ダンジョンコンサルタントあかね
勇者と魔王の戦いなんて時代遅れ!
世界は今、ダンジョン戦国時代を迎えていた!!
二十年前。異世界より召喚された、女神から加護を受けし100人の勇者たちの活躍によって魔王は倒され、世界に平和が訪れた……はずだった。
魔族との戦争を中心にしていた経済の仕組みは混乱し、多くの者が飢えて苦しんだ。共通の敵を失った人間たちは国同士で争い、世界に希望はないかに思われた。
だが、女神は我らを見捨ててはいなかった!
希望はダンジョンとなって現れる。金銀財宝、古の技術が遣われた武器、超常現象を引き起こす秘薬……などなど、突如と現れたダンジョンにはたくさんの夢と希望と一攫千金のチャンスが詰まっていたのだ!
ダンジョンには危険な魔物がいるが、命懸けで挑戦する価値はある。やがて彼らのようにダンジョンに挑む者は冒険者と呼ばれるようになった。そして冒険者よりも富と名声を得たのは、女神より選ばれし迷宮構築者――――ダンジョンマスターである。
多くの人々が夢を抱くダンジョンを軸に様々な業種が生まれた。
冒険者たちを管理し、仕事を紹介する冒険者ギルド。ダンジョンの遺物や魔物の素材を買い取る商人ギルド。ダンジョンの周りには大きな街ができ、武器屋や薬屋、情報屋など多くの店が建ち並ぶ。世界経済はダンジョンを中心に回りつつあった。
変わった業種と言えばそう、ダンジョンコンサルタントなんてものもある――――
☆
シドウ商会は、ダンジョンの出現と同時に台頭してきた新興の商会である。どこよりもダンジョンの商品価値を早くに見出し、ダンジョンを経営するのではなく、それをサポートすることで大きくなり総合商会となった。
中でも、ダンジョンコンサルタント業のパイオニアとしても有名で、世界各地のダンジョンマスターと契約し、業界一の売上を誇る。
しかし、それに胡座をかいてはいけない!
近年、多くの商会がダンジョンコンサルタント業に手を出して利益を上げ、シドウ商会もいつ足下を掬われてもおかしくはない状況となっている。
パイオニアとしての誇りに賭けて、常に新しいものを顧客に提供し続け、シドウ商会は業界のトップにいなくてはならない。
そんな訳で、世界経済の中心地から遠く離れた小国へ営業にシドウ商会のダンジョンコンサルタントであるアカネが駆り出されていた。
「青い空、白い雲。そして見渡す限りの緑! いやぁ~ド田舎、ド田舎」
馬車なんてとても通れない獣道を歩きながら、アカネは一人旅の寂しさを紛らわせるように高らかに叫ぶ。
アカネは笑顔が可愛らしいがあまり特徴のない顔の少女である。瞳の色は平凡な薄茶色。癖のある赤毛をポニーテールにし、タイトスカートのスーツにパンプスという、いささか山道には相応しくない格好をしていた。
そして、その奇妙な格好と同じぐらいに目立っているのが、アカネの肩に背負われている派手な大剣である。大の大人でも振るうのに苦労しそうな代物だが、アカネは片手でヒュンヒュンと規則正しく振り、目の前の草を器用に刈っていく。
「本当にこんな山奥にダンジョンマスターがいるのかね?」
アカネは握りしめた地図を再度睨み付ける。
「うちのマーケティング課はちょっと適当なところがあるからなー。無駄足だったら、経理に怒られるのは私なんだけど。飲み代の領収書受け取ってもらえなかったらどーうーしーよー」
ダンジョンの利益を得る方法は色々あるが、基本的に多くの人々が訪れることで生まれる。なので、ダンジョンは人の多い大国や、交通の要所などに多い。
こんな辺鄙なところにダンジョンを創るのは利益度外視の国営化を狙った場合か……商才と人脈のないポンカスダンジョンマスターであるかの二択だ。
まあ、既にダンジョンが攻略されて消えているという可能性もあるが。
「おっと、行き止まりか」
背の高い草をかき分けると、そこには崖があった。地図を見直すと、ダンジョンはこの先と書かれている。
「ふふん。ということは、ダンジョンはこの崖の上ね!」
アカネは大剣を崖に突き刺しながら、ポンポンと軽い調子で崖を登っていく。欠けた岩が飛び散るが、アカネはそれらを器用に避けながら踊るように崖の上へと降り立った。
