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第八話 見破られる


 俺はテラスから庭(仮)を見た。


 緑色の木々が立ち並ぶ中に一か所だけ裸になった地面がある。あそこは俺が一人で、一か月もかけて開墾し終えたばかりの地面だ。これからあそこには野菜やフルーツの種を植えて育てようと思っている。


 ひとまずの俺のやることは農作業────というか家庭菜園の下地作りだ。木々に囲まれた豊かな自然を活用しない手はない。


「あそこから少し離れたところにレモンの苗木を植えて……いや葡萄でもいいな。それでワインを作ったり……いやだったら麦でも育ててエールを作るのもいいなぁ……。でも今の季節は春先だから……いやそもそも春に植えていい作物ってなんだろう? なんでもいいのかな?」


 庭(仮)を眺めながら「あそこにはこれとこれを植えて育てよう。こちらには離れや地下室を作り俺のコレクションを保管しよう。」と一人で妄想を膨らませていく。


 もしかしたら土や気候に合わない作物があるかもしれないが、そうしたら失敗してから考えればいいのだ。


 俺はガチガチな農業に着手するのではない。


 あくまでも趣味の一環として家庭菜園をするのだ。というかガチでやり始めたらスローライフの名が泣いてしまう。


「芋がいっぱいできたら毎日ふかし芋パーティ……フライドポテトもいい……ポテトサラダも食べ放題……」


 あぁ妄想が楽しい……勇者をやっていた頃は、一度も考えたこともない贅沢な時間の使い方に不思議を充足感が募っていく。そうそう、こういうのが俺が理想としていたスローライフなんだよ。


 勇者パーティ抜けて正解。マジで。ギスギスしすぎなんだよなーあそこ。


 大体俺の収集癖に「無駄な浪費癖だーそんなのしてると勇者としての威厳がうんぬんかんぬん」なんてケチつけてきた勇者もいたからなー。余計なお世話だっつの。浪費癖が勇者の名に傷をつけるならそれ以上の成果を出せばいいだけの話だろう。。


 ……いかんいかん。もう過ぎたことをいつまでぐちぐち言っているのだろうか俺は。


 さて気分転換も兼ねてそろそろ昼食でも作りに────。


「あ、卵ないんだった」


 そこで俺は、昨晩に卵が切れてしまっていたのを思い出した。ローリエにクエストの帰りに買ってくるよう頼んでおきたかったのに、それすら忘れていた。


「……しゃーねぇ買いに行くかー」


 俺は「養鶏所を作るのもいいなー」なんて思いながら、顔まで隠せるフード付きのローブを着込み、『万能バッグ』を背負って家を出た。









 相変わらず町中はのほほんとしている。よく言えば牧歌的で、悪く言えば平和ボケだろうか。


 主要都市からかなり遠くの田舎町だから仕方がないと言えば仕方がないのだが、


 俺は町に滅多に訪れないため、どこになにがあるのかを朧気にしか覚えていない。


 それで少しばかり手間取ってしまったが無事に卵を買うことができた。


 問題が発生したのはその帰り道の出来事だった。



「さて……鞭はよし……お立ち台もあると……」



 大通りの端にあのちょび髭奴隷商人がいたのだ────。


 来るときはいなかったのだから、おそらくすれ違いで町に入ってきたのだろう。


 そして案の定、彼の脇にある荷馬車には檻が積まれていた。今回はまだ檻に布切れがかけられていて外からは何が入っているのか分からないが、またどこからか仕入れた奴隷だろう。


 前に来た時は民衆が屯っていたが今回はまだ檻に布切れがかけられており、奴隷がお披露目されていないせいか閑古鳥が無いている。だがどうせそのうちやじ馬で賑わうのは目に見えている。


 俺は足早にそそくさとその場を立ち去り────



「お……? おやおや、いつぞやに元冒険者の少女をお買い上げいただいた旦那様じゃありませんか!」



 ────失敗した。


 それまで奴隷を売るためのパフォーマンス道具をチェックしていた奴隷商人が、目敏く俺を見つけてゴマをすりながら俺に近寄ってきたのだ。


 だが悪いな、俺はもう奴隷を買うつもりは一切ないんだ。前は良心の呵責に負けて買ってしまったが、今回は断固たる意志を持って決意している。


「悪いが、俺はもう買うつもりは────」

「まぁまぁそう蔑ろにしないで。風の噂に聞きましたよ、なんでもあの少女を今も冒険者として使い続けているそうではありませんか! いやはやそのような使い道があったとは私目には想像もつきませんでしたよ! ささ、とりあえず見ていくだけでも……ね? 前の冒険者の少女は可憐でしたが、どちらこと言うと今回は美人なお姉さんが二人もいるんですよ!」

