私達の魔王様は──
「こうしてヴァーナガンドは仲間達と共に旅に出たのでした……」
絵本を読み終わり、私はパタンと閉じます。
これで何冊目でしょうか。
ミリアさんが次々と絵本を持ってくるせいで、ずっと朗読しっぱなしです。
そろそろ声が枯れてきたのではないか? と心配になってきたところで、司書さんが持って来てくれたお茶に手を伸ばします。
「なぁリーフィア」
「んぁい……なんです?」
物語の余韻に浸っていたミリアさんが、不意に私を呼びました。
口に含んでいたお茶を飲んでから、視線を下に降ろします。
「どうしてどの物語の主人公も、自ら厄介事に首を突っ込むのだ?」
唐突に難しい話題をぶっこんで来ましたね。
……でも、どうして主人公は自ら厄介事に首を突っ込むのか、ですか。
「物語の主人公には、一つの共通点があります」
「共通点?」
「彼らには正義感があるのでしょう」
正義感と言っても、様々です。
それは人を助けたいという単純なものであれば、困っている人に無償で手を差し伸べたいというものであったり、敵を許せないというものだったりと複数です。
そんな彼らに共通しているのが『正義感』だと私は思っています。
「主人公というのは、強いのだな」
「ええ、彼らは決して折れません。……時には挫折することもあるでしょうが、必ず自分の意思を貫き通します。それが彼らの強さなのでしょう」
「決して折れない心か……ふむ、やろうと思って出来ることではないな」
「そりゃそうです」
絵本は主にこの世界の伝承から作られています。
どの物語にも若干膨張されている部分はあるのでしょう。……伝説の人物と実際の人物は別人だというのは、よくある話ですからね。
なので、実際の話を面白おかしく改造した『フィクション』ということです。
物語の主人公に憧れるのはわかりますが、それを実現出来る者はとても少ないでしょう。彼らには、いわゆる主人公補正というものが掛かっていますからね。
「……余がやっていることは、果たして正義なのだろうか」
私の位置からは、ミリアさんの表情が見えません。
ですが、彼女は今……とても悲しい表情をしていると、そう思いました。
「どの物語も主人公は人間だった。余達のような魔族は、全て敵として登場している。そして魔王は……必ず最後には討伐されている」
人間にとっての決着は、魔王の討伐。
そのような王道ムーブというものが、人間が望む未来なのです。
ミリアさんはそのことに心を痛めたのでしょう。
「やはり、余も最後には────」
「ミリアさん。それ以上はいけません」
私はミリアさんの言葉を遮りました。
「これは人間が作り出した絵本です。空想の物語です。全てがそうなるわけではありませんし、私達がそうさせません」
「……リーフィア……?」
「あなたは私達の上に立つ者であり、私達を先導する魔王です。そんなあなたが弱気になってどうするのですか。いつもの魔王らしく笑っていてくれないと……こちらの調子が狂います」
私達の魔王は、この程度のことでへこたれてはダメなのです。
……それはまだ子供には難しいことなのかもしれません。それを押し付けるのは酷なのかもしれません。
──でも、
「それでもミリアさんは魔王です。この程度の作り話……面白かったと笑い飛ばしてくれないと、私達はもっと不安になってしまいます」
上に立つ者が不安になってしまうと、その部下も不安になる。
それだけはミリアさんにわかってほしいと思いました。
「あなたが暗い表情をしていたら、ミリアさんを慕い信じてついて来てくれている人は、どんな顔をしていいのかわからないではないですか」
「余を慕い、信じてくれる者か……それは」
ミリアさんは首を回し、私を見つめます。
「それは、お前もか? ……お前も、余を慕い信じてくれているか?」
そう問いかける彼女の瞳は、迷いで揺れていました。
それはとても弱く、いつもの笑顔からはかけ離れたものでした。
ここで変に答えたら、きっとミリアさんは悩むでしょう。
──だったら、私の答えは決まっています。
「無理です」
私ははっきりと拒絶の言葉を口にしました。
ミリアさんの瞳が大きく開かれ、すぐに悲しそうに表情を暗くさせて俯きました。そんな彼女の目元に小さな輝きが見えたのは、気のせいではないでしょう。
私はミリアさんの目を一点に見つめます。
「私は先日聞きましたね。私はあなた達を不幸にしているのか、と。……でも、ミリアさんは当然のようにそれを否定してくれました」
『お前が、余を不幸にしている? んな訳がないだろう』
『余はお前が居てくれることが何よりも嬉しいぞ。お前のおかげで全てが楽しい。なのに、どうして不幸にならなければならない?』
「あの言葉はとても嬉しかった。だから今度は、私があなたに言います」
深呼吸を一回。
「私が慕い信じてついていくのは元気で時々お馬鹿で騒がしくて……それでいて常に笑いかけてくれるミリアさんです。今のあなたのことなんて──知りません」
だからさっさと私の知っている『ミリアさん』に戻ってください。と私は言葉を続けました。
「──ふっ、ふふっ……本当に、リーフィアは厳しいことを言うな」
「そうでしょうか? これでも優しく言ったつもりです。まだ悩むというのであれば、もっと強く言ってあげましょうか?」
「やめてくれ、それ以上は本当に凹んでしまう」
「……そうですか。では、これくらいにして──ミリアさん?」
ミリアさんは私の胸に顔を埋めました。
「……温かいな」
「まぁ、生きていますから」
「そういうことではない。……ったく、リーフィアはいつも話をはぐらかすな」
「そういうキャラなんですよ。ミリアさんだって理解しているでしょう?」
「……ああ、十分……理解している」
ミリアさんの体は、微かに震えていました。
だから私は冗談を言って和ませようとしましたが……見透かされていましたか。
「…………リーフィア」
とても長い時間の後、ミリアさんは私の胸から離れます。
ようやく目にすることが出来た彼女の顔は、とても晴れやかに笑っていました。
「ありがとな、リーフィア!」
「…………ええ、どういたしまして」
全く、私はシリアスな展開が大嫌いなんですよ。
いつも通り平和に惰眠を貪りたい。
それが私の一番の目標です。
そんな中、ミリアさんに暗い表情をされるのは、私の目標に反します。
なので私は彼女を支えます。
だからって私が働くのはどうかと思いますけれど。
はぁ……と溜め息を一つ。
「ああ、本当に…………」
私達の魔王様は──人騒がせな人ですね。
ちょっとしんみりとした空気になりましたが、安心してください。次からいつも通りの二人に戻ります。