「道も整備されていないし、街から離れすぎているし……軍事演習を目的とした国営ダンジョンって訳じゃないよねぇ」
アカネはダンジョンの入り口の前に立った。
ダンジョンの多くは顧客を招き入れようと、入り口の門を派手な作りにしているところが多い。だがここのダンジョンは普通の洞窟に木の扉をつけたようにしか見えない。
傾いた『天下一ダンジョン』という潰れそうなラーメン屋みたいな看板が入り口の脇に立てかけられており、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。
「ふふん、なるほどねぇ。ポンカスダンジョンマスターの方だったか。やりぃ! いいカモだね。ダンジョンコンサルタントの血が騒ぐよ。絶対、契約とってやる!」
この女、なかなかの毒舌でゲスである。
「シドウ商会社訓第14条、契約は足と己の武力で掴め! まずは査定開始だね!」
大剣を構えると、アカネは朽ちかけた木の扉を勢いよく開けた。そして扉が崩れ落ちる様子には目もくれず、物凄いスピードでダンジョンを駆けていく。
「一層目は洞窟系のフロアなのかな。入り口がモロ洞窟なんだから入ったら意表を突いて、豪華な宮殿風のフロアにするとか、考え方は色々あると思うんだけど。景観はマイナス10点」
アカネは器用にメモを取りながらダンジョンを進んでいく。
凝ったトラップなどはなく、落とし穴や毒槍など旧式のものばかりでちょっと退屈だ。ハードル走選手のように罠を飛び越えていくと、魔物の気配を感じた。
アカネは立ち止まると、舌舐めずりをしながら大剣を構える。
「ファーストコンタクトはだーれっかなぁー」
ガチャガチャと武器や足音が重なる音と共に、人間の子どもぐらいの背丈の魔物が現れた。肌は緑で目はギョロリと大きく吊り上がり、ギザギザの歯と気味の悪い長い舌。最弱の魔物ゴブリンだ。
だが最弱といえど、現れた数は8体。石を木の枝に括り付けた原始的なハンマーや弓矢、刃の欠けたナイフなど、武器は弱いが連係攻撃でもされたら中堅冒険者でも苦戦する。
しかし、アカネは緊張感もなくテンションを上げていた。
「おお、ゴブリン! うんうん、ウォーミングアップの定番だよね。これぞダンジョンって感じ!」
シャーと威嚇しながら武器を構えるゴブリンを尻目に、アカネは剣を一振り。すると、たったそれだけでゴブリンたちの身体は細切れになった。
「うふふん。私に勝ちたいのなら、ミサイルでもぶち込むことね」
ちょっと意味の分からないセリフを得意げに放つと、アカネは再び駆けだした。
そして現れる魔物――すべてゴブリン――を千切っては投げ、千切っては投げ……50体ほど屠ったところで、ガックリと膝をつく。
「どこに進んでもゴブリン、ゴブリン、ゴブリンゴブリンゴッブリーン!!! ……ゲシュタルト崩壊しそう」
ダンジョンにポップする魔物はすべてダンジョンマスターがDPと呼ばれる通貨で購入し設置する。ゴブリンはその魔物の中でも最安値。そればかりということは、このダンジョンマスターはハッキリ言ってクソド貧乏である!
「もう疲れた――――って、あれ宝箱じゃない!?」
壁際に苔と泥に覆われている宝箱を発見し、精神的な疲労で淀んでいたアカネの瞳に輝きが戻る。
アカネはワクワクする心のまま、宝箱に近づく。ミミックという可能性もなくはないが、アレは意外と高料金だ。ゴブリンだらけのこのダンジョンには設置できないだろう。
「何かな、何かな!」
手が泥だらけになるのも気にせず、アカネは子どものような表情で宝箱を開いた。そこには真っ赤な液体の入ったポーションが置いてあり、それを見た瞬間、アカネの表情が無になる。
「……えーと、やけど薬? 嘘だよね……うわぁ、最低のセンス。ここのダンジョンマスター、絶対にモテない。きっとプライド拗らせた童貞だ」
この女、憶測で容赦がない毒舌を吐きやがる!
だが、アカネが憤るのも仕方のないことなのかもしれない。
苦行とも言えるゴブリン狩りの褒美が、子どものお小遣いで簡単に手に入るようなやけど薬。しかも、魔物やトラップの中に火を扱っていたものは一つもなく、実用的でもない。
無意味……ただひたすらに無意味な宝! 文字通り最低のセンスである!
