28:焼き肉で
「覆瀬君は、なんで高校生をしているんだい?」
「なんですかいきなり」
会長との組手のあと、気絶した会長を起こし、休憩させていたらそんなことを聞かれた。
「いや、君は強いじゃないか。
それもおそらくは『ランキング戦』とは関係のないところで。
なのに、わざわざ無能のフリまでしてここにいるのはなんでだろうって思ってね」
「疲れたんですよ」
即答。
俺の返事に会長は呆然とする。
「俺は疲れたんです。
戦いとかそういうのに。
だって戦いって疲れるし勝っても自己満とふざけた名誉と金しか入ってこない。
もったいなくないですか?」
「もったいないって……それ目的に世の中では『ランキング戦』に出ている人もいるんだよ……」
苦笑いする会長。
俺はその様子に知ったことかと吐き捨て、
「世の中にはもっと面白いことはあるだろうし、楽なことはいっぱいある。
だからなんか戦うのが馬鹿らしくなってきたんですよ」
「でも現状こうして戦っているじゃないか」
「昔とった杵柄、ってやつです」
別に戦いが嫌というわけではない。
勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。
世間の人がハマるのもわかる。
だけど、
「俺はもう疲れたから一旦休みたいだけです。
もちろん、誰の迷惑にもならないように」
「……普通に疑問なんだけど、なんでこの高校来たんだい?」
「それに関しては俺が転入の手続きをしたわけじゃないので」
全ての元凶は校長をやっていると話して俺を騙した校長のせいである。
俺は悪くない、そんな顔をしていると、
「覆瀬君は、こうして結局戦いに巻き込まれているが、それに関してはどう思う?」
「……嫌味ですか?」
「いやいや、こうやって巻き込んでいるが、本当に君の迷惑になっているなら、と思っただけだよ」
俺はその言葉と会長の様子から、会長が申し訳無さそうにしているのは感じ取った。
少し考え、俺はゆっくりと話し出す。
「俺は、戦うこと自体は嫌いじゃないです。
それで、『ランキング戦』自体も嫌いじゃないです。
それに今回りにいる連中のことも嫌なやつだとは思ってないし、少し迷惑だな、とは思いますけどそんなに嫌じゃないです」
「……それならなんでそんな態度なんだ?」
「みんなに迷惑をかけてしまうから、です」
そこだけは常に思う。
俺の言葉の意味を考えているのか、すこし考える会長に、話を続ける。
「俺がもし、『ランキング戦』にきちんと挑んでしまったら、それは本当に大人げないことです。
例えるなら、子供の遊びに大人が本気で入っていくような」
「ははは、私達が子供の遊びだと?」
「別に悪く言うつもりはないです。
ただの例えですよ」
会長の雰囲気を読み取り、言葉を付け足す。
「だから、俺は『無能』でいたほうがいい」
「……周りはきちんとした評価を得てほしいから頑張っているのに?」
「……どういうことですか?」
会長は頭を押さえる。
その様子に俺は不思議がりながらも、話を促す。
「君は強い。
それは変えようのない事実だし、間違いない。
だからこそだよ」
「だからこそって、なんでそれと俺の評価の話になるんですか」
「……君って意外に鈍いところがあるよね。
ま、『ランキング戦』なんてやっているからこそ、強さの順に存在してほしいんだよ。
みんなが。
それがもし、どんなに敵わない相手でも」
その言葉は、なんとなく理解できた。
確かに、安藤も言っていたことがある。
『ランキング戦』は、順位がつくことそのものに意味がある。
その時はイマイチ理解できなかった。
けど、『クラス戦』を見て、『ランキング戦』を感じ取って、やっと理解できた。
「だから、君にはたとえ一年だろうと、強すぎであろうと、来てほしい。
それが、キミの周りにいる人間の総意だと思うな」
その言葉は確かに理解できたが、俺はその言葉にため息を付きながら、
「でも無理です。
『ランキング戦』はスポーツ。
あくまでそこまでなんですよ」
「……その様子を見るに、なんとなくわかってきたよ。
君の正体。
何をしてきたのか」
会長の言葉に、少し話しすぎたと思う。
だけど、
「会長には、期待しているんですよ?」
「どういうことだい?」
「もっと会長は、強く在ってほしいんですよ」
「それは、誰のために?」
学校のため……と大きく話そうかと思ったが、辞めた。
「俺のまわりにいる、面白くて真面目な三人のために」
「素直でよろしい」
会長の上からのセリフにはとやかく言わない。
伸びをした会長は、ストレッチし始め、
「そんなに期待されてるんじゃ仕方がない。
続きをやろうか、『訓練』の」
「え、今日はもうやめます」
ずっこける会長。
「なんでだよ?!
せっかくこんなにやる気になっているのに?!」
「いや、別に面倒とかそんな理由はないです。
これ以上やるのが無駄なんですよ」
「むだ?」
会長は俺の言葉が理解できていないようだ。
俺は敵意を少し漏らす。
会長は身構える。
「ほれ、その反応ですよ」
「……敵意を出してよく言うよ」
会長の抗議するような視線を無視する。
「会長には、まずこのくらいの敵意を前にしてもビビらないくらいの自信をつけてください」
「自信?」
「会長は感情で強さが変わります。
だから、感情がマイナスになる……ま、テンションが下がるみたいなことです。
テンションが下がらないようなこれという自信をつけてきてください」
「うーん……それはつまり、ムスビの前でも普段どおりにできるようにしろ、ということかい?」
「そうなりますね」
俺はまだ沈まない日を眺めながら、
「これから毎日暇になったら、俺との組み手を思い出してください。
あれにイメージでもいいので勝てるようになったら、また来てください」
あんなにコテンパンにされればそうそう人は立ち直れない。
現に会長も、さっきの敵意には足が震えていた。
「会長がこれから戦うのは、『恐怖』です。
怖いという感情に勝てる様になってください。
それができたら、次に行きます」
会長は、うつむいて何かを考えている。
……思い出している最中か?
俺は会長を放っておく。
でも帰るのもあれだから、、ベンチに座って会長を観察する。
30分後。
微動だにしない会長に、かなりの集中をしているな、と眺めながら、適当に俺も訓練をしておく。
人のを見ているとやりたくなる、とかあるよな。
「っぶはぁぁぁ!」
そこで聞こえてきた会長の声。
まるで長く息を止めていたかのような、そんな感じ。
その様子に、俺は今日は終わりか? なんて考えていると、
「無理だ!
明日もやる!」
大声で言った。
「えぇ……克服できたとは思ってはいませんけど明日やるって……」
「いやぁ、何回も何回も頭の中で挑んできたんだけど、勝てる確信が湧かなくてね。
そういうときは一旦そこから離れる。
それに限る」
……全く同じことを安藤が言っていたことがある。
この師にしてこの弟子あり、か。
「あら? 待っててくれたのかい?」
時計を確認して俺に質問する会長。
「いや、そこでうつむいている人を置き去りにはできないですよ」
「そうか、申し訳ないな」
そろそろ日の沈む空を眺めた会長は、
「晩御飯を奢ろう!」
「お、それは嬉しいですね」
「何がいいかい?」
「焼き肉で」
「……君には人の心と学生の心がないのかい?」
失礼な会長、俺はピッチピチの高校生ですよ。




