100:覆瀬、勝たせてもらう
会場は、静まり返っていた。
それはそうだ。
基本的にランキング戦は目で追える。
認知強化の能力が働いているため、体育場の中は基本的に目で追えるようになっている。
プロのランキング戦でも採用されるもので、これによって強化能力を持たない生徒でもその戦闘を目で追うことができる。
「使っちゃったか」
自身の手を見ながら、少し落ち込む。
だから、学生の戦いにおいて、目で追えない、なんて状況は訪れるはずもない。
そういう能力が発動しているからだ。
そのはずだったが、
「おい、あれ」
「なにしたの?」
「能力?」
「見えたか?」
「見えなかった」
周りの生徒は、ヒソヒソと話をしている。
それはまるで珍獣を見るような目だ。
それはそうだろう。
最後の一撃。
周りから見れば、いきなり空汰さんが消えたように見えただろう。
俺の必殺技は、認知強化を前にしても、目で捉えることは難しい。
俺の必殺技はそれこそ、言葉通りの意味で必殺技だ。
だからこそ、目に映る速度では意味がない。
周りでは、俺が最後に何をしたのかを話している。
恐らく、認知強化と高倍率の強化能力者の全力の強化くらいでやっと見えるくらいだろう。
俺は、自身の手から目線を上げる。
それは、とうとう学生同士の戦いで必殺技を使ってしまった罪悪感から、というのもあるが、
「よう」
「お疲れさまです」
敵が、来たからだ。
それは、空汰さんみたいな人。
大きな体躯に、鍛えられた体。
体格も、顔も、空汰さんと似ている。
それはそうだ。
「弟には勝ったんだよな?」
「えぇ」
この人は、空汰さんの双子の兄である、石神豪雷さんだ。
「まぁ、ここにいるから当然とは思っていたが……。
どうだった?」
「どうだった、とは?」
豪雷さんは顎に手を当てている。
質問の意味を組みきれなくて聞き返すと、
「試合だよ。
空汰はどれくらいやったんだ?」
「どれくらいって……」
「そうだな。
必殺技を使った、とかか?」
豪雷さんは、先程までの人の良さそうな笑顔を消し、こちらを見る。
絶対試合見てたよ、この人。
知っていて質問している。
「……確かに、使いました」
「そうかそうか」
豪雷さんは、俺のセリフに満足をしたのか、開始位置まで歩いていく。
その様子は、空汰さんと似ているようだが、違う。
空汰さんは、その中が分からないという感じだった。
けど、豪雷さんはもう勝利したかのような歩みをする。
昨日、空汰さんと豪雷さんの戦いで、豪雷さんが勝利したのだろう。
誰からも聞いていないが、ランキング戦のシステム的にそれが考えられる。
『ランキング戦!
七位、石神豪雷。
五位、覆瀬結。
試合を開始します!』
最初、豪雷さんは自身の無力を嘆いていた。
そこで、自身の能力の可能性を開拓していった。
ランキング戦が始まっても、その能力は開花しない。
しかし、それまでの訓練の成果と、もともとソロランキングに出ていたことから、人より訓練の時間は長く取れた。
そして、ここ最近では理想とまでは行かないでも、それに近い使い方をできるようになっていた。
それが俺の知っている石神豪雷さんだ。
『3』
能力自体は脅威だ。
圧縮。
それも空気の圧縮。
最初はその珍しさでランキングも上げていったが、豪雷さんの能力の使い方の変化は、一種の付け焼刃的な側面もある。
だからこそ、順位も伸び悩んでいたが、ここまで来るとは。
『2』
俺から直接的な指導はできなかったが、宵がしっかりと教えていたらしい。
それこそ、能力に振り回されている、という点で同情しているのかは知らないが。
『1』
だからこそ、豪雷さんは油断ならない。
構える。
自然体だ。
しかし、今回はこちらからは攻めない。
『開始っ!』
様子を見る。
それは、警戒。
豪雷さんが今の順位になったのは、空汰さんに勝利したからだ。
昨日までの順位を考えるとそれしか今の順位になる方法はない。
だからこそ、警戒する。
もしも、俺の予測している方向性に成長した場合のことを考えて。
それなら、空汰さんに勝てるのも説明がつく。
更には、もしそうなっていたら、接近戦は非常に面倒なことになる。
だから、警戒する。
「……何を警戒しているんだ」
そこで、豪雷さんはこちらに向かって話しかけてくる。
……何かを隠しているのか?