「……いや俺はいい。ほかの人にあたってくれ」

「まぁまぁそう言わずに────ほら!」


 商人は聞く耳持たず、手際よく檻に被さっていた布を引っぺがす。


「きゃっ!?」

「うわ眩しッ!?」

 

 檻の中には、前と同じくぼろ布を着せられ、ロープで後ろ手に縛られた女が二人いた。


 彼女たちはいきなり暗がりから解放されたため太陽の光から目を覆い隠す。


 しかし一つの檻の中に二人の奴隷というのにも驚いたが、それよりも俺が驚いたのは彼女たちが────"人間ではない"ことだろう。


「獣人と……もう片方はなんだ?」


 片方はすぐに分かった。


 頭のてっぺんでツンと尖った耳に、臀部から生えているクルンと丸まった尻尾────"獣人"だ。


 しかしもう片方が分からない。見た目20代前半の普通の人間の女性に見えなくもないが、近寄りがたいオーラを感じる。まるで勇者パーティにいたころに剣を交えた《魔王の軍勢》の一員ような雰囲気だ。


「まさか旦那様、彼女が人間ではないと見抜いたのですか!? さすがお目が高い! 以前、旦那様は一人の奴隷に100万ガルを現金で払えたのですから、それはそれはたいそうなお貴族様であるとお見受けしました。しかし、いくら貴族様でもこちらを見るのはおそらく初めてでしょう。こちらはかの有名な吸血一族────"ヴァンパイア"です!」

「ヴァンパイア……!」


 言われて気づいたが、もう片方の女性の犬歯が異様に発達している。それに瞳は見惚れるほどに紅く美しい。あれらはヴァンパイアの特徴だ。



 ヴァンパイアということは、俺たちが討伐の目標としていた《魔王》に味方する軍勢の一族だ。確かに前線で戦い続けでもしない限り滅多にお目にかかれる種族ではないだろう。


 それに彼女が檻の中にいるのも納得。敵対しているのだから、そりゃあ捕まえられれば奴隷や捕虜になるだろう。


「なるほど、しかしそちらの獣人の出所はどうなんだ? ヴァンパイアはわかるが獣人族まで売られるとは……まさか適当に捕まえたのではないだろうな?」

「いえいえ旦那様、私は極めて真面目な奴隷商人であります。旦那様が危惧しておられるように違法な手段で取引したのではなくちゃんとした仲介から買い取りました。そしてなんと彼女は……そこのヴァンパイアと密会し勇者パーティの情報を横流していたのです!!」

「で、ですから私はしていないって……!」

「黙らっしゃいッ! 旦那様の前で口答えをするな!」

「ッ……!」


 獣人のお姉さんが奴隷商人に食って掛かるが、奴隷商人は一瞥してまともに執りあうつもりはないようだ。


 そりゃあそうだろう。奴隷商人からすれば、そういう文句は奴隷になる前に訴えるのであって、ただ売るだけの奴隷商人に訴えるのは筋違いだ。


「ふむ……」


 しかし一つだけ気にかかることがあるのだが、考える前に奴隷商人が口早にセールストークを始めた。


「どうですか、興味が湧いてきたでしょう? おまけにここだけの話なんですが……なんと……」

「なんと……?」

「なんとお二人とも────"処女"なんですよ……!!!」

「あ、そうすか」


 俺は一気に興ざめした。


 俺は奴隷のことを性処理道具としてしか使うようなつもりは一切ないのに、この奴隷商人は、まるで俺がそう使うのが前提のようにセールストークしてくる。俺の人間性がそういう方向性であると思われたのがむかついたし、まるで処女がウリのように自信満々に溜めたのもむかついた。


 処女だからなんだよ。ユニコーンでもおびき寄せる餌に使えってか?


「じゃ、俺は急ぐんでこれで」

「え、あ、あの旦那様……!? いいんですか!? 他の人に買われちゃいますよ!? 二人とも処女なんですよ!?」

「はいはい」


 俺は適当にあしらいながら檻の前を素通りする。さっきと違って騒ぎを聞きつけたやじ馬が、遠巻きにちらほらと見え始めているし、こういう時はさっさと帰るに限る。


 俺はフードを深く被りなおした。


「うーん……あ、思い出した」


 その時だ。


 今まで黙り込み、こちらを見ていただけの見た目麗しいヴァンパイアが徐に口を開いてこう言った。







「────勇者だ☆」





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