に限ってはムスビは強く出れないから、いいですわね」
ちなみに、もう勝負自体は始まっている。
俺も宵も、準備運動を装いながら、出るタイミングを見計らっている。
「んだとこのっ」
会話でいい感じに出る瞬間を察知。
殺気とともに前に出る仕草を取る。
宵はそれを動きから事前察知。
流石に身体掌握をされると勝ち目はないのでしなかったが、観察眼に寄る予測……いや。
「大気”掌握”」
「知ってる」
空気の感じが何となくおかしかった。
具体的にはどこか肌に当たる風が重いのだ。
大気を掌握する都合上、その動きは完全な自然の状態を装うのは難しく、また宵の能力の都合上、精密な掌握は難しい。
だからこそ、肌で少しでも異変を感じた瞬間は、それを疑い、
「こうやるんだよな?」
「?!」
俺は『撫上』を使う。
それを宵に向かってわかりやすく見えるように使う。
「またそうやって人の技術を……」
「仕方がない。
そういう性分なんだよ」
宵の神経を逆撫でする行為。
ちなみに、今までは使えなかった。
宵が中々見せてくれなかったのだ。
そのせいで学習する暇がなく、使うことができなかった。
しかし今回宵は甘えが出て会長に対して教えてしまい、また使わせてしまった。
それも2回も。
それだけやられれば『慣れ』てしまう。
『慣れ』ればそこから学習する。
学習すれば、使うことができる。
「ただし……」
「それに対する回答も実際は存在するよな」
「くっ」
宵の両頬に触れ、首を折ろうとするが、その直前で宵は対抗するように『撫上』らしき歩法を使おうとする。
それは俺が学習する最中に抱いた疑問を解消するものだった。
撫上は、最後の首を折る部分は正直それっぽく見せるためと、まるでそこに技術が詰まっているかのように見せるフェイントだ。
重要なのは歩法。
摺足と似たようなこの歩法は、一瞬で距離を詰めるために体重移動と足首のバネを使う。
歩くときに使うのは、足全体であり、膝を使うことが大部分だ。
しかし、この歩法は本来歩くことに対してクッション性と蹴り上げの補助でしか使わない足首を使う。
それにより、予備動作を大幅に削減。
また独特な間を生み出すことによって、消えるような移動を可能としている。
しかし、俺が学習した感じだと、直線でしか動くことができない。
そして同時に、この系統の技を宵は一連の流派として使っているという話は聞いたことがある。
どういう意図で作られた技術かは知らないが、それこそ明るみに出せない技術であるのは確かだ。
本来、流派の技、というものは基本的に先に行けば行くほど、難易度が高くなり、習得が難しいものだというイメージが有る。
それに対して、この撫上を基礎とする流派は、おそらくは暗殺系の流派。
だからこそ、この先は難易度が高くなることはない。
もし、使えるとすれば、それを覚えたものを殺すための技。
それは、撫上の唯一の欠点である『歩法を使用した後の硬直』を狙うだろう。
そこまではたどり着いたのだが、どうやって返せるかを思いつくことができなかったので、ここで答えを知ることができてよかった。
『撫上』での曲線移動か。
「確かに後出し的に使い、近づいてきた敵の背後を取れれば一瞬のやり取りで生死に繋がる流派では有利に立てる、か」
「分かっているのなら、躱してくださいよっ!」
「わかった」
いつの間にか宵の目の前についた俺は、
目の前で一瞬にして姿を消し、背後に現れた宵に対して、
後ろを振り向いて頭突きをお見舞いした。
ゴンッ
痛そうな音がなる。
流石に心のチカラによる強化はしていないので、痛いものは痛いし、少し視界が白みがかった。
宵は少し距離を取り、こちらを睨みつけ、
「なっ……んてことを?!」
「こちとら流派とかは使わない主義なんでね。
喧嘩上等、汚いこと上等だよ」
心のチカラによる強化もなく、必殺技もなく、また深奥にも至っていない時でさえ、俺は戦場にいた、という話をした。
もちろん、そんな中にいて慣れたとはいえ、自分が無力であることには変わりはない。
そこで俺はしっかりとした戦い方を見つけることにした。
自分にあっている戦い方で、誰にでも有効に働いて、逃げるのに役立ち、生きるために最適な戦い方。
それを求めていってたどりついたのが、
