第七話 その頃の勇者パーティは(1)
勇者パーティのメンバーは全員、ハルの設営テントに集められていた。数十人はいるだろう勇者を収容したテントは、その人数と熱気に包まれる。
つい先日、貴族から直々に頼まれたゴブリンの群れを討伐する依頼を成功させ、その祝勝会をやっていたのだ。
「どうだ!! 俺たちはユウトがいなくても勝てるということを証明できたぞ!!」
酒に酔ったハルが机の上に立ち、ジョッキを掲げて叫んだ。
「いいぞハルー!!」
「《斥候の勇者》はただの置物! それが証明されたんだ!」
「そもそもアイツ、いつもスカしやがって気にくわなかったんだよな!! いっつも命令してばっかりでよぉ!!」
「そうだそうだ! なにが『勝って兜の緒を締めろ』だよ! こうやって勝利を喜ぶことの何が悪いんだ!!」
彼に絶対的な忠誠を捧げる取り巻き一同の勇者は、肉を食らい、酒に溺れながらユウトへの悪口で盛り上がる。
「……なぁ、ちょっとまずくないか?」
「だな。まさかゴブリンどもにここまで苦戦するとは思わなかった。手傷を負った勇者もかなりいるし」
「今までは作戦に従って、その通りに動けば、スマートとは言えねぇが絶対的な勝利を収めてこられた。今回から新しく作戦立案者になったフェンネル&ハルのコンビが悪いって訳じゃねぇが、これは……」
「それにユウトは『勝っても喜ぶな』とは言ってねえ。『喜んでもいいけど羽目を外しすぎるなよ』って言ってたんだ」
反面、中立的な立場の勇者たちは懐疑的な視線をどんちゃん騒ぎする集団に向ける。その集団の勇者たちは、誰もかれもが痛々しい傷を包帯で隠していたからだ。《治癒の勇者》によって怪我を治されても、なおも安静にする必要のある重傷人ばかり。
それが意味するのは、今まで通り"快勝"ではなく"辛勝"による勝利────。とてもじゃないが喜んでいられるような現状ではない。
勇者パーティとて一枚岩ではない。気づいている勇者は気づいているのだ。《斥候の勇者》────ユウトが、どれだけ勇者パーティの基盤を支える存在として大きかったのかを。
そして彼らは懐疑心を募らせる。────なぜ自分たちに相談をせず、リーダーとその取り巻きの意向だけでユウトを追放したのかと。
だが────
「……貴方たち、自分は関係ないみたいな顔してるけど、ユウトが追放されたと知った時は何も文句言わなかったでしょう」
────ハルたちに文句を言う中立的……に見えた勇者を、《弓の勇者》────フェンネルだけが咎めた。
「ユウトはハルだけじゃない、勇者パーティ全体に呆れていたわ。今のあなたたちを見たらそれも納得ね。彼が抜けてから戦ってみるまで功績に気づかず、それで後になって文句を言う……見苦しくて見てらんないわ」
それを聞いていた勇者達は「違う」と言い返したが、「何が違うの?」と聞かれて誰もが口を噤んだ。
なぜなら実際、彼女の言う通り、《勇者の斥候》を追放したことを手放しに「口だけの《光の勇者》にしてはよくやった」と陰で褒めたのもまた彼らだったからだ。
「……俺は今回の一件で、ユウトがどれだけ的確な指示を出してたかに気づいたよ」
そう《闇の勇者》は一人ごちる。
《斥候の勇者》は敵のステータスを下げることに得意としていたが、同時に《闇の勇者》も五感に影響を与えるデバフを得意としている。それぞれに特色のあるデバフを得意としていたが、それを手足のように使いこなせるかと言うと《闇の勇者》には無理だった。
敵モンスターが何をされたら嫌なのか、逆にこちらの前線はどのように敵モンスターを弱体化してほしいのか。それをユウトは瞬時に見抜いて判断を下し、そして《闇の勇者》はその通りに動いてきたから的確にピンポイントでデバフができたのだ。
だがどうだ。