「シドウ商会社訓第8条、どんな顧客も女神様と思え。……しっかりと自分の仕事をしなきゃね。営業は体当たりじゃー!」
元々体育会系のアカネは根性で折れそうな心を奮い立たせ、大剣を持って立ち上がる。
再びゴブリンを千切っては叩きつけ、千切っては潰し、千切っては串刺しにし、宝箱に何度も淡い期待を持ちながらも裏切られ続けた。ちなみに宝箱の中身はすべてやけど薬である。
アカネは絶望しながらも、ついにボスの部屋にたどり着いた!!
「はぁっ、はぁっ、こんなにメンタルをやられたダンジョンは初めてだよ……」
これでもアカネはシドウ商会でも指折りのダンジョンコンサルタントである。掴んだ契約の数と経験は、新参者のベンチャーコンサルタント商会共には負けない自信があった。
それでも、このダンジョンはキツい。
ある意味、最高難度のダンジョンだろう。攻略する気が起きなくなるという意味で難攻不落だ。
「ボスまでゴブリンだったら泣く自信があるね。新人の頃以来かな……仕事で泣くなんてさ。もうゴブリンばっかりで頭がおかしくなりそう」
ボロボロの心を持ちながらも必死に立ち上がり、アカネは『BOSS』と雑にペンキで描かれた部屋の扉を開く――――
その瞬間、差すような寒さが強風と共にアカネを襲い、視界が真っ白になる。
――――キシャァァアアアア!!!
耳を劈くような魔物の咆哮が轟く。アカネは大剣を床に突き立てて身体を支える。そして僅かに風が収まり、現れた魔物の正体に目を見開いた。
体長二十メートルはあるズッシリとした巨体に、頑丈そうな光沢のある鱗。鈍く光る大きな目に、鋭い牙の生えそろった大きな口。蛇ともトカゲとも言えない、優美な曲線と地面にめり込む毒の爪。
侵入者に怒りをぶつけるように、魔物は口から氷雪のブレスを撒き散らす。
魔物の正体はそう、ダンジョンの定番ボス『スノウドラゴン』だった!
「って、フレイムドラゴンじゃねーのかよ!」
耐えきれなくなったアカネはスノウドラゴンにツッコんだ。
宝箱から出た大量のやけど薬のフラグは回収されず。結局、最低のセンスのままだった!
「ゴブリン続きからの、高価格ボスモンスターって落差ありすぎでしょ。難易度調整もできていない、マイナス1000点!」
アカネは叫ぶと、大剣を構えて一直線にスノウドラゴンへと駆けだした。辺りは凍りで覆われていたが、シドウ商会支給の制服は万能なので普通の道のように転ばずに動けている。
スーツに仕込んでいる魔道防寒システムが作動し、アカネは麗らかな春のような体感温度のまま寒さも感じていない。ベテランダンジョンコンサルタントは事前準備を怠らないのである!
アカネはスノウドラゴンまで一気に近づくと、そのまま大剣で皮膚を削ぐように振り上げる。
「ドラゴンの鱗、五万DP!」
痛みでスノウドラゴンは悲鳴を上げ、アカネを潰そうと腕を振り上げる。
アカネはそれをヒラリと躱し、その遠心力を乗せたまま次の斬撃を放つ。
「ドラゴンの爪、十五万DPボロ儲け!」
爪切りをするかのように軽く、ダイヤモンドより硬いスノウドラゴンの爪がポロリと落ちた。アカネはそれを手際よく回収する。
これらの素材は後で大きな街でこっそりと換金し、プライベートの飲み代の足しにするのだ。アカネはなかなかセコいダンジョンコンサルタントなのである!
――――キシャァァアアアア!
スノウドラゴンは驚いていた。
いくら人気のないダンジョンにいる経験不足の魔物だからといって、自分の攻撃が一つも当たらず、人間相手に翻弄されるなんてありえない、と。
実際、スノウドラゴンは複数のパーティーが連携して倒すような超強力モンスター。一人で相手に出来る実力がある者なんて、勇者がいなくなったこの世界では人間の中でも片手で数えられるほどのはずだ。
「ドラゴンの目玉……超高級珍味で一千万DP! 今夜は酒場のボトルを全部開けてやるわ!」
アカネはとても乙女とは思えないゲスな笑みを浮かべて半円を描くようにジャンプすると、スノウドラゴンの頭に飛び乗った。ヒールを頭に突き刺して自分の身体を固定すると、大剣を使って目玉を抉り取ろうと振りかぶる。容赦のなさは一級品である!