「そういえばこれはまだ無体の連中にも見せたことはなかったけど、これが俺が深奥に目覚める前の戦い方、だよ」
喧嘩術。
それはもっとも原始的な戦い方。
本来ならば武術にはかなわないと思われるそれだが、俺のはちょっと違う。
「おう……りゃ!」
「……えっ?」
この喧嘩術は、武術を踏襲している。
例えば今の踏み込みは、
『縮地』と呼ばれる歩法、
人の体における最適な走り方、
そして先程学んだ『撫上』の歩法、
最後に独特の間のとり方。
これらを使って、一番最速で一番意識しにくい走り方をした。
それで目の前にまで来たときに、ようやっと宵は気づく。
もちろん、身体強化は使っていないが、もともとの下地はしっかりとあるのと、身に染み付いた技術により、ここまでの動きを可能にしている。
一番カウンターを取られにくい攻撃により、目元を攻撃。
とっさの防御を確認し、本命の左足の蹴りをお見舞いする。
フェイント。
喧嘩ではこれをしっかりと使えるか使えないかで天地ほどの差がある。
相手を引っ掛けることができれば、最高。
「分かっていますの……よ!!」
引っかかったふりをされたら、行動を変える。
恐らくは能力によって俺の足をつかもうっていう魂胆だろうが、甘い。
左足を地面に振り下ろす。
足が痛い。
地を踏みしめる音がする。
そして相手の予測から外れることができた。
この踏みしめを力に変え、タックル。
「くっ」
宵はタックルに対して、受け止めることにするらしい。
足に力を込め、重心を低くする。
しかし、それは見越している。
俺のタックルの矛先は、腰ではなく、足。
そして前ではなく、横。
腰に片手で抱きつく。
もう片方の手で、宵の足を抱える。
前に進むのではなく、抱えた足の方に力を掛ける。
足を引き込み、支えることのできなくなった体は、
「きゃっ?!」
可愛らしい女の子な叫びとともに、土煙を上げる。
土煙が晴れるとそこには、
「まいった、ですわ」
「よっしゃ」
ゴスロリ姿の少女に馬乗りになり、首元に手刀を突きつけている俺の姿があった。
正直、客観的に言うと犯罪臭がすごいので、内心ではすごくどけたい気持ちがある。
ちなみに宵と俺は外見的な年齢は割と近い(実年齢は言えない)ので、並んでいると俺の彼女に見えるときも多々ある。
……ちなみにその時の宵の表情と言ったら、汚物を見るかのような表情であり、中々俺としては心が痛い。
「でもまぁ、最後の日に語れるとは思っても見なかったですよ」
「俺だって負けっぱなしは性に合わないのだよ」
少しドヤ顔をしながら、俺は宵から退け、手を貸す。
宵は俺の手を無視しながら、自力で立ち上がり、自身の服についた誇りを払っている。
「それにしても、撫上に関してはいつの間に使えるようになったのですか?」
「撫上に関しては、一段階では会長のを見た時点で使えるようにはなってたけど、何も使わない状態では最近使えるようになった」
一段階では筋力の関係でそれっぽいことまでは余裕でできるのだが、何も使わないでというと厳しかった。
間は取れるのだが、いかんせん足首という中々使わない部位の筋トレを求められるし、使い方が繊細だから、使えるようになったのは一昨日の話だ。
「……まさか、それを皆さんの前で使おうだなんて思ってはいないでしょうね?」
「いや、俺が知りたかったのはあくまでも返しの話。
宵に教えてもらおうかとも思ったけど、教えてくれないと思ったから、自分で撫上を覚えた」
「……まぁ、たしかに教えてと言われても教えなかったとは思いますが……」
ちなみに、撫上返し(仮称)に関しては、直ぐにできる。
「それにしてもすごいな、これ。
足首の鍛え方をこれ中心にしていると曲線移動ができなくなる。
だからこそ返しとして使うってことなのね」
「……そういうことですのよ。
本来であれば教えては行けない技であり、これを使用、模倣するものに対する必殺の一撃なのですけど……」
「まぁ、そこに関しては場数だよね」
本来ならあそこで同じように撫上返しを使えば、あのタイミングで決着をつけれていた。
だが、いかんせんこの状態で使うには慣れが足りなかった。
「流石に頭突きで対応してくるとは思いませんでしたよ」