彼がいなくなってからはまるで置物のようになり、味方が最も欲している弱体化を敵モンスターにかけられずにいる。かけられると言えばかけられるが、どれが一番効くのかを思い出すのにかなり時間が遅れてしまっていると自覚していた。
それだけではなく集団戦における立ち位置もあやふやだ。例えば敵との距離が近すぎてしまえば流れ弾が怖くてデバフの詠唱ができないが、かと言って遠すぎるとそもそも範囲外なためデバフが当たらず、むしろ味方にあたる危険性すらある。そうして距離感すらも掴みかねていた。
「左側のモンスターには俺のデバフが友好的に効くから、右側のやつらはお前に任せた。後ろにいすぎるとデバフが敵全体に届かないから《太陽の勇者》の隣を維持するといい」
時には《斥候の勇者》が一人でデバフを担当し、時には《闇の勇者》が一人でデバフを担当することがある。
その都度、《闇の勇者》は《斥候の勇者》から飛ばされる指示を鬱陶し気にしながらも、ひとまず従ってきた。もしそれが見当違いな指示だったとしても、《斥候の勇者》のせいにできるからといういい訳のための保険だ。
だが、彼の指示に従ったときは必ず失敗しなかった。それどころか自分で考えてデバフをするよりも前衛から感謝されることが圧倒的に多く感じていた。
だがそれらは自分のデバフが完璧に発動したからであり、他の勇者から「よくやった」と褒められる度に自分の手柄にしていた。《斥候の勇者》が自分の助言のおかげであると誇らなかったからだ。
────今思えば、あれは手柄を独り占めしていた自分に呆れていたのかもしれない。
「今まで作戦を立てていたのは私とユウト。それで二人きりになることが多かったからこっそり彼に聞いてみたの。『貴方が助言した勇者が手柄を独り占めしてることに気づいるの?』って。《斥候の勇者》だからそんなのにはいち早く気づいていたから愚問だったわ。『そんなのより誰も死なないのが大事だろう』って返されてその話はお終い。ユウトはね、手柄を取られるって知った上で指示を出し続けていたの。誰よりもこのパーティの生存率を考えてくれていたわ」
「……そうなんだろうな。今になってわかるよ」
それを聞いていた他の勇者も、窘める彼女の言い分に心当たりがあった。
ユウトの指示に従えば、一人で考えるよりも良いパフォーマンスが出せるようになる。そして良いパフォーマンスを出せばハルから褒められ、その取り巻きたちからも認めてもらえる。────つまり名誉と承認欲求が同時に満たされるのだ。
だから勇者はユウトの指示に────暇そうな《斥候の勇者》にいやいやながらも従って動いてきた。
だがそれらは《斥候の勇者》の素質が────つまり戦場を広い視野で見渡せる彼だからこそできた芸当であり、そしておそらくは《斥候の勇者》としてだけでなく、ユウト自身の頭の回転が自分たちよりも良かったからこそ、他の勇者のパフォーマンスを120%にまで発揮できたのだろう、
バフ・デバフを自在に使いこなせる《宝具》があるから《斥候の勇者》を名乗っていたのではない。
《斥候の勇者》の資質が認められたからこそ《宝具》を使いこなせるのだ。
そして《斥候の勇者》だから不必要なんじゃない。
《斥候の勇者》だからこそ、このパーティには必要不可欠だったのだ。必要にならない《勇者》などいやしない。
最も、今になって後悔しても後の祭りだが────。
「……じゃあね」
フェンネルは放心状態の勇者たちを放置して自分のテントに戻り、彼が捨てていったグローブを大事に抱えてベッドにダイブした。
(貴方がいなくなって3週間……。これまで一緒に過ごした期間からすればとても短いように見えるけれど、まともな話し相手が誰もいなくて毎日が物足りなく感じるって言ったら「我儘だね」って笑われるのかしら……。早く会いに行きたいわ……ユウト)
アルコールが回って赤く染めた頬にグローブを頬ずりし、ユウトのことを想いながら目を閉じた。
(夢の中でくらい……貴方に会えるといいな……)