こちらから仕掛けなければ、恐らく大丈夫。
間合いを調整する。
「俺に対して、覆瀬結が警戒しているのか?」
豪雷さんは、少し小馬鹿にしたような話し方をする。
「……警戒してはいますよ。
皆さん、強くなりましたもの」
「嘘だな」
「嘘じゃありませんってば」
これは本当に嘘ではない。
現に俺は能力に関する一切に制限を設けられているのだ。
それを無視することはできない。
だからといって、俺が敗北する可能性は無いのだが、それはあくまでも俺がしっかり戦って、という前提が存在する。
俺が判断を見誤ったり、相手に勝ちを譲るという可能性が無いわけではない。
だからこそ、警戒しているのだ。
自分、の油断というものに。
「……そうか。
なら、こちらから行くぞ?」
豪雷さんのその言葉とともに、豪雷さんはこちらに向かってくる。
それも、身体強化をした能力者並みの速さで、だ。
明らかにおかしいこの状況。
だけど、さっきそれは見た。
別能力を使った身体能力疑似強化。
そして、それができるということは、俺の予想が当たっている可能性が出てきた。
自然体の状態で迎え撃つ。
これでもし、なんの工夫もなく攻撃に来てくれれば、一瞬にして勝負を決めれる。
攻撃を躱し、その意識を刈り取る。
正直、何かこちらからアクションをする必要はない。
下手に手を出して俺が負けに行く可能性を作るわけには行かない。
「オラァ!」
気合の声とともに、パンチ。
それは大振りで、とてもゆったりとしたパンチだった。
対応に出る。
腕を前に出し、拳の速さに合わせて力を逸らそうとする。
後は俺の腕を大分市にパンチが来れば……
その瞬間、
風船が破裂したような音が連続して聞こえる。
そして、目の前から豪雷さんが消えた。
とっさにジャンプする。
それは、ほんの少しだけ浮くためのジャンプ。
跳ぶためではない、浮くための跳躍。
「グッ」
俺から出るうめき声。
それは、肺の空気が押し出されたから出る声だ。
肺の空気が押し出されるのは、外側から衝撃が加わっているからに他ならない。
つまり、俺は今攻撃を受けた。
後ろから。
誰から?
当然、豪雷さんからだ。
「まじかよっ」
空に浮いていたことと、衝撃を受け止める様に受けたことから、その衝撃は体を飛ばすベクトルに変わる。
そのままベクトルに逆らうこと無く吹き飛ばされる俺は、空中で体勢を直す。
今の勢いだと、体育場の壁に足をつけたほうが助かる。
それと同時に豪雷さんの方を確認すると、
「ここだ」
そこにはいなかった。
後ろから声がした。
後ろ、というと、今の状態では空から声が聞こえる、ということである。
面倒臭すぎる。
背中からくる衝撃。
地面に叩きつけられる瞬間、創路さんとの戦いでも使った、衝撃を軽減する着地を試みる。
しかしまぁ、地面スレスレからそんな事を完璧にできるわけはないので、多少なりともダメージを喰らう。
痛い。
けど、そんな事を考えている暇はない。
地面を転がる。
直後、地面が揺れる。
先程までいたところに、大きな足があった。
「危なっ」
率直な感想を口にしながら、流れるように立ち上がる。
轟雷さんの方を見ると、
「いないよね」
「流石にバレるか」
剛
空汰さんとの試合でやった受け技。
攻撃を受ける。
だが、先程までのものと違う。
衝撃が来ない。
それは、剛をしているからと言うわけではなく、そもそも拳日からが込められていない。
これは……
「好機」
服を掴まれる。
剛はその性質上、体を動かすことができない。
ということは……
「どぉぉぉりゃぁぁぁ!」
この受け技は、裏を返せば無防備になる、ということでもある。
空に投げられる体。
これでは剛は成立しない。
更に、俺は空中で何かアクションを取る方法が少ない。
豪雷さんのあの瞬間移動とも思える移動方法は、圧縮を利用した移動方法だ。
圧縮した空気を爆発させて、推進力にする。
大きい体だからこそできる芸当。
それは、圧縮した空気自体に攻撃性がないことと、戦闘能力に一定の力量があるからこそできる技。
「覆瀬、勝たせてもらう」
そして、それができるということは、浮く、とまでは行かないが、豪雷さんは飛べる。
空に浮いた俺までたどり着いた豪雷さんに舌打ちしながらも、すぐさま対応に向かう。
空中でできることは少ないが、何もできないわけではない。
俺は能力を使えない以上、技術でなんとかするしか無い。
そして、同時に力を強くする技術というのは、地に足を着くことを前提としているものが多い。
目の前には。拳。
……仕方がない。
「ふぅ」
一呼吸。
気持ちを入れ替える。
そして、拳を掴む。
両手でしっかりと掴んだ拳を支点に、俺の体を動かす。
そのまま、攻撃に転じる。
蹴りを顔面に。
だが、拳を動かされることにより、蹴りが違う方向を向く。
俺は体制を崩すこと無く、足で豪雷さんの腕を掴む。
そのまま上半身を自由にし、掴みに行く。
掴むのは、髪の毛。
体制的に後ろを向きながら掴む、という気持ち悪い光景ではあるが、仕方がない。
頭を動かし、避けようとするが、別に攻撃ではないので、避けるもなにもない。
そのまま髪を無造作に掴む。
足を離し、髪の毛を引っ張りながらまたも蹴りを顔面に向ける。
今度は避けれない。
「このぉぉぉぉ!」
豪雷さんの怒号。
直後、俺の腹で押し出される感覚。
蹴りの体制が崩れる。
しかし、依然として髪の毛は掴んだままだ。
次の蹴りを放とうとは、
ドゴン!!!
しない。
豪雷さんは俺の執拗な掴みに夢中になっていたようだが、ここは空中だった。
つまり、重力に従い俺らは落下しているわけで。
地面に頭から落下すれば、流石に退場する、というわけだ。