「や、やめてくれぇぇぇえええ!」
突如、アカネとスノウドラゴンの戦いに乱入者が現れた。
彼は痩せ細った身体に白髪交じりの金髪の青年――いや、ギリギリアラサーぐらいの男性だった。顔は、若い頃はさぞ美しい顔立ちであっただろうと思わせる端正なつくりだが、今は目がくぼみ、頬が痩けている。だが瞳にはギラギラとした野心で輝き、身につけた服は古いがヒラヒラとしたフリルのついた上流階級の男性が好むようなデザインだ。
アカネは彼を見てニヤリと笑みを浮かべる。彼こそがアカネの待ち望んでいたカモ――ではなく、ダンジョンマスターだ。
「こんにちは! シドウ商会営業部ダンジョンコンサルタントのアカネと申します。ダンジョンマスターさんに折り入って、ビジネスのお話に参りました!」
アカネは近年ビジネスでは当たり前となった『名刺』を取り出し、丁寧な物腰で男性へ渡す。
ポンカスダンジョンマスター、宝箱のセンスがない、プライド拗らせたモテない童貞、などなど毒舌を吐きまくったゲスい品性など微塵も感じさせない完璧な所作だった。
「……いきなりボス部屋に来てビジネスの話とは驚いたぞ。そもそも、ボスモンスターを倒したら、ダンジョンが消えてしまうではないか!」
真っ当な男性の言葉をはね除けるように、アカネは向日葵のような毒気のない笑みを浮かべる。上目遣いでちょっと照れている感じを出せば完璧だ!
「えへへ。シドウ商会の伝家の宝刀、体当たり営業です! 自慢じゃないですけど、わたしは今までこの方法でお客様にお話を聞いてもらえなかったことはないんですよ。どうしてもダンジョンマスターさんにお目にかかりたくて」
この女、己の童顔と愛想をフル活用している。本心はきっと真逆なことを考えているに違いない。
「え、ああ、そうなのか。次からはあまり強引な営業はしてはいけないぞ」
「気をつけます!」
悲しいかな男とは、愛想のいいそこそこ可愛い女の子に弱いのである。ダンジョンマスターは簡単にアカネの外面に騙された。まあ、スノウドラゴンを相手に大立ち回りをして自分では到底勝てないと分かっていたのもあるが。
「しかし、君は凄まじい強さだな。Sランク冒険者並の強さなんじゃないのか?」
男性はそう言いながら、動きを止めていたスノウドラゴンを一度別の空間へと転移させた。
「ありがとうございます! ダンジョンコンサルタントになるため、元勇者剣術指南役に技術のすべてを叩き込んでもらった甲斐がありました」
アカネは自信満々に自分の胸を叩いた。
「ダンジョンコンサルタントとは、武力も必要なのか?」
「単身ダンジョンに乗り込むことも多いですから、うちだと最低でもAランク冒険者ほどの実力がないと就職できないんですよ。今ってほら、就職氷河期じゃないですか」
近年、人々は貧富の差が問題となっていた。故に、好待遇の職種につくのは貴族でも難しいとされている。魔王が倒されても世の中は世知辛い。
「……まあ、確かに。それで、ビジネスの話とはなんだ」
「改めまして、ダンジョンコンサルタントのアカネと申します。ダンジョンマスターさんのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「ジルベールだ」
「……ジルベール、様? どこかで聞いたことがあるような」
アカネが首を傾げると、ジルベールは得意げに鼻を鳴らした。
「僕はなんと、あのアステリア帝国の元王子だ!」
「な、なんですってぇぇええ! あの聡明で優秀で頭のいいジルベール殿下だったなんて」
アカネはリップサービスとして大仰な反応を見せた。しかし、ジルベールは長年ダンジョンに引きこもっていたため、女性のことには疎い。アカネの演技は当然見破れず、リップサービスを本気と受け取っていた。
実のところ、ダンジョン業界で元王子・元姫なんて境遇は珍しくもない。だからこそ、アカネは彼らの扱いにも慣れていた。
「ふふん。苦しゅうないぞ」
「ははぁっ」
時代劇のように膝をついて頭を下げると、三秒後にアカネは懐から資料を取り出した。
「それではビジネスのお話をさせてください」
顧客の面倒な自慢話をぶった切るスキルもまた、ダンジョンコンサルタントに必須である。
「まず、さすがジルベール殿下と言わせていただきます。ここのダンジョンの立地、さすがとしか言いようがありません!」
「そ、そうか? 些か不便なところに創ったかも……とか最近思い始めていたのだが、そんなことはなかったのだな!」
「ええそうです。さすが、さすが、さすが! ジルベール殿下!」
さすがの大盤振舞!