「意外に頭突きって気合がいるからね。
技も首を折る技なのに突っ込んでいくってのは無謀すぎたかな?」
「確かにそうですね。
撫上はその歩法を隠すために名付けられたので、首をへし折る以外にも殺す方法はありますのよ」
「でもまぁ、それに驚いて体が硬直しちゃったのはどこの誰かなぁ?」
俺がニヤニヤしながら質問すると、
「ワタクシはムスビのためを思って話しているのにそういう態度を取るのですか?」
「……わかりましたわかりました。
確かに手伝ってもらっているのに態度が悪かったでごぜぇます」
怒り気味な様子に降参する。
無体の連中は俺も含め負けず嫌いが多い。
俺も訓練で負けるときは盛大に煽られることがある。
なのでいつもはやる返したりするのだが、今の状況的には俺に煽り返す立場はない。
それに気づいたのか、宵はため息を付き、
「それで、結局は大丈夫なのでしょうかね?」
「大丈夫、ってのは?」
「もし最終的にムスビに全員負けてしまっては深奥を諦めないと思っているのですよ」
その話は、ずっと分かっていたことだが、避けていた話題だ。
「確かにそうだけど、答えは一つしかないだろ?」
「……まぁそうですけども」
俺が勝ってしまえば、結局は深奥に至ったほうがいい、問結論になりかねない。
そのために、他のみんなが強くなって、深奥に至る前にこんなに強く慣れるんだ、それからでも遅くはない、と証明したいのだ。
「まぁ、結局は深奥に至ることに変わりはないんだけどな」
「それに関して言えないから面倒なことになっているのですよね」
強くなる、ということは必然的に深奥に近づいているということに等しいのだ。
それに関しては伝えようにも、深奥の推測ができるようになってしまう。
本当は気にしなくてもいいくらいの確率なのだが、学生のうちから知ってしまえば、その長い時間でたどり着いてしまうかもしれない。
「まぁ、他の子達に期待するしかないということでしょうか」
「……というか俺さ、悠々自適な生活を望んでいたよな」
「……知らないですけど、今までの評判とかを見るとそうなのでしょうね」
ちなみに今、俺の評判はなぜか生徒会と繋がりのある意味深な人物らしい。
意味深な人物として噂されるとかどういうことだよ、と思わなくもないが、たしかに学園の中心的な人物から目をつけられていれば、そうなることも頷ける。
「流石にソロランキング上がれば注目されるだろうな」
「けどそれ以外にやる道はないですし、他にも大勢も上る子がいるから大丈夫ではないですか?」
……確かにそうだ。
ちなみに、ランキング戦のシステム的に、自身の上位5位までしか戦いは挑むことができないため、俺は戦ってどうにかして会長と誤差5位以内に入らないといけない。
そして、全体の人数と一日に戦える回数を考えると、明日から俺も同時にランキング戦に出ないと行けない。
「だい……じょうぶと信じたい」
「大丈夫ですよ」
……大丈夫だろうな。
うん、大丈夫だ。
半ば自分を騙す形になるが、大丈夫だろう。
これで俺だけ学園の生徒から目をつけられて人気ものになるとかはないだろう。
今までと同じ、影の薄い、らくらく高校生活を送ることになるだろう。
そう、そうに決まっている。
当然、そんなことはない。
生徒会のメンバーがソロランキングに出た事自体は驚きだが、優秀な集団というレッテルが存在しているため、そんなに注目されることはない。
寧ろ既存のランキングが大きく変わることに注目が行く。
そんな中で一人戦闘系の能力を一切持たずにかつ人物が現れればどうだろうか。
まだ柊に関しては、その能力の有用性は多少なりとも噂になっているため、話題に上がる程度だ。
だが、覆瀬ムスビの場合は?
生徒会と繋がりがあると噂され、能力も自己治癒というランキング戦に使えない能力。
それに今はいないが早乙女先生の絶賛をおぼえている生徒もいるだろう。
そんなパーツが集まり、最後に当てはまるピースは『ランキング戦での連勝』
ムスビはこの時、どんな能力者であろうと大丈夫だろうと高を括っているのだが、それが仇となる。
どんな能力者であろうと倒していく。
その事実は、噂に尾ひれを付け、そして事実が助長していき……
覆瀬ムスビは一週間後、一躍時の人となる。