ダンジョンの入り口で、ポンカスダンジョンマスターなどと悪口を言っていたとは思えない変わり身の早さである。
態とらしいほど媚びを売っているが、元王子にはこれぐらいがちょうど良いとアカネは内心で毒づいていた。やはりこの女、品性下劣である。
「こんなに良い立地、優秀なジルベール殿下の頭脳が揃っているのに冒険者が来ないのは、偏に初期投資の乏しさが原因です。ですので、弊社で総合的なコンサルタントを行わせていただければと思います」
「具体的には?」
「シドウ商会は総合グループです。もちろん、金融業を取り扱っております。初期投資として五千万DPを支援できる準備があります」
「上手すぎる話だな」
「ええ。もちろん、タダでとは言いません。こちらの定期コンサルタント契約を結んでいただくこととなります」
「……コンサルタント契約を結んだとして、冒険者はどうやって連れてくるのだ。ここは街から遠い」
「弊社は運送業も執り行っております。ですので、契約のオプションとして定期便の運行をオススメいたします。飛行系騎獣の乗り物は観光客受けもいいんですよ」
「観光客受け? そんなものをして何になる! ダンジョンとは、命と血と汗……己のすべてを駆けて挑む場所だろう!」
男性ダンジョンマスターに多いのだが、中二病――いいや、少年心と経営をごっちゃにしていることがある。
パーティーメンバーとダンジョン内で野宿。協力して食事を作り、交代に見張り番をして、1枚の毛布を分け合いながら身を寄せ合って暖を取る……そんな、いかにも冒険者!という感じのイベントで絆を深め、強力なボスモンスターを倒し、見たこともない財宝を手に入れる。
そんなコテコテの冒険者は時代遅れである!!
「もちろんそうです。ですが、それだけでは生き残っていけないのが、今のダンジョン業界なのです! 見てください、近年のダンジョン増加率を!」
アカネはマニュアル通りに、べシンッと大きな音を立てて危機感を煽りながらジルベールに資料を叩きつけた。
「……こんなに、ダンジョンがあるのか?」
この十年でダンジョンの数は右肩上がりである。その中で人生の成功者と言われるウッハウハのダンジョンマスターはほんの数パーセントだろう。
「ええそうです。ですがこの数値の怖いところは、毎年約半数のダンジョンが消えているのです」
「それは、攻略されたということか?」
「いいえ。この消えたダンジョンの多くは運営に行き詰まり、倒産したのです。そしてそれは死を意味します」
ダンジョンの消滅には二パターンある。
一つは、最終階層にいるボスモンスターが冒険者によって倒されること。そうするとダンジョンは崩壊し、ダンジョン内の資産はすべて消える。そしてダンジョンマスターは、ただの人間に戻るのだ。
二つ目は、訪れる人がおらずにDPが枯渇してダンジョンがダンジョンマスターごと消えるパターン。ダンジョンマスターになるためにはダンジョンの種を通した『女神との契約』が必要となっていた。その際に契約者はダンジョンと一体となり、ダンジョンマスターとなるのだ。
なので、経営難によるダンジョンの消滅=ダンジョンマスターの死となるのである。
「ぼ、僕はまだ死ねない! 能なしの勇者を召喚したからなどと難癖をつけて僕を追放し、王に成り上がった兄上をどん底に突き落とすのだ! 殺してやるんだ、あの勇者のように!」
ジルベールは恐怖で震えながら叫んだ。
いくらプライドが高くとも、薄々自分のダンジョン経営の状況は分かっていたのだろう。
「そのためにも、弊社オススメのプランをご紹介したいのです!」
人間は絶望の中に与えられた一筋の糸に縋るものだ。ジルベールはアカネの天使のように無垢な笑顔に心を打たれた。
実際は、一ミリも愛の込められていない営業スマイルなのだが。
「……具体的には?」
「この秘境と言っても過言ではない、自然豊かなダンジョンというのを売りにするのです。実は、ダンジョンで人が死ななくとも、人がダンジョン内に入るだけでDPは稼げます。そこで内装をリニューアルし、観光客や地元客を呼び込むのです!」
「だが、ダンジョンは命と血と汗――――」
「それはもう時代遅れです! 命を賭けるのは当たり前です。でも、血と汗は綺麗にしたいと思うのが人間の本能でしょう!」
冒険者だって人間だ。
戦いの後はゆっくりお風呂に入りたいし、ごはんもお腹いっぱい好きなものを食べたい。仕事とプライベートは分けたいし、宿だって一人部屋がいい。
夜も満足に眠れない危険なダンジョンに一週間篭もって戦いの日々? しかも、お風呂にも入れないなんて、そんなの、お金をもらっても御免だね!
という感じ価値観が若い冒険者と女性冒険者を中心に激増中なのである!
「これは東方の島国にあるダンジョンで実際に成功したプランを元に作りました。ダンジョン第一層を観光客や地元客が利用できるスパ施設に。第二層を景観重視の観光地にします」
「ダンジョンに人が入ると100DP、人が死ぬと三万DP手に入れられる。まずは観光とスパ施設で安定した人数をダンジョンに入れるということか」
「塵も積もれば山となる、と昔の勇者様が言っていたそうです。そして第三層には、ジルベール殿下好みの血湧き肉躍る高難易度のダンジョンを。詳しい内容については契約していただいた場合に説明させていただきます」
「……確かに、完璧なプランだ」
ジルベールはそう呟きながらも釈然としない。何故なら、ここは自分のダンジョン。いくら完璧なプランとはいえ、会ったばかりのダンジョンマスターに色々と口出しされるのは単純に面白くないのだ。
しかし、ポンカスダンジョンマスターを食い物にしてきた歴戦のダンジョンコンサルタントのアカネは、それを敏感に察知していた。
フッと笑みを消して大人びた真剣な表情を作ると、アカネは恭しく膝をついた。
「私ができるのは提案のみ。決断するのはすべてジルベール殿下です。成功を掴むのも、失敗し堕ちるのもあなた様次第。ですが私は信じているのです。あなたのような人がここで終わるはずはないと!」
「僕は……ダンジョンマスターだ! こんなところで終わるつもりは毛頭ない!」
ジルベールはアカネの真摯な期待に胸を打たれ、グッと拳を握って宣言をする。
「さすが、さすが、さすが! ジルベール殿下です!」
おべっかは最後までキッチリと。アカネは膝をついた時にこっそりと差した目薬を活かしてホロリと一筋の涙を流し、自慢の筋力を活かした大きな拍手をする。
「……アカネ、これから頼むぞ」
「お任せ下さい。シドウ商会の情報力と私のプランニングで、世界一のダンジョンにするお手伝いをさせていただきます!」
アカネとジルベールは信頼に満ちた瞳で見つめ合い、ガッチリと握手をする。
こうしてシドウ商会はまた一人、大事な女神の反逆者と契約を交わしたのであった。
☆
ジルベールのダンジョンを出る頃には、辺りはすっかり日が落ちていた。ド田舎のここでは、灯りの一つもなく闇が支配していた。
「あー、疲れた。今日はビールを浴びるほど飲みたいわ。今日は宅飲みかなー」
アカネは懐から転移の魔法が込められたスクロールを取り出す。
力の大半を生命活動とは別なことにリソースを割いているアカネは、魔法を使うことができない。あるのは、能なしの100番目の勇者として召喚した際に作り替えられた身体が持つ、純粋な身体能力だけだ。
「転移・シドウ商会社長室」
鈍い光と共に、景色が歪む。ジェットコースターに乗ったときのような浮遊感が身体を襲ったかと思うと、アカネは暖かな部屋の中にいた。
部屋にあるのは、執務机と柔らかな椅子、壁一面の本棚と、一般的な執務室と一緒だ。ただ、普通と違うのは、人ならざる従者がいることだろう。
従者は黒の燕尾服をカッチリと着こなしているが、性別は男ではない。身長は170センチほどだが、華奢な骨格と丸みを帯びた身体のラインが女性であることを示していた。
髪は淡いブロンドでショートカットにしている。顔は人形のように整い、耳は人より長く尖っている。人ならざる美しさを持つ彼女だが、左目には無骨な眼帯で隠されていた。そのアンバランスさも相まって、神秘的な中にも蠱惑的な雰囲気が共存している。
従者は人の世界では絶滅したとされている純血のエルフだった。
「お帰りなさいませ、魔王陛下」
「魔王はやめてよ、リズ」
魔王と呼ばれたアカネは唇を尖らせながら執務机にドカリと腰を下ろした。
従者のリズはスッと執務机に温かなハーブティーを置く。
「では、100番目の勇者とお呼びした方が?」
「いや、普通にアカネって呼んでよ。それかダンジョンコンサルタント兼社長! そもそも、私は正式な勇者じゃないし。こうして生きているのが何よりの証拠」
魔王を倒した100人の勇者の正体は、隷属魔法で戦いを強いられた哀れな異世界人だ。彼らは、女神とこの世界の人間たちによって召喚され、消耗品のように使われた。
そして魔王を倒した後は、この世界の脅威にならないように殺された。
召喚直後に能なし勇者と判断されて隷属魔法をかけられず、廃棄穴に捨てられたアカネを除いて。
「そうですね。貴女様は、わたくしたち魔族の希望。女神に深手を負わせた先代魔王陛下の正当なる後継者でいらっしゃる」
無表情にリズは言った。
アカネ――――いいや、日本の女子校生だった獅堂茜が勇者として召喚され、傷だらけのエルフと出会い、心優しい魔王の死を看取り、生き残りの魔族の希望となったのはまた別の話である。
「……黙って営業に行ったこと怒っているの? でも仕方ないでしょ。完全な人型をとれる魔族は少なくて、営業部は常に人手不足なんだから」
「だったら、わたくしを――――」
「エルフは論外! 美形すぎて逆に目立つわ」
「……エルフ差別反対です。眼帯が目立つだけで、わたくしはアカネ様とさして変わりません」
「いや、変わるから」
「 変 わ り ま せ ん 」
エルフの厄介なところは、自分が超絶美人だということに欠片も自覚がないところだ。特徴的な耳を隠せば、簡単に人の中に紛れると本気で思っている。
稀に見る鈍感種族なのである!
「あー、はいはい。とりあえず、ハーブティーじゃなくてビール飲みたい! 持って来て、リズ」
「今日はお預けです」
「ひどいよ! 営業終わりの至高のビールを楽しみに生きているのに!」
アカネは必死の形相でオッサンじみた主張をした。
しかし、長い付き合いでアカネの扱いに慣れているリズは、不快そうに眉を吊り上げる。
「今回の営業はアカネ様が行くべきではありませんでした。追加報告を受けて肝を冷やしました。ダンジョンマスターはアステリア帝国の元王子……つまり、アカネ様を召喚し、無能と決めつけて殺そうとした敵です。アカネ様の正体がバレたらどうするおつもりですか」
「いやぁ……私もまさか自分の召喚主がポンコツダンジョンマスターになっていたとは思わなかったよ。そもそも、ジルベールは二十年前に事故で死んだって公表されていたし」
ジルベールはダンジョンマスターとして成功した後に祖国へ凱旋し、兄から王位をかすめ取りたいようだったが、既に彼は過去の人とされていた。今更、祖国に戻っても誰も二十年前の王子の顔なんて覚えていないだろう。
「安心していいよ、リズ。私は名前を聞いて思い出したけど、ジルベールは私のことなんて覚えてもいないから。名前も知られていないし、20年も姿の変わらない人間がいるなんて思わないでしょ」
「どうしてそんなに楽しそうなんですか」
「私を召喚して苦しめ、無理やり異世界人を勇者にして苦しめ、魔族を苦しめた人間の一人であるジルベールに会っても、殺したいなんて感情は抱かなかったんだよね。私も人として成長しているんだね」
「魔王として、の間違いでしょう。ダンジョンマスターとなることは女神への冒涜そのもの。わたくしたちの世界征服の歯車となっているのですから、復讐という愉悦を感じるには十分であったはずです」
「まあ、そうかもね」
この世界には元々、人という種はいなかった。エルフ、妖精、吸血鬼、ドワーフ、銀狼族、巨人族などなど、様々な種族が争いながらも助け合って生活していた。
そこに、女神と呼ばれる侵略者が目を付けた。
自分の配下である人族を生み出し、元々この世界にいた種族たちを悪と見なして排斥していく。長い戦いの中で多くの種族が絶滅し、生き残った種族を魔族と総称した。
そんな魔族たちを奮起させて纏め上げたのが前魔王だ。
しかし、彼は人との戦いに負け、魔族たちは更に数を減らした。だが、彼の生涯は無意味なものだった訳ではない。
最後の戦いで女神に長い眠りにつかせるほどの深手を負わせ、自分の力のすべてを能なしの勇者――獅堂茜に託して魔族の未来を繋げたのだから。
「ダンジョンシステムに不具合はない?」
「ええ。オールグリーンと技術部から報告を受けています」
「そう、良かった」
魔族は人に勝てなかった。でもそれは、勇者なんてチート兵器を投入されたからだ。それも、女神が眠りについた今は新たに投入されることはない。
ならば、今こそ人の国に攻め入るべきか?
それも違う。魔族は数を減らし、リズのように種族最後の生き残りという者も少なくはない。戦っても戦力差はある。
「武力だけが戦いじゃない。女神の眷属たる人を、魔族の眷属にすることこそダンジョンの真の機能。ダンジョンこそが私たち魔族の新たなる戦い」
生き残りの魔族の魔法と知恵のすべてを使って作り上げたのがダンジョンシステムである。女神の加護だと嘯いて人々にダンジョンの種を与え、ダンジョンを身近なものにすることが狙いだ。
ダンジョンは魔族の聖域。そこに何度も足を踏み入れ、そこで採れたものを食し、身につけることで人間は知らず魔族の加護を受けることとなる。
そうなれば、女神の恩寵を受けることは不可能だ。すべての人間が魔族の加護を受ければ、勇者はもう召喚できず、信仰によって増大した女神の力を大きく削ぐことができる。
ダンジョンマスターとは、女神の加護を捨て去り魔族となった人間のこと。言わば、女神の反逆者であり、魔族のスポンサーなのだ。
「そう言えばアカネ様。魔力供給をお願いします。そろそろ充電が切れますよ」
「あ、そうなの? この間、充電したばかりじゃん。もっと燃費良くならないのかなー」
アカネはぼやくと、机の引き出しから灰色の魔石を取り出す。そしてそれを胸に当てると、魔王から受け継ぎ眠っている膨大な魔力がすべて吸い取られた。
魔石は灰色から輝かしい金色に変わる。この魔石に込められた規格外の魔力はすべてダンジョンの運営に使われる。リズはアカネから魔石を受け取ると、それを技術部に届けようと扉を開く。
すると、それと同時に桃色の髪にメガネをかけた妖艶な女性が割り込むように身体を滑らせた。
「大変です、魔お――アカネ社長!」
「どうしたの、サキュバス主任」
彼女はマーケティング課――というか、諜報活動を行っているサキュバスである。普段は余裕綽々という感じだが、今は汗だくになりながらアカネに訴えかける。
「また大ダンジョンの顧客を業界第二位の商会に盗られました!」
「なんだってぇ!? あの陰険ハゲタカド畜生男が!」
アカネは自分のゲスさと姑息さを棚に上げて罵った。
彼女はダンジョンを生み出し世界を征服しようと企む魔王であるのと同時に、新進気鋭のシドウ商会の社長でもある。
というか最近は商会業の仕事が楽しくて楽しくて仕方なかった!
だからこそ、自分の商会に喧嘩を売られたことが耐えられない。やり甲斐のある仕事とお金のある生活っていいよね!
「アカネ様の言う通りです。愛想の欠片もない機械みたいな鉄仮面の男のくせに。まずは笑顔の一つでも浮かべて、わたくし共に頭を垂れるべきです」
リズも自分のガチガチに凝り固まった表情筋を棚に上げて罵った!
この女、常識人っぽい風体だが、ただの敵に容赦ない過激派である。
「あわわっ、アカネ社長もリズ様も落ち着いてください! 我が社もこの間、えげつない方法で顧客を奪ったじゃないですかぁ。だから仕方ないですよ。一端、落ち着きましょう? ね?」
サキュバス主任は妖艶な見た目に反して常識人だった。
「「それはそれ、これはこれ!!」」
しかし、サキュバス主任の健気な思いは、好戦的な似た者主従には届かない!
アカネとリズの瞳の中には、復讐の炎がメラメラと燃えていた。
「ダンジョンコンサルタント業のパイオニアであるシドウ商会の恐ろしさ、とくと見せてやる! うちからカモを奪ったからには覚悟してもらわないと。報復の案を10は考えついたよ」
「わたくしは100思いつきましたよ、アカネ様」
「フッ、さすが私の右腕」
アカネとリズは信頼を確かめ合うように視線を交わす。サキュバス主任はあきらめの境地に達し、気の抜けた表情で天井の染みの数を数え始めた。
「すぐに臨時の取締役会議を始めるよ」
そう言ってアカネは一瞬で真剣な表情になる。ぶっちゃけ、今が一番魔王っぽい。
「四天王を急いで会議室に招集しなさい!」
「ハッ! すべては魔王陛下のために」
従者兼副社長のリズが命令すると、サキュバス主任は敬礼して部屋を出て行く。
「……四天王じゃなくて、営業部長と人事部長と技術部長と財務部長ね」
アカネの呟きはリズの長い耳には入らない。
「さて、残業がてら世界を征服しますか」
アカネは背伸びをすると、リズを連れて会議室へと向かう。
今日も世界は人知れず魔王に脅かされているのであった